東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多   作:同じ顔の別人

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家庭訪問

 

 

 

【side:五条悟】

 

 

 早川那由多が吹っ飛んだ。

 

 

「「「──は?」」」

「お前ら0点だ」

 

 

 高専の入り口に車を停めて待っていた口元に傷のある男は、悟たち三人に出会い頭にダメ出しをした。

 何が起きたのか、ほとんど視認できなかった。

 那由多は道路の隅で痛い痛いと腹を抱えている。制服がまた汚れたとも嘆いている。意外と平気そう。放置でいいか。

 

 

「特級呪霊の監視任務は、護衛任務も兼ねてんだ。俺みたいな四流に出し抜かれてどうする」

 

 

 そう言って男は手に持っていた瓶を煽る。

 傑はなるほどこれは悟が慕うわけだと納得した素振りをみせる。硝子は那由多に声をかけに行った。

 相変わらず訳のわからない身体能力だ。呪力量が少ないのもあり、六眼ですら動きを追いづらい。

 

 

「……だからって護衛対象ぶん殴るか? 相変わらずイカれてんな、あんた」

「岸辺だ」

「名前忘れてる訳じゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、70点」

 

 

 怖いもの知らずの傍若無人小学生をしていた悟を出会い頭に質問攻めにし、機嫌が良いから答えてやれば微妙な採点しやがった奴。

 それが岸辺だった。

 

 

「ま、お堅い五条家にしてはいい感じに育てたもんだ。お前いくつだ?」

 

 

 五条悟は天才だ。大体のことは人並み以上にこなすことができた。お抱えの武術講師を半年前には全員叩きのめし、体術の訓練時間はコロコロを読んで過ごしていた。

 困ったのが教育係だ。流石にこれはどうなんだ、いやしかし実力があるだけに強く叱れない──というかすでに家のどの呪術師より強いので止められない。悩んだ挙句五条家は新しく外部の呪術師を講師役に雇った。

 お付きの使用人があまりにもうるさいので、顔合わせだけはしてやったというのに。なんだこいつは。偉そうな大人は嫌いだ。雑魚のくせに調子に乗っていてウザかったので無下限術式でぶっ飛ばした。

 悟はうん百年ぶりの六眼と無下限術式の抱き合わせだ。目の前の男の呪力量も、術式も、どちらも大したことが無いのが視えていた。

 

 

「はい終わり。これからでんじゃらすじーさん読むから邪魔すんなよ」

「じゃあ小学一年ってことで」

「……へえ、今の避けてたんだ」

「ちょうどいい、入学祝いだ」

「あのさ、俺三年生だよ」

 

 

 こうして始まったのが、休憩無し睡眠禁止無下限解いたら即腹パンのチキチキ耐久訓練合宿小学校進学祝い編(命名:夏油傑)だ。思い出すだけでもムカつくのでこれ以上の詳細は省く。

 

 クソみたいな指導の結果──悟は岸辺を気に入った。本来一ヶ月間だけだった雇用契約を、無理矢理半年に引き伸ばさせた程度には。舐めた態度はムカつくが、媚びへつらう雑魚まみれの日常よりよっぽどマシだったのだ。

 

 以来、定期的に連絡を取っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸辺が運転する車に、助手席に悟が、後部座席に傑と硝子と那由多が詰めて座る。

 

 

「なー岸辺ー、後でツラ貸せよ」

「今のお前にゃ正面からは勝てねえよ。来年には定年退職なんだぞ。ったく、少しは労れ」

「呪術師は一生現役だろ」

「後進がこんなのしか育たねえからろくに休めねえ」

「………術式順転」

「待て待て待て」

 

 

 硝子に全力で止められる。今はやめろと。傑は「こっち乗ってく?」とでも言いたげにマンタ型の呪霊をチラ見させてきたが、車がぶっ壊れたら流石に面倒なので引き下がった。露骨につまらなさそうな顔をするんじゃない。

 

 

「で、さっきから気になっていたんだけど……岸辺さん、今、運転されてますよね」

「それがどうした」

「……手に持ってるそれ、水じゃないですよね」

「そうだな」

「さっき飲んでましたよね?」

「あー……どうだっけ……」

「………………」

 

「やめとけ傑。あいつ頭イカれてんだ」

「やっぱり呪霊(こっち)乗ってく?」

「事故ったら岸辺置いて逃げようぜ」

 

 

 

 

 およそ三十分後、悟たちは事故を起こすことなく目的地にたどり着いた。

 那由多の実家は、呪霊と聞いて思いつくあらゆるイメージからかけ離れていた。

 都心から少し離れた立地のマンション、駅近、スーパーまで徒歩2分。ペット可、築七年。その1階に住んでいるのだという。

 

 

「あらナユタちゃん、おかえり。そちらは学校のお友達?」

「うん」

 

 

 管理人との仲も良好のようで、たわいもない挨拶をこなしていた。六眼で確認したが残穢も無い。支配の術式を使わずに構築した関係ということだ。

 早川と書かれた表札の部屋に入る。かなり広い。干しっぱなしの洗濯物。水洗い後に逆さまに置かれた食器類。生活感にあふれていた。

 噂の保護者(デンジ)はまだ帰ってきていないようだ。

 

 早川デンジは大学の教育学部を卒業したばかりの新任教師らしい。今は都内の中学の副担任として多忙な日々を送っていて、今日も帰宅は19時ごろになるのだそうだ。

 

 

「呪術師じゃないのか」

「昔はやってたけど、私と会った頃にはもうやめてた」

「……ふーん」

 

 

 特級呪霊は特級呪術師が対処するのが通例だ。だからこそ悟はこんな面倒くさい監視任務をぶん投げられて辟易としている。

 なのに、早川デンジは呪術師ですらないのだという。

 特級呪霊と同居し、おそらくあの頭の硬い老人どもとも話をつけ、監視のつかない自由な生活を勝ち取っている一般人。属性を盛りすぎにも程がある。一体何者なのか。

 責任感などではない。興味半分、むかつき半分。得体の知れないその男の正体を確かめてやるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──じゃ、これで。お前らがいるならさっさと帰れるわ。

 

 そう言い残して岸辺は早々に帰ってしまった。暇だ。

 だから悟は家探しをすることにした。本棚を物色していると、硝子に何をしているのかと声をかけられる。

 

 

「そりゃあ探すだろ、エロ本」

「他人の家来て最初にすることがそれ?」

「私はこのあたりが怪しいと思うんだが」

「このクズどもが」

 

 

 傑と分担して隠せそうな場所をしらみ潰しに当たっていく。

 

 

「デンジはちゃんとした大人だもん。そういうの持ってないと思うよ」

「あったわ」

「!?!?!?!?」

 

 

 この時の那由多の動揺っぷりと言ったら爆笑ものだった。

 

 

「おおー」

 

 

 なるほど、大人のお姉さんが好みなわけね。三つ編みの姉ちゃんが写っているページに折り目がついているのを女子二人に見せびらかした。

 

 

「意外と王道だね。女子高生の人型呪霊と同棲してるくらいだからてっきりもっとニッチな趣味をしているものだと」

「…………………………………」

 

 

 傑のコメントがトドメだった。

 硝子がトイレに避難する。

 

 殴り合いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もグダグダと時間を潰す。時間が経つのはあっという間だった。

 

 

──ガチャリ

 

 

「デンジ……!」

 

 

 玄関から鍵が開く音がした。那由多が駆け足で出迎えに走っていく。面倒くさいが仕方がない。悟は後を追いかけた。

 

 

「おい。勝手に移動するんじゃ──」

 

 

 

 

 玄関で那由多と若い男が強く抱きしめ合っていた。

 

 

「おかえり」

「おう。ただいま」

 

 

 目の前で二人だけで完結した世界が繰り広げられている。

 なぜか、昔見た難解でよく分からなかった映画を彷彿とさせた。

 

 

「もしもーし、この家は客に茶も出さねえの?」

「……あれ? 送迎って岸辺のおっさんじゃねえの?」

「これは友達」

「へえ」

 

 

 男は顔をあげる。ようやく視線が合った。

 こいつが、早川デンジだ。

 

 金髪で背が高い、どこにでもいそうな雰囲気の──討伐対象特別除外指定済人型特級呪霊『早川那由多』の兄。

 六眼に、純粋な人とも、呪霊とも、受肉した呪霊とも異なる妙な呪力の流れが映る。

 

 ──混じっている。

 

 なるほど、こいつはまともじゃなさそうだ。

 

 

「どーも、はじめまして」

「ん、あぁ……こちらこそ」

 

 

 デンジは五条悟に無防備に背を向けて、革靴を脱ぐとスーツをハンガーにかける。

 

 

「まあ、くつろいどけよ」

 

 

 そして洗面所に手を洗いに行く前に、那由多に麦茶を淹れるように声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか食ってくか? 肉料理以外で」

「ステーキ」

「肉料理以外っつったろ。高専は反骨精神が必修科目なのか?」

 

 

 この人数で足りっかなあ、材料買い足して来ねえとなあ、とデンジはエプロンを身につけながらぼやいていた。

 

 

(思ってたより若いな)

(ヒョロいし、俺たちよりガキに見えるわ)

(いや、それは私たちのスタイルが良すぎるだけだから)

 

 

 小声で傑と会話しつつ、冷蔵庫を覗き込む背中に声をかける。

 

 

「はいはい、どうして肉以外なんですかー? こちとら食べ盛りの男子高校生だよ」

「ナユタが肉苦手なんだよ」

「何言ってんの? こいつこの間死ぬほどカルビ食ってたぞ」

「えっ」

 

 

 呪詛師から巻き上げた金で打ち上げパーティーをしたのは記憶に新しい。口元を汚しながら骨つきカルビを平らげる那由多の顔の間抜けさに爆笑した悟はこっそり写メも撮っていた。それをデンジに見せると、マジかぁと心底から驚いた反応をされる。

 

 

「私は食べなかった」

「よく真顔でそんな嘘つけんな。性格終わってんの?」

 

 

 乱闘を再開する那由多と悟をよそに、デンジは焼肉会の様子をしみじみと眺めつづけていた。

 

 

「ナユタ〜、家で肉食いたがらなかったのなんで?」

「私はデンジが肉を食べてるところを見たくない。嫉妬するから」

「……念のために聞くけど、何に?」

「肉に」

「へ……へえ………」

 

「ヤンデレだぁ」

「ヤンデレ特級呪霊だ」

 

 

 悟は傑とヒソヒソ話を装いながら割と大声で那由多をおちょくった。いつもなら不機嫌そうな顔くらいしそうなものを、真剣な表情を崩さない。まじか。こいつマジで言ってるんだ。真性のヤンデレじゃん…ヤバ〜……

 

 

「ん〜、俺はナユタのこと食いたくねえなあ。毎日肉の生活は胃もたれすっから」

「知ってる」

「ま、()()()がいるならそういうことにはならねえだろ。頼りにしてるぜ」

 

 

 デンジは立ち上がり、悟たち三人に向けて軽く手のひらを振り、夕飯の支度を始めた。

 

 

 ……少し話しただけでも感じる。ほとんど直感のようなものだったが、悟は自身の直感を何より信用していた。

 

 

(俺こいつのこと嫌いだわ)

 

 

 悟は中指を立てて返事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:夏油傑】

 

 

「ティラミス、お手」

ワン!

「おすわり」

ワン!

「伏せ」

ワン!ワン!

「ちんちん」

ワン!ワン!ワン!

 

 

 早川那由多は次々集合する犬に芸を披露させる。合計七匹。それぞれスイーツの名前が付けられている。飼いすぎだろと悟が呆れていた。

 

 

「反応薄っすいなぁ……そんなに面白くなかったか? 俺ん知り合いが家に来たときはこれ見せっと大ウケすんだけど」

 

 

 全く同じものを呪詛師(にんげん)相手にやってるのをよく見てます、とは言えなかった。苦笑いでごまかす。

 

 

「同じもの人間相手にやってるのよく見てるから真新しさがねーよ」

(言った)(言いやがった)

 

「ああ……やっぱそんな感じなんだ……」

(そういう反応をするんだ)(そういう反応をなのか)

 

 

 硝子と無言で目くばせする。ツッコミは野暮だ。こういうときは適度な距離から野次馬するのが一番得なのだから。傑は早川那由多が来てから硝子と少し仲が良くなった気がしていた。こんなことを漏らせば悟から『上京して初めてコンパに参加するも都会者の飲み会ノリについて行けない者同士が意気投合、即日ホテルにシューーーーーっ!』などと最悪の例えで煽られるので絶対に言わないが。

 

 

 

 早川那由多が犬に芸をさせている間に、デンジは夕飯の準備を進めていた。冷やご飯を電子レンジで解凍する。そこに砂糖と塩、酢を混ぜれば酢飯の出来上がりだ。

 冷蔵庫のタッパーから取り出した卵焼きと水洗いしたきゅうりを手際よく細切りにしていく。正方形にカットした海苔。マグロ、サーモン、エビ、いくら、醤油、わさび──手巻き寿司の準備が整った。

 

 

「……握り寿司じゃない」

「んなもん作れるか。これで十分だろ」

 

 

 作り置きしていたらしい惣菜も机に並ぶ。足りなければスーパーに買い出しに行ってくれと言われ、了承した。そもそも急な訪問をしたのは傑たちだ。

 早川デンジの料理は美味かった。

 

 

 

 

 ……そろそろ頃合いか。机からほとんど料理が消えたあたりで、傑は箸を置いた。

 

 

「早川デンジ。貴方にずっと聞きたかったことがある」

「んだよ、改まって」

「討伐対象特別除外指定済人型特級呪霊『早川那由多』。日本で唯一、人間に対して友好的だと認定を受けた呪霊──そんな戯言を、本当に信じてるのか?」

 

 

 呪霊操術を使う傑だからこそ、断言できる。呪霊は決して分かり合える存在ではない。

 ……少し話しただけでも感じる。ほとんど直感のようなものだったが、傑は自身の直感を何より信用していた。

 彼は『いい人』だ。

 だからこそ、彼が呪霊を甘く見ているのならそれなりの対応をせねばならない。それが夏油傑の呪術師としての責務だ。

 

 

「ナユタは…」

 

 

 デンジは少しだけ悩んだが、傑の真剣な様子を見て正直に答えることにしたようだ。

 

 

「ナユタは人間に特別友好的ってわけじゃねえ」

「ならどういうつもりで?」

「友好的に()()()呪霊だ」

 

 

 デンジは隣で黙々と手巻き寿司を頬張っている早川那由多の頭を撫でた。

 

 

「他所様に迷惑をかけないように、愛情たっぷりに育てたんだ。だからこいつなら大丈夫だろうって信じてもらえるまでになった」

「もしも、早川那由多が一般人を傷つけて、討つべき悪になったらどうするつもりだ?」

「そんときは……ちゃんと叱ってやらねえとな」

 

 

 平和ボケした考えだ。けれど私が懸念していたような無知故の楽観ではなかった。

 早川デンジは、こんな平和ボケした決断が出来るようになるまで一体どれ程の苦難を超えてきたのだろう。

 

 

「問題行動を起こした時は祓いますが、文句言わないでくださいね」

「お〜やってみろよ。マジでワルになったナユタは強えぞ?」

 

 

「はい! 俺は出会い頭にこのクソガキに支配されそうになりました!」

 

 

 ──悟の空気を読まない告げ口が、真剣な空気を台無しにした。

 

 

「何やってんだナユタぁ!?!?」

 

 

 デンジは激しく動揺しながら那由多の肩を強く揺さぶった。

 

 

「全く……」

「このバカにしては茶々入れるのを我慢した方じゃない?」

 

 

 硝子の辛辣なツッコミが入る。それに関しては同意だ。

 

 

「お前が真面目ちゃんすぎるんだよ。食事の席でする話じゃねえだろ」

「ほへんははい」

「口にものを入れてる時に喋っちゃダメだって教えただろ!!」

 

 

 私たちの会話が次の話題に移っても、早川那由多は叱られ続けていた。教員免許を持っていても、呪霊の教育は難航するらしい。

 

 

「くそッ、お前名字はなんだっ!?」

「どもっ! 五条悟でぇーす!」

「よりにもよって御三家かよぉ〜〜〜〜」

 

 

 うざい笑顔でポーズを決めた悟の宣言に、うぎゃあとデンジはダメージを受ける。頭を抱えて机に突っ伏した。童顔なのも合わせて年下を見守っている気分にすらなる。

 

 

「アポ取るだけでも大変なとこじゃねえか。くそっ、菓子折りも買いに行かねえと……」

「俺が許してるんだから、あんな奴らに謝る必要ねーよ。どうともなってねえし」

「大人にはな、知りませんでしたじゃすまねえこともあるんだよ。ガッコに預けてる間に何かねえかって、家族はすげえ心配なんだから……」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 口の中のご飯をしっかり味わって飲み込んだ後、早川那由多は小さな声で謝罪した。

 

 

「大ごとにならなくてよかったけど、次からはちゃんとしてくれよなあ」

 

 

 デンジは、カレンダーをチェックしながら頭の後ろを掻いていた。

 

 夏油傑は自分の責務を果たす人間が好きだ。

 早川デンジは呪術師ではないけれど、今まで出会った中でも数少ない、まともでちゃんとした──尊敬できる大人だった。

 会いに来てよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デンジは泊まっても構わないと言っていたが、着替えもないので丁重に断った。

 

 別れ際に、傑はデンジにもう一度質問をした。

 

 

「どうして那由多を学校に行かせようと?」

「俺が学校行って楽しかったから」

 

 

 即答だった。

 

 

「ナユタも行きたがったしな。最初は高専じゃなくて、もっと…こう…普通のとこ探したんだよ。廉直女学院とかいいだろ? 制服可愛いし。

 

 でもあいつ、高専じゃなきゃヤダって言ったんだ。

 

 ナユタは特別だから、普通の人間にも見えるし写真にも映る。色々あって身分証明書とか持ってっけど、流石に呪術高専の生徒にゃ人間じゃないってバレんだろ。友達とかも作り辛ぇだろうし……やめとけっつったんだけど譲らなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()って。

 

 だから岸部さんにも久しぶりに連絡とって、いろんなところに頭下げて、無理して入学さしてもらったんだ」

 

 

 早川那由多はキッチンで食器を洗っていた。手慣れた様子で食器を拭いていく。どこに何があるのか、家にどんな食器があるのか把握している手際の良さだ。

 傑は黙って聞いていた。

 

 

「ああくそ、もうしばらく頭は下げたくねえなあ……」

 

 

 どんな苦労があったのか、何を乗り越えてきたのかは分からない。ただこの童顔の男は、本当に私よりも長く生きてきたのだなと実感する。

 

 

「どうして彼女のためにそこまでするんですか」

「家族だから」

「血は繋がってないでしょう」

「一緒には暮らしてるぜ」

 

 

 デンジはニヤリと笑う。

 

 

「ナユタは残酷で、価値観が違って 明日世界を支配するかもしれねェ……でも、俺ん家族だから……ちゃんと育ててやりてえんだ」

 デンジは頭を下げた。

「ありがとうな。ナユタと対等に接してくれて」

 

「──そういうんじゃねーけど!」

 

 

 イラついた様子で悟が会話に割り込んできた。さっきから感じていたが、悟は彼のことがあまり好きではないのだろう。無二の親友だが、趣味が合わないのは初対面の時から知っている。

 

 

「そうか? ナユタはそう思ってるからこんなに楽しそうにしてんだと思ったんだけどな」

「はいマウント〜! お前この小一時間で何回その手の発言した? マジウザいんだけど」

「はいはい、帰ろうか悟」

「また来いよ。歓迎するぜ」

 

 

 

 

 帰り道。三人は傑の呪霊に乗って帰路についていた。時間も遅くすっかり暗くなっていたのでまず一般人に目撃されないだろうと判断したからだ。

 

 

「いい人だったね」

「お前の趣味は理解出来ねえわ。ポジショントークのオンパレードでマジでキツかっただろ」

「悟、どうしてそう斜に構えた捉え方しかできないんだ?」

「当たり前だろ。偉そうにいい人ヅラしやがって。本当に立派な大人なら、世界のためにさっさと那由多を祓ってる」

「……君とは一度『いい人』の定義についてじっくり話し合わないといけないようだな」

「どうした、図星つかれて逆ギレか?」

「はいはいはい今は市街地なんだからやめなよ。そんなことより那由多の話」

 

 

 スパンと、悟と傑の背を叩いて争いを中断させたのは硝子だ。ピンと人差し指を立てて、いつになく真面目な雰囲気で喋り出す。

 

 

「私は那由多の編入の件に2つ仮説を立ててた。

 

①上層部が最悪

 いつもの老害案件。傑以外の呪霊操術か特級呪物あたりで那由多を制御してる。政治的な理由で五条家か高専をめちゃくちゃにするために送り込まれた。

 

②那由多の性格が最悪

 那由多の性格と根性が典型的な呪霊してるケース。高専の呪物狙いか、私たちみたいな将来有望な呪術師を手駒にするために早川デンジと上層部の一部も洗脳して乗り込んで来た」

 

(自分で将来有望って言った…)

「誇張じゃない。特に私は直接戦うのに向いてないから、自衛を最優先しろと夜蛾先生から口すっぱく指導されてる。二人はあまり聞いてないだろうけど」

 

 

 そんなことを言っていたような言っていなかったような。悟も覚えていなさそうだ。だが問題はない。その助言が役に立ったことも、この先役に立つこともないだろう。なにしろ私たち最強だから。

 

 

「ともかく、今日、早川家に行ってどう思った?」

「②! ②! ②!」

「五条ちょっと黙って」

「……確かに、妙だ。六眼なら早川デンジが術式で洗脳されているかどうかは分かるだろうだが──」

「されてなかった。そこは保証する。なんか妙な残穢はあったけど、那由多のじゃねえわ」

「となると②はない。早川デンジが呪詛師でグルって説もあるけど、こんな遠回りをする意味がないし……そして今回聞いた話からして①の線も薄くなった」

 

 

 ──ならば、なぜ?

 ただ学校に行ってみたいというのなら、まだわかる。いや呪霊がおセンチな感情を持つという仮説自体が無茶苦茶だが、三人はたった一月足らずの付き合いの中で早川那由多が非常に人間に近い知能を備えているのを実感していた。人間らしい情緒も持っているのだとすれば理解できないことはない。

 

 

「早川那由多は呪霊のくせに写真にも映るし非呪術師にも見えるのに」

 

 

 数多存在する学校の中で、わざわざ呪術高専を切望したという。その理由は何だ?

 

 三人の間に浮かんだ疑問は、悟の悪ガキ精神を刺激したらしい。

 

 

「入れるしかないっしょ──探りを!」

「直接聞くのは?」

「つまんないから却下」

「ま、特級呪霊を監督してるんだ。警戒しすぎるということはないさ。地道な調べ物も悪くない」

 

 

 まずは職員室に忍び込んで早川那由多の資料を盗むところからだ。あの夜蛾をどうやって出し抜こうかと、夜の空の下、算段を立てていった。

 

 

 

 




ちなみに偉い人と主に話をつけたのは岸辺です
デンジは誠心誠意頭を下げまくりました
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