ヒグマに襲われた息子、GPSに残った最期 両親「二度と被害を…」

神村正史

 北海道の世界自然遺産・知床にある羅臼岳(標高1661メートル)で8月、下山途中にヒグマに襲われて亡くなった男性(26)のGPS記録が残っていた。関西に住む男性の両親が、「二度と息子のような被害者を出して欲しくない」との思いから朝日新聞の取材に応じ、詳細を語った。

 その記録は男性が装着していたGPS時計が計測していた。衛星から位置情報を取得し、移動したルートや距離などを記録するもので、父親の曽田忍さん(60)と母親が遺品として受け取った。

 記録された軌跡は、登山道から突如、山林の斜面下へずれ、やぶが広がる場所で小刻みに震え、円を描いたり、同じ場所を繰り返し通過したり。時計には心拍計測機能もあり、男性の心拍は登山道から100~130メートル付近で断絶した。そこで亡くなったとみられる。

 時計はこの位置で一晩動かなかった。しかし、翌朝午前9時ごろから再び動き出し、付近のやぶの中を数百メートル移動した。ヒグマが男性の遺体を引き回したことがうかがえる。

突然の「すごい声」、斜面下から「助けてくれ」

 事故は8月14日午前11時ごろに起きた。男性は羅臼岳に友人と2人で登頂。友人から200メートルほど先行して下山中、通称「560メートル岩峰」付近でヒグマと遭遇したとみられる。襲われた瞬間を目撃した人はいなかった。

 曽田さんが友人に聞いた状況によると、友人は前方から突然、「すごい声」を聞いた。そのときは男性の声だと思わなかったという。近づくと斜面下から音がした。

 「大丈夫ですか?」と声をかけると、友人の名前とともに「助けてくれ」との叫び声が返ってきた。この瞬間、同行者の男性と認識した。斜面を駆け下りると、ヒグマが男性を引きずっていた。男性は生きていたという。

 友人は持参していた「クマよけスプレー」の使用を試みたが、効果はなかった。ヒグマ対応のものでなかったうえ、一度使用されていて、内容量がわずかだった。

 翌15日、捜索救助隊が、2頭の子グマを連れ、男性をくわえて引きずりながら移動する母グマを発見。3頭を捕殺した。

 両親はこの日、現場となった斜里(しゃり)町に入った。関係者から受けた説明では、ヒグマを捕殺した地点から100メートルほど離れた地点に、「土(ど)まんじゅう」があったという。

 ヒグマは食べきれなかった場合、地面に埋めて隠す習性があり、この土が盛り上がった状態のことをいう。そこから男性を掘り出し、くわえて逃げているところを撃たれたとのことだった。

変わり果てた息子と対面

 両親は、斜里署で変わり果てた息子と対面した。遺体袋に包まれており、署員から「ここでご対面いただきますが、顔だけにしてください。首から下は見ない方がいいです」と伝えられた。

 しかし、曽田さんは一人でその場に残り、遺体袋をすべて開けてもらった。泥や砂などの汚れはすべて除去されてあった。

 男性は学生時代、登山や自転車などを行うアウトドアサークルに所属。その鍛え抜かれた体が「(ヒグマに襲われて)細くなっていました」。

 事故は、国や自治体などでつくる「知床ヒグマ対策連絡会議」が、「登山道の利用自粛」を検討中に発生した。問題行動をとるヒグマが登山道に現れていたからだ。

 事故当時、ネットなどでは「トレイルランニング(軽装で登山道などの主に不整地を走るスポーツ)をしていたからヒグマに襲われた」といった誤った情報が流れた。男性は一般的なコースタイムよりも速いペースだったが、通常の登山スタイルだった。

襲ったヒグマは毎年目撃、父親「なぜ放置し続けたのか」

 知床は世界有数のヒグマ高密度生息地。ヒグマの調査研究において国内最先端のフィールドだ。男性を襲ったヒグマは識別記号「SH」として、モニタリング記録が豊富な個体で、2014年から毎年のように目撃されていた。

 曽田さんは訴える。「どうして放置し続けたのか。ヒグマは愛玩動物ではない。この事故を防ぐには、登山道の閉鎖か、捕殺しかなかった。何らかの対策を取らないと、絶対に同じことがまた起こる」

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験

この記事を書いた人
神村正史
網走支局長|知床、オホーツク地方
専門・関心分野
知床、マラソン、山岳、海洋、ドローン撮影
相次ぐクマ被害

相次ぐクマ被害

クマが人の生活圏に出没するケースが増え、人身被害も相次いでいます。被害現場の取材を通して見えたものや対策、専門家の知見をまとめます。[もっと見る]