ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 ガレスの火酒

 ガレス・ランドロックが ドワーフの火酒を独自に改良した酒

 その味は格別だが その酒気も尋常ではない

 彼は主に 幸せな時と不幸な時にこの酒を口にする

 楽しい思い出はより楽しく 悲しい思い出は少しでも和らげるのだ


第十話 重傑とリスタート

 

 アルはレフィーヤに連れられてきた武器庫に、自身の大剣と大盾が置かれているのを発見した。

 刃こぼれ一つない、いつも通りのアルの剣と、古びてはいるが壊れそうもない大盾だ。

 アルはそれを素早く背負う。

 

 「おぉ、あった!やはり、この背中の重みがないとしっくりこないものだ。」

 

 「では、中庭に行きましょうか。けど、どうして中庭に?」

 

 「あの【重傑】、ガレス・ランドロック殿と手合わせを。私の命運をかけた戦いをするのです。」

 

 「えぇ?!あのガレスさんとですか?!」

 

 レフィーヤはとんだ命知らずを見るかのような目でアルを見た。

 アルはその様子を不思議に思った。

 

 「ガレスさんは戦闘狂なんです……。手加減は出来るんですけど、稽古をつけるのを楽しむ癖があって……。

 よく前衛の人たちが空を舞っているのをよく見かけるんですよ。」

 

 「なるほど、ならば好都合だ。私は強くなりたいのです。稽古をつけ慣れているのであれば、きっと私も成長できる。」

 

 意気込むアルをよそに、レフィーヤは顔を青くしながら、こっそりとある事実を教えた。

 

 「今まで沢山の人がガレスさんに稽古をつけてもらってますけど……。

 最後まで耐えられたのはほんの一握りなんです。くれぐれも、無理はしないでくださいね?」

 

 アルの試練は、アルの想像以上に大変なものになるかもしれない。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「おぉ、来たか!早速始めるか!」

 

 中庭のど真ん中にガレスが大斧を担いで立っていた。

 鎧は付けておらず、その防御力への自信のほどがうかがえる。

 

 「いざいざ!」

 

 アルは早速剣を構えようとすると、制止が入った。

 フィンだ。

 

 「ちょっと待ってくれるかい?アルトリウスくん、だったかな。

 言っとくがガレスは強い。手加減してくれるとは思うけど、それだけで簡単に勝てる相手じゃない。

 今からでも、僕らの監視下に置かれるとか、別のやり方だって選べるよ?どうするかい?」

 

 確かに、戦う以外にも堅実な方法があるかもしれない。

 しかし、こうと決めた以上はアルは考えを曲げるタイプではない。

 

 「いえ、構いません。試練から逃げ出してしまったら、私は憧れから遠ざかる。友にも顔向けができなくなる。

 私は必ずや一太刀浴びせて御覧に入れましょう。」

 

 「わかった、頑張ってね。」

 

 「おぅい、もういいかのぉ?!」

 

 ガレスは斧をブンブンと振ってウォ―ミングアップをしていた。

 楽しみで仕方がないといった風体である。

 

 「最近の若いのは、どうも儂との稽古を避けがちでなぁ。久々に若いのとやれるとあっては楽しみで仕方がない。

 それに、小僧のように元気のいいやつもそうおらん!まぐれかどうかは分からんが、ミノタウロス相手に生き延びた根性、見せてもらうぞ!」

 

 「胸をお借りするつもりで、全力でやらせていただこう!」

 

 アルは盾をがっちり構えて、いつでも剣を振れるように態勢を整えた。

 右腕の痛みも大分治まり、気力も十分に高まっている。

 

 「では……はじめ!」

 

 フィンが開始を宣言した。

 しかし、両者の立ち上がりは酷く静かだった。

 

 アルはガレスを中心に反時計回りにグルグルと回り始めた。

 盾のガードを固めたり、解いたりしてガレスの動きを誘っている。

 これは、母直伝の格上殺し(ジャイアントキリング)の戦法であった。

 後ろに回り込んで思いきり剣を突き立てれば、いくらレベル6とはいえ全くの無傷というわけにはいかない。

 アルの狙いはバックスタブの一点であった。

 

 しかし、ガレスはそんな小細工には乗らんぞ、と堂々と立っている。

 一歩も動かず、ただアルが動くのを待っている。

 

 その様子に、アルは気圧されていた。

 全くこちらへの動きがないのに、強い威圧感を感じたのだ。

 

 「流石、【重傑】ですな。まるで山を切ろうとする愚者の気分だ。」

 

 「ほう、一合も切り結ばずに諦めるか?」

 

 「否!貴方が山ならそれを切って見せようぞ!愚者も愚者なら突き抜けるまで!」

 

 「その意気やよし!」

 

 アルはすぐに狙いを変えた。

 小細工ではなく、思いきり懐に飛び込んでいって叩き切ることにした。

 小手先の技が通用する相手ではない以上は全力で当たるしかない。

 

 「ぜっりゃぁあぁぁ!」

 

 アルは思いきり踏み込んで突きを放った。

 中庭の土がアルの踏み込みによってえぐれるほどに強く突き込んだ。

 しかし、ガレスは斧を軽く振ってアルの突きをいなし、勢い余ってガレスの横をすっ飛んでいくアルのがら空きの背中を柄で叩いた。

 アルの巨体が地面に沈む。

 しかし、ガレスの攻撃は終わらない。

 

 「どうした!まだ寝る時間じゃないじゃろう!」

 

 「ごふぅッ?!」

 

 立ち上がろうと這いつくばるアルの腹に、斧の腹が強かに打ち付けられ、今度はアルの巨体が宙を舞った。

 がしゃぁんと、金属音をたてて、アルが背中から地面に叩き付けられる。

 

 「ちっ、雑魚が粋がるからこうなる。あのクソジジイに勝てるわきゃねぇだろうが。」

 

 ベートは、アルが空へと舞い上がった時点で、見切りをつけていた。

 そもそも、ロキの言う通りに殺してしまえば済む話を、創設メンバーの連中が止めようとするのが癪に障る。

 さらに、あのガレスに一太刀浴びせるとかなんとか言っているところがムカつく。

 酒場で精神的な強さを見せたからと言って、結局力がないことに変わりはなく、ガレスに勝てる道理はない。

 ベートにとっては、アルの敗北は決定事項だった。

 

 「も、もう一本……!」

 

 「やはり若いのはこうでなくてはな!」

 

 しかし、アルはベートの予想に反して立ち上がってきた。

 

 ガレスは手加減が絶妙にうまい。しかし、その上手さはいつだって立ち上がれないギリギリを攻めるために使われる。

 これが、ガレスとの稽古が敬遠される理由だ。

 多くのものがガレスに吹き飛ばされて、立ち上がろうとして、あと一歩届かず立ち上がれないまま倒れる。そして心が折れる。

 ロキ・ファミリアの前衛の多くが、このガレスのやり方に心が折れた経験がある。

 普通は倒れるはずの稽古なのだ。

 

 しかしガレスからすれば、これこそが稽古であり、師としての優しさなのだ。

 格上相手に気力を振り絞って立ち上がることで、初めて強くなれる。

 今までの限界を突破することで、弱い自分を卒業する。

 そうして、熱き闘争の中へ身を投げ出せる真の戦士を育成することが、ガレスの指導方針だ。

 

 つまりガレスの思惑通り、アルは今限界を突破しようとしているというわけだ。

 ベートにはとてもそれが信じられなかった。

 レベル1の人間がレベルが五つも違う相手に向かって、もう一回やろうと言えるその気力に驚かされたのだ。

 

 アルは、そんなベートの様子など気が付くはずもなく、次の手を考え始めていた。

 突きのように隙が大きいやり方では勝てない。

 機動力で連続で攻めてみたとしても、防御を撃ち抜けるかは分からない。

 アルは取りあえず盾を構えて、考えている間の隙を防ごうとした。

 

 しかし、ガレスがそんな余裕のある状態でいさせ続けてくれるだろうか。

 いいや、ガレスの教育方針はスパルタ式限界突破だ。

 思考を戦闘と平行して出来る様にさせることが、彼の指導方針のうちに組み込まれている。

 

 「さぁどうした!モンスターは待ってはくれんぞ!こちらから行かせてもらおうか!」

 

 「っく!容赦がないっ!」

 

 ガレスの斧での一撃を間一髪横っ飛びで回避し、アルは決断した。

 オラリオの町中で戦った時のように、【深淵歩き】のように縦横無尽に駆け回って、じわじわと狼が狩りをするかのように攻め続ける方針で固めたのだ。

 アルは回避によって生まれたロスを打ち消すために、ローリングを挟んで回転を生み出した。

 そしてその回転と長い手足から生み出される長大なリーチと威力をもって横切りを繰り出す。

 

 ガレスは難なくその動きに反応し、斧の腹を大剣の軌道上に置きに行く。

 ガツンと重厚な音が響き渡り、アルの渾身の一撃がまたも受け止められる。

 しかし、アルは受け止められることを予想しており、下から切り上げながら後方へ飛び下がって距離を取った。

 

 「ほほぅ、戦型を変えてきおったか。猪武者かと思えば存外器用なところもあるではないか。」

 

 「有り難いお言葉です。しかし、貴方は本当に山のようだ。岩の鎧を着たというハベルに劣らぬ防御力と言えるでしょうな。

 しかし、一撃で切れぬのなら連撃で削り落とすまでのことぉ!!」

 

 アルは、体を低く沈め込み、足に力をためた。

 そして、天高く飛び上がって切りかかった。

 一撃目は躱されたが、アルの狙いは二撃目、三撃目とつづく連続跳躍唐竹割りだ。

 着地の反動を利用して二撃目を打ち込むと、斧での防御に遮られた。

 そして、三回目、アルは押しつぶせると思った。

 十分なスピードと威力がのっていると確信していた。

 

 しかし、アルに待っていたのは横からの強烈な打撃であった。

 

 「ガハァッ?!」

 

 アルは地面に毬のように叩き付けられ、何度かはねながらごろごろと転がされる。

 ガレスは斧を肩に担いで、アルが立ち上がるのをじっと待った。

 当然、ガレスの期待に応えるかのように、アルは起き上がってくる。

 

 「げほっ、ごほっ!よ、読まれていたのですね……!」

 

 「うむ。飛ぶ高さが同じじゃったからのぉ。飛ぶタイミングさえ掴めれば横合いから殴りつけること程度造作もないわい。

 小僧の剣技は獣のような鋭さがあるがな、虚実がない。名のある剣士の技を猿真似しているのではないか?」

 

 「おっしゃる通りでございます、ガレス殿。」

 

 「なるほど、合点がいった。小僧の剣技には巨大なモンスターや複数の人間との戦いを意識したような動きがある。

 じゃというのに、肝心の小僧にその経験がないんじゃろうな。技を十全に使いこなせているとは到底思えん。

 惜しいのぉ。ウチに来ておったならば、久しく見なかったしごきがいのある若い冒険者に経験を積ませてやれたものを……。

 もう、その様子では剣は振るえまい。ガッツはある、これで合格ということにして……。」

 

 「いえ、構いません。私はフィン殿に貴方に一太刀浴びせると申し上げた。成し遂げて見せます!」

 

 

 アルの腕の痛みは治まっていたとはいえ、ダメージが消えていたわけではない。

 昨日の戦いのダメージが、ガレスとのこの短い時間の打ち合いによってもろに出始めたのだ。

 アルの腕は震え、膝は笑う。体はまっすぐ立っておらす、ガードの脇が緩くなっている。

 しかし、なおもアルは諦めない。妥協しない。

 

 その心意気にガレスは大満足であった。

 若い冒険者がこうも気合いを奮い立たせてガレスに立ち向かってきたのは久しくなかった。

 レベル6を相手に絶望する者。自分の自慢の技を受け止められて心が折れる者。多くのものが諦めていった。

 稽古という場であるにもかかわらず、無茶をしようという気概を見せる奴がいないことに、ガレスのような闘争を求める男が落胆しないことがあるだろうか。

 しかし、ガレスの目の前の若者は、もう二度もたたき飛ばされたというのに、まだ戦おうとしている。

 弱いが、たしかに真の戦士たる素質があることをガレスは見出していた。

 

 「よかろう!ならばあと一度だけじゃ!気張れよ!」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 アルは最後のチャンスをものにするために、一計を案じた。

 虚実を交えた全力の一撃を繰り出す策が、アルの中で完成した。

 一部は彼の好まない騙し打ちだ。しかし、それ以上にガレスに一矢報いたいという気持ちが強かった。

 

 アルは鎧のうちに仕込んでいた何本かの投げナイフを抜いた。

 ガレスは驚きもせず、その手をじっと見つめた。

 

 「騎士たる者、剣一本で戦わねばなりませんが、お許しいただけますね?」

 

 「構うまい。さぁ、こんかい!」

 

 「チェリャァ!」

 

 ガレスが言い終わるとともに、ナイフを投げながら前へ突っ込んでいく。

 ナイフはガレスが振り回した斧にはじかれるも、アルは作戦の実行可能圏内にまで至った。

 

 「さぁ、次はどうする!」

 

 「こうします!」

 

 低く入りながら、剣を横にひいていく動きから、ガレスは回転切りと予測するが、アルがしたことは砂かけであった。

 中庭の土をガレスの顔に向かって蹴り飛ばす。

 一瞬、ガレスの目が使い物にならなくなる。

 

 「オウリャァアァァ!!」

 

 「それが最後の一撃か!しかし、風音と殺気でわかるわい!」

 

 アルの雄たけびと、剣が空を切る風切り音からガレスはアルの一撃を斧で弾き飛ばした。

 しかし、ガレスが思っていた以上に最後の一撃はあまりにも軽かった。

 

 「オォオォオォッ!!」

 

 ガレスが軽いと思ったのは、剣一本分の重さしかないからである。

 アルがしたことは、剣の投擲であった。

 ガレスに向かって全力で投げつけた。そうすることで、虚を突き、ガレスの盤石な防御を崩したのだ。

 

 アルは己が拳を思いきり引き絞ってガレスに向かって繰り出した。

 これこそがアルの最後の一撃、 渾身のファイナルブローであった。

 

 しかし、顔に当たる寸前で、ガレスの左の掌がアルの拳を包んだ。

 アルの攻撃は届かなかった。

 アルの完全敗北だった。

 

 「見事!虚実を交えた攻防、やろうと思えばできるではないか!良い拳を受けた!合格じゃ!」

 

 「しかし、受け止められました。これでは一太刀浴びせたとは……。」

 

 「細かいことは酒にでも流せばいいんじゃ。儂は受け止め切れたが、小僧と同じレベル1の冒険者なら、あの一撃で沈められておるじゃろう。

 小僧、いやアルトリウス、おぬしは成長するぞ。このガレス・ランドロックが認めてやろう!」

 

 「ありがとうございました。ガレス殿、いやガレス師匠。よい稽古でした。」

 

 ガレスとアルの間に奇妙な師弟関係が生まれ、微笑ましい光景が生まれていた。

 しかし、この光景は一人の若きエルフの魔導士の悲鳴に引き裂かれることになった。

 

 「あぁ~~!!!柱、柱が~!!!」

 

 「柱……?な、なんとっ!私の剣が?!」

 

 「儂が弾いた時に飛んで行った方向が不味かったようじゃのぉ……。」

 

 黄昏の館の中庭を囲う回廊の柱の一本に、深々とアルの大剣が突き刺さっていた。

 引き抜けば、そこには大きな傷跡が残るであろう。

 アルもガレスも顔から血の気がどんどん引いていく。

 アルはよそ様のホームに傷をつけてしまったことで、ガレスは自分が原因でホームを傷つけてしまったことで、何かしらの処分がなされることを恐れていた。

 

 アルはすぐに、フィンとリヴェリアの前に跪いた。

 

 「申し訳ありません!師は全く悪くありません!ひとえに私が小細工を弄すしかなかったからであり、いかなる処分をも受け入れる覚悟にございます!」

 

 フィンとリヴェリアが顔を見合わせて笑い始めた。

 さっきまで勇敢に戦っていた青年が委縮しきってしまっているところが滑稽で仕方がないからだ。

 経理などを執り行うリヴェリアが、アルの肩に手を置き許してやる。

 

 「形あるものはいずれ壊れる。あの柱もそうだ。

 怒ったりなんかしない。むしろ、誇るといい。このロキ・ファミリアの館に傷をつけたものはお前が初めてだよ。

 フレイヤ・ファミリアでも為し得たことのない偉業だ。」

 

 「あまり、喜べないのですが……。」

 

 「はは、私には、冗談の才能はないらしいな……。」

 

 少ししょんぼりとした顔をするリヴェリアの手をアルはそっと握った。

 

 「いえ、そんなことはありません!私を思いやってくれたのでしょう。貴方はなんと優しく素晴らしいお方なのだろうか。

 私が忠義を尽くすのは我が主神ではございますが、このアルトリウス、貴方のためならば騎士として戦おうと思える。

 数々の大恩、必ずや返しましょう。我が騎士の誇りにかけて。」

 

 そして、騎士らしく王族への礼儀として誓約として、手の甲へキスを落とした。

 余談ではあるが、エルフの階級社会に騎士というものは存在しないし、このような王族に対する礼としてのキスは存在しない。

 まず、エルフが得意とするのは魔術や弓などを用いた狩りであり、騎士として王族に侍るものの代わりに、魔術などの技を修めた従者がそばにつく。

 そして、エルフは同族以外からの身体接触を異様なまでに嫌悪するし、王族に対しての接触は同族であってもそう簡単に出来るものではない。

 

 つまり、今アルがやったことは、達観したリヴェリアならともかく、年若いエルフにとっては、エルフ族の地雷を踏みぬいたようなものである。

 ついでに言うなら、自分の子供とエッチな触れ合いをしていいのは自分だけという謎めいた自信を持った女神の地雷も思いっきり踏み抜いた行為だ。

 そんなこと、アルが知りようもないのだが……。

 

 「な、な、な、なんてことしているんですか、あなたはぁ!破廉恥な!!」

 

 「ウチのママがぁ~!!ガレスぅ!フィン!今からでも合格撤回してーな!リヴェリア~!わぁ~ん!」

 

 怒り出すエルフに泣き出す主神、まさに阿鼻叫喚、地獄の光景である。

 特にロキに至っては先ほどまで黙って冷静にアルのことを分析していたというのに、こうである。

 フィンは苦笑いをしながら、そっぽを向いた。このような状態のロキにかかわると、ろくなことがないからだ。

 ガレスもまた、空気になることに専念していた。今ここで声を発したら確実に修理費用がなんだという話になりかねない。

 アルが起こした混乱に乗じて、うやむやにしようというのがガレスの狙いだった。

 

 「おい、ガレス。修理費用はお前のから出すぞ。」

 

 しかし、しっかりもののリヴェリアが、いくら少し惚けていたとしても、ガレスを見落とすはずはない。

 ガレスは文句の一つも言えず、ただ肩を落とした。

 少しの間、呑める酒の量が減るな、と悲しみながら……。

 

 かくして、酷い結末ではあるものの、アルの試練は終わりを告げた。

 やっと、アルは帰ることとなる。みんなが待つホームへと。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ひとしきり混乱が収まり、夕刻、アルは黄昏の館の正面玄関で見送られる形となった。

 ロキと、フィンだけが見送りに来ている。

 あの後女連中はリヴェリアを囲い、ベートはどこかにふらふらと旅立ち、ガレスはやけ酒を始めたからである。 

 

 「ガレスが認めたんや、しゃあない。今回は見逃したる。けど次はないで。ちゃんと自分のものにしいや。」

 

 「勿論でございます、神ロキ。皆様方も、お世話になりました。フィン殿、いずれまた。」

 

 そうしてアルが深々と礼をして、去ろうとすると、ロキは引き留めた。

 

 「やっぱりちょっと待てぇ。お前、ドチビにもちゃんと礼を言うといたほうがええで。

 神の恩恵を刻んだ時に、普通神はその人間の魂に触れるんや。そうやって存在そのものに干渉することで強くなれるようにする。

 つまりはや、ドチビがお前の中のヤバいもんに一つも気が付かないなんておかしい。ありえへん。

 気が付いたうえでお前を家に置いてるっちゅうことや。」

 

 「……そのようなことは、ヘスティア様は一切口になさらなかった。」

 

 「なんでかは知らん。けど、ドチビは甘すぎるからなぁ。ちゃんと話しとくんやで。後ぉ!リヴェリアはウチらのママやからな!」

 

 「リヴェリア殿は母性のような慈愛にあふれる御方ではありますが、母ではなく高貴で美しい淑女ですよ?

 ご忠告、感謝いたします。では。」

 

 「むき~ッ!ど天然ボケ大男が~!き~!」

 

 アルの胸に少しのしこりが生まれた。

 道化の神の怒りをよそに、アルはどこか薄暗い気持ちで帰路に就いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「アルく~ん!どこだ~い!今日は君の好きな芋のスープだぞ~!帰ってきてくれ~!」

 

 聞き覚えのある声が耳に入ってきたアルは、その音源に歩を進めた。

 小さい体を懸命に大きく使いながら、アルを探しているのは、愛おしい主神ヘスティアだった。

 

 「ヘスティア様、申し訳ありません。ご心配をおかけしましたね。」

 

 「全くだよ、アルくん!君がいなくてボクはとっても心配だったんだ!ベルくんも元気が全然なくて……。

 とにかく、帰ってきてくれてよかったよ!さぁ、家に帰ろう?」

 

 優しく手を差し伸べてくれる主神を、抱きしめたくなるが、グッとアルはこらえた。

 

 「ヘスティア様、少し話がしとうございます。少し、お時間をいただけませんか?」

 

 「いいけど……。一体何だい?」

 

 アルは、周りを見渡すと、結構な人がいることに気が付いた。

 多くの人がアルとヘスティアを見ている。

 

 「ここは人目につく。少し歩きましょう。」

 

 そうして、アルはヘスティアをある場所に連れて行った。

 こじんまりとした噴水に、ぽつんとベンチが置かれている。

 そこに、アルはヘスティアを座らせた。

 

 「覚えておいでですか?」

 

 「うん。ボクと君たちが出会ったいわば、はじまりの場所だ。忘れたりなんかしないよ。」

 

 「ヘスティア様……。神ロキに会いました。深淵の事も露見しました。」

 

 ヘスティアは、神妙な面持ちになる。

 隠しておきたいことがよりにもよってロキにばれたことが、不安で仕方なかったからだ。

 

 「ヘスティア様、聞きたいことがあります。」

 

 「なんだい……?」

 

 「神ロキ曰く、ヘスティア様は恩恵を与えた時から、私が危険なものを抱えていると気が付いていたのではないか、と。

 気が付いていらっしゃったのですか?」

 

 「……うん。そうだね。」

 

 「ならばなぜ私をおそばに置いたのですか!どうして危険とわかって私を貴方に仕えさせたのですか!」

 

 「だって、だって……君はボクにとっては初めて見つけた眷属の一人で、ボクを見つけてくれた大切な子供だからだよ。

 ベルくんに対してのように、大っぴらにしてこなかったけど、ボクは君の事も大好きなんだ。

 やっぱり君には話しておこう。すべてを。ボクの隠していたことも全部ね。」

 

 ヘスティアはうつむいていた顔を上げて、真剣な面持ちで話し始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 初めてボクが君の魂に触れた時、ボクは君を見つけることが出来なかったんだ。

 ふつうはね、魂は一人に一つだから、魂の中の世界もまた一つしかない。

 けど、君は違った。君の中には他人の魂の残滓がありったけつぎ込まれていたんだ。

 

 ボクは怖くてね、君を探し始められなかった。

 見てしまったらとても恐ろしいものがボクの目の前に現れるんじゃないかって、不安だったんだ。

 今思えば、アレが深淵の闇って奴だったのかもなぁ……。

 そうそれで、誰かがボクの顔にそっと目隠しをしてくれてね、手を引いてくれたんだ。

 誰かは分からなかったけど、どこか優しい手だった。

 

 周りの恐ろしいプレッシャーの中に、君の本来の魂がポツンとあってさ。

 それでようやく君に恩恵を与えることが出来たんだ。

 体感では長かったけど、実際には一瞬の出来事だったみたいだけどね。

 

 話を続けるよ?

 ボクは君のことが大好きだから、聞くに聞けなくてさ。

 どうして君の中には魂が何個もあるのなんて聞いたって君は答えられないだろうし、君にどうにもできない悩み事を作ってしまう。

 それは嫌だったんだ。最初の眷属をいきなり怖がらせる神にだなんてなりたくなかったしね。

 けど、どこかで君のことを恐れていたのは否めない。そうじゃなかったら、今頃は君に抱き着いてるくらいには、君のことが大好きなんだもの。

 

 あとね、君は本当は最初からスキルを持ってたんだ。隠していてごめんよ。

 最初は君の魂の事は気のせいだってことにしておいて片づけていたし、そのスキルの内容も意味が分からなかったから、伝えてなかった。

 けど、今なら確信をもって言える。

 君のそのスキルは、君の中にある別の魂から力をもらうんだ。

 君の【深淵篝火】が発現したときに、そうなんじゃないかなーって思ったからこそ、ベルくんの武器を打ってもらったんだ。

 

 君の大親友になったベルくんなら、君を助けてくれるだろうって信じてたから。

 君がもし、ボクが感じた恐ろしい何かを引き継いで、危ない目にあった時に、ベルくんなら君を救ってくれるだろうって思った。

 ベルくんの武器、聖火の黒剣っていうんだけどね、神聖文字を刻み込んであるんだ。

 ベルくんの力になりますように、君の助けになりますように、そうやって願いを込めて書き入れた。

 

 実際、君は深淵に飲まれたんだろう?

 分かるよ、眷属との「つながり」みたいなものが、どんどん恐ろしいものに飲み込まれて弱まっていったから。

 ボクの予想は悪い方向に大当たりしてしまった。

 あの日、ベルくんが君を救った後、ベルくんから色々と聞いたよ。

 霊体というものがどういうものか、とか。アルくんと深淵の様子とかさ。

 もしあれを作ってもらっていなかったら、とぞっとしたよ。

 ボクは君を失ってしまっていたかもしれない。

 

 本当にごめんよ、アルくん。

 ボクは君に隠し事をしたし、心の底から君を信じてあげることが出来てもいなかった。

 許してくれ、だなんて言うつもりはないよ。

 君がもし、ロキのところに魅力を感じたというのなら、そこに改宗できるように尽力しよう。

 それがボクが君のためにできる数少ないもののひとつだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ヘスティア様、ステイタスを更新していただくとき、毎回私の内にある深淵の闇を体感していたのですか?」

 

 「ほんの少しだけね。初回以降はつながりをたどっていけばすぐに君を見つけられたから。

 とりあえず体に異常はないよ。大丈夫。多分君とつながってるおかげで耐性が出来てるんだと思うよ。」

 

 「それでもなお、私を思うがゆえにおそばに置いてくださった。」

 

 「うん、そうだね。ボクは君のことがだーい好きさ!」

 

 「私を守るために、ベルに武器を与えた。」

 

 「本当はボク自身の手で君を守ってあげたいけど、ベルくんに頼ることにした。ごめんね。」

 

 アルは涙が抑えられなくなった。

 どこまでこの女神は優しいのだろうか。

 ロキには敵意をぶつけられた。それが当然の反応なのだ。

 だというのに、この女神は恐怖を愛によって押し殺して、ともに生活してくれたのだ。

 涙を拭いても拭いてもどんどん零れ落ちてくる。

 

 「ヘスティア様、このアルトリウス、貴方以外に仕えるべき神はおりません。

 貴方を守るために、貴方の笑顔のために、戦いたい。

 未だ深淵を満足に抑えられぬ未熟者、貴方にとっては劇毒ともいえる存在だ。

 それでもなお、私でいいと言ってくださるのなら。今だけでいい。私に貴方を抱きしめさせてほしい。家族として、抱擁をさせてほしい。

 貴方という暖かく優しい炎で暖を取らせてほしいのです。」

 

 アルは腕を開いて、ベンチに座るヘスティアの前に跪いた。

 ヘスティアは、アルの兜に隠れている涙を指でぬぐった後、アルに飛びついた。

 

 「勿論だとも!君はボクの眷属なんだぜ!ロキのとこにいってもいいなんて言ったけど、君がボクでいいと言ってくれるならもう絶対にやるもんか!

 アルくん、君は優しい子だ。あんな深淵の闇よりも、ボクとベルくんの傍で騎士らしく輝いてるのがお似合いさ!

 だから、もう、負けないでくれよ!」

 

 「我が神の御命令とあらば!」

 

 アルは、ヘスティアを強く抱きしめて、そのぬくもりを実感した。

 ベルにも同じようにして、抱きしめてやらねばならないだろう。

 自身を救ってくれた英雄には、何が何でも礼を受け取ってもらう必要がある。

 

 「ぐ、ぐえぇー……。あ、アルくん、体格差考えて……。」

 

 「お、おぉ、失礼しました。つい感無量で……。」

 

 アルは、腕を緩めて少し苦しげだったヘスティアを開放した。

 ヘスティアはとても幸せそうににっこりと笑って、アルに立つように促した。

 

 「さぁ、帰ろう?ベルくんもそろそろいったん帰ってくるころさ。みんなで晩御飯を食べよう!」

 

 「えぇ、帰りましょう、我らがホームへ。」

 

 二人は連れ立って歩き始めた。二人の寄る辺へ。

 

 「いつか、貴方に黄昏の館のような素晴らしいホームをプレゼントいたしますよ。」

 

 「それは楽しみだね!ロキのよりも素敵な家を作ろうね!」

 

 未来に向かって二人が歩き始めた道は、西日に明るく照らされていた。





 オラリオの小さな噴水

 オラリオに存在する小さな噴水

 そこはかつてある神と、その眷属が二度のはじまりを迎えた場所

 以来そこは はじまりの象徴として

 多くの物語の序文に 用いられている
 
 その全ては 幸福な結末を迎えているらしい
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