ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか? 作:捻くれたハグルマ
ベルのガントレット
ギルド職員でありアドバイザーである エイナ・チュールから
ベル・クラネルへと 与えられた緑色のガントレット
収納スペースが存在し 防御力も高い優れもの
しかし武具の価値は強さだけではない
思いこそが重要なのだ
リリの周りに不穏な影が忍び寄っていることを知った日の夜、ヘスティア・ファミリアで会議が開かれていた。
「なるほどねぇ、例のサポーターくんを……。」
「えぇ、リリはどうやら悪い冒険者に狙われているみたいなんです。だから、少しの間だけでもここで匿えないかなって。」
「おそらく、計画性をもってリリを狙うつもりでしょう。それも近日中に……。
金で繋がっているような盗賊まがい共ならば、数日焦らしてやれば瓦解するはずです。」
アルとベルの言い分を聞いたヘスティアは、前々から思っていたことを切り出した。
「二人の言いたいことは分かるよ。けどね、そのサポーターくんは本当に信用に足る人物かい?
ごめんよ、あえて嫌なことを言っている。
今までの君たちの話を聞く限り、彼女はどうもきな臭いんだ。
考えてみてくれ、ベルくんは本当に
冒険者に絡まれていた件もそうだ。彼女は君たちに、何かを隠している。」
二人の顔が曇る。
ヘスティアの言うことに心当たりがないわけではない。
むしろ今まで考えないようにしていただけのことだ。
けれど、ベルは確信があった。
リリは、決して悪人ではないことを。
「カミサマ、僕はリリを信じます。」
「……アルくんはどうだい?」
「少なくとも、私はリリから話が聞きたい。どうすべきかは、そのあと考えます。
ベルが彼女を信じるというのです。ならば私は事態がどう転んでもベルを支えるだけですとも。」
ベルはリリをすべて信じると決めた。
アルは、リリを信じるベルを支えると決めた。
こうと決めたら梃子でも動かないだろうとヘスティアは思った。
そう思わざるを得ないのだ、ベルの瞳の輝きが、アルの笑みが、何よりもその固い意志を示しているから。
「全く君たちは……。分かったよ。好きにするがいいさ!存分にね!」
「「はい!」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「えっ、10階層に……?」
「えぇ、お二人の実力なら大丈夫です!」
「しかしなぁ……。」
翌日ダンジョン攻略の計画を立てていた時、リリは10階層に進む提案をしていた。
しかし、アルとベルには不安がある。
10階層からは様相が一変し、ダンジョン内には霧が立ち込め、大型のモンスターが出現するからである。
「お二人ならやれます!ベル様の新しい魔法もありますし!11階層まで下りたことのあるリリが保証しますよ!」
「う~ん……。分かった。どのみちいつかは通らないといけないからね。」
「リリの方が経験豊富なのだ。従っても問題はないだろう。ベルの言う通り、たとえセンの古城のように困難な道でも、必ず通らねばならぬのだからな。」
迷っていた二人は、リリを信じることにした。
目指すは10階層、二人の新たな挑戦である。
階層を下りながら、リリが二人の決断に感謝を述べた。
「お二人とも、リリの提案を聞いていただいてありがとうございます。リリはお二人のサポーターになれて本当に幸運でした。」
「僕らだって、リリのおかげで助かってばかりだよ。」
「あぁ、まさしく縁の下の力持ち。我ら三人、一人でも欠けたらおしまいだとも。」
二人がからからと笑うと、リリは立ち止まって大きなバックパックを開いた。
「さて、差し出がましいようですがベル様にこれを、と。」
リリが取り出したのは柄が少しだけ長めのハンドアクスであった。
刃は肉厚で重く、硬そうだ。
「これを僕に?」
「はい。アル様は大きな武器をお持ちですが、ベル様のは大型モンスター相手には少々小さいかと。それに、サイドウェポンがナイフでは不安がありますから。」
「なるほど、聖火の黒剣が何らかの理由で取り扱えない時でも、ハンドアクスに切り替えれば戦えるというわけか。」
ほほぉとアルはリリに感心した。
よく気が利いて、安全策を考えてから攻略している。
アルにもベルにもない強みを持っていることに、尊敬を抱く。
「ん~、これどこにしまえばいいのかな……。」
「聖火の黒剣を後ろに、ハンドアクスを腰の鎧のところに着けてはいかがですか?」
「それならば、ハンドアクスを後ろにつけてもいいのではないか?」
「重量バランスは出来るだけ慣れているものの方がよろしいかと。
聖火の黒剣は前は後ろにつけていらっしゃっていたので!」
「リリは賢いなぁ。それじゃあちょっと待っててね!」
ベルはリリの言う通りに、聖火の黒剣を腰の後ろ、ハンドアクスを腰鎧の中に収納した。
そして、軽く動いて重量バランスを確認する。
「うん、これならほとんどいつも通り戦えるよ。」
「えぇ、いけそうです!」
「うむ。今日は貴公に一段と頑張ってもらわねばな!」
三人は足並みをそろえてまた下へ下へと下りていく。
すべて順調であった。
ベルにとっても、アルにとっても、そしてリリにとっても。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
地下に霧が立ち込めているという信じられない光景を見て、ベルとアルはあっけにとられた。
このダンジョン、かつての火の時代のように異常な環境を呈している。
カーサスの地下墓を超えた先に極寒のイルシールがあったように、暗い洞窟を抜けた先に霧と枯木立の空間が広がっていて、次元が歪んだかと疑える。
いったいどのような理屈でこのダンジョンが生まれているのだろうかと、アルは少しだけ考えた。
ベルが、一本の枯れ木に触れる。
その感触は地上の木と大して変わらない。
「これが、ランドフォーム……。」
「見たところ白樺か……?」
「お二人とも、集中してください。気を取られてる時間はありません。」
霧の向こうから大きな足音を立てて、醜悪な豚面の巨人が現れる。
アルが一度倒した敵、オークだ。
「なるほど、オークか……っ!」
「逃げてはいけませんよ、お二人とも!」
「うん。オークを倒せないようじゃ、この先のモンスターなんて一生攻略できない!」
「我が騎士道に後退なし!いざ行かん!」
ベルはハンドアクスを抜き、アルは盾を構えて臨戦態勢を取る。
一度倒した敵相手にも気が抜けない。
それはここがダンジョンであるからだ。
オークがおもむろに一本の枯れ木を引き抜くと、野太いこん棒に変化する。
「あれがっ!」
「ランドフォーム……天然の武器庫!」
『ブォォォ!!』
オークの雄たけびを開戦の合図に、二人は前方に突っ込んでいく。
ベルを背に隠し、盾を構えてアルが突っ込むと、オークはそれに馬鹿正直に反応してこん棒を振るう。
「やはり以前より遅いな!」
アルが盾できっちりと攻撃を受け流し、膝頭に大剣を思いきり突きたてると、オークが悲鳴を上げる。
『ブギィィィ!』
「ベルッ!仕留めろッ!」
「りゃぁぁぁ!!」
持ち前の脚力で高く跳んだベルは、アルの肩に足をかけてさらに跳び、アルの頭を超すほどの高さを得る。
そこから生まれる圧倒的な滞空時間とエネルギーに、体のひねりを加えて回転を生み出す。
オークがベルを見上げた時にはもうすでに遅く、オークの首はベルに刎ね飛ばされていた。
「よしっ!」
「見事だ!」
「まだ来ます!二匹です!」
圧倒的な勝利に喜ぶのもつかの間、リリが伝えたように霧の奥からさらに二匹のオークが現れる。
二人は挟まれていた。
しかし、アルにはリヴェリアの教えがある。
そしてその教えは、魔法に目覚めたベルにも伝えられている。
「モンスターとの距離があるときはぶっ放せ。」
アルは、新階層のために攻撃魔法をもってきてあるのだった。
「【強いソウルの太矢】!」
「プロミネンスバーストぉ!」
青白い光を放ちながら矢が放たれ、劫火の稲妻が霧を切り裂いていく。
一方はオークの胸を貫き、一方はオークの胸を焼き尽くした。
ぽっかりと穴が開いたオークたちは、断末魔を上げることなく灰塵と化した。
数分にも満たない一瞬の攻防でオークを三匹も撃破した二人は、喜んだ。
「うむ、快勝だ!」
「やったね、アル、リリ!」
ベルがその喜びをリリと共有しようとしたとき、初めてリリが近くにいないことに気づく。
霧ではぐれないように、必要以上は離れないようにしていたにもかかわらず、リリがいないことに、ベルは動揺した。
アルもすぐに異常に気づき動き出そうとする。
しかし二人の周りに、ボトボトと独特の臭気を発する玉が落ちてきた。
ベルはすぐにその正体に気が付いた。
「これ、モンスターをおびき寄せる……!」
「不味いな、今日は誘い頭蓋をもってきていない!囲まれるぞ!」
アルが叫んだ時には、すでに下種な笑みを浮かべたオークたちが十数、いや二十近く現れていた。
このままでは、リリは確実に命を落とすだろう。
そう思ったベルは、逃走経路を探りながら、大声を上げる。
「リリぃ!どこなの!返事をして!」
「ベル、後ろだ!避けろ!」
オークたちからベルを守ろうと立っていたアルは、ベルの後ろに迫る影に気が付いた。
そして、ベルが回避してアルから離れたことを皮切りに、乱戦が始まってしまう。
こうなっては援護もへったくれもない。
アルは全方位からこん棒でどつかれながらも、跳躍とローリングを駆使して各個撃破に移る。
ベルは、エイナから与えられた緑色のガントレットを弾き飛ばされながらも防御し、なんとか体勢を整えつつ戦う。
「リリっ!返事して!このままじゃ守れない!」
「ちぃっ、リリがいないのでは撤退も出来ん!なんとかやるしかあるまい!」
リリの捜索と救助のために、乱戦の継続を選択した二人の耳に奇妙な音が聞こえる。
空を切り裂いて何かが飛んでくる音だ。
その音とともにやってきた矢は、ベルのレッグポーチ、アルのポーチ、そして聖火の黒剣を取り付けてある帯を切り落としていく。
状況がつかめず、一瞬動きが止まった二人にさらに矢が飛んできて、切り落とされたものすべてに刺さる。
そして、釣り糸のように矢に取り付けられた紐が引かれて、下手人の手に荷物が渡る。
「リリ!何してるの!」
「……そういう事かっ。」
下手人、リリルカ・アーデが二人を見下ろすように崖の上で立っている。
ベルはリリの行動に驚き、アルはすぐに察しがついた。
「ごめんなさい。もう、ここまでです。アイツに全部聞いたんでしょう?
折を見て、逃げ出してくださいね。さよなら。」
リリは二人に背を向け、階段を昇っていく。
切り離すように、打ち捨てるように、振り向かないように、一言も漏らさずに上へ上へと上がっていく。
「リリっ!リリっ!」
「ベル、今は目の前の戦いに集中したまえ!リリの事は後だ!生きてまた会わねば話すことも出来んぞ!」
アルは、リリの背に声をかけ続けるベルを叱咤する。
アルだって、リリを引き留めたい。どうしてこんなことをしたのか、話がしたい。
しかし、こうなってしまった以上は今一番重要なのは自分たちの命以外に他ならない。
まずは生き延びることを最優先し、その後リリにコンタクトを取る方法を探す、それがアルの案だった。今リスクを冒すのではなく、「後で確実に」という策である。
実際、リリが盗品を売りに出そうとすれば、尻尾を掴むことぐらいは出来るかもしれない。
その時にじっくり話し合えばいいと思っていた。
しかし、ベルの答えは違った。
「今じゃなきゃダメだ!アルの言ってることは正しいよ!
けど、リリは今助けを求めてる!僕は今助けに行きたい!」
ベルはリリを助けたいと言った。
ベルの決意に満ちた目をみて、アルは気が変わった。
アルはベルを信じている。
そのベルが後でではなく今じゃなきゃいけないのだと、リリは助けを求めているのだと言うのであればそれが真実だと感じた。
助けを求めているというのなら、助けに行ってやるべきだろう。
それがアルが信じた騎士道なのだから。
「ならば行けっ!道は切り開いてはやれぬが、一匹たりとも漏らしはしない!
貴公の足なら追いつける、行け!また三人で相見えよう!」
「……ありがとうっ!」
「そうだ、それでいい!」
普段のベルなら、おどおどして戸惑っていただろう。
アルとリリ、大切な仲間を天秤にかける行為に躊躇わない人間ではない。
しかし、ベルもまたアルを信じている。
そのアルが危険を承知で行けと言ってくれたのだ。
ベルはその勇気と約束を破らないアルの義理堅さを信じて、振り向くことなく階段の方へ駆け抜けていく。
「さて、行ったか……。」
眼前には無数のオークがいるというのに、アルは胸が高鳴っていた。
友の奮起に心が躍り、友の背を守る闘争に血が騒ぐのだ。
「闘技場ではないが、門番役とはつくづく【深淵歩き】と縁があるようだ!さぁ私を打倒して見せろ!我が友を追いたいならば!少女を救おうとする英雄の背中を追いたいならば!」
霧の中で死闘が始まろうとしていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「人が良すぎですよ……、お二人とも。【響く十二時のお告げ】。」
フードを外したリリが詠唱すると、犬耳が忽然と消え失せる。
これが彼女が生き抜くために身に着けた魔法、変身する魔法であった。
「お二人が悪いんです。あいつにさえ会わなければ……。」
リリは、二人があの町中で剣を抜いた冒険者に出会ってしまったことを思い出した。
あの出会いさえなければ、これからも楽しい冒険が出来たかもしれない。
一瞬そう思うものの、すぐに頭からその考えを振り払う。
「ううん。これでいいんです。冒険者なんですから。お二人とも、リリの嫌いな冒険者なんですから。」
リリは奪った聖火の黒剣の鞘を確認した。
はっきりとヘファイストスの刻印が入っている。
リリは、安堵した。
「これなら、どこに行っても売れます。目標の金額にだって届くかも……。」
リリは、お金が欲しかった。
自分のために、くそったれなファミリアから逃げ出すために、幸せな生活のために。
ローブよりもさらに内側、生の胴に聖火の黒剣を括り付けて服の内に隠したリリは上へ上へと駆けた。
道を一歩進むたび、リリの中で希望と悲しみが膨れていった。
しかし、曲り角で、何者かがリリに足をかけた。
重いバックパックのせいで、重心を立て直せず、前へすっころぶ。
「嬉しいじゃねぇか。大当たりだ。」
その人物が、倒れ伏し這いつくばるリリの腹を蹴り飛ばす。
苦悶の顔を絞り出しながら、リリは仰向けにバックパックから着地する。
その男の顔は、ベルとアルに絡んだ男の顔であった。
「散々舐めやがって……このクソパルゥムがッ!」
「ぎゃぁ!」
男は遠慮なくリリの顔を踏みつけた。
ぐりぐりと靴底をこすりつけながら、男は笑う。
「あのカス共を見捨てた
「うぅあぁ!」
男がリリの髪の毛を掴んで、空中に持ち上げる。
いくら軽いと言っても、髪の毛がリリの体重に耐えられるはずもない。
リリは男の所業に、痛みに、もだえ苦しんだ。
「おらぁ!どれどれ……。おっ、いいモンもってんなぁ!魔剣まであるじゃねぇか!」
男はリリのローブをビリビリに破り捨てて、その中に隠されたものを物色する。
下賤な笑みを浮かべ、悪魔のような笑い声を上げながら、リリの持ち物を手に取る。
パッチでもこんなことはしない。
しかし、彼はいつも強欲なものを騙すだけであった。
そのうえ「お宝がある」といって騙したときでも、お宝ではないにしても有用なものがあったりするものだ。
この男は違う。
憎いけど憎めない、愛嬌のあるハゲではない。ただの極悪人に過ぎない。
そんな極悪人に対して、ダンジョンの影から声をかけるものが現れた。
肩に麻袋を担いでいる獣人だ。
リリには見覚えがある。
同じソーマ・ファミリアだからだ。
「派手にやってますなぁ!ゲドの旦那ぁ!」
「おぉ、来たか。早かったなぁ。見ろよこのガキ……。魔剣まで持ってやがった。お前らの言う通り、たんまり持ってるみたいだぜ?」
「そうですかい……。ねぇ旦那ぁ。一つお願いしたいことがあるんですがね、そいつの持ち物ぜぇんぶ置いていってほしいんでさぁ。」
そう言い放って、獣人の冒険者は麻袋を男に向かって放り投げた。
袋の口が開き、中から必死に声を上げる頭部だけのキラーアントが現れた。
リリも、ゲドという男も、その凶行に動揺する。
「キラーアントッ?!おめぇ何やってるのかわかってんのか!」
「えぇもちろん。瀕死のキラーアントは仲間をおびき寄せる信号を出す。冒険者の常識でさ。」
陰から、二人のソーマ・ファミリア構成員が現れる。
同じように、キラーアントの死にかけの頭部だけを持っていた。
「旦那ぁ。俺たちとやりあったとして……。無事で済みますかね?」
「クソがぁ!」
男は捨て台詞を吐いて、すぐにその場から逃げ出した。
しかし、もう遅かったのだろう。
男が消えて行った方向から悲鳴が聞こえてきたときには、リリはゲドの死を認識した。
そして、そこから口元を赤い血で濡らしたキラーアントが現れた。
リリは、次は私の番だと思った。
当然だ、だってリリは弱いのだから。
キラーアントを瀕死の状態まで追い込んだこの三人の冒険者とは違う。
アルともベルとも、違う。
弱いサポーターなのだから。
そこに、リーダー格の獣人、カヌゥという男は甘い言葉をかけた。
「大変なことになっちまったなぁ。同じファミリアの仲間だろう、アーデ。助けてやるから全部寄越せ。しらばっくれたって死ぬだけだぜぇ?」
「分かりました!分かりましたから!」
リリは首に下げていたひも付きのカギをカヌゥに渡した。
それはリリが泥を啜るような思いで、罪を重ねてでもつかみ取りたかった明日への希望だった。
「の、ノームの貸金庫の鍵です……。お金は宝石に変えて、しまってあります。」
「はっはぁ!これかぁ!よっと……見てみろよ、アーデ。こんなにヤバい状況だぜ?」
リリは首根っこを掴まれて高々と掲げられる。
リリの視界には、天井、床、壁を覆う大量のキラーアントがいる。
この三人の冒険者でさえ危険な状況だ。
「アーデ、囮になってくれや。」
「やっ、約束が違います?!」
「サポーターなんぞとまともに約束する馬鹿がどこにいるってんだ。お前はもう用済みだ。最後に俺たちの役に立ってくれや!サポーターぁ!」
カヌゥはリリを放り投げた。
キラーアントの群れの中に落とされたリリは、乾いた笑いを上げた。
諦めて、絶望して、どうしようもなくなった人間が最後にできる笑いであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これだから冒険者は……。
生まれた時から、いつもリリを騙し、奪い、蔑んできました……。
だから嫌いだった。
嫌いなはずだった。
ずっと嫌いでいれるはずだったのに……。
これはあの底抜けにお優しいお二人を騙した罰なんですね。
そう思えば、少しは納得できるかも……。
あぁけど悔しいなぁ……。
神様、どうして、どうしてリリをこんなにしたんですか?
弱くて、ちっぽけで、自分が大っ嫌いで、なのに変われないリリに……。
ずっと寂しかった。
誰かと居たかった。
居場所が欲しかった。
けど、もう終わる。
やっと死ねる。
弱い自分を、ちっぽけな自分を、穢れた自分を、寂しい自分を……。
でも死ぬ前に、最期に……。
名前を呼んでほしかったなぁ……っ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「プロミネンスバーストぉっ!!」
絶望を切り裂くための雷が、深淵を照らす新星の如く輝く聖火が、リリの視界を埋め尽くした。
リリを縛る闇を断ち切るために、小さな英雄がそこに立っていた。
リリが待ち望んでいた声が、そこに響いた。
「……すぐに済むから。」
ベルはそう呟いて、キラーアントの群れに単身とびかかった。
斧を振るい、火を放ち、蹴り飛ばし、殴りぬいた。
どれだけ絶望的な状況であっても、ベルはリリを守り抜いた。
戦って戦って、傷だらけになりながら、戦った。
そして、最後の一体を消し炭に変えた。
「はぁ、はぁ……。リリ、無事だよね……?
よかったらアルのところに一緒に戻ろう……?」
「その必要はないぞ、ベル。遅れてすまなかった。よくやったな。」
ふらふらのベルの肩を、奥から走ってきたアルがそっと支えた。
鎧は返り血まみれで、とてもじゃないが騎士らしいとは言えない。
リリは、驚愕した。
「あ、え……。お二人とも、どうして……?!」
「僕がアルに無理言ってね、お願いしたんだ。リリを助けたかったから。」
「あぁ、全く無茶を言う男だ。
おかげで一人で十数のオークと向き直ることになった。」
「それならどうして、アル様はここにっ?!」
「誰とは知らぬが助太刀があってな。半分も切れば自由になれた。
しかしすまなかった。
リリがまさに今、救いを求めていると気付いてやれなかったな……。」
「アルを信じて託してなくちゃ、間に合ってなかったかも。だからアルのおかげでもあるんだよ?けど、とにかく……、間に合ってよかったよ。」
アルがリリに頭を下げた。
別のファミリアとはいえ仲間であるリリを、ベルのように最優先にしてやれなかったから。
ベルは笑った。
リリが無事だったから、アルが約束を守ってくれたから。
リリは、だんだんむかっ腹が立ってきた。
この馬鹿野郎どもに、イカれたお人よし共に、言葉がどんどんあふれ出てくる。
「どうしてリリを助けたんですか?!
なんでリリを見捨てないんですか?!
まさか騙されたことに気づいてないんですか?!
驚かそうと思ってリリが盗みをやったとでも思ってたんですか!
お二人はなんなんですか!
馬鹿ですか、マヌケですか、救いようのない阿呆なんですか?!」
涙を流しながら、リリは叫んだ。
その様子に、アルもベルもおろおろしてしまう。
「リリ、落ち着いて……。」
「そうだぞ、こういう時は深呼吸がだな……。」
「落ち着いていられるわけないでしょう?!
お二人は何もわかっていません!
稼いだお金だってちょろまかしました!
魔石を抜いて自分の取り分にしたこともあります!半分もです!
アイテムのおつかいも定価の倍以上の値段を吹っ掛けました!
必要のないアイテムを買うと言って駄賃をすりました!
陰で悪口を言ったこともあります!
分かりましたか?!リリは悪い奴です!盗人です!
最低のパルゥムです!
それでもお二人はリリを助けるっていうんですか?!」
リリの渾身の懺悔を聞いてもなお、ベルの決意は揺るがなかった。
さも当然であるかのように答える。
「うん!アルもだよね!」
「あぁ、今度はベルよりも早く駆け付けてやるぞ!わっはっは!」
「どうして!」
顔を見合わせてからからと笑う二人にリリは突っ込む。
ベルは顔を赤らめて答えた。
「女の子だから……。」
「ははは!ベルらしいな!」
「おバカぁ!ベル様は女性なら誰だって助けるっていうんですか!
信じられません、この女ったらし!スケコマシ!スケベ!女の敵ぃ!」
「わっははは!」
アルは、こんな状況だというのに笑いが止まらない。
リリは泣きながら無茶苦茶なことを言っているのに、結構ベルのことを正確に表現していたからだ。
ベルは、そんなアルにちょっと目で抗議した後、リリを見つめた。
「じゃあリリだから。僕、リリだから助けたかった。
いなくなってほしくなかったんだ。それだけじゃダメかな……?」
アルも笑うのをやめて、兜を取ってリリの目をちゃんと見る。
「あぁ、人を救うのに理由などいらんだろう。それが騎士道というものだ。だがなぁリリ、我らは完璧ではない。そして私はベルよりも、救いを求める声なき声を聴く力がない。鈍い、という奴なのだろう。だから教えてくれ。助けてと叫んでくれ。サインを出してくれ。」
「うん、そうしてくれたらアルよりも馬鹿な僕でも気づけると思う。
ちゃんと、助けるからね。」
「うわぁぁ!ごめんなさいごめんなさい!」
リリは、ぼろぼろと涙を流しながら目の前のベルに抱き着いた。
自分を助けてくれた、
そしてアルが、王子様のナイトが優しく頭を撫でてくれるのに身を委ねた。
優しく温かい感触が、リリを包んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝方、リリはいつものように噴水のところに座っていた。
「サポーターさんサポーターさん。」
「冒険者をお探しではないかね?サポーター殿?」
「混乱しているんですか?けど、今の状況は簡単ですよ?
経験豊富なサポーターさんの手を借りたい半人前の小さい冒険者と……。」
「半人前の大きな冒険者が、売り込みに来ているのですよ。」
ベルとアルが、リリの前に跪いていた。
にっこりと笑ったベルが、手を差し伸べる。
「また僕たちと、冒険してくれませんか?」
「……はいっ!ベル様!アル様!」
リリはその手を強く強く握りしめた。
感動したアルは二人を抱え上げた。
「うわわっ!」
「あわわっ!」
「わはは!!」
ひとしきり振り回した後に、アルは二人を下ろして話した。
「さぁ、これからの話をしに行こう。幸せな明日のためにな。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
三人が新たな門出を迎える準備を始めるころ、オラリオの外で二柱の神と、とある二人が同じ小屋の中にいた。
「定時報告に来たぜ、ゼウス。おっと、君たちもいたのか。」
「ヘルメス様。お待ちしておりました。」
「火守女ちゃんじゃないか!元気だったかい?」
飄々とした男神が、火守女に近づく。
それに対して、暖炉の前でゆっくりしていた農夫のような恰好をした男神が忠告する。
「やめとけ。儂ですらこいつが怖くて手を出すのを諦めたんじゃぞ?」
「あぁそうだった。君がいなかったら、オレも彼女に手を出せるんだけどねぇ……。」
男たちの視線の先には、暖炉の火をじっと見つめる歪んだ鎧を身にまとう騎士がいた。
「さて、連絡だ。あなたの義孫が、使命をもって生みだされた約定の子と同じファミリアにいる。」
「なんじゃとぉ?!全く、お前との縁はロクなことにならんわい。
お前ともっと早く出会っていれば、あの黒龍にワシの大事な子供たちを食われずに済んだんじゃがそれもかなわず。ベルがお前の子と関わらないように、ただ平穏にハーレムを作ってほしいという夢もかなわず……。
おぉ、なんということじゃぁ……。」
その男神、ゼウスはあからさまに落ち込んだそぶりを見せる。
「やっぱり、そのベル・クラネルは
「あの子は器じゃないんじゃ……。たとえ器であったとしても、英雄になんぞなってほしくないわい。死に急ぎのあの子たちが馬鹿騒ぎを起こしてまで、あの子を英雄から遠ざけたというに……。所詮英雄のなれの果てとは、こいつのようなもんなんじゃよ。」
ゼウスは火守女を傍に侍らす騎士の方を見た。
静かに世界を終わらせた英雄は、幾たびも燃やされ、切られ、刺され、死に続けたのだ。
それを知っている数少ない一人であるゼウスは、ベルがそういう苦難の道を行くことを望んでいない。
「続いて約定の子についてだ。彼は君が描いたとおりに力に目覚め始めている。
聞いていた以上にぞっとしたよ、深淵ってのは恐ろしいねぇ。」
へらへらと、ヘルメスは笑う。
そしてまた、きりりとした表情に戻る。
「どんな気分なんだい?描き上げた子供が使命に向かって無意識にひた走っていると知って。」
フルフェイスの兜が、ヘルメスの方を向いた。
視界を得るために開けられた穴から、双眸がヘルメスを見つめる。
「……ロートレクの気分だ。」
「ロートレク?」
「……『哀れだよ。炎に向かう蛾のようだ。』か。
あの男はこんな気持ちだったかもしれん。」
ぼんやりと語るその男の言葉が、ヘルメスにはあまり理解できない。
「一度滅びを受け入れた俺が、また滅びに抗おうと無理やり命を生み出してまで使命を押し付けた。狂っている。やはり世界からずれ始める前に、あの忌々しい塔を壊しておけばよかったか。」
「全く、まだそんなことを言っておるのか……。」
手を開いたり閉じたりする騎士に、ゼウスはドン引きした。
やろうと思えば簡単にやれていたのだから恐ろしい。
「灰の御方。私たちは為せる事を為しました。今はあの子たちの時代です。きっと、あの子にも寄る辺がありますよ。」
火守女はそっと優しく微笑んだ。
遠きオラリオの地で、必死に頑張っているアルのことを思いながら。
大神の隠れ家
大神が義孫を騙し ヤンデレなる女神から 逃げるための隠れ家
木で作られており 存外頑丈である
暖炉の前に騎士がいる時 心せよ
それは 英雄であり あらゆる禁忌を犯したものだ