東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多 作:同じ顔の別人
【side:五条悟】
特級呪霊の討伐任務の成功と、特級呪霊の監視任務の失敗。
どちらも代表は五条悟だ。書かねばならない報告書もまた二枚。それらは未だ白紙のまま机の上に放置されていた。誰もいない早朝の教室でどうしたものかと思案する。
(無駄に早く登校しちゃったじゃん)
起きて、服着て、飯食って、那由多の部屋まで行って、叩き起こして、教室までケツ蹴って連れてって、それから──この一ヶ月ですっかり習慣づいてしまった朝の日課は、今は全て不要なものだ。今日こそはゆっくり眠れると思ったのに、目が覚めたのだから仕方ない。二度寝も面倒で教室に直行したが、想像以上に暇を持て余してしまった。
もう白紙で提出しようかなと匙を投げかけた頃、傑が教室へやってきた。早いねと感心される。うるせえ何様だお前。
こんなに静かな朝休みはいつぶりだろう。特に会話も盛り上がらず、無言の時間が流れる。気まずい。まるでお通夜のようだ。
昨日、早川那由多は殉職した。
まるで、ではなく本当にお通夜なのだ。
「……彼女は呪霊か呪術師かという話をしたことがあったろう」
ようやく口を開いた傑は、昨日の思い詰めた顔と同じ目つきをしていた。
「あの時私は呪霊であることと呪術師であることは両立すると言ったが、撤回させてもらう。彼女は──呪術師だったよ。呪霊操術の私が言うのだから間違いない」
傑の発言を、悟は一蹴した。
「知るか。呪霊は呪霊だろ」
「でも同級生だろ?」
「屁理屈やめろや。お前そういうこと言うタイプじゃねーだろ」
心なしか、言葉の応酬にもハリがない。不愉快だ。生きている間も死んでからも迷惑をかけまくった挙句、この五条悟の任務初黒星にまでなりやがって。どこまでも図々しい女だった。
「どうしたクズども。お通夜かよ」
「このタイミングでその発言をするやつにクズとは呼ばれたくないな…」
遅れて家入硝子がやってきた。
目を赤く腫らしていた面影はすっかり消えて、いつも通りの仏頂面をしていた。態度も堂々としている。
傑の文句はもっともだ。俺も大概薄情だが、こいつもずいぶん冷たいやつ。女って怖えーな。からかってやろうかと口を開いたところで──
「──は?」
硝子に続いて教室に入ってきたのは、見覚えがありすぎる顔だった。
「お前、なんで生きて」
「本物か…?」
悟と夏油が硝子を見たのはほぼ同時だった。お前の仕業か? だからあんなに落ち着いていたのか? 反転術式ってそんななんでもありなの? いやそんな訳ないだろ──
言葉にはならなかったが、内容は伝わったようだ。
「私が治療したわけじゃない。流石に死んだらお手上げだ」
「じゃあなんで! こいつは確かに俺たちの目の前で!」
「っぷ!」
ゲラゲラゲラゲラと、動揺する悟と傑を嘲笑する声がする。
「あはははははははははははははははは!」
ゲラゲラゲラゲラ
「あーっははははははは!」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
「あはははははははははは! はははははははははははははは!」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
「え…マジで? なんで…?」
悟の六眼に映る情報は、目の前の少女を早川那由多だと告げている。
だが悟の理性は目の前の、普段からは想像もできないほど気持ちの良い笑顔で笑いこける女が彼女であるはずがないと叫んでいた。
だって、死んだはずなのだ。彼女に繋がった全ての命は失われ、復活できずに動かなくなった。
「はあ〜あ、笑った笑った……!」
「お前は誰だ?」
早川那由多と同じの見た目の少女は返事をしない。そしてゆっくりと五条悟を指さした。
「わんわん」
「──殺す」
悟の渾身の蹴りが、那由多の満面の笑みに直撃した。
見下したあらゆるものの支配する生得術式。現状、五条悟くらいにしか弾けない、この世で最も悪質な技。これ以上ない本人証明だった。
※
「私は、死を他人に肩代わりしてもらうことができる」
ようやく笑い終えていつもの仏頂面に戻った那由多は、鼻血を流しながら蘇った経緯を説明した。
「あの時は繋いだ先の命が生き返るのが遅れて私も復活できなかった。でもあの後ちゃんと生き返ったから私もこうして元に戻った」
「意味不明だから、もう一度説明してもらえる?」
「私はチェンソーマンと契約してる」
「チェンソー………えっ? えっ?」
「噂の不死身のヒーローとか。 ……確かに、蘇生のタネが那由多じゃなくて繋がった命側にあるなら六眼でも見抜けなかった理由になるな」
不死身。そういう術式は実際に存在する。
にしても、死なないヒーローと死を押し付けられる女とかクソコンボかよ。単体では何の役にも立たない術式が他の術式と組み合わせることで花開くパターンはそこそこあるが、単独でも面倒くさいのがタッグを組んでいるケースはレアだ。ここまでの術式だと、大抵の呪術師は自分勝手にやりたがるものだ。
「チェンソーマンって、あのチェンソーマン?」
「ポチタじゃないほうだよ」
「知らない情報出てきた……」
傑が手で顔を覆う気配がする。そういえばこいつはチェンソーマンのファンだっけ。昔命を救われたことがあるとかなんとかで。悟は興味がないので忘れていた。
ともかく。
早川那由多は生きている。
東京都立呪術高等専門学校二年生は、四人とも誰一人かけることなくここにいる。
それだけ分かれば問題はない。めでたしめでたしだ。
「それで、まだここに通うのか。また死にかけるかもだが」
「高専じゃなきゃできないことがあるの。私はそのためなら何でもする」
「じゃあ改めて。おかえりだ、早川那由多」
「うん、よろしく」
東京都立呪術高等専門学校二年
『元』最悪の呪霊
早川那由多
呪術師で、俺たちの友人だ。
──それはそうと爆笑してきやがったのがムカつくので、もっぺん殴る。
※
血の呪霊との戦いは大変な事件だったが、終わってしまえば平和なものだった。夏油傑は未だに特級呪術師昇格査定中で、早川那由多の世話は依然五条悟の仕事のまま。何一つ変わらない。
「ところで気になってたんだけど、そうまでしてお前が高専にこだわる理由ってのは何よ?」
「なんだ、結局直接尋ねるのか。絶対に当ててやるとはしゃいでたのは悟だろ」
「おおよその目星がついたからな。赤血操術関連だろ?」
悟は十数冊もの書物を机の上に乱雑に置いた。どれも手書きで古めかしい。
早川那由多は驚いたようにぱちくりと数度瞬きした。
「わざわざもう一回実家戻って、埃臭いうちの倉ひっくり返してやったんだから、これで貸し借りは無しな」
「何それ?」
「だから赤血操術についての文献だよ。当然加茂家には劣るけどうちだって歴史だけは無駄にあるから情報なら──」
「違う」
那由多は断言した。
「私が高専に来たのは、そんなことを調べるためじゃない」
「──はぁ!?」
この発言には傑も硝子も驚いていた。詰め寄って理由を問いただす。
「赤血操術関連じゃないなら、なんでわざわざこんなとこ来たんだよ。お前なら適当な高校に行ったほうが好き勝手できただろ」
「だって、セーラー服もブレザーも、ズボンもスカートも学ランも全部着たかったんだもん」
「…………は?」
こいつは、何を言っている?
「全部の制服を毎日着たい。改造OKどころか、直々にカスタマイズが奨励されて作ってくれる学校は、日本中探してもここだけだった」
那由多はひらりとスカートを翻す。きっちりと締められたネクタイが動きに合わせて揺れていた。
「月曜日はセーラー服」
「火曜日はブレザー」
「水曜日は学ランを着るの」
「木曜日はネクタイに挑戦するんだ。デンジに結び方を教えてもらってね」
「金曜日はバンカラで長いスカートを楽しみたい」
「……私服の高校行けばいいじゃん」
「それは制服じゃないよ」
何それ。
そんな理由で?
そんな理由で那由多は命を賭けたのか。
「私にとっては命をかけるに足る理由だよ」
早川那由多は微笑んだ。全く理解が出来なかった。
呪術師はまともな奴から死んでいく。そりゃあ死なないわけだ。こいつほどイカれている女はそうはいまい。
「んだよそれ〜〜〜〜〜〜!!!」
「まじか……私もてっきり赤血操術絡みかと……」
「それは読む。デンジが読みたがってた」
「うるせえ〜〜! 知らねえ〜〜〜〜〜〜! 誰が読ませるか。五条家の当主になってから出直せ」
「…………わんわん」
「殺すぞ」
あーあ、古文書に呪霊の鼻血がついた。あらゆる意味でいいのかこれ。
まあいいか。
※
【side:家入硝子】
「ずっと違和感があったんだ」
五条の勘違いから始まった喧嘩を眺めながら夏油は硝子に話しかけた。
「最初こそ、悟が煽るからだと思ってたんだけどね。那由多は硝子には一度も支配の術式を使わなかった」
「うん」
「そして私にも、呪霊操術で防げるタイミングでしか使ってこなかった。……彼女は最初から、学友を『支配』するつもりはなかったんだろう」
「顔とセリフ一致してないけど」
傑は不愉快そうな顔をしていた。
「そんなに怒ることか」
「悟と比べて、私たちを舐めてるってことだろ」
「そんなことないでしょ。全員、対等に見てると思うけど」
家入硝子とは、見下すも何もない関係だ。
五条悟に対しては、見下そうとして失敗している。
夏油傑に対しては、見下そうとはしていないがムカつくので
夏油は五条とは扱いが違うことに不満があるようだが、硝子には理解できなかった。那由多は、全員を違う形で対等な友人として見ている。それはきっと悪いことじゃない。彼女のような術式を持っているのなら、余計に。
「はあ全く。私もさっさと特級に上がっておもり役を代わってやりたいなー」
「棒読みだねえ。にしても手持ちの呪霊ほとんど消費してなかったっけ。」
「こいつでお釣りが来るさ」
夏油の指先から血が滴り、明らかに重力に逆らう軌道で机の上を跳ねる。赤血操術──血の特級呪霊の力だ。
「取り込んでたんだ? 祓ったって報告したくせに」
「隠し球は多い方がいいだろう」
「は〜、このクズどもめ。怒られても知らないからね」
「その時はその時さ」
「いつか痛い目みるよ」
バキリ、夏油の脳天に椅子が直撃した。史上最速の伏線回収──もとい五条がぶん投げた椅子だ。メンゴメンゴ笑、と手を挙げているのが見える。夏油は張り付いたような笑みを浮かべていた。
呪力でガードしたようなので大事は至っていないが、これはやばい。暴力に訴えるレベルでキレている顔だ。冷静さを装いながらカチコミに行くパターン。案の定呪霊を呼び出しているのを尻目に、硝子は教室から避難した。血の呪霊は流石に使わないようだし、まあ大丈夫だろう。
今日も二年の教室は騒がしい。転校生が来ると聞いた時にはどうなることかと思ったが、まさか余計に面倒になるだけとは。あれが収まるまでどうやって時間を潰そうかなと、硝子は頭を悩ませた。
今日の夜が締め切りの報告書は、とっくの昔に教室の床に落ちて足蹴にされている。
平和だった。
※
【side:早川ナユタ】
「──デンジ」
「おかえり、ナユタ。何が食いてぇよ?」
「満漢全席」
「んなモン作れるか。中華かぁ、チャーハンにするか」
「うん」
デンジは去年買い替えた中華鍋を引っ張り出し、このマンションを選ぶ理由にもなった高火力コンロの前に立った。包丁はこの間の温泉旅行で奮発して買ったブランドものだ。わがままを言って名前も掘ってもらった。やっぱ切れ味いいよなあ〜などと独り言を呟きながら野菜を切り刻んでいく。洗って干した後の牛乳パックを使い捨てのまな板代わりにして、ニンニクを薄切りした。チューブではなく、形が残っている方が美味しいというのが早川家の共通認識だ。サラダ油をしき、にんにくと玉ねぎの色が変わるまで炒めたタイミングで、買い置きしていた冷凍ミンチを投入した。程よく加熱したところでご飯を入れてほぐし、醤油と塩胡椒、鶏ガラで味付けする。炒めたものをフライパンの端に寄せ、空いたスペースにごま油を追加し、溶いた卵を入れて混ぜ、最後に小口切りしたネギを食感が失われない程度に炒めれば完成だ。
早川家の世界一チョー最高なチョー最高飯である。チョーいい感じにさらに盛り付けて、わざわざ棚の奥からレンゲを取り出して机に並べた。
「「いただきます」」
デンジは優しい。那由多のワガママはきいてくれないけれど、那由多が本当に望んでいるものはできるだけ叶えようとしてくれる。
もくもくとチャーハンを口にかき込んでいると、デンジが手を止めてこちらを見ているのに気がついた。しっかり噛んで飲み込んだ後、どうしたのと指摘すれば気まずそうに話し出す。
「……ナユタが戦ったって血の呪霊さあ、どんなだった?」
「血みどろで不潔で、私や友達を殺そうとしながら大声で笑ってたのに、負けそうになったら突然様付けで呼んできて媚びへつらったって」
「うわあ……」
デンジは時々こういう顔をする。決して楽しいとは思えなさそうなシーンを前に眉を顰めるのに、どこか懐かしそうなのだ。
「寂しい?」
「あ〜……うん。まあな。でもナユタがいっからさ。毎日が楽しいぜ。それは間違いねえ」
「ならいいけど」
「……ま、色々あったらしいが無事でよかったぜ」
デンジは笑う。
ねえ、昔組んでた血を操れるバディってどんな人だった? この間戦ったみたいな呪霊と似てるの? 受肉してる? それとも人間の呪術師?
問い詰めたいことはたくさんある。デンジはナユタより一六年も長く生きているから、私の知らない思い出もたくさんある。そのほとんどを詳しく話してくれない。子供は大人が思うよりずっと聡いから、色々と察してしまうのに。でもこうして過ごす今を心底から大切にしているのもまた本音だと理解できるから、毎回これ以上問い詰められなくなってしまう。
那由多はデンジが大好きだった。
「「ごちそうさま」」
あっという間に完食する。すごくおいしかった。デンジは料理上手だ。下手だった頃があるなんて想像もできない。
皿を片付ける。洗い物をして、皿を元の場所に片付けていく。今度食器乾燥機を買おうか。あれ、水道より高い場所に置かないとダメだから場所の確保が面倒くさそうなんだよなあ。そうなんだ。なんてなんでもない会話をして。
犬たちのブラッシングをして、コロコロでフローリングに落ちている毛を掃除する。宿題を終わらせて、制服についた血の染み抜きが終わったら、お風呂の時間だ。冷たい牛乳を一杯飲み干した。明日着ていく良い服を準備して、布団を二つ並べて敷く。身体が冷えないうちに電気を消した。
デンジはナユタを心底愛してくれている。
だからデンジはナユタを絶対に食べてはくれない。
ナユタは、デンジの失恋に嫉妬している。
「学校は楽しかったか?」
「うん」
「友達とは仲良く出来てっか?」
「うん」
抱きしめる。強く強く抱きしめる。同じ強さで、抱きしめてもらう。
かつて■■■が求め続けていたもの。ナユタが生まれる前からずっと求めていたもの。
──わたしの世界は、他者との対等な関係で満ちている。
とても暖かくて、幸せだ。
※
血の呪霊編 完
※
ーーーーーーーーーー
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ーーー
ー
暗い森の中。
現代日本においてなお、人の手の届かない大自然の領域。
二つの影が穏やかな時を過ごしていた。
一方は人に似た形を持ちながら決して人と相容れぬ相貌を。
もう一方は髪の長い中性的な青年の姿をしている。
体躯も言葉も異なる両者が対等な友人であるように親しげにする様子は、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。
「『天使の輪』が解体されたんだって」
「■■■■■■■」
「うん。昔話した宗教団体。うっかり見つかっちゃってから、勝手に祭り上げられて……意味分からないし……すごく迷惑だった………」
「■■■」
「でも、あの人たちのこと別に嫌いじゃなかったんだ。キミや漏瑚はくだらないって思うかもしれないけど。うん、そうだね…」
「■■■■■■?」
「……そこで、あいつをようやく見つけた」
「■■■」
「うん」
「■■■■、■■■■■」
「うん、わかってる。………でも、もう決めたんだよね」
「
「ボクは君が好きだ。君と過ごした時間は十年にも満たないし、君にとってはほんの一瞬に過ぎないかもだけど──本当に楽しかった」
「でも、それ以上に許せない記憶を覚えてる」
「生まれるよりずっと前。たしかに、今のボクとは関係ない話だよ。でも、もう……後悔は二度としたくない………だから……」
青年には、
「──ボクは、
次回、天使の呪霊編
【キャラ紹介】
血の特級呪霊
性別:呪霊(女性型)
年齢:生まれたて
身長:3mより長い
好きなもの:血
嫌いなもの:野菜
出典:チェンソーマン
血液を操れる。
色々あって夏油傑のポケモンになった。デンジとバディ再結成の日は遠い。
早川デンジ(はやかわ デンジ)
性別:男性
年齢:24歳
身長:180くらい
好きなもの:美味いモン、楽しいこと
職業:廉直女学院教員
趣味:呪霊退治
出典:チェンソーマン
チェンソーマンになれる。
生徒とラブっぽいイベントが発生しかけた瞬間にナユタ経由でうっかり死んだ。告白してきた生徒には話を逸らすため悪ふざけしていると思われて放置された上、無事生き返って出勤した翌日には女生徒全員から不誠実だと冷たい目で見られたらしい。
ナユタに友達が出来たのが普通に嬉しい。