第26話 剣の天に至りて 2



 ガラ・ラ・レッドフォートはエレニアムから何気ない感じに天下五剣てんかごけんが来ることを知らされた際、「そうか」とただ一言呟いた。


 ガラの過去は誰も知らず、誰にも語っていない以上、彼の冷淡な反応は当然である。もっとも、エレニアムは少し疑念を抱いたようだった。

 天下五剣てんかごけん、天に至った最高峰の剣術使い――世界が認めた五人。

 それに対して興奮しない剣士は、あまりいない。


 国に属す者、属さずに剣を極めようとする者、居ることは確認されているが、どこに居るかまでは把握できていない者。五人の状態は様々で、利害関係が一致することは滅多にない。


 加えて、彼らに部下は存在しないが仏刀ぶっとう教は彼らと強い協力関係を結んでおり、私兵としてどこでも参上する。


 一国に匹敵する軍隊を持ちながら、国には属さない。

 そして、時にはその軍隊すら不要なほどに

 それが、天下五剣てんかごけんと呼ばれる怪物たちであった。


「来るとすれば、ルーファス・アクィナスか」

「多分そうでしょうね。この国とも関わりが深いですから。というよりも、他の四人はこの王国セレフィアとほぼ関わりないですし」


 二週間後。

 二週間後、あの男が、来る。


 技は磨いたが、彼に追いついているかどうか。

 勝てるかどうか、は最初の問題ではない。最初の問題は、そもそもどうやって戦うか、だ。


 ……それについては幾つか腹案がある。

 ガラにとって何よりも有利な情報は、ルーファスはガラの戦いを絶対に断らない、という部分にある。


 ただ、それにしても過程が必要だ。例えばジャラシダン伯爵と共にやってきたルーファスの前に躍り出て、一騎討ちを申し込んでも彼を守る仏刀ぶっとう教の僧兵によって、真っ先に排除されるだろう。


 戦いの動機を作る。――完遂。

 戦いの場を設ける。――未達。

 戦いに勝つ――――――未達。


 戦いの場に関しては先も述べたように、ガラには腹案があった。

 天下五剣てんかごけんは、催事の際に剣の技量を披露する。高ランクの魔獣を単独で相手取ったり、あるいは騎士団と一人で戦い抜いたり。


 これは天下五剣てんかごけんたる所以を見せつけるために絶対必要な儀式だ。

 逆に言うと、こういう儀式を達成できなければ天下五剣てんかごけんの資格はない。


 ……今回は先に述べた両案とも採用することは難しいだろう。高ランクの魔獣を捕獲している様子はなく、冒険者への依頼もない。時間的にも叙任式に間に合わせるには、ギリギリすぎる。

 騎士団……も可能性は低い。たとえ模造刀だったとしても死人が続出するのが、天下五剣てんかごけんとの戦いだ。

 叙任式でそこまで騎士の血を流すような状況は誰だって回避したい。


 そうなると、打つ手は一つ。


「皆さん! 緊急依頼になります!」


 セリスティアが冒険者ギルド中に響き渡る声で叫んだ。


 予想通り、依頼内容は天下五剣てんかごけんとの模擬戦。各自、自分の剣を使ってもいい、という許可。

 傷つけることができれば、伯爵より直々に褒賞を取らせる――とのこと。

 更に、そこには隠された報酬も存在する。

 ……有り得ないことではあるが。もし、万が一。天下五剣てんかごけんを討ち取ることができたならば。


 その者は、新たな天下五剣てんかごけんとして名を連ねることができるであろう。


 無論、それは果てしのない夢なのだが。

 果てしのない夢でも……そこには富と名誉と権力、その全てがある。

 もっとも。それを返り討ちにしてきたからこその、天下五剣てんかごけんだ。


§


 残り一つ、そして最重要の要素ファクター。戦いに勝つ……未達。こればかりは何とも言えなかった。

 ガラに自信などない。相手は二十年以上も人を斬り続けた怪物けんし

 実力差は相当なものだろう。


 だが、やらなければならない。

 そう心に刻みつけたからこそ、この二年を生きてこられた。

 あの村の、あの光景を忘れまいとしたからこそ。


 それはもう――やらなければならないという段階を超えていた。

 やるのだ。

 絶対に、やる。

 必ず、あの男に、報いを、受けさせる。


§


 残りの二週間を、ガラは全くそつなく過ごした。つまり特訓などすることなく、冒険者として過ごしたのだ。

 銅級に昇格した際など、酒場で仲間たちと喜びを分かち合った。

 もし、彼らに見知らぬ誰かが「ガラは天下五剣てんかごけんに挑戦するつもりでいる」と伝えても一笑に付しただろう。


 富も名誉も権力も、さして求めているようには見えない武人。

 そんな人間が、しかもまだやっと銅級に昇格したばかりの男が、どうして天下五剣てんかごけんを相手にしようと思うのか。


 ……が。

 トラン・ボルグだけは納得しただろう。


 ――ああ、なるほど。そのためか、そのためにガラ先輩はここに来たのか、と。


§


 伯爵がやってくる前日。既にテクステリーの街はどこかお祭り騒ぎで、かつて当主だったブロキオン侯爵など、もう誰も覚えている者はいない。

 屋敷も速攻で解体され、使用人も全員離散していた。


 エレニアムはその血筋上、叙任式に参加することが強く求められている。

 彼女も特に異論がある訳ではない。たまに竜人ドラゴニュートに冷たい視線を投げかけられるくらいで、式に参加して適当なスピーチをするだけだ。

 ただまあ、純粋に面倒といえば面倒だが。


「面倒ですねー、それ」

「トランちゃん、分かってくれる? 面倒だよぅ」

「森で魔獣のウンコ踏んだ並みに面倒くさいです」

「トラン、今食事中」

「? だからなんです?」

「コイツ……」


 スプーキーとトランが馬鹿馬鹿しいやりとりを交わす。ガラは何気なく尋ねた。

「旧侯爵邸は既に解体されている。となると、場所はどこになるんだ?」

貴族区サーブルクレストに高額すぎて買い手の付かなかった屋敷があるんです。そこを買い取ってひとまず伯爵邸にするのではないかと」

「ああ、あの幽霊屋敷か……」

 ガラは警備として貴族区を回った経験上、屋敷がどこにあるかは把握済みだ。

 この二週間でを調べるために。

「除霊するより先に、屋敷の修繕でしょうね」

「修繕の依頼があったぞ。力仕事だからな……大工だけじゃなく、冒険者の手も借りたいらしい」

「なら、私が引き受けよう」

 ガラはそう言って立ち上がった。


 いつものように冒険者ギルドより入場許可証を借りて、貴族区へと向かう。

 新伯爵邸は以前騒ぎのあった屋敷より更に奥。貴族区でも一際大きく、豪奢なものがそれである。


「修繕の依頼を受けたガラ・ラ・レッドフォートだ」

 邸の門前で警備をしていた兵士も、以前何度か顔を合わせた二人だった。

「よし。通れ」

「急いでくれよ。もう明日だっていうのに、まだ完成してないんだ」

「指示は誰に尋ねれば?」

鉱人ドワーフの大工長がいるだろ。そら、あの赤毛のヤツ。アイツに聞いてくれ。仕事を割り振ってくれるはずだ」


 ガラは言われた通り、大工長に依頼を受けてやってきた旨を申し出る。彼は忙しそうに、ともかく荷物を運んでくれと命じた。


 重たい木材、荷物、その他様々なものを指示に従って運んでいく。

 そうしながら、彼は整えられつつある舞台を確認した。

 何があって、何がないのか。集められる人間の数はどれほどなのか。

 自身の剣術に支障がありそうなものはあったりしないか。


 積み重ねることが勝ちを呼ぶ。

 その基本だけは、おろそかにするつもりはなかった。


「……よし」

 戦闘になるであろう舞台は概ね把握できた。一点、自分が把握してルーファスが把握できないものがある。まずはそれを、有効活用できるかどうか。


「天井裏の作業に誰か手を貸してくれ!」

「私が」


 ガラが率先して、手を掲げた。


§


 その夜、疲れながらも冒険者ギルドで報酬を受け取ったガラは、セリスティアではなく、違う後輩の受付嬢にこっそり依頼受諾書を提出した。

「えっと、これ……」

「問題はないはずだが」

 彼女は少し考えた末、まあいいかと受理した。これがセリスティアであれば、間違いなくどういう事だコラと詰問したことだろう。


 しかしセリスティアは既に帰宅しようとしており、後輩の受付嬢も時間ギリギリにやってきたガラの依頼受諾書を深く考えることなく、そのまま受理した。


「なんだ、遅かったな」「お帰りです、ガラせんぱーい。まだ仕事ですか?」

 スプーキーとトランが声を掛けた。

「いや、これから帰るところだよ」

「そうか。俺たちも仕事は終わった。今日はウチのが料理作って待ってんだよ。一緒に食うか?」

「スプーキー先輩の奥さんの料理。滅茶苦茶美味しいですからね……よし、ボクは行きまーす!」

「……今日は止めておこう。少し宿でやりたいこともあるからな」

 ガラはそう言って薄く笑った。

 スプーキーからこういう誘いを受けるのは珍しいことではなく、マイペースなガラが断ったりすることも珍しくはなかった(もちろん応じることもある)。


 故に二人はふぅん、と何とはなしの返事をした。


「二人とも、また明日な」

「おう」「また明日ー」


 ガラは立ち去り、スプーキーとトランは連れ立って家に戻っていく。何気ない当たり前の光景。ガラは何となく覚えておいた方がいいか、と思った。


 歩き出す。


 夕暮の太陽は速やかに世界から消え去り、夜の闇が訪れた。

 あちこちにある魔術灯ライトが、かろうじてその闇を払っている。ただ、それがあるのは基本貴族区だけで、今ガラが歩いている住人区ウィンドビルは、かろうじて暗闇ではない、くらいのものだ。


 貧民街スラムであるグルームゲートなどは、灯りの一切がない。真っ暗だ。住民たちも早々に眠りに就いている――あるいは不安に怯えて夜を過ごしているのだろう。


 星の瞬きが綺麗に見える。

 ふと、ガラはかつて異世界あちらから来た人間が寂しそうに「星の並びも違うのだな」と言った――というエピソードを思い出す。


 ――星の並びが違うと……何が違うのだろうか?


 幼い頃から星の並びは変わっていない。星が変わらないのは、多分安心できる事なのだろう、とガラはぼんやり思う。強く輝く星を適当に結んで、空に図形を描いた。


 村人に教えられたものが大半だが、父親が教えてくれたものもある。


 自分が殺した父親である。

 紛れもない、悪党に成り果てた男である。


 けれど、そんな頃もあったのだなと――ふと、思った。

 星で結んだ図形は剣士座。雄々しい剣士が、何かに立ち向かう図だった。


§


 翌朝。ガラは食事を取らなかった。水を軽く飲んだきりだ。

 昨日の夕方以降一切の食事を取っておらず、排泄も済ませている。それでも、体内に残留物が残っているのは、些か申し訳ないとも思う。


 座禅を組んで、その時間が訪れるのを待つ。


 宿の外が騒がしくなってきた。先遣隊の到着らしい。

 中陣――つまり、伯爵と天下五剣てんかごけんであるルーファス・アクィナスの到着まで、残り時間30分。


§


 ルーファス・アクィナスは柔和な笑顔を浮かべながら、軽く手を振った。

 隣に居るジャラシダン伯爵が、おずおずと声を掛ける。


「急な叙任式にもかかわらず、快諾していただいて感謝いたします」

「何の何の。天下太平こそが、我ら天下五剣てんかごけんの望むものであります故に」


 ああ、嘘をついている。

 何とも心地の良い嘘を。すっかりつき慣れてしまった、大嘘を。


 伯爵は感心したように頷く。


「さすが天下五剣てんかごけんともなれば、徳高くいらっしゃる。私は他の方にお目に掛かったことはないのですが、皆様も……?」

「無論です。だからこそ、世界に認められる訳ですからね」


 これもまた、嘘だ。

 天下五剣てんかごけんを謳われるほどの者が、温厚篤実おんこうとくじつな訳がない。


 壊れている。どうしようもなく、魂が破綻している。

 刀を握ることを止められない、止めようとも思わない。技量向上のためならば、親兄弟果ては己の子ですら殺す事に異論はない。


 ルーファスもまた、探している。

 自分を殺せる者を、自分を上回る者を探している。


 天下五剣てんかごけんだと認められた者ではない、市井の、野生の、野良の、逸れの者にそういう者がいないかと、常に探している。


 今も、伯爵を歓迎するテクステリーの街の人間に、そういう奇跡的な存在がいないか、探し続けている。


 生ぬるい風が、べたりと頬に貼り付いた。

 それは、どこかおぞましくもある感覚であったが、ルーファスにとってはまさに天啓のようなものだった。


 ――ああ、多分ここにいる。


 俺を、殺そうとしている者が。


 天下五剣てんかごけんルーファス・アクィナスは、楽しくて楽しく仕方がない、というように――更なる笑顔を、道行く者たちに投げかけた。

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