妊娠・出産について相談できなかった理由

その他、知的障害を持つ人はコミュニケーションが苦手なこともあります。困ったことがあったときにうまく言語化して誰かに相談するということのハードルがより高いのです。相談するのにも力が要ります。

「母親に妊娠の事実を隠す」
「空港職員等に助けを求めようともしてない」

という裁判所の記載を見てどう思われるでしょうか。K被告は母親から叱責されることが多かったので勇気を出して「妊娠した……」と相談することなどできないでしょうし、ましてや知らない空港職員に助けを求めることなど不可能に近いでしょう。そもそも誰かに相談できる力があれば犯行を回避できたかもしれません。

胎児のかたちに切り抜かれた紙片を大事そうに手で包んでいる
写真=iStock.com/Ildar Abulkhanov
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「自首」「殺める」の意味が分からなかった

さらに自分の置かれた立場を理解することも苦手かもしれません。K被告は、裁判中に「自首」や「殺める」といった言葉が理解できず、ごまかすために笑うなどして裁判長がいらだつ場面があったと報じられています。

また、「自首を考えなかったのか」と問われ、「自首ってなんですか」と問い返し、「そんな制度があるなんて知らなかった」と答える場面もあったそうです。この状況を思い浮かべてみてください。ますますK被告の障害を裏付けることにならないでしょうか。

以前、裁判官向けに境界知能について講演をしたことがあるのですが、裁判官のみなさんは知的障害についてあまりご存知ではありませんでした。「知的障害ってそもそもどういう状態を指すのですか?」と質問される方もおられました。「境界知能」であればさらに存じ上げない裁判官の方も多いはずです。

そんな裁判官の方々が、K被告が質問の意図さえ分からない様子を見せてもいらだつだけで「背景に知的な問題があるのでは?」と想像するのは難しいと感じました。