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なぜケインズ政策は求心力を失ったか?

~経済保守主義からの反論~

熊野 英生

要旨

ケインズ政策が財政出動の理論的な根拠になるが、経済学では永く批判にさらされて、多くの学者から必ずしも支持されてこなかった。理由は、それがデフレ時代に有効であり、インフレ時代には物価上昇を加速させる弊害が大きいからだ。インフレ時代に財政出動を繰り返して、既存の政府債務をインフレで減価させようとするならば、それは全く逆の政策意図になる。

目次

デフレ局面とインフレ局面

「財政出動をすれば景気がよくなる」というケインズ政策は、必ずしも経済学では支持を得られてこなかった。特に、1970年代以降の経済学では、財政政策の無効・効果減退を唱える見解が主流を占めている。こうした理解が、現在の経済政策ではほとんど無視されている。学問的な知見が実務に及んでいないのは不思議としか言いようがない。むしろ、別に政治的動機にあって、政策判断が独走しているのかもしれない。本稿は、その動機には深入りせず、経済学の中で求心力を低下させていった理由を述べておきたい。

ケインズ流の財政政策が求心力を失った大きな理由は、景気局面がデフレ時代ではなくなったことがある。経済学者ケインズの政策は、基本的に需要不足の大恐慌を克服し、完全雇用を目指すための処方箋として考えていた。景気局面を無視して、成長率を嵩上げしようとしても、財政出動がインフレ加速を促して、実質成長率の上昇は見込み難い。論敵ミルトン・フリードマンの自然失業率仮説は、自然失業率(=非自発的失業のない状態)よりも低い失業率まで下げようとすると、インフレが加速する弊害が大きくなると批判した。政府は、ケインズ政策によって景気を良くして極端に低い失業率を目指そうとするが、景気局面を間違うとインフレだけを加速させるから財政出動は手控えた方がよいという考え方になる。政府の活動は万能ではなく、「政府の失敗」を起こしやすいという経済保守主義からの反論なのである。

ケインズ政策が求心力を失った理由には、1970年代前半と後半の2つのオイルショックへの有効性が低かった経験も関係している。この時期は、景気刺激ができずに物価上昇を加速させてことがスタグフレーションと批判された。この時期の政策の空回りが「政府の失敗」とみられた。批判の核心は、たとえ財政出動で需要を増やしても、それが供給能力(潜在成長率)を押し上げない場合、景気は刺激できず、インフレ率だけを上昇させて終わるということになる。ケインズ政策を批判する人々からは、「供給力強化=サプライサイド経済学」の考え方が提示された。

同じく1970年代以降に求心力を高めたのは、合理的期待形成の考え方である。ケインズ政策の効果がインフレ予想として経済行動に織り込まれると、一時的な雇用増(=失業率低下)さえも起きないという見解である。政策の合理性や人々の予見(期待形成)を無視して、経済効果は成り立たないという認識が経済学の主流になった。

1990年代の日本では、財政政策を発動するときには、①現在は需要不足(または供給超過)が大きくてインフレを起こす可能性が低い局面なのか、②公共投資が民間供給能力を誘発するクラウドイン効果が見込めるか、ということを点検すべきだという意見があった。その批判を踏まえて、今も少数の人が財政出動の中身はワイズ・スペンディングに限定すべきと言っている。

一方、合理的期待=経済主体がインフレなどの弊害を事前に完全に予見するという前提は、非現実的だという反批判もある。しかし、この反批判は必ずしも当てはまらない分野がある。少なくとも金融マーケットの価格形成は、合理的期待の前提が当てはまりやすい。経済行動が完全な合理的期待形成で動かされている訳ではないとしても、マーケット価格のシグナル効果は重視すべきだというのが、経済学の教えだと心得る。だから、③ケインズ政策の弊害が生じているときは、為替レートや長期金利の変化を通じて、ケインズ政策の効果は減殺・相殺されるとみた方がよい。例えば、インフレ予想が長期金利を上昇させると、景気刺激効果は減殺される。インフレを織り込んだ円安進行は、物価上昇を煽る効果もある。現在でも、そうした点検は必要だろう。

マンデル・フレミングのモデルでは、変動相場制の下では、為替レートの調整によって財政政策は無効になるとされた。むしろ、為替レートの調整を念頭に置くと、金融政策の方が効くという理解になる。その金融政策に関しても、フリードマンらの研究は、裁量的に利下げ・利上げをすると無用に経済変動を大きくしやすいので、マネーストックの伸び率をみながら量的管理をする方がよいとされた。ルールに基づく金融政策のコントロールを、経済政策のメインに据えるべきだというマネタリズムの考え方だ。本来、インフレターゲットは、物価抑制を目的にしたルールを重視する立場の人たちから提示された枠組みだった。金融・財政政策ともに、裁量的政策が失敗しやすいというモデルは、キッドランド・プレスコットの動学的非整合性の考え方が明快である。政府は、様々な口実を使って裁量政策を推進し、低い失業率を目指そうとするためにインフレを加速させる傾向がある。これをインフレ・バイアスと呼ぶ(物価上昇を起こしやすい傾向)。リフレの考え方は、極端にインフレ・バイアスに偏ったものである。2022年以降の日本の政策は、そうした政策バイアスを是としている色合いが濃い。

実際の財政出動の点検

財政出動が経済成長率を引き上げるかどうかは、先見的に判断しにくいところがある。時の内閣が、財政出動が供給能力を引き上げるものだと主張すれば、それが本当かどうかを事前検証できない(反証しにくい)。言葉では「潜在成長率を押し上げる」と目的を語っても、大型経済対策が打たれた2020年以降の潜在成長率は多少改善しているとはいえ0.5%以下で推移している(図表1)。大型景気対策は、民間供給能力を実績として押し上げていない。

図表
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インフレ加速が進んだ2022年以降のGDP統計を調べると、公的需要(公的資本形成と政府最終消費)の伸び率は、年度平均で名目2.6%も伸びたのに、実質で0.4%しかプラスになっていない。物価上昇率(デフレータ変化率)に約85%の支出の増加が喰われたことが計算するとわかる。確かに、民間設備投資であっても、この時期は物価上昇に喰われる割合は約70%と高かった。一方で2022~2024年度の3年間に実質ベースの公的需要が上昇したのは、僅かに年平均0.4%でしかない。この数字は、民間需要の誘発効果を加味しているものではないが、いかに公的需要の刺激が見かけとは違って小さかったかを示している。単に、見かけ上の経済対策の規模を膨らませても、実入りが少ないことをデータははっきりと示している。

また、何より2025年に入って需給ギャップはマイナス幅が解消されて、需要刺激がより物価上昇に跳ね返りやすくなっている(図表2)。なぜ、今の局面で、巨大な財政出動が必要なのかという根拠は曖昧である。財政再建のルールを無視してまで大型財政出動を推進する合理的な理由は、見当たらない。

図表
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小さな政府論

1960年代までのケインズ政策が輝きを失った理由には、経済保守主義からの反論が広がったせいもある。人為的な政府介入は、経済成長を主導しようとしても失敗しやすく、競争を通じた民間主導の成長が理想とされた。国家の役割は最小限に止めて、民間企業が競争しやすい環境づくりをすることが「小さな政府」の役割とされた。経済保守主義は、政府が人為的に行う政策介入は失敗しやすいものなので、セカンドベストとして自由競争を目指すというものだ。この考え方は、1980年代は、サッチャーリズムとか、レーガノミックスと呼ばれることもあった。実際、それらが本当に「小さな政府」であったかどうかは異論もあるが、一般的にはそう言われている。日本では、中曽根政権が民間活力の導入を推進し、この「小さな政府」の政策思想に強く影響を受けていた。

もう1つ、本来的な「小さな政府」路線を推進する人々が嫌っているのは、財政赤字である。中長期的にみれば、政府債務のつけは将来の増税で支払いを迫られる。だから、「大きな政府」を推進し、財政赤字を巨大化させることを保守主義者たちは嫌った。日本の場合、高齢化によって財政赤字が膨らみやすく、教科書通りの「小さな政府」が採りにくいので、経済対策と相まって財政赤字問題がなし崩しになりやすかった。高齢化が進んだ2000年代以降、日本はこうした「小さな政府」路線を推進する人々はほとんど経済論壇からも影を潜めてしまった。

財政赤字への反対論

もともと米国では、共和党を中心に財政赤字の拡大に強い反対論がある。財政赤字は、将来の増税を意味するから、増税を避けるために不必要な歳出増を戒めるという考え方だ。なぜか日本の保守層にはそうした思想はあまり共有されていない。

学問の世界では、財政赤字を作ってまで財政刺激を行っても、その刺激効果は民間経済活動に影響を与えないという考え方は、「バローの中立命題」として知られる。経済主体が合理的に考えるならば、現在、財政赤字を増やして景気刺激をしても、それは将来の増税・歳出カットでまかなわれるので、それを予見して景気刺激に反応しなくなるという考え方だ。日本では、バローの中立命題は完全に無視されていて、反対に「財政赤字の累増が起こっても何ら悪影響をもたらさない」という考え方まである。

しかし、筆者はインフレ調整によって家計金融資産が目減りしたり、円安によって交易条件が悪化するなどの減耗効果によって、結局のところ債務返済による需要削減と同じことが起こると考える。金融マーケットでの長期金利上昇も、供給能力の増加を抑制するという弊害をもたらす。財政出動はフリーランチであるという考え方は成り立たない。

バローの中立命題に似た考え方が、物価の財政理論(FTPL)である。政府債務は増税・歳出カットをしなくとも、物価上昇によって調整されるという考え方である。このFTPLは、実際に現在の日本政府が推進する物価高対策とは鋭く対立する方針だと思える。しかし、事実上、物価上昇による債務調整は着実に進んでいるように見える。

恐ろしいのは、このFTPLを意図的に利用して、「インフレによって財政赤字のつけは帳消しにすればよい」という極端な考え方に傾くことだ。政府債務残高を対名目GDP比で人為的に引き下げようとすると、それはインフレによる調整と同じことが起こりやすい。毎年、財政出動を繰り返して、インフレによって既存の政府債務が減価するから、いくらでも財政出動ができるという主客が逆転した解釈になってしまう。それは事実上、インフレの弊害を無視してしまうことになる。経済格差を拡大させ、従来の福祉国家を破壊することになるだろう。「亡国の理論」だと筆者は考える。政策当局者の心理は、政府債務が巨大すぎて増税や歳出カットで削減できなくなるという考え方に傾き、インフレ調整の魅惑に取り込まれていく。これは、そもそも合理的期待形成とは根本的に矛盾する。経済学者たちは、こうした学問的知見を広めて、現実の政策運営に警鐘を鳴らすべきではないか。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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