ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 銀細工の露店

 オラリオに位置する 銀細工を取り扱う珍しい露店

 仲睦まじい夫婦が 互いに助け合って運営している

 彼らの銀細工には 言い伝えがある

 それは良縁を結ぶ 不思議な力があるという


第十六話 魔導書

 

 「アル、寝てないんだよね。大丈夫?」

 

 「やれんことはないだろう……。まさか神ロキがあれほど酒をたしなむ方だとは思ってもみなかったがな……。」

 

 「アル様、体調がすぐれないなら戻りましょうか?」

 

 「いや、進んでもらって構わない。稼ぎは大事だ。神ロキの酒代が馬鹿にならんのだよ。」

 

 アルは寝不足の体を無理やり動かして、ベル、リリと共にダンジョンに潜っていた。

 いつもなら、万全を期すためにきっちりと休息をとるのであろうが、今日ばかりはそうはいかない。

 本、ヘスティアのアクセサリー、ロキの酒代で、ここ数日の予算を大幅にオーバーした出費をしていたからだ。

 ベルが鎧を購入していることもあって、さらに蓄えが減っている現状では休むという選択肢は取りづらかった。

 

 しかしわずかな不調が大きな綻びとなってしまうのが、ダンジョンという場所だ。

 一行は大量のモンスターに前後から襲われることとなった。

 戦闘のはじめは、難なく対処していた二人も、キラーアントとニードルラビット、大小のモンスターに同時に対応するとなると骨が折れた。

 盾でモンスターの行動を阻害しながら戦っていたアルは、一瞬の隙を突かれてニードルラビットを取り逃がした。

 

 「不味い、抜かれたっ!」

 

 アルが叫ぶよりも早く、ニードルラビットはベルの体勢を崩した。

 背中からダンジョンの床に転がったベルはすぐにニードルラビットを蹴とばす。

 しかし、アルがカバーしている方向とは逆から来たキラーアントが既にベルに覆いかぶさろうとしていた。

 

 「ダメぇっ!!」

 

 リリが叫びながら赤い刀身の短剣を突きだすと、そこから火が噴き出す。

 猛火はキラーアントを焼き、ベルはその隙に体勢を立て直した。

 そこからは二人とも調子を取り戻し、なんとか窮地を乗り越えたのだった。

 

 戦闘が終わると、リリはすぐに短剣をローブの中にしまい込み、ベルに駆け寄った。

 アルも粗布のタリスマンを取り出しながら駆け付ける。

 

 「ベル様、ご無事ですか?!」

 

 「ベル、すまない。一瞬気が抜けていた。怪我はないか?今日は『回復』の奇跡をもってきてある。すぐに治せるぞ。」

 

 「大丈夫だよ。ほら、無傷でしょ?リリのおかげだよ。助けてくれてありがとう。」

 

 「あっ、いえ……。」

 

 「そういえばリリ、今魔法使ったよね!」

 

 「いえ、それは魔剣の力で……。」

 

 リリはそっと懐に忍ばせた魔剣に手を添えた。

 魔剣とは、どんな人間でも簡単に魔法を使えるようにする代物だ。

 しかし、一定回数以上使えば必ず壊れるという致命的な欠陥と製作が難しいという難点を抱えており、大変高価だ。

 サポーターという弱者が持つにはお宝過ぎるのだ。

 

 「えぇっ、そんな貴重な物を僕のために?!本当にありがとう!」

 

 「リリ、私からも礼を言わせてくれ。ありがとう。貴公のおかげでベルが傷つかずにすんだよ。」

 

 「そっ、それは、ベル様のためですから!」

 

 リリは二人に警戒心を向けていたことが少しだけ嫌になった。

 魔剣を奪われてしまうのではないかという警戒なんてこの二人の善人(バカ)には無意味なことなのだが、それでもリリには疑い続けなくてはならない理由があるのだ。

 リリは警戒を解いて、そっと魔剣に添えていた手を放した。

 

 ある程度進んで、三人は休息をとっていた。

 二人よりも早く弁当を平らげたアルは二人に許可を取って仮眠をとり始めていた。

 

 「アルって寝るのも起きるのも早いんだよ。騎士の嗜みなんだってさ。」

 

 「そうですか……。」

 

 「けど魔法ってすごいなぁ!アルも色々使えるんだよ。僕も魔法が欲しいなぁ……。」

 

 ベルが自分が凄い魔法を使っているところを夢見ていると、リリはおずおずと口を開いた。

 

 「あのっ、ベル様。お休みをいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 「いいけど、何か用事でもあるの?」

 

 「ファミリアの集会があってどうしても出席しないといけなくて。

 契約違反なのは分かっています。ペナルティはお受けますから。」

 

 そうして、リリはベルに向かって三つ指を立てて頭を下げた。

 ベルは仲間のその態度に動揺する。

 

 「えっ、いいよそんなこと!それより、ごめんね?休みたいときは遠慮なく言ってね?

 アルだって起きてたら『休息をとるのもまた仕事だぞ。私は今日失敗してしまったが……。』っていうと思うし。

 リリばっかり気を使わなくてもいいんだよ。僕たち仲間なんだからさ!」

 

 ベルはリリに向かってほほ笑んだ。

 リリはベルの優しい言葉に思わず微笑んでしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アルとベルはその翌日、弁当箱を返しに豊穣の女主人を訪れていた。

 開店準備中だからか従業員たちは皆少し暇そうで、シルとベルの様子をにやにやと眺めていた。

 アルも、ベルの隣というよりは少し後ろで控えている。

 

 「ごちそうさまでした。」

 

 「その様子、今日はお休みなんですか?」

 

 ベルが鎧を着ていないことはいいとして、鎧を脱いでいるアルを見た時のシルの顔は、珍しいものが見れてうれしいといった感じであった。

 二人の様子からして、シルは二人が今日は絶対にダンジョン探索にはいかないだろうと思ったのだろう。

 

 「はい、今日に暇になっちゃって。シルさんは休日は何をしてるんですか?」

 

 「読書、とか?」

 

 「読書かぁ……。アルが読んでる本は難しそうだしなぁ……。どうなの、あの本?」

 

 「面白いが、難しいぞ?

 『魔道とはすなわち自然との対話である。したがってまずは衣服を脱ぎ、肌で風や土のぬくもりを感じるのだ。』と書いていたときはその意図を理解するのに二時間かかった。」

 

 「結局どういう意図だったんですか?」

 

 シルの質問に、アルは肩をすくめて答えた。

 

 「どうやら、そのままの意味だったようだ。」

 

 「その本、とんでも本じゃないんですか……?」

 

 そんな二人の会話を聞きながら、ベルは戸棚に立てかけてある白い表紙の本に目が留まった。

 どこか目を引かれる装丁とタイトルであった。

 

 「『ゴブリンにも分かる現代魔法』……?」

 

 「興味あります?お客さんの忘れものなんですけど、取りに来る様子もないですし……。この本でいいなら貸しちゃいますよ?」

 

 「えっ、いいんですか?」

 

 「減るものではないですし、読み終わったら返してくれたらいいですから、ね?」

 

 ベルは悩んだのちに受け取った。

 すぐに読んですぐに返せば、シルの言う通り何の問題もないだろう。

 アルは、ベルがそうするならいいだろうということで、特には何も言わなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ホームに帰ってすぐ、ベルはその本を読もうとした。

 

 「へへ、勉強すれば魔法って出るようになるんだよね?」

 

 「あぁ、ヘスティア様とリヴェリア……さんが仰っていたのだ。間違いないだろう。」

 

 「よーし、じゃあ頑張るよ!どれどれ……。

 魔法は種族により素質として備わる先天系と……。」

 

 読み始めて数分も経たないうちに、ベルは本ごとテーブルに突っ伏した。

 アルはその様子を少し微笑んで眺めた。

 

 「おや、疲れていたのやもしれんな。よし、私の毛布を掛けておいてやるか。」

 

 アルは、ベルにとっては大きめの毛布を肩にかけてやり、自身の修練を始めた。

 リヴェリアの言いつけ通り座禅を始めるのだ。

 

 アルが「古竜への道」の座禅を組みながら精神の統一を図っていたとき、ベルは自身との対話を経験していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「じゃあ始めようか。僕にとって魔法って何?」

 

 どうしてだろう。僕が僕を見下ろしている。

 なんとなくだけど、答えないといけない気がする。

 

 「強い力。一人じゃ何もできなかった僕をやっつけて、奮い立たせてくれる武器。」

 

 あの夜のことを思い出す。アルが怒ってくれていなかったら、僕は怒ることすらできなかった。

 

 「僕にとって魔法はどんなもの?」

 

 「焔。猛々しく燃え上がって太陽みたいに煌々と輝く、弱い僕にはちっとも似合わない白い焔。」

 

 ただの炎じゃダメなんだ。

 もっと明るくないと、もっと激しくないと、ダメなんだ。

 

 「魔法に何を求めるの?」

 

 「空を切り裂く稲妻のように、誰よりも早くあの人に追いつきたい。

 深淵を焼き尽くした、あの日纏った聖火のように、強く優しくありたい。

 誰よりも体を張ってみんなを守る彼のように、硬く揺るがないようになりたい。」

 

 アイズさん、カミサマ、アル……。みんな僕の大切な人、憧れる人。

 けど憧れているだけじゃダメなんだ。

 僕だって戦わなくちゃいけないんだ。 

 

 「欲深いなぁ。けど、それで全部じゃないんだろう?」

 

 「もし叶うなら、英雄になりたい。昔読んだおとぎ話にでてくるような、あの人が認めてくれるような、英雄に。」 

 

 おじいちゃん。僕は英雄になりたいよ。

 おじいちゃんが僕に教えてくれたような、英雄になりたいんだ。

 

 「とんでもなく子供だなぁ。」

 

 「ごめん、けどそれが僕だ!」 

 

 そうだ、それが僕なんだ。

 僕の……(ソウル)なんだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「たっだいまー!ベルくん、アルくん、いい子にして待ってたかい?」

 

 「ふふ、それがベルは今はぐっすりですよ。」

 

 「おや、本当だね。まだそっとしておいたほうがいいかな?」

 

 「もうかなり時間もたっていますし、起こしてあげた方がよさそうです。

 ベル、起きろ。ヘスティア様も帰ってこられたぞ。」

 

 ゆさゆさとベルの肩をアルがゆすると、ベルは目をこすりながら体を起こした。

 ベルはどうして眠ってしまっていたのか、さっぱりわからないといった風体であった。

 

 「さぁ、二人とも。ご飯にしようぜ!」

 

 ベルは寝ぼけて上手く働かない頭をなんとか動かしながら、アルと共に夕飯の支度に入るのであった。

 

 夕食を終えて、日課のステイタスの更新を行っていると、ヘスティアは声を震わせながら、その変化を口にした。

 

 「べ、ベルくんにも魔法が発現した……!」

 

 「本当ですか、カミサマ?!」

 

 「へばにゃっ!」

 

 がばりと体を起こしたベルのせいで、ヘスティアは背中から転げ落ちる。

 アルは頭からベッドから落ちないように、とっさに手を差し伸べていたが、何とか踏みとどまった。

 

 「ベル、落ち着き給えよ。」

 

 「あっ、ごめんなさい。カミサマ……。」

 

 「大丈夫だよ。さてアルくん、ぱっぱと済ませて一緒にベルくんの魔法の確認をしようか。」

 

 「えぇ、ベルの魔法がなんなのか、私も気になります。私のはささっと済ませてしまいましょう。」

 

 ベルは、自分の魔法の詳細が知りたくて、そわそわしていた。

 アルのステイタス更新を手早く済ませて、三人はアルの時のように輪になって座った。

 

 「さて、ベルくんの魔法はこれさっ!」

 

 ヘスティアがみんなで見れるように、ステイタスとは別に大きめに複写した紙が、三人の前に置かれた。

 そこにはこう記されてあった。

 

―――――

 

≪魔法≫

 

【ヒーローノヴァ】

二重魔法(デュアルマジック)

能動的切替(アクティブスイッチ)

・速攻魔法 【プロミネンスバースト】

・即時付与(エンチャント) 【フレアアームド】

 

―――――

 

 「ベルくん。まちがってもここに書いてあることを口に出しちゃだめだよ。」

 

 「えぇっ?!どうしてですか?!」

 

 ベルは、せっかくの魔法を試したい気持ちであったのに、出鼻をくじかれてしまった。

 ヘスティアは、紙のある文言を指さした。

  

 「速攻魔法とか、即時付与とか書いてあるだろう?それに大抵の魔法はアルくんのように、詠唱文も記載されているのにそれがない。

 これはボクの推測だけど、この文言をベルくんが口に出した瞬間、魔法として機能するという可能性が高い。

 つまり詠唱なしで効果を発揮するかもしれないということだね。」

 

 「なるほど……。」

 

 アルはパラパラと『大魔導士の帽子の中身』をめくり、詠唱についての章を眺める。

 詠唱とは魔力を込める過程にあたり、この詠唱に失敗すれば魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こすリスクがある。

 アルの魔術や呪術は、ソウルから力を得ることで詠唱をスキップしていたが、ヘスティアの仮定が正しければベルの魔法はベルの魔力を媒体にするにも関わらず詠唱を必要としないものになる。

 とんでもない利便性を秘めているかもしれないと気づいたアルは、静かに驚き、そして喜んだ。

 しかし、アルはそれ以上に気になることがあった。

 

 「しかし、効果も多いですね。一つの魔法で二つの効果を持つなど……。」

 

 「それなんだよ!アルくんの【ソウル・レガリア】もロキのところのリヴェリアなんちゃらくんの魔法も、効果としては一つなんだ。

 アルくんなら力を引き継ぐという点はぶれてない。リヴェリアなんちゃらくんであれば、攻撃・防御・回復でそれぞれ一つの魔法だと聞いているよ。

 ベルくんの魔法はそういう意味でもとても特別だね。」

 

 「へへへ……。」

 

 ベルは恥ずかしそうに頭をかいた。

 待ちに待った魔法が二人にもてはやされてとても嬉しかったのだ。

 どんどんと試したい気持ちが増していくベルに、ヘスティアが待ったをかけた。

 

 「ベルくん。気持ちはわかるけど今日はもう遅い。魔法は明日になっても逃げないから、今日はよく寝て、明日思う存分使うといいよ!」

 

 そうして、三人は寝ることになるのだが、ベルは納得できなかった。

 こそこそと、夜中に起き出して、簡単な準備をする。

 罪悪感を抑え込みながら、扉に手をかけると、その手をつかむ男がいた。

 わざわざ寝たふりをして待ち構えていたアルだ。

 

 「貴公も中々分かりやすい男だなぁ、ベル。」

 

 「アル?!どうしてっ?!」

 

 大きな声を出そうとするベルの口を押さえて、静かにさせてからアルは答えた。

 

 「私とて男だ。待ち望んだ力を試そうと言う気持ちもわかる。しかし、今夜でないといけない理由はなんだ?」

 

 「えっと……早く強くなりたいから。」

 

 「なれば、私もついていこう。貴公が強くなるためならば協力するのが友というものだ。むしろ、私に言わずに勝手に行こうとするなど薄情だぞ?」

 

 「ごめん……。止められると思って……。」

 

 「構わんさ。少し待っていてくれ、すぐ準備をする。」

 

 アルが鎧を手早く着込んで、二人は主神を起こさないように静かにダンジョンへと向かうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「プロミネンスバーストぉ!」

 

 ベルがゴブリンに向かって手を向けながら叫ぶと、爆炎が吹き抜けた。

 ベルに気がついていなかったゴブリンは、避けることもなく跡形もなく消し飛んでいた。

 その威力に、アルは驚かずにはいられなかった。

 

 「おぉ、凄まじいな……。しかし、少々奥に来すぎているような……。」

 

 アルの感覚は正しかった。

 アルたちの後方には無数の魔石が転がっていて、ベルが大量のモンスターを狩りながら前進してきたことを証明している。

 二人は予定していたよりも更に奥へと進んでしまっていたのだ。

 

 「ねぇアル!凄いよこれ!よっし、じゃあ次は……ってあれ、おかしいな……。」

 

 「ん……?ベルッ!」

 

 さっきまではしゃいでいたベルの足元が突然おぼつかなくなり、アルは慌てて倒れ込むベルを抱えた。

 呼吸はしているが、完全に意識がなくなっている。

 アルは原因が分からない以上下手に動かせず、そっとベルを寝かせて、じっと周囲を警戒した。

 

 「魔法の副作用か何かか……?」

 

 アルは、自身の魔法の特異性から魔導士が気を付けなればならないある症状のことをよく勉強していなかった。

 それゆえ、その症状が初心者が一番陥りやすいということも知らなかったのだ。

 

 「むっ、下から何か来る……。モンスターか……?」

 

 アルは、ベルをかばってしゃがみ込みながら盾を構える。

 下手をすれば死ぬ。

 存分に警戒していたが、そこから現れたのは予想外の存在達であった。

 

 「奇遇ですね、リヴェリア……さん。それとアイズ・ヴァレンシュタイン殿。」

 

 「ん?どうした、そんなに警戒して。」

 

 「あぁ実は、彼がですね……。」

 

 アルは構えを解いて、ベルが二人から見えるように立った。

 リヴェリアはゆっくりと近づいて、その口元に手を当てた。

 熟練の魔導士であるリヴェリアは、ベルが陥った症状にすぐに気が付いた。

 

 「精神疲弊(マインドダウン)だな。後先考えずに魔法を打たせでもしたのか?」

 

 「これが、精神疲弊(マインドダウン)だったとは……。気が付きませんでした。ベルには申し訳ないことをしてしまった。」

 

 精神疲弊(マインドダウン)、それは魔法を扱う際に消耗する精神力を枯渇させてしまうことによって、気絶してしまうことを指す。

 これこそが、魔法が出たての魔導士が死にかける原因の一つなのだ。

 自分のキャパシティが分かっていない状態で魔法を使い続けたベルは、もし一人であったならばモンスターに食い殺されていたかもしれなかった。

 

 「その子、ベルって言うの……?」

 

 「えぇ、名をベル・クラネルと言います。小さな体に大きな優しさを秘めた男ですよ。」

 

 アイズは、おずおずとベルに近づいた。

 そして、その顔をある程度眺めた後、アルに声をかけた。

 

 「あの……、この子に償いをさせてほしい。ダメ……かな。」

 

 「ベルは貴方に償いなど求めてはいないでしょうが……構いませんよ。」

 

 その様子を見たリヴェリアは、少し面白いことを考え付いた。

 アイズが珍しく興味を示した少年ならば、触れ合うことで多少は情操が豊かになるのではと踏んだのだ。

 

 「ならいい案があるぞ。膝枕でもしてやれば、償いにはなる。そうだろう?」

 

 「えっ、それはっ……。」

 

 リヴェリアの言葉を聞いて動揺したアルは思わずリヴェリアの顔を見つめた。

 リヴェリアの白魚のような指が、彼女のうっすらと笑みを浮かべた口元にそっと添えられた。

 黙っていろ、そう伝えたかったのだろう。

 アルはそんな彼女の妖艶な仕草と茶目っ気のある可愛らしさに一瞬あてられた。

 その一瞬で、ペースを握られた。

 

 「アイズ、償いなのだ。しっかり世話をして無事に送り届けてやれ。私と彼は先に上に戻る。行くぞ?」

 

 「えっ、は、はい。アイズ殿、ベルのことをよろしくお願いいたします。」

 

 「うん……。任せて……。」

 

 アイズに深々と頭を下げて、アルは慌ててリヴェリアの背中を追いかけた。

 アルは慌ててはいたが、頭は働いていた。

 レベル5の屈指の実力者、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインとともにいるのならば、ベルは安全だろうと確信したうえでリヴェリアについてきていた。

 折角のアイズの厚意、そしてリヴェリアの願いを無下にしないためにだ。

 

 「すまないな。気が付いてくれて助かった。」

 

 「いえ……。しかし、なぜあのような嘘を?」

 

 「アイズが珍しく、あのベルという少年を気にかけていてな。

 ミノタウロスに立ち向かったことへの興味と、そしられる原因を作ってしまったことへの罪悪感が原因だろう。」

 

 「なるほど、彼女がベルと接触する機会を作りたかった、というわけですか?」

 

 リヴェリアは、少し驚いたような顔をした。

 そして、また笑った。

 

 「あぁ、そうだ。あの子は昔から感情の起伏が極端に無くてな……。

 もっと感情が豊かになるいいきっかけになってくれれば、という親心という奴だろうな。」

 

 「本当に貴方は慈愛に満ちた御方だ……。」

 

 アルはリヴェリアの優しさに触れながら、兜の下で微笑んだ。

 もはや神にすら見放されるべき存在であるアルには、その優しさがどこまでも眩しかった。

 

 二人が魔法の話やら無難な近況報告をしていると、ダンジョンの入口の戻ってきていた。

 リヴェリアは、別れを告げようとしていた。

 

 「よし、もうここまで来ればいいだろう。ここらでお別れだ。」

 

 「いえ、もう夜も深い。送りますよ。黄昏の館の位置は覚えています。」

 

 「私が夜闇に乗じて襲われるとでも思っているのか?町娘じゃあるまいし、構うことはない。」

 

 アルは憤慨した。

 この人は自分が言ったことから何も学んではいない。

 すぐに自分をとんでもなく強いおっかない魔導士にしようとする。

 自分をもっと多面的に評価して欲しい。

 アルはすぐに抗議した。

 

 「私は以前にも申し上げましたが、貴方はお美しい淑女なのだ。

 夜闇に乗じてでも貴方を手籠めにしたいという下賤な輩はいるでしょう。

 たとえレベル6といえども、絶対安全とは限りません。それに貴方が強いから、あるいは私が弱いからといって貴方を送り届けない理由にはならない。

 大恩ある貴方に何かあったら、私は耐えられませんよ。

 どうか送らせていただきたい。私の今晩の心の平穏のために。」

 

 アルの悪癖がまた始まってしまった。

 この男はどうにも善意が暴走して、口説き文句のような言葉を発してしまうようだ。

 もっとも、このような発言は、親愛なるリヴェリア・リヨス・アールヴを心配しているからこそ出ている。

 だからこそタチが悪いというべきか、リヴェリアはロキにするように冷たくあしらうことも、あるいは下世話な男どもにするように魔法で黙らせることも出来ない。

 

 リヴェリアはまたもやアルに心悩まされることになった。

 実は、ロキ達を叱りつけた後、リヴェリアは瞑想を重ねて精神を凪いだ湖面のように鎮めることで、アルのことを変に意識しないようにしていた。

 逆に言えば、そうでもしない限りはおかしな意識の仕方をしてしまうということだ。

 リヴェリアがパニックを起こしたとき、ロキやティオナに言われた言葉がその変な意識に拍車をかけていたのだ。

 

 しかし、アルの善意からくる無遠慮な好意と言葉が眠らせていた精神の動揺を引き出してしまったのだ。

 リヴェリアは顔には絶対に動揺を出さないものの、その長い耳を赤く染めながら伏し目がちに言った。

 

 「そ、そこまでいうのだ。乗せられてやろう。しっかり送り届けるのだぞ?」

 

 「勿論です、リヴェリア……さん。」

 

 あんなにハッキリと物を言うくせに、名前を呼ぶことにはまだまだ不器用なアルを、リヴェリアは可愛いなと思った。

 狼のように気高いくせに、犬のように従順で純朴。

 騎士のように誇り高く実直なのに、子供のような心配性。

 そんなアルの存在が、リヴェリアの中で大きくなっていた。

 

 「ふふ、おかしなものだな。」

 

 「何かございましたか?」

 

 「いや、何でもない。気にするな。」

 

 アルの歩幅はいつもより小さく、リヴェリアの歩調はいつもより軽やかだった。

 

 

 

 





 大魔導士の帽子の中身

 とある大魔導士が書き著した 魔法の指南書として隠れた人気を誇る本

 時折異様な文章が挿入されるため その本当の価値を知るものは少ない

 かつての火の時代 ビッグハットで知られたローガンのように

 著者もまた 孤独な探求者であったのだろう
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