東京都立呪術高等専門学校二年転校生早川那由多 作:同じ顔の別人
呪術キャラ視点→那由多
悪魔とデビルハンターは呪霊と呪術師表記で統一。
早川那由多①
黒髪のブレザー美少女と、学ランの白髪美青年が古い校舎で向き合っている。一見微笑ましいやりとりだ。
しかし、呪術師にとっては悪夢のような光景だった。三流は裸足で逃げ出し、二流も震えを止められず、一流すら死を覚悟する──そういうレベルの争いだった。
「呪霊如きが舐めた真似しやがって。今すぐ祓う」
東京都立呪術高等専門学校二年
最強の呪術師
五条悟
「私は、この学校に通うためならなんでもする」
東京都立呪術高等専門学校二年
『元』最悪の呪霊
早川那由多
いつか一人で日本国民全てを殺せる力を手に入れる呪術師と、かつて日本国民全ての命と引き換えでなければ倒せなかった呪霊が、一触即発の殺意を纏わせ対峙していた。
現在時刻、12時30分。
クソみたいに平和で、クソみたいに穏やかな天気。
──本日の喧嘩の原因、卵焼き。
「止めなくていいの、あれ」
「まったく仕方ないな。悟、やるなら殺さない程度にするんだよ」
「なんで煽った?」
夏油傑と家入硝子が教室のすみで昼食後の穏やかな時間を過ごす中、バカ二人は弁当のおかずをとっただの取らないだのというくだらない理由で拳を交えていた。
※
1984年11月18日午前10時
『銃の呪霊』日本に26秒上陸
5万7912人死亡
1997年9月12日午後3時18分21秒
秋田県にかほ市沖合より12秒間銃の呪霊出現
同日
東京都内住宅街に銃の呪霊出現
討伐
戦功者
■■■
■■ ■■■
(以下、資料は塗りつぶされている)
1998年
──チェンソーマンブーム 到来
※
【side:五条悟】
チェンソーマンと言えば、誰もが知る国民的ヒーローだ。
今でこそやや下火となっているが、未だ根強い人気を誇っている。だが銃の呪霊へのカウンターで生まれただの言われて育っていた悟にとっては、生まれる前から背負わされていたよくわからない責務を横から掻っ攫った挙句行方不明になったよくわからない奴、という認識にすぎない。ぶっちゃけあまり興味がない。右を見ても左を見てもチェンソーマン一色──飽きっぽい悟は当時のブームに辟易としていた。
どの程度かというと、チェンソーマンのファンだと名乗った夏油傑と初対面で喧嘩になったくらいには無い。今でこそ親友だが、趣味は合わないなと思う。
そんなチェンソーマンは実は呪術界では実在自体が疑われているレベルの存在だったりするのだが──過去に一人だけ実在を断言した男がいた。
名を岸辺。悟が成長するまで最強を自称していたらしいクソジジイ、もとい五条家が雇った悟の武術講師。そいつから突然電話がかかって来たのが今朝のことだ。
『今日そっちに転校生がくるから面倒を見てやってくれ。まあ、お前なら大丈夫だろ』
「何が?」
『じゃあよろしく』
「死ね」
転校生が来る──ごく普通の高校における一大イベントは、何もかもが普通ではない高専においても、ホームルーム前の休み時間の話題を独占するには十分な魅力を持っていた。
「男? 女?」
「知らね」
「この学年に来るなんて、弱い者いじめにならないといいけどね」
意外とノリノリなのが家入硝子。しれっと失礼な発言をかましたのが夏油傑。悟のたった2人の同級生だ。
「岸辺から久しぶりに連絡が来た。だから多分術師の家系のやつじゃない」
「悟の体術の師匠だっけ。彼のお墨付きなら期待できそうだけど」
「師匠じゃねえ、児童虐待犯だ」
「休憩無し睡眠禁止無下限解いたら即腹パンのチキチキ耐久訓練合宿小学校進学祝い編か………あの話は……ふふ、愉快…いや災難だったね!」
「あ゛〜〜、お前に教えるんじゃなかった」
悟が育つまで最強を自称していたらしいクソジジイは、そう名乗るだけのことはあった。悟が小学生低学年の頃のことだ。並の一級呪術師では勝負にすらならない猛攻を岸辺は身体能力だけで乗り切った。そうして悟が体力切れを起こしたところをボコボコに殴ってきやがったのだ。
今なら間違いなくやり返せる自信があるが、なんだかんだお互い多忙な身故に会えていない。首を洗って待っていやがれ。いやマジで。
くだらない話で盛り上がるうちに、ホームルームの時間になった。カツカツと廊下から二人分の足音が響く。夜蛾先生と噂の転校生だ。
「おはよう。早速だが新入生を紹介する。今日から2年に編入する早川だ」
「はじめまして」
入ってきたのはセーラー服の女だった。身長は硝子よりもやや低い。黒髪長髪、間違いなく美少女と形容されるにふさわしい容姿をしている。
この学年は皆優秀だった。
だから。少女の姿を見た瞬間、全員が
「授業中だぞ。座れ」
「そいつ呪霊じゃん。夜蛾せんせー、とうとう頭イカれた?」
「自己紹介だ。出来るな?」
夜蛾は悟たちの一切の挑発に乗らず、何事もなかったかのように転校生の紹介を続けた。
少女は無言で頷くと、そのまま五条悟を指さした。
「わんわん」
──ぐらりと視界が揺れる。
少しだけ理解が遅れる。五条悟は生まれた時から上位者で、絶対的に見下す側の存在だったから。
「ふざけんな殺す」
元々沸点が高い方ではないが、これほどまでに頭にきたのはいつ以来だろう。全力で膝を顔面に叩き込んだ。
血が飛ぶ。吹っ飛ぶ。術式順転──
「やめろ悟」
『蒼』の発動を直前で止める。夜蛾は何を考えているのか。
少女はゆっくりと上体を起こす。鼻血を流しながら自己紹介をした。
「早川ナユタといいます。この学校に通うためならなんでもします」
「彼女は討伐対象特別除外指定済人型特級呪霊『早川那由多』。日本で唯一、人間に対して友好的だと認定を受けた呪霊だ」
「名称長すぎ。ギャグかよ」
真顔でダブルピースを掲げる特級呪霊は、教室に新しく運び込まれた四つ目の机を我が物顔で占領していた。
「上からの強い要望でな。『早川那由多』を東京都立呪術高等専門学校は生徒として受け入れることにした」
「頭イカれちゃったんですか?」
皮肉の効いた言い回しを好む夏油すら、ストレートな罵倒しか出来なかった。
呪霊を? 呪術師として? 生徒と認めて入学させる?
「頭イカれちゃったんですね…」
「夏油、聞こえてるからな」
「私の呪霊操術は」
「禁止だ」
「うわあ…」
東京都立呪術高等専門学校二年──彼らは、三人が三人とも唯一無二の才能と特殊性を持った突出した世代だった。
御三家相伝の無下限呪術と六眼の抱き合わせ、学生にしてすでに特級呪術師の資格を保有する五条悟。非呪術師家庭出身者初の特級呪術師昇格査定中、呪霊操術の夏油傑。ただでさえ使い手の少ない反転術式を他人に作用させることが出来る奇才、家入硝子。そしてここに日本で唯一人間に対して友好的だと認定されたとかいう眉唾ものの特級呪霊、早川那由多が加わった。
呪霊である。特別討伐除外指定を受けているとはいえ、基本的な扱いは変わらない。おまけに夏油の呪霊操術の使用もなぜか禁止されている。
つまり──
「特級呪霊の対応は特級呪術師が担当する。五条悟──上からの御指名だ。『早川那由多』の監視任務。期限は卒業まで」
「ハァッ〜〜〜〜〜!? 嫌だね!」
岸辺の電話を思い出す。面倒を見てやってくれとは、単に仲良くしろということではなかったのだ。
「以上、ホームルーム終わり。一限目は英語だから準備をするように」
「「「いや出来るかこんな状況で」」」
生徒三人の声が揃う。そんなことで心を一つにしたくなかった。
※
【side:家入硝子】
「エー、ビィ〜、スィー、デー、イー、エフ、ジィ〜〜」
件の特級呪霊は大人しく着席し英語の教科書を開いて絶妙な発音でABCの歌っている。硝子たちは夜蛾先生の意図を読みかねていた。
監視をしろなどと言うが、本当にそれだけなのか? 暗に祓えと言うのか、長時間警戒を続ける訓練なのか、本当の本当に頭がイカれてて言葉通り仲良くしろということなのか。
特級呪霊など遭遇することの方が珍しいというのに。それが人間にしか視えない姿で、制服を着こなして、教科書を開いて真面目に勉強をしようとしている。シュールすぎて笑ってしまいそうだ。
だがしかし、溢れ出る禍々しい呪力がこの一見無害そうな少女の本質を雄弁に語っていた。六眼でより詳細に視えているだろう五条はさっきからだんまりを決め込んでいる。
気まずい空気を打破せんと声をかけたのは夏油だった。監視を命じられた悟にその気が無いのなら、硝子よりは、自衛ができるだけの力がある自分が探るべきだなどと考えているのだろう。
「君、本当にこのまま授業を受けるつもりかい?」
「圧死、心臓致死?」
「は?」
「煉獄虐殺拷問…」
だがまともな返事は帰ってこなかった。歌うのをやめ、教科書を机の上に置いた。何を考えているのかわからない渦巻いた瞳でこちらを見つめ、顔似つかわぬ──とても呪霊らしい残酷な──単語を並び立てている。呪言ではないようだが、聞いていてあまり気分の良いものでもない。
「何を言っているのか意味が分からない」
「血・飛・沫、切断眼球ぅ〜」
ノリノリでピースサインを見せつけられても、発言が全然ピースじゃない。夏油は肩をすくめ五条と硝子の下に帰ってきた。
「この距離だし聞こえてたと思うけど、一応報告だ。まともに会話が成立しなかった」
「最初に自己紹介してたのは…」
「低級の呪霊でも、躾ければ決まった言葉を喋るくらいにはできるらしいね」
「もしくは独自の言語体系を確立してるか……」
夏油と硝子が特級呪霊の生態の考察で盛り上がる一方で、五条悟は仏頂面を浮かべたまま一言も喋らず、特級呪霊の一挙一動を観察していた。一応真面目に仕事をする気はあるらしいが、貧乏ゆすりをするのをやめてほしい。
「鏖殺」
「!」
三人に近づいてきていた特級呪霊が、五条の手に触れようとして失敗していた。無下限術式だ。無限を現実に顕現させ、相手を永遠に辿り着かせなくすることができる。
「切断地獄、焼死土葬?」
頭、頬、手。一定以上の距離に近づけないのを面白がったのか、早川那由多は無下限に御執心だ。イラついた五条が暴れ出すのではないかと思ったが、無視を決め込むことにしたようだ。
「五条はどう思う?」
五条悟は六眼を持っている。青く独特の光を放つ、天から与えられた才能の一つ。呪力の流れを捉えることに特化した瞳は、相対した者の術式の情報を丸裸にすることができる。
呪術的な分析において彼ほど役に立つ存在もいない。ぜひ意見を聞きたいと声をかけたのだが、乗り気ではなさそうだった。
「知らねーよ、頭が弱いだけだろ」
「──いや、そういうんじゃないよ」
「普通に喋れるのかよ!!!」
突然流暢になるんじゃねーよ! 五条が反射でツッコミを入れた。
一連の流れを見た夏油が吹き出し、笑うんじゃねえと五条から睨みつけられる。
「お前、普通に会話できるならさっきのはなんだったんだよ」
「特級呪霊っぽくて面白いかと思って」
「センス終わってんな」
「悟ほどではないと思うよ」
「あ゛?」
夏油に横槍を入れられた五条がキレる。売り言葉に買い言葉、言葉の応酬は徐々に激しくなっていき、夏油はとうとう呪霊を呼び出した。
さっきまでの一触即発の殺し合いの予感とは違う、いつも通りのただの喧嘩だ。
なんだか少しだけホッとした。図太いと言われがちな硝子だが、案外緊張していたのかもしれない。ようやくいつもの調子に戻れている気がした。
「早川さん、通うためなら何でもするって言ってたよね。上からの命令じゃなくて、あんた自身にも通いたい理由があるんでしょ?」
「うん」
「それはここじゃなきゃ出来ない?」
「うん」
「そのためにはあの馬鹿──クズ野郎と一緒にいなきゃいけないとしても?」
「おい待てなんでわざわざ言い換えた」
「最初に言った。私はこの学校に通うためならなんでもする」
硝子は人よりは医療知識も肉体への造詣も深いつもりだ。早川那由多の一挙一動を観察する。眼球の動きも、呼吸数も、発汗量も、四肢の動きも、嘘をついているようには見えない。もっとも呪霊が人間らしい挙動をするとは限らないのだが、硝子は早川那由多以外の人型呪霊を知らなかったので判断のしようがなかった。
「あーくそ、毒気抜かれた。おいそこの呪霊」
「早川那由多」
「そうか、木端呪霊。お前今から俺の命令に絶対服従な。じゃねえと絶対監視なんてしてやらねえ」
「……それを、“私”に言うの?」
「そうだよ、分かってて言ってるんだ」
「……君の眼は、術式は見えても、何が本当で何が嘘かはわからないみたいだね」
ひくりと、五条のこめかみが震えるのが見えた。こいつはこいつで分かりやすすぎる。隠す気もないのだろうけど。
「“縛り”じゃなくてお願いなら聞いてあげる。同じクラスのお友達だもの」
「………ふーん、あっそ。なら試させてもらおうかな。起立!」
「うん」
那由多は素直に椅子から立ち上がった。
「返事!」
「はい」
「右手挙手!」
「左手上げて!」
「片足立ち!」
「犬の鳴き真似!」
「あれ完全に楽しんでるだけだよね」
「元からそういうやつでしょ」
あまりにも素直かつキレッキレに命令を聞くものだから、多分ツボにハマっている。「荒ぶる鷹のポーズ!」あ、やった。特級呪霊も荒ぶる鷹のポーズが何か分かるんだ……人生で一番知らなくてもよかった知識だな……
「私としては悟がいつスカート脱いでとか言い出さないか不安なんだが」
「それは流石に……いや……私の制服勝手にパクって女装してたことあったな………」
特級呪霊にどうこうされる、ではなく友人が社会的に道を踏み外さないかという不安とともに夏油と硝子は二人のやりとりを見守った。
「好きな俳優は?」
「いない」
「俺のことかっこいいと思う?」
「足も長いし、そうなんじゃない?」
「俺のこと好き?」
「あんまり……怒ると怖いから……」
「俺も嫌いだね。初対面で他人を洗脳してくる呪霊なんて」
ビッと中指を立てる早川さんと親指を下に向ける五条。
お前ら仲良いな、と思ってしまったのは秘密だ。
──とまあそんなこんなで。異常な経歴の異常な転校生早川那由多がクラスメートに加わったのである。時々五条に術式を使おうとする以外は至極真面目で授業態度も良好。再テストにひっかかったこともない。
卵焼きを勝手に食べただの、お前が食うのが遅いだの、低レベルな主張が教室を飛び交っている。
「今日は、まだマシかな」
なにせ夏油が完全に傍観モードだ。こいつは冷静そうなフリをして相当喧嘩っ早いので、七対三の確率であのバカ喧嘩に参戦している。もちろん参戦する確率の方が七だ。
2006年春。懐玉の思い出よりもさらに昔の懐かしい記憶。
これは。
血の特級呪霊との戦いで死者が出るまでの、私たちの青春の物語だ。