烏丸百九さんと知り合い、様々な場で会うようになり、一緒に「老ナルキソス」というゲイ映画も観に行きました。

 その結果、烏丸さんはゲイに関して、無知であり、妙な形で理解しようとしていることが分かってしまいました。
 しかし、アライが変なのは、よくあることなので、そこまで重く受け止めていませんでした。

 烏丸さんと「老ナルキソス」を観に行った翌月、私としては看過できない大きな事件が起こりました。
 それが、「バイ差別」捏造事件です。

 このことについては、以前に書きました。



 背景や経緯、なおすけさんの投稿が差別とは言えない説明など、詳細な記述を心がけた結果、長大な記事になってしまいました。
 それだけ、複雑な問題だということでもあります。

 しかし、これでも全体像ではないのです。yuukiのこととか、mamegomaのこととか、書き残しておくべきことは、まだまだあります。
 そちらについては、また別の機会にまとめたいと思っています。

 なおすけさんは、大要次のような投稿を行いました。

 ①異性と結婚しながら、当事者性を前面に打ち出して、同性婚実現を妨害する、一部の悪質な既婚バイへの批判
 ②ゲイやバイというアイデンティティを持たないが、男性とセックスする男性がいる、という事実の指摘

なおすけ 発端
 
 これらが混同された上で、さらには誤読され、「なおすけは、バイである人のアイデンティティを批判した」という大バッシングが巻き起こりました。

 ①については、なおすけさんの投稿を継続的に読んでいれば、森奈津子や坂梨カズを念頭に置いているだろうことは、すぐ分かります。

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 こういう確認作業をしないどころか、発端となった投稿すら見ず、「差別糾弾」に熱中する人間がいるという事実は、衝撃でした。

佐倉 見てないで書いてる
バイ差別 望み通り
 最低限の事実確認すらせず、批判しても良いんでしたっけ?
 「反差別」って、そんな軽いものでしたっけ?

 差別に反対している人なら、ある程度の価値観を共有しているし、話せば分かるだろう、という「幻想」が、見事に打ち砕かれました。
 何が問題なのか、自分では確認もせず、この人たちは何と闘っているのでしょうか?

 また、①に関しては、「既婚バイ」だけが、婚姻の権利を享受しながら、当事者性を前面に打ち出して、同性婚の実現を妨害することができてしまいます。

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 これは、バイセクシュアルという属性への攻撃ではなく、自らの属性を武器化して、差別解消の妨害をする行為を批判しています。


 また、②に関しては、MSNという概念が、知られてなさすぎるなと思います。

 ※MSM(Men who have sex with men) 男性と性交渉をする男性。ゲイやバイセクシュアルであると自己規定しているかどうかは問わない

『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』石田仁、2019年 脚注より引用(210~211ページ)

 MSMという概念は、「同性愛」や「ゲイ」というアイデンティティではなく、(男性の)同性どうしのセックスという行為を示すものであり、HIV予防という文脈では、リスクの高い行為に焦点を当てて、それに基づき啓発活動を展開していこうという目的があった。
そのなかでは、特にコンドームを用いないアナル・セックスが最もリスクの高い性行為とされ、それを行う「人」ではなく、「行為」そのものがクローズアップされ、いかにその行為を回避できるかが最大の課題とされた。

「エイズという問題ーーその歴史と現在」河口和也、『教養のためのセクシュアリティ・スタディーズ』2018年所収

 この点について、説明してもあまりピンと来ない人がいるようです。
 それは、異性愛者の男が、他の男とセックスするはずがないという、強い思い込み、偏見があるのではないでしょうか。

 「ゲイ」とか「バイ」というのは、アイデンティティに関する言葉であって、本人がそう認識していなければ、男とセックスしている男であっても、他者がその人をゲイと決めつけるのは、原理的には間違いということになります。

 
 ゲイやバイであれば、男とセックスしているけれど、ゲイやバイと自己認識していない人というのは、わりと頻繁に存在しているということが、体感や経験で理解できると思います。

 そういうことも知らん人間が、なおすけさんを攻撃してきたわけです。
 しかも、なおすけさんに対しては、直球の差別が向けられます。

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 「差別はダメだ」「差別には差別で返してはいけない」と主張する人間が、こういった投稿に批判を加えましたか?
 こんなことを言われて、なおすけさんがどんな気持ちになるか、想像したことがありますか?

 それとも、「なおすけはバイ差別をしたのだから、これくらい言われて当然だ」という考えでしょうか。
 心底、恐ろしいことだと思います。

 そもそも、「ゲイに対しては、何を言っても良いのだ」と思っていませんか?

 LGBT運動において、(白人の)シスゲイが、中心になりがち、というのは事実でしょう。
 しかし、そういった構造的な問題について、ひとりの当事者が、すべての責任を負わされなければいけないのでしょうか?

 「ゲイは、マイノリティの中のマジョリティ」だから、何をされても甘受すべきなのでしょうか?
 そんなの間違っています。

 「バイ差別するな」と主張しながら、ミサンドリ―やホモフォビアには無自覚な人たちを見ると、呆れ果てます。

 こういう人たちは、いちいち他人と自分の属性を比べて、どちらが上で、どちらが下かとか、序列化しているのでしょうかね。
 実に愚かだと思います。
 人間は、属性だけで生きているわけではありません。

 この時、「反差別」の中に、とんでもない人間が紛れ込んでいる、ということを、身に染みて実感しました。

 「差別に反対」は、免罪符ではありません。
 「差別に反対」を掲げておけば、何をしても許されるわけではありません。

 しかし、本人たちは「良いこと」をした気になっているのだから、始末に負えません。
 さらには、こういった人たちを批判すると、「内ゲバ」とか「内輪もめ」とか評価されることがあります。

 のちに、「サベ捏」という概念に整理されるような彼らは、身内でもなければ、仲間でもありません。



 「差別に反対」を掲げながら、差別概念を破壊し、マイノリティ当事者ばかり叩いている彼らは、敵です。
 差別解消の、障害物です。

 「サベ捏」は、レッテル貼りだと批判する人がいます。
 レッテル貼り、大いに結構。

 ありもしない「差別」をでっち上げられ、揚げ足を取られ、重箱の隅をつつかれ、糾弾される人間の身になってみろ、と言いたい。

 さて、なおすけさんに対する「バイ差別」捏造事件に、この人が参戦してしまいました。

 
詳しい話は、また次回。

(続く)