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父が死んだ。ずるい人だった

「父ちゃんさぁ、本当にずるいよね。とっとと先に死んじゃって、こんなにいい見送り方されてさ」

父の葬儀を終えた夜、弟が言った。

まったくその通りだ。「ずるい」というのは父をぴったり表している言葉だと思う。

父は、わたしが人生で最初に出会った理不尽。こだわりが強く、気難しくて、我が道を行き、他人の気持ちはお構いなし。その上、ケチで浮気性。どうしようもない。決してよき父親ではなかったし、よき夫でもなかったと思う。とっくに家族から愛想を尽かされ、縁を切られていてもおかしくない男だった。

なのにわたしは、結局この父を嫌いになりきれなかった。嫌いにならせてくれなかったことこそが、父の最大のずるさだったのかもしれない。

さんざん好き勝手に生きて、周りを振り回して68歳で自分だけ先にいなくなるなんて。最後までずるい人だった。

***

もったいないが口癖で、俺が稼いだ金だ、と家計をすべてコントロールしたがる人だった。自分が価値を感じること以外にはとことんお金を払いたがらない。

例えば、教育費。
自分は短大卒なのに大企業で出世してこれた自信からなのか、子どもの教育に投資することに価値を感じられないらしく、塾に行かせてもらえなかった。私立の学校に進むなんてもってのほか。
ようやく塾に通えた時も、母がパートで稼いだすくない給料を工面して費用を払うことを、面白くないけどギリギリ許してやっているというスタンス。
高校を出たら大学には行かずに働け、とよく言われた。

それなのに、自分の趣味にはざぶざぶお金を使う。
自作PC、車、ラジコン、カメラ。
家にはその意味をまったく理解できない量のスピーカーが鎮座していた。
家族には倹約を強い、自分の欲望はとどめない。そんな理不尽がまかり通っていた。

わたしと弟が大きくなり、中高生で親に反抗する時期。いよいよ子どもと向き合わなくてはならない時期に父は単身赴任になった。大事なことからひらりと身を躱して遠くへ行ってしまったのだ。

女性の影があったことも、一度や二度ではない。でも、すわ離婚かとなった時に病気で倒れて、そのタイミングもとてもずるかった。

母が覚悟を決めて突きつけようとした三行半は、父の入院によって行き場を失った。病人を前にして、誰が石を投げられるだろう。
「今は身体が大事だから」
その一言ですべてを飲み込むしかなかった。父は絶妙なタイミングで弱ってみせたのだ。

そうやって父は、いつもギリギリのところでゆるされてきた。
ゆるさざるを得ない状況を作る天才だったかもしれない。

ケチなくせに、出張のたびにわたしと弟が好きだったじゃがポックルやずんだもちを買ってきてくれた。
一ミリも優しくない人、というわけではなかった。だから嫌いになりきれない。その塩梅も、ずるいよ。

最期だってそうだ。
これから年をとって、いくらか丸くなって、ようやくすこしは素直に話せるようになるかもしれない。わたしがこれまでの文句をぜんぶ吐き出して、父が「悪かったな」とつぶやく……そんな日が来る前に、父はさっさと逃げ切ってしまった。

***

遺影をぼんやり眺めていると、いやなことに気づいた。

こだわりが強くて、自分の好きなことを仕事にして。
誰かの言うことなんて聞かず、実家を離れ、京都で好きに暮らしている娘のわたし。
自分のものさしで生きているこの性格は、きっと、あの父から受け継いだものだ。

自分の人生を好きに生きて、面倒な後始末はぜんぶ残して、さっさと幕を引いた。
その見事なまでの逃げっぷりはもはや清々しい。それぞれに腹を立てたことが絶対あるはずなのに、葬式には親戚みんなが集まって父の話をした。

結局、誰も父を心からは嫌いになれなかったのだろう。それも含めて、父の勝ち逃げ。

じゃあね、ずるいね。お父さん。

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