「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを取得した小説『きみのお金は誰のため』をはじめ、金融教育に関するベストセラーを次々と世に出してきた、田内学さん。3冊目となる著書では、「お金の不安」をテーマにしている。社会的金融教育家として活躍する田内さんに、新刊執筆の背景や思いを聞いた。
「お金があれば安心」は本当か?
社会的金融教育家として本を出すようになってから、講演でいろんな場所に呼ばれるようになりました。特に2冊目の本は若い人に伝わるよう、小説形式にしたので(『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』)、高校や大学でお話しする機会が増えました。
お金をテーマにした教養小説。子どもも楽しめるようにわかりやすい文章で、エンタメ要素も入っている
そこで若い人たちと接し、びっくりしたんです。「愛、仲間、お金のうち、一番大事なのはどれですか?」と聞くと、高校生くらいから「お金」という答えがぐっと増える。大学生からの質問で、「老後が不安」という言葉が出てくることもありました。ある学生さんは、「早く奨学金を返済したいから、アルバイトを頑張って投資を始めたい」と言います。せっかく苦労して入った大学で、勉強に打ち込む時間や新しいことに挑戦する時間を削ってまで投資をするなんて、もったいないことです。
若い人が、将来に不安を抱く気持ちはわかります。問題は、それがすべて「お金の不安」に置き換わっていること。逆にいうと、「お金さえあれば安心」という考え方になっている。でもそれは、決して「本質」ではありません。
僕は新卒でゴールドマン・サックスに入り、16年勤めました。資本主義のど真ん中にいて、「資本主義社会って、人が生きていく上でのいろんな問題をお金で解決してきたんだな」と気がつきました。例えば、手間がかかる洗濯や掃除を、洗濯機やロボット掃除機を売ることで楽にした。かつて地域が担っていた冠婚葬祭を、業者に外注することで簡単にした。そのおかげでさまざまな問題が解決された一方で、「お金がないと生きていくのが大変」という社会ができていきました。
バブル崩壊後は長らく景気が低迷し、企業は「どうやって消費者にお金を使ってもらうか」を考えなくてはなりませんでした。高度成長期にモノは満たされ、「憧れ」による購買動機は弱くなった。それでもモノを売るために、「不安を煽る」「焦らせる」販売戦略が多く採られました。
さらに、2019年に「老後資金が2000万円不足する」という金融庁のレポートが話題になりました。それを機に、不安に駆られた人々の間で、「投資でお金を増やそう」という動きが広がります。
冷静に考えれば、定年後に社会との関わりがすべてなくなり、お金だけを頼りに生きていくわけではありません。大事なのは、歳をとっても長きにわたって活躍できる状態を目指すとか、支え合える居場所をつくることでしょう。しかしそういうことは言わず、不安を煽ることに終始してきたメディアや企業の情報発信が、人々の心に過度な「お金の不安」をつくり出してしまったと思います。
ええ。そうしないと、偏りすぎていますから。3冊目は最初、「そんなに不安にならなくていいよ」くらいのトーンで書くつもりでした。ところがある高校で、「大人たちがお金のことばかり気にして、社会への危機感がない」と指摘されて、ハッとしました。高校生から真剣な眼差しで「どうすれば大人に危機感を持ってもらえるんですか」と聞かれて。自分も正面から「お金の不安」の根源を突き詰め、乗り越えるための戦略を伝えなければと思い、この本を書きました。
投資に時間をかけ過ぎないで
資産運用の一環として、余った資金で金融商品を買うことは、一切否定しません。僕だって、資産の一部を投資にあてていますから。ただ、先ほど申し上げたように、必要以上に「お金」に価値を置き、投資を勧めるのは本質的な問題解決にならないでしょう。
むしろ社会の変化を考えると、これからは投資よりも「働いて稼ぐ能力」を磨く方が、有利になる可能性が高い。今後ますます人口減による労働者不足が進み、「いくらお金があっても働いてくれる人がいない」社会になっていくからです。
マーケット的な視点でいうと、希少性があるものほど市場価格が高くなる。すでに新卒の初任給が上がったり、転職市場が大きくなったりしていますが、「働いて稼げる人の価値」はさらに上がっていくはずです。
ちょっと前までは、いい大学から大企業に入ることを目指し、そのレールから外れたら逆転が難しい時代でした。特に今の40代から50代中盤の人たちは、就職氷河期を経験したロスジェネ世代。子どもに対してもさまざまなリスクヘッジをしていて、「資産運用の勉強を早くからさせたい」とおっしゃる方もいます。
僕は東大出身ですが、父は中卒で、お金に余裕がないのにすごく頑張って教育資金を稼いでくれました。入学してみると東大には僕のような境遇の人はほとんどおらず、親は大卒で給料が高い仕事に就いている人が大半でした。「親ガチャ」という言葉がありますが、実際、逆転が難しい社会だったわけです。
でも労働力不足が激しくなるこれからの時代には、努力によって逆転するチャンスが増えていくはずです。得意な分野を伸ばそうと頑張った経験や、仲間との信頼関係はハックされにくい。若い人は、そういうことにこそ時間を使うべきです。投資したい人が増えているのですから、自ら新しいことに挑戦し、「投資される側」を目指すのも良い戦略でしょう。そう考えると、希望が見えてきませんか。
そもそも、投資で「努力が報われる」と思いすぎない方がいいかもしれません。投資の勉強にものすごく時間をかけたとして、他の人が気づいてない銘柄を発見して稼げる確率はかなり低い。市場には機関投資家というプロがいて、そうした人たちがすでに値付けをしていますから。「分散投資が大事」などの基本的な勉強は必要ですが、企業研究などに使った時間がそのまま結果に反映されるとは、思わないほうがいいかもしれません。
僕はゴールドマン・サックスで、債券や為替のトレードに従事するためにものすごい時間をかけて勉強しました。ようやく「こうかもしれない」という感覚がつかめるようになり、それでも100回トレードをして利益が出るのは半分をわずかに上回る程度。プロですらこうなのです。
現在は個人投資家として投資をしていますが、時間はあまりかけていません。「配当金が多いから」という理由で個別銘柄を買ったり、説明をざっと見てインデックスを選んだりしています。投資よりも、仕事に時間を費やす方が得られるリターンが大きいという判断からです。自分が働けなくなって、他人に稼いでもらう方がいいとなれば投資を頑張るかもしれませんが、そうではない今は、仕事における自分の価値を伸ばすことに時間を使っています。
振り幅が大きい人生を歩んできた
いや、外資系の投資会社で働いているからといって、みんながみんなハゲタカっぽいわけではありませんよ(笑)。会社員としては結果を出さなきゃならないので、必死に勝ち負けを競います。でも個人としてはいろんな立場も感情もあります。ただそれはメディアでは記事にならないから、知られていないだけで。
例えば、僕が入社2年目に上司となった、居松秀浩さん(現ゴールドマン・サックス証券社長)。当時まだ新人だった僕が「どんな勉強をすればいいですか?」と聞いたら、居松さんは稲盛和夫さんの『生き方』という本を薦めて、「足るを知ることが大事だ」と言ってくれました。そういう影響もあり、僕はトレーダー時代も、「お金がすべて」という価値観にならないように気をつけていました。
個人史的な原点を考えてみると、5歳ごろに父親から言われた言葉があると思います。僕は当時としては珍しい一人っ子で、周りの子にはみんな兄弟がいた。ある日、「どうして、うちには兄弟がいないの?」と軽い気持ちで父親に聞いたら、「教育にはお金がかかる」と言うんです。
実家は蕎麦屋を営み、決して裕福ではありませんでした。父親が言うには、「自分は兄弟が多くて中学までしか上がれなかった。子どもには十分な教育を与えてやりたいが、うちはお金持ちではないから、一人が精一杯なんだ」。お金があるかないかで、家族の形まで変わってしまう。「世の中ってそういうものなんだ」と、ショックを受けたのを覚えています。
父親の影響は、たしかに大きいですね。「東大を目指せ!」と一直線で、僕が勉強好きになるよう洗脳しました(笑)。結局、親には大学一年生まで学費を出してもらいました。それからはプログラミングにハマって、勉強しながらプログラミング関係の仕事を企業から受注し、修士までの学費は自分で出しました。
いや、大きいですよね。そういう経験があるから、本を書かせてもらっているのかなと思います。でも僕、今振り返ってみると、別にお金がほしくてゴールドマン・サックスに入ったわけではないんですよ。
大学時代、プログラミングの国際大会に出る機会がありました。東大代表として出場し、予選のアジア大会6位にまでいけましたが、世界大会には進出できませんでした。数年前に始めたばかりにしては頑張ったと思うんだけど、周囲からすると「東大代表は世界大会に行けないのか」となる。それからも何度か挑戦したけど、結局ダメで……。やっぱり、悔しかったです。就活では、世界を舞台に自分の力を発揮できる場所を見つけたいと考えました。
そんなときにたまたま、大学の先輩から「田内は数学が得意だから、金融のトレーディングが向いているんじゃないか」と言われました。外資系の証券会社という選択肢は頭になかったのですが、調べたら給料も良く、力を試したくなった。
だから、就職は「能力を活かせる場所」ありきでした。そして助言をくれた先輩との出会いをきっかけに、金融の世界に入っていった。会社を辞めて本を書くのも、「お金についての自分の考えを広く伝えたい」という思いが、編集者の佐渡島庸平さんとの出会いによって動き出したから。ずっと、お金は動機にはなってないですね。
会社を辞めて、気づいたこと
40代になり、「このまま仕事を続けていいのかな」とすごく悩んでいた時期があったんです。トレーダーの仕事って、営業やその先にいるヘッジファンドの投資家ともめることが度々ある。結構エネルギーを使うのですが、それが果たして社会のためになっているんだろうか? と、悶々としていました。
そんなときに会社(ゴールドマン)の同期の紹介で佐渡島さんにお会いして、お金についての問題意識や、日本国債のトレーディングを通して感じていた財政問題への私見を話したら、「言語化したらいい」「本を出したら?」って言われたんです。ボキャブラリーの少ない自分には本が書けないと思っていましたが、佐渡島さんが言うなら頑張ってみようと思い、会社を辞めて準備を始めました。
佐渡島さんの仕事を手伝いながら、本を書くトレーニングをしました。「公共」の教科書執筆に参加して文章の書き方を教わったり、『ドラゴン桜2』の編集会議に行かせてもらって表現の勉強をしたりしましたね。あとは、投資家の谷家衛(たにや・まもる)さんのもとで、エンジェル投資のお手伝いもしました。
なぜこの2人かというと、会社を辞めて会う人、会う人に「仕事がほしい」「ただし、お金はいらない。面白い仕事があったらやりたい」と言って回ったんです。その結果、実際に仕事をくれたのがこの2人でした。
ええ。2年間は貯金を切り崩してもいいやと思い、時間とお金を「自分の選択肢を増やす」ために使おうと決めました。お金ってインセンティブになる一方で、「お金を払っているんだから我慢してやりなさい」といわれてしまう作用もありますよね。その縛りをなくしたら、相手は本当に僕が面白いと思える、そのときに必要な仕事を考えてくれるだろうと思ったんです。途中からは本の執筆を始めて、2021年に1冊目を刊行しました。
そうやって仕事をしたことで、初めて気づいたことがあります。会社員時代には自分の得意分野が頼りで、苦手なことは勉強してなんとか克服していました。フリーになって本を書くようになると、「その考え方、広まるといいね」と思ってくれた人が、自然と協力してくれて。社会的金融教育家としての使命感を持った僕を、たくさんの仲間が応援してくれるようになったんです。
「社会」といっても、別に国レベルでなくていい。「こういう世の中になるといいよね」と思う私とあなた、2人から始めたっていい。そうやってやりたいことや理想を追求していると、いつの間にか仲間が増え、夢が実現していく。その目的が「お金を増やすため」「自分のポジションを守るため」だとしたら、協力してくれるのはせいぜい家族くらいですよね。会社を辞めて夢を追いかける中で、「お金以外の目的を持つと、仲間が増える」ということを実感しました。
うーん、先のことを今から決めて可能性を狭めるのは、もったいない気がします。何せ、5年前に佐渡島さんと出会ったとき、今、こういうことをしているなんて予想もつかなかったので。
「本を書きたい」と話す僕に、佐渡島さんは「田内さんの主張が正しいなら、安倍総理(※当時)にも伝わります。それが本を書くということです」と言いました。どこまで伝わったかわかりませんが、その後、実際に僕は安倍さんの勉強会に呼ばれて、財政問題についての講演をした。石破前総理も、ブログで僕の本を読んでくれていると書いていた。だからやっぱり本を書くって、伝える方法としてはいいんだと思います。
自分の子どもが大きくなったときのことを考えると、「社会がこのままだとしんどいなあ」って思う。自分にそこまで大きなことができるとは思いませんが、少しでも良い方向に変わるための一助になりたい。以前、「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログへの投稿が国会質問で取り上げられ、実際の施策に結びついていったことがありましたよね。そんなふうに、本の内容が多くの人に広まることで、流れを少しでも変えることができたらと願っています。
「お金を増やさなきゃ」という不安に駆られる前に、知っておいた方がいいことが結構あるんです。今お話したような「投資と働くこと、どっちが報われるの?」ということをはじめ、「周りがみんな投資しているから、やらないと取り残されるかな」「早く始める方が有利?」など、みなさんが日頃感じているモヤモヤを誰かが解消するべきです。それらについて『お金の不安という幻想』で答えているので、ぜひ手に取ってみてください。
最近思うのは、最終的にはみんな「安心できる自分の居場所」がほしいのではないか、ということ。ところがそれが「お金さえあれば」という不安に変換されてしまっている。そしてお金を稼ぐことは自分でしか解決できないから、頑張れば頑張るほど孤立する、という悪循環に陥ってしまう。そうではなく、自分たちが生きる場所を良くするような目標を持ち、仲間ができれば、自然と居場所もできる。もっと人とのつながりをつくったり、「私」よりも「私たち」を主語にして考える機会を増やしたりすることで、「お金の不安」は減っていくのではないでしょうか。