ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか? 作:捻くれたハグルマ
深淵すら切り裂く炉の炎を宿し、主人の運命を切り拓け。
心せよ、汝が目指すべきは我らが騎士なり。
忠義と義勇、友愛の心で戦う騎士こそ 汝のあるべき姿なり。
女神のために主人の騎士となり伴侶となれ。
永久に主人の傍にありて、主人を守れ。
アルの咆哮がオラリオに響き渡るとともに、地中からさらにモンスターが現れる。
そのヘビのような頭が大きく開き、人の歯のようなものが中心にある花になった。
「また出てきたよ?!あれ、ヘビじゃなくて花なの?!趣味悪い!」
「そこの男の子の様子も気になるし……、アイズ!お願い!」
「うんっ……!」
アルの言葉の、その重要性を理解することが出来なかったロキ・ファミリアの面々は、取りあえずモンスターを倒すことに注力する。
武器を持たないアマゾネスの姉妹、ティオネとティオナの殴打では、モンスター、食人花の太い体を貫けない。
唯一武器を持っていたアイズが、風を纏わせた剣を振るうと、一体はすらりと切り落とされた。
もっとも、彼女の全力に耐えられずにあえなく剣は破損してしまうことになるのだが。
「怒られる……っ!」
「アイズさん、援護します!【解き放つ一条の光、聖木の
「ダメ、レフィーヤ!こいつ魔力に反応してる!」
ティオナの忠告むなしく、詠唱中の無防備な魔導士のエルフ、レフィーヤは、食人花の鞭のような一撃でその体躯をへし折られそうになる。
恐怖で硬直するレフィーヤの前に闇が舞い降りた。
アルがその大盾をもって攻撃を受け止め、蔓をたたき切り返したのだ。
「ひっ……、ま、守ってくれたんですか……?」
『ウゥ……、グヲオォォオ!!』
無茶な行動を繰り返して血をぼたぼたと垂れ流し、その足元を闇によって濡らすアルがレフィーヤを見下ろす。
先ほどまでモンスターに向けられていたその刃は、今まさにレフィーヤに振り下ろされようとしていた。
「レフィーヤ、逃げて!!」
アイズが叫び、割って入ろうとするが、それよりも早くレフィーヤを救出した者がいた。
小さな金色の勇者の参陣である。
「今日は親指が酷く疼いてね……。来て正解だったよ。ロキが感じたのはこれだったんだ……。」
「団長~!!」
フィン・ディムナの勘というのは外れたことがない。
彼の親指がうずいたとき、必ずと言っていいほど危険が訪れるのだ。
行き場を失った大剣は大地を深く切り込み、アルは邪魔をしたフィンをじっと見つめた。
底冷えするような深い闇に見られたフィンは、至極冷静にアルの様子を観察していた。
「僕の魔法のように判断力を失う代わりに力を引き出すタイプなのかな?けどあのロキが怯えていた以上、
みんな、絶対に攻撃を受けるな!最大限に警戒して当たれ!」
「「「了解!」」」
フィンは担いでいたレフィーヤを下ろし、戦うことを要求した。
「レフィーヤ、今彼を触れずに止められるのは君だけだ。かなり難しいが、彼を殺さないように、やれるかい?」
「やり……ます!私だってロキ・ファミリアの魔導士です!」
ロキ・ファミリアが戦闘態勢に入るとともに、アルも戦闘態勢へと復帰した。
『ガヲオォオオォ!!』
アルの中にあるのはただの衝動であった。
モンスターも冒険者も一様に敵である。
ただ、わずかに残された騎士としての誇りが、アルの抹殺対象を冒険者よりもモンスターに優先的に設定させている。
大乱戦が幕を開けた。
詠唱を開始するレフィーヤに向かって食人花が迫ると、ティオネやティオナが防御に入る。
そこにアルが食人花ごと二人を切り殺そうと突撃し、フィンが槍を振るって大剣を弾く。
アイズは、二人の攻防の隙に、余った食人花の注意を惹き、アルが切り飛ばした食人花のツタを切っ先に突き刺して、アイズめがけて投げ飛ばして妨害する。
最もアルと近くで戦うフィンは、自身が精神異常に耐性を持つスキルをもってしてもなお、何かが自身を飲み込もうとしているのを感じていた。
しかし、アルがいくら法外の力を得たとはいえ素の力はまだレベル1、フィンが負けることはない。
ただ、どんどん自損しながら戦うアルを気遣って、有効打を与えられていないのも事実であった。
「これはちょっと不味いかな……。もう彼が持たないかもしれない!」
「【ウィーシェの名のもとに願う 。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】 エルフ・リング!」
レフィーヤの詠唱の第一段階が完了した。
彼女の二つ名のもととなった魔法、
【
そして、彼女の師たるエルフの魔導士は、オラリオ最高の魔導士だ。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に
『ゴガァアァァ!』
アルも微かに聞いたことのあるその詠唱文は、まぎれもない【
その威力を知るアルは、本能的にレフィーヤの方へ向かう。
レフィーヤの狙いは、氷結での捕縛である。あのリヴェリアの魔法をもってすれば、アルを抑えられると考えていたのだ。
「ウィン・フィンブルヴェトル!」
詠唱の終わりとともに、大氷結が広場を埋め尽くす。
しかし、ボロボロの腕を全開で振り切ったアルの大剣は冷気を切り裂き相殺し、アルはもろに氷結を食らうのを間一髪避ける。
「あんな状態で動き続けれるなんておかしいわよ?!」
右腕はぐちゃぐちゃのズタボロだ。
それだけではない、痛みを無視して動き続けた結果、アルの全身から血が噴き出している。
しかし、レフィーヤの一撃と、度重なる無茶による激痛が、わずかにアルの意識を引き戻した。
『助けてく、れ……。ベル……!』
≪誓約霊 ベル・クラネルを召喚しますか?≫
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アルと別れて、デートを楽しんでいたヘスティアとベルもまた、モンスター大脱走の被害をこうむっていた。
なぜか、ヘスティアだけを狙って猛追してくるモンスターがいたのだ。
「カミサマ!僕、どうしたらあのシルバーバックに勝てますか?!」
11階層に生息する大型のモンスター、シルバーバックに追いかけられながら、ベルは両腕に抱えたヘスティアに訪ねた。
銀毛の大猿相手に、ベルはいくらか善戦したが、武器が壊れてしまったために、不本意ながら逃走劇を繰り広げていたのだ。
しかし、ベルはこのまま逃げ続けても意味がないことがわかってたからこそ、訊ねたのだ。
「ベルくん、二つ良いニュースがあるぜ!」
「なんですか?!」
「一つ!アルくんからもらった原盤を使って、君だけの武器を作ってもらった!二つ!君のステイタスを更新したらあいつをやっつけられるかもしれない!」
「やりましょう!僕はカミサマを失わないためならなんだってやれます!」
「合点だ、ベルくん!」
ベルがもし今まで一人で戦っていたのなら、この時きっと諦めていただろう。
カミサマが生きていればいい、という自己犠牲を発揮していただろう。
けれど、ベルは一人ではなかった。
ずっと背中を預けてきた仲間がいるのだ。
そして、その仲間とともにカミサマを一人にしないと誓った、その仲間には強くなることを誓った。
だったら、負けるわけにはいかない、諦めるわけにはいかないのである。
そして何よりも、尊敬する祖父の教えである「女の子を守れ」に反さないためにも、ベルは絶対に戦いから逃げないのだ。
その両腕に女神のぬくもりを感じている限りは。
「よし、やっぱりそうだ!仕掛け扉になってる!」
ベルが、奇妙な壁の中央を蹴ると、先に続く道が現れる。
二人が走り抜けている場所は、オラリオに存在する地上の迷宮、ダイダロス通り。
度重なる区画整理でそれこそ迷宮と化しており、今ベルが見つけたような仕掛けなどが無数に存在している。
「おぉ、流石だね、ベルくん!」
「へへへ……。あっ、あそこならどうですか?」
「よし、隠れられそうだ!」
石段でちょうど陰になる場所があり、そこでベルは手早く上の服を脱ぐ。
ヘスティアも、背負っていた包みを下ろし、広げた。
そこには、黒光りする鞘に納められた両刃で短めのショートソードが入っていた。
ヘスティアは、その剣を見ると、この二日間の苦労を思い出していた。
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「いい、ヘスティア?この剣は貴方の血でステイタスが刻まれている、生きているの。
それに、どうやらあの原盤っていう素材、本来段階を踏んで使わなきゃいけなかったみたい。
ミスリルと混ぜ合わせて無理やり使っただけだから、この武器はまだまだ『先』があるわ。」
ヘファイストスの予想は当たっていて、楔石による強化は本来、欠片、大欠片、塊をへて最後に原盤を使用する。
そうでなくては元になった武器が原盤の強化に耐えきれずに破損してしまうからであった。
それを、ヘファイストスはミスリルを鍛えに鍛えて強引に強化段階をすっ飛ばしたのだ。
「ってことは、これからどんどん強くなっていくってことかい?!」
ヘスティアはその武器の発展性に驚く。そんな武器は後にも先にもないだろうからだ。
「えぇ、使い手の稼いだ経験を糧に、使い手とともに育っていく。
そして、十分に育った時に初めて、この武器は『完成』するのよ。
成長しなくてはならないという神の枷から解き放たれてね。」
ヘファイストスが、楔石の原盤の力を制限するために編み出したもう一つの策は、神によって枷をかけるという方式であった。
もともとは、駆け出し冒険者が英雄になれるまでに、適切な強さで成長するような、鍛冶師からすれば邪道な武器にしようとしていた。
しかし、あふれ出んとする原盤の力を制限することにもその「成長する武器」という案は適していた。
ステイタスを刻まれ、成長するように願われた剣は、成長の幅を残すために真の力を眠らせている。
そうして、ベルが成長するにつれて、武器としての格を上げ、神の域に至る資格を得た時、原盤の力が目を覚ます仕掛けなのだ。
「ヘスティア、私は二度と原盤を使いたくないし、成長する武器も打ちたくないわ。
私のプライドに関わるのよ、鍛冶師の手を離れて武器を強化する素材も、完成せずに生まれてくる武器もね。」
「ごめんね、ヘファイストス。そして、ありがとう。これで、ベルくんにも自分だけの武器が出来たよ。」
「名前は何にするの?」
「名前はね……。」
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「ベルくん、この武器は『
ボク達にとっての聖火だ。ボク達の明日を切り開く武器なんだよ。」
「凄い……。軽くて、扱いやすそうです。ナイフみたいに使うこともできる!ありがとうございます!」
「そりゃあ、そういう風に作ってもらったからね!お礼はアルくんと、作ってくれた鍛冶師にも言うんだよ?」
「はい、もちろんです!」
「よし、じゃあ、ステイタスを更新するよ!」
ヘスティアは、聖火の黒剣と、ベルのステイタスを更新する。
この二日間でベルがどこまで成長しているか、それが二人の生死にかかわる。
しかし、ヘスティアは死ぬ心配などつゆほどもしていなかった。
なぜなら、自分の信じる子供は、いつだって自分の予想を裏切ってきたからだ。
「熟練度トータル800オーバー……。凄いや、これならやれるよ!」
「カミサマ、来ます!」
ついに、二人をシルバーバックが再補足する。
高い壁を一足飛びに乗り越えて、鼻息を立てて獲物を殺すことを楽しもうとしている。
しかし、ベルにも、ヘスティアにも全く不安はなかった。
心に誓いを、その手に聖火を持つベルに、恐れるものは何もない。
信じる子供がヘスティアにいる限り、死ぬことなんてありえない。
ベルは、物陰から一気にシルバーバックに飛びかかった。
「やぁああああ!!」
ベルが、シルバーバックが振り回す拘束具の鎖に刃を立てると、ずるりと鎖が切り落とされた。
「これが……!」
「そう、それが君の武器だ!君とともに英雄への道を歩む相棒だ!君が成長するほどに、成長していくんだ!
信じて戦ってくれ、ベルくん!ボクたちと、君自身を!!」
ベルは、一縷の迷いもなく、ヘスティアを守るという純粋な意思だけで戦っていた。
「せりゃぁああ!!」
シルバーバックの拳を避け、その腕の上を駆け抜け、ずたずたに切り裂いていく。
シルバーバックが無理やり振り払おうと腕を振るうと、もうそこにはベルの姿はなく、頭の拘束具ごと目を断っていた。
『グギャアァア!』
顔を抑えて天を仰ぐシルバーバックの胴体ががら空きになる。
ベルは、アルから褒められた自身の一撃を思い出していた。
全身をバネのように引き絞り、敏捷に任せた必殺の一撃を。
「うおりゃぁぁぁ!!!」
光の矢のように放たれたベルの突進攻撃は、シルバーバックの胸を穿った。
シルバーバックは、糸が切れたように地に伏した。
ベルの完膚なきまでの勝利であった。
「カミサマ!やりましたよ!」
「やったね!ベルくん!」
二人が駆け寄って抱き合うと、今まで隠れていた人々が拍手をしていた。
小さな英雄の勝利への捧げものであった。
しかし、ベルは突然ある感覚に襲われる。
「カミサマ、アルが助けを求めています。僕、行ってきますね。」
「分かるよ、ボクは君たちの主神だからね。君をアルくんの所まで導いてあげなきゃいけないみたいだ。
ベルくん、アルくんを頼んだよ。」
「はい!」
≪誓約に基づき 召喚されますか?≫
ベルがその問いかけに答えると、ベルの体が優しい炎に包まれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さっき、一瞬意識もどってなかった?!」
「けど、こんどは黒いものが渦を巻き始めて……、まるでアイズさんの魔法みたい……。
けど、これは魔法なんかじゃない!もっと恐ろしいものです!」
一瞬アルの動きが止まるのもつかの間、今度はアルがより深い闇を纏い始めていた。
ロキ・ファミリアの面々のだれもが、冒涜的な邪悪の胎動に気が付いたとき、小さな鐘の音が鳴り響いた。
突然、白い炎に包まれた少年が広場に現れた。
「これは、なに……?」
困惑するアイズをよそに、闇を纏うアルに向かって一歩ずつ、一歩ずつ少年が前へ進んでいく。
そして、胸に剣を突き立てた。
すると、その白い炎がアルに移っていく。
広場を侵食し始めていた闇にも広がっていく。
「凄い、まるで物語みたい!」
ティオナはその神秘的な光景に心奪われていた。
アルの深淵が聖火に焼き払われていく。
かつてとある灰が、腐りゆく世界を焼いたように、優しい炎がアルを包んでいくのだ。
そうしてアルの闇が、体の中に戻っていき、最後には力尽き、少年に寄りかかるようにして倒れた。
朦朧とする意識の中で、アルは自分を助けてくれた友に礼を言った。
「ありがとう……!」
意識を失ったアルを少年は優しく地面に寝かせ、霞のように消えていった。
フィンはすぐに駆け寄って、瀕死のアルに万能薬をぶっかけた。
深淵の拡大は止められたが、アル自身の怪我自体はなくなった訳じゃない。
すぐに本格的な治療に入る必要があった。
「ティオネ、ティオナ、彼を黄昏の館に連れて行ってあげてくれ。聞きたいことがあるんだろう、ロキ?」
フィンが広場の入口の方に目を向けると、そこにはロキが立っていた。
決して深淵には近づこうとせず、遠くからじっと隠れての観察にとどめたのは賢明な判断だったといえる。
少しでも好奇心を持って近づこうとしていたら、彼女は呑まれていただろう。
「あぁ、とんでもないバケモノや。下手によからぬことを考えとる神に持ってかれたりするよりは、ウチで一旦調べたほうがええやろなぁ。
神会にでも連れて行ってみ?コイツの『力』に目をくらませる奴が半分、恐れて殺そう言い出すんが半分ってとこやろうな。」
言葉にはしないが、ロキは、アルのことを殺すべきだと考えていた。
しかし、フレイヤが関わっているかもしれないから殺したりでもしたら後が怖い。
それだけでなく、深淵のことについてもっと知っておかなければいけないと感じていた。
だからこそ、危険を承知で独自に回収することにしたのだ。
「彼が、君が想像しているような怪物ではなく、僕が思うような勇敢な若人であることを祈っているよ。」
フィンは、そう呟いて、事態の収拾に動き出した。
戦闘の跡をごまかさないと、ギルドや他の神にアルの存在がバレてしまう。
幸い激しい戦闘痕のおかげで、これといって特異な痕跡が遺されているのが幸いだったであろう。
かくして、アルとベルの初めての【怪物祭】は幕が下りた。
翌日、ベルとヘスティアは豊穣の女主人で、アルは黄昏の館で目を覚ますことになる。
アルの受難はまだ終わらない。
―――――――――――――――
「ねぇ、オッタル、見た?二人とも凄いわ……!とっても恐ろしくて、とっても綺麗だった!」
「フレイヤ様、あの大男は危険かと存じます。」
「あら、珍しいわね。オッタルが意見するだなんて。」
「ただ御身を案じての事でございます。あれは……世界を呑みこむものだ。」
「えぇ、そうね。けどだからこそ欲しいわ。あの闇があるから、あの子の光も輝くのよ。」
「左様でございますか。」
「ごめんなさい、オッタル。貴方にはまだまだ手伝ってもらうかもしれないわ。」
「貴方のお望みとあらば……。」
騒動の原因の一つである女神さまは、どうやら満足したらしい。
もっとも、この一度の干渉では終わらないのだ。
聖火の黒剣
鍛冶の神ヘファイストスがオリンポスの盟友ヘスティアに贈ったとされる剣
神の血肉をもって生み出されたその剣は ただ一人の眷属のためにある
その刃、刀身には神聖文字が刻まれている
それは女神の愛を謳う詩であり 眷属たちの友情を称える賛歌だ