ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか? 作:捻くれたハグルマ
深淵に飲まれたグウィン王の騎士
アルトリウスが用いたという鋼の盾
深く傷つき、深淵に侵され始めた彼は
この盾を友たるシフを守る結界の糧としたという
傷み古びたといえど神の思いの籠められた盾
友を守る使命のために決して壊れることはない
ミノタウロス戦から一日後、ヘスティア・ファミリアの二人組は心折れずにダンジョン攻略に行こうとしていた。
「アル、頑張ろうね!ね!」
「今日も元気だな、ベル。
一度の敗北程度で心折れていては、【深淵歩き】にはなれない。
私も当然頑張るつもりだよ。」
オラリオで少し噂の凸凹二人組が、大通りを歩いていると、二人を引き留める女がいた。
「あの~、落としましたよ、これ。」
ベルの方に近寄ってきた女の手には、小さな魔石が握られていた。
「む、ベルよ。昨日私に渡し忘れていたりしたのか?」
「ポケットに入れっ放しにしてたのかなぁ…。すいません、ありがとうございます!」
今日の魔石係のベルはそのまま自分のポケットに突っ込んだ。
銀の髪の女は、二人を見て、少し微笑むと、二人と話し始めた。
「最近話題の新人冒険者さんですよね?こんなに朝早くからダンジョンに?」
「えぇ、我ら零細ファミリア故。」
「早く強くなりたいですし!」
お金と経験値。どちらも今のヘスティア・ファミリアにとって必要なものだ。
ベルが勇んでガッツポーズをすると同時に、腹の虫が鳴る。
成長期の少年二人が朝昼晩腹いっぱいに食べられるような余裕は今の彼らにはない。
恥ずかしそうにベルがおなかを抑えていると、女はその両手に包みを取り出した。
「どうぞ!せっかくだから食べてください!」
「ううむ、しかし受け取ってはお嬢さんの食事が無くなるのでは?」
アルは、正直なところ受け取りたいと思っていたが、仮にも騎士を志す者がそう簡単に施しを受けてはいけないとためらった。
ベルもまた同様に、受け取るのを遠慮しようとする。
「これ、あなたの朝ごはんですよね?初対面の人にそこまでしてもらうなんて……。」
「いいんです、仕事が始まれば賄いが出ますから!
それに今夜の夕食を当店でとっていただければ、私のお給金も出ますし!
来ていただけますよね?ダメですか……?」
アルとベルは顔を見合わせて、それならば、ということで
「では、遠慮なくいただこう。」
「『豊穣の女主人』……。今晩必ず立ち寄ります!行ってきまーす!」
人の好意を受け取っていくことにした。
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「ベルよ、今日は6階層まで潜ってみないか?」
「えっ、いいけど……。エイナさんに怒られるんじゃ?」
「私は早く強くなりたい。
私がもっと強ければ、あの時貴公と別れて逃げる必要などなかった。
この大盾を持っていたというのに、私は逃げた。私はそれを許すことが出来ない。」
アルは大切なものを見るように、大盾を眺めた。
この大盾に、自身の憧れる大英雄とその伝承を重ね合わせているのだ。
「その大盾を持ってたら逃げたらいけないの?」
「あぁ、私の憧れる古き英雄、【深淵歩き】アルトリウスは、大剣を振るえばまさに無双。
不死の古竜を一刀のもとに打ち倒し、ウーラシールの姫君を攫った恐ろしい深淵の魔物すら切り伏せたそうだ。
そして何よりも、アルトリウスはその大盾をもって味方を守り、一歩たりとも退かなかったという……。」
「そうなんだ、だから僕を守れなかったことが悔しいんだね……。」
「あぁ。貴公が数多の英雄や、アイズ・ヴァレンシュタインなる女に憧れる様に私も憧れたのだ。
私はなりたいのだよ、【深淵歩き】のような不屈の英雄に。」
アルの強い思いに触れ、ベルもまた自身の憧れに向き直る。
アイズ・ヴァレンシュタイン。底抜けに美しく強い少女。
ベルは、どこからともなく湧いてくる力に驚き、感嘆した。
恋の力ってすごいんだなぁ、と。
「あ、アル!モンスターが!」
二人は休む間もなく戦闘態勢に入る。
このダンジョンという地下迷宮は、まるでそれ自体が母胎であるかのように壁からモンスターを生み出すのだ。
生み出されんとするモンスターはコボルトやゴブリンだ。
一体一体は弱く、ベルやアルであれば簡単に処理できるであろう。
しかし、その数はゆうに十を超え、五十数匹は出てくるのではないかというほどだ。
「普通の」冒険者であるならば、本来もっと下の階層で起こるはずの【
しかし、この二人は普通ではない。
その二人ともが、英雄を志す勇気を持ち合わせている。
「ベル、半分任せるぞ。私は絶対に退かん。この程度、すべて切り伏せてくれる!」
「うん!やってやりますよ、アイズさぁぁん!!!」
今ここに、二人対たくさんの死闘が始まった。
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夕刻、二人はフラフラでギルドに顔を出した。
ルーキーにしてはかなり魔石を稼げたが、新階層の開拓には至らなかった。
なぜなら、二人が戦い始めてから半数は倒したという時にモンスター・パーティーが再発生したり、戦闘音を聞きつけた別のモンスターが乱入したりと戦場が荒れに荒れたからである。
一人でもう百体ほどは切ったといってもいいぐらいに倒した。
途中からは、アルは魔石ごと叩き切ったし、ベルは魔石を串刺しにするなどして楽に殲滅する方法を取ったがそれでもルーキーには厳しい戦いであった。
「まったく、昨日の今日で無茶するってどういうこと!
私、昨日さんざん言ったよね?!」
「ううむ……。」
「す、すみません……。」
当然アドバイザーであるエイナにはこってり絞られた。
この二人、叱られなかった日がないくらい叱られている問題児である。
「モンスター・パーティーが5階層で起きた例は無かったから、あんまりたくさん教えなかったけど!
逃げるべきだってことは分かってたでしょう!
本当に次馬鹿なことしたらヘスティア様に言って謹慎でもしてもらうからね!」
エイナはカンカンであった。
昨日はミノタウロスに突っ込んで片や血まみれ、片やボロ雑巾で帰ってきた。
今日は危険を承知で乱戦をしてクタクタになって帰ってきた。
アルくんがベルくんのストッパーになってくれるだろうな、なんて期待していた初日の自分を殴り飛ばしたいほどと思うほどに怒っていた。
この二人には早くストッパーが出来ないと死んじゃうな、と心から心配したのであった。
このエイナの真心がわからない二人ではない。
アルもベルも真摯に謝罪した。
「強くなろうと焦ってしまった。すまない。」
「僕も、ごめんなさい……。」
エイナもプルプル震える子兎と尻尾を垂れて伏せる大犬のようになってしまった二人をこれ以上叱りつけることは出来なかった。
「やっぱり私って甘いなぁ……。
昨日今日とダンジョンで異変が起きてるから、ギルドには報告しておくけど、二人もちゃんと気を付けてね。
魔石換金して帰ってよし!」
「「ありがとうございました……。」」
二人は疲れた体に鞭打って、帰路に就いた。
今日の稼ぎは1万8千ヴァリスと少し。
今夜はちょっと贅沢が出来そうだ。
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「おぉぉお、熟練度上昇トータル300オーバー?!」
「私も熟練度が350近く上がっている。なんなのだこの成長は!」
「見てよアル!今日一回二回ぐらいしか攻撃受けてないのに、耐久が30も伸びてる!」
「ますます面妖な……。いったいこれはどういうことですか、神ヘスティア!」
きゃっきゃと大騒ぎするベルやアルとは真反対に、ヘスティアの機嫌は下り坂であった。
まぁ、アルの方はいいだろう。
アルもベルも、この急成長はレアスキルの関係であることは確定だろうが、アルの場合は「内なる火を継ぐ」とかいう訳の分からないものなので放って置いて問題ない。
問題はベルである。
ベルのこの急成長は、どこぞのヴァレン某なる女にデレデレであるという確固たる証明なのだ。
今のベルは完全に色ボケ兎なのである。それもヘスティアではなく、「ロキ」のところの子供にお熱なのだ。
怒るな、というほうが無理がある。
もっとも、自身のレアスキルのことを知らないベルやアルからすれば、全く不可思議な現象であることには違いない。
てっきり眷属が早く強くなって喜んでくれるだろうと思っていたのだから。
「えぇと、カミサマ……。なんで僕こんなにいきなり成長したのかなって……。」
「知るもんかっ!」
不機嫌のピークになったヘスティアは、クローゼットからコートを取り出して、力強く戸を閉めた。
コートをしっかり着ていることから、どうやら外出するようだと二人は察した。
「ヘスティア様、いったいどちらへ?」
「ば、バイト先の打ち上げさ!二人は羽を伸ばして寂しく豪華な食事でもするがいいさ!」
捨て台詞を吐いて外に駆け出してしまったヘスティアに呆然としてしまった二人の眷属は、数分経ってようやく再起動した。
おとなしく、主神の言う通りにするのが良いだろう。
今日は、『豊穣の女主人』で男同士の仲を深めようということとなった。
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「ほう、朝来た時とは比べ物にならぬほど繁盛しているな。」
「そうだね、ここからでも楽しそうな声が聞こえてくるよ。」
『豊穣の女主人』は大通りに面した少々割高な飯屋である。
その入り口に立つ二人は、その賑わいぶりに圧倒されていた。
「あっ、冒険者さん!来てくれたんですね!」
立ち尽くしていたところに、今朝方会った女性の店員が現れた。
笑っているその姿は可愛らしく、看板娘と言われてもだれも疑わないであろう。
もっとも、この店にはほかにも可愛らしい娘がたくさんいるのだが。
「自己紹介が遅れましたね。シル・フローヴァです。
さあ、どうぞ!お席に案内しますよ!」
そうして、奥まったカウンター席に誘導された二人は、山盛りの料理で熱烈な歓迎を受けることになる。
「アンタらがシルの知り合いかい?
ちまっこくて可愛らしいのと、でっかくて無愛想な奴の組み合わせたぁ面白いねぇ!」
豪快に笑い飛ばしながらどんどん山盛りの料理を置いていく女主人の名は、ミア・グランド。
一見すれば気のいい姐さん女将かと思ってしまうが、実は相当腕の立つ冒険者らしいというのは、ルーキー二人組は知らぬ話だ。
「はっはっは、無愛想か。直さねばならんなぁ。」
「え~っと、これが450ヴァリスで、あれは……。」
こういう時にみみっちいのはベルの方である。
食事の前から味を悪くするような銭勘定をして顔を青くしているところに、無慈悲にも追い打ちがかかる。
ミアが更に皿をどんと置いたのである。
「足りないだろう、今日のおすすめだよ!」
「た、頼んでませんけど……。」
「若いのが遠慮しなさんな!アンタも隣の奴みたくでっかくなりな!」
ベルを笑い飛ばして料理の手を再び動かし始めるミアをみて、アルは諦めの境地に至った。
「諦めろ、ベル。今朝そこなお嬢さんに目をつけられた時点で、我らは最早金づるよ。」
「人聞きが悪いですね~。楽しまれてますか?」
「あ、圧倒されてます……。」
接客の合間に、シルが二人のところにやってきた。
後ろでに盆を持つ様は板についていて、ウェイトレスをかなりやってきたのだろうとアルはあたりをつけた。
そして、その経験をもって我々はまんまと新しい客にされたのだと、この娘に感嘆していた。
「ふふ、ごめんなさい。私の今夜のお給金も期待できそうです。」
「よかったですね……。」
ベルはもうタジタジである。
シルは小悪魔的な女で、人を手玉に取るのが上手そうだとベルは評価した。
決して悪い人ではないが食えない人だと、ベルは今朝と今の数分間のやり取りではっきりとわかった。
「この店、いろんな人が来て面白いでしょう?
たくさんの人がいると、たくさんの発見があって、私つい目を輝かせちゃうんです。」
シルの言う通り、この店では種族、年齢、性別を問わずにたくさんの人が楽し気に食事をしていた。
大抵の店は客層というものがあり、エルフならエルフの店、ドワーフならドワーフの店、と自然と住み分けがなされている。
オラリオには手が早いものや血の気が強いものが多いために、客はトラブルが起きないように、と自分のカラーでない店を避けるのだ。
特に酒が入る場所だと諍いが起きやすいため、この特徴ははっきりしやすくなる。
しかし、『豊穣の女主人』はミアが運営をしているということもあって、トラブルを起こすものが少ない。
起こしたとしても数十秒後には店の外に放り出されている。
そういう店だからこその風景なのだ。
「知らない人と触れ合うのが趣味というか、心がうずくというか……。」
「なるほど、分からないわけでもない。」
こうして、特徴的なウェイトレスと話しながら食事を楽しんでいると、元気のよさそうな
「ご予約のお客様ご来店ニャ!」
赤毛の少し胸が残念な女性を先頭に、ぞろぞろと数十人の冒険者たちが『豊穣の女主人』に入ってくる。
ざわざわと客たちが騒ぎ始める。見目麗しい女性が多かったからだ。
まぁ、その理由は赤毛の女が無類の美女好きのエロオヤジ的な思考をしているからである。
「うっひょー!別嬪ぞろいじゃねェか!」
「ありゃロキ・ファミリアだ。死にたくなきゃ下手なことするんじゃねぇ。」
どうやら、アルやベルのように隅で食事を楽しむような底辺冒険者には高嶺の花らしい。
しかし、ベルにとっては関係ないことだ。
パスタを啜るのも忘れて、麗しの【剣姫】に心を奪われていた。
そんなベルを、アルは小突く。
「ベル、行儀よく食べたまえ。紳士らしくあらねば姫には釣り合うまい?」
「そ、そうだね!あぁ、綺麗な人だなぁ……。」
ベルが放心している間にすばやくテーブルに料理が並べられていく。
鳥の丸焼き、高級そうな魚の煮つけ、見てるだけで腹がいっぱいになりそうな揚げ物、そして大量の酒。
アルは、これが一大ファミリアの晩餐なのか、と度肝を抜かれていた。
「みんな、ダンジョン遠征ご苦労さん!今夜は宴や!思う存分、呑めぇ!」
「「「おう!」」」
赤毛の女の音頭で、ロキ・ファミリアの宴が始まった。
アルは、その賑やかな輪の中にリヴェリアの姿を見ると、礼を言おうと立ち上がろうとした。
しかし、やめた。
礼を言おうにも、何の準備もしていなかったし、何より今は祝宴の真っ最中である。
部外者がずかずかと入っていいものではないだろうと、アルは今は自身の食事を楽しむことにした。
「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意様なんです。
彼らの主神、ロキ様がいたくここを気に入られたみたいで。」
シルのその言葉を聞いて、ベルは内心で飛び上がった。
ここに通い詰めれば、アイズ・ヴァレンシュタインにまた出会うことが出来ると淡い希望を抱いたのだ。
恋する男の単純思考に気づかないアルではない。
少しばかり手助けしてやろうと、笑いながら提案する。
「ベル。頑張って稼いで、ファミリアの蓄えも十分であるならば週に一度程度通ってみるか?」
「いいの?!ここ結構お高いよ?!」
「だが飯は格別だ。ヘスティア様への供物という事であれば、贅沢も許されるであろう。」
「やったぁ!僕、頑張るよ!」
この様子なら、ファミリアの稼ぎも期待できそうだとアルは安堵した。
恋は人を貪欲にする。きっと馬車馬のように働いてくれるであろう。
アルとベルはそれから楽しい時間を過ごした。
アルの故郷の話や、母親から聞かされてきた古い神話について。はたまたベルの破天荒な祖父の話やアルの知らない英雄譚について。
たくさんの話は二人を通じ合わせた。
そして、ベルはさらに憧れの美少女を眺め続けることが出来た。
友情と愛情。その二つを味わうベルは、アルよりもなお幸せな時間を過ごしていた。
一人の
「よっしゃぁ!アイズぅ、そろそろ例のあの話、みんなに披露してやろうぜ!」
「あの話……?」
「あれだって!帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹お前が5階層で始末したろ?」
5階層のミノタウロスと聞いて、二人は身を強張らせた。
つい昨日感じた死の恐怖というものはそうそう拭えるものではない。
「そんでほれ、その時いたトマト野郎!いかにも駆け出しのひょろくせぇ餓鬼が逃げたミノタウロスに追っかけられてよぉ!
そんでアイズが細切れにしたくせぇ牛の血を浴びて、真っ赤なトマトみてェになっちまったんだよ!」
アマゾネスだと見受けられる二人の女は苦笑いである。
ほかにも、同じテーブルを囲う冒険者はみな渋い顔をしていた。
「それでだぜ?そいつ叫びながらどっかに行っちまってよ、ウチの御姫様、助けた相手に逃げられてやんの!
ギャハハ!情けねえったらねぇぜ!」
当の本人であるベルは、肩を震わせていた。
怒りや、あるいは自身の弱さを悔やむ心からであった。
それに逃げ出したのはあまりの美しさに耐えきれなかったからであり、笑いものにされる道理はないはずだ。
「あの状況では仕方がなかったと思います。」
小さな声で反抗したのはアイズであった。
それに続くようにして、リヴェリアも彼を叱責する。
「いい加減にしろベート。そもそも17階層でミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。恥を知れ。」
「あァ?!ゴミをゴミと言って何が悪い!それにババアも鎧のウドの大木に逃げられてたなぁ、おい!」
「貴様、まだ言うか!」
リヴェリアの怒りを無視し、ベートなる狼人は話を続ける。
「アイズ、お前はどう思うよ。例えばだ、俺とあのトマト野郎ならどっちを選ぶっていうんだぁ?おい!」
「ベート、君酔ってるね。」
金髪の
「聞いてんだよ、アイズ!お前はもしあの餓鬼に言い寄られたら受け入れるのか?そんなはずねぇよなぁ!
自分より弱くて軟弱な雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんざありゃしねぇ!他ならないお前自身がそれを認めねぇ!
雑魚じゃ釣り合わねぇんだ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
ベルが逃げ出そうと席を引くよりも、リヴェリアがベートを叱りつけるよりも、誰よりも早く我慢の限界が来た男がいた。
その男が力強くその手の杯をテーブルに叩き付けると、店中に音が響き渡り、誰もが黙りこくった。
男がゆっくりと椅子を引き立ち上がると、その背丈は都市最強の冒険者をも上回るような巨体であった。
一歩一歩とベートに男は詰め寄って、下品に座るベートを見下ろした。
「今すぐ全ての発言を撤回し、その下賤な口を閉じたまえ。」
深く、低い声であった。そのレベルに見合わぬ覇気を伴った声はなおも周囲を黙らせた。
「なんだァ、おめェは?!」
しかし、ロキ・ファミリア最速のベート・ローガを黙らせるには至らない。
「聞こえなかったのか?自身の仲間の品位を落とし、女性の尊厳を汚し、そしてなによりも我が友を公然と侮辱した言葉全てを撤回しろと言ったのだ。」
「はぁ?」
ベートは、どうしてお前の言うことをきかにゃならんのだ、と思った。
しかし、男は、いやアルは更に捲し立てた。
「貴公が発言するたび、貴公の周囲の人々が渋い顔をするのが分からなかったか?
自身の力の強さに驕り、弱者を嘲り笑うは真の強者の行いにあらず。心の弱い者のすることだ。
そして貴公は人を力で判断するようだが、愛情とはそのような些末なもの一つで生まれるものではない。
頭の弱さと人生経験の薄さまで露呈させるとは、ロキ・ファミリアの名が泣くぞ。」
ベートは怒った。椅子を蹴とばして立ち上がり、拳を振るおうとした。
当然横に座るアマゾネスたちが止めようと動くが、アルは動じず言葉をまだ紡いだ。
「そのように道理の通らぬことを力で解決しようというのが野蛮なのだ!
命を救われた身で、このように貴公やロキ・ファミリアに対して罵声を浴びせるのは本意ではないが、もはや我慢ならん!
つい一週間ほど前に、貴公らのもとへ入団したいと赴いた私と我が友は阿呆であったな!
食らったのは門前払い、それも見てくれだけで人を弱者と決めつける、そう貴公が今やっているような態度でだったがな!」
ベルは呆然としていたが、これ以上は不味いとアルのもとに駆け出し、その腰元を掴んで後ろに引っ張った。
「ダメだよ、アル!いくらなんでも言い過ぎだよ!」
「いいや、まだ言い足りぬ!
貴公、必ず報いは受けてもらうぞ。必ずだ。暗月の神に誓って必ず報復する!
我が友をそしり傷つけた罪、そのままにはさせぬ!
そして私と我が友が貴公らより早くあの迷宮を攻略する所を指をくわえてみているがいい!」
ひとしきり言い切ったアルは、今度は愕然とするロキ・ファミリアの面々を無視し、ずかずかとカウンターの方に歩み寄った。
懐にしまった銭袋を大きいものを一つ、小さいものを二つ取り出して、女主人ミアの前に置いた。
「合わせて7000ヴァリスある。迷惑料込だ、釣りはいらん。失礼した!」
ロキ・ファミリアの横を抜けて、店外へ出ていくアルを追いかける前に、ベルはロキ・ファミリアの面々に一方的にしゃべった。
「えぇっと、アルはいつもはあんなに激しい人じゃなくて!あの、その、助けてもらってありがとうございましたっ!」
アルのことを誤解しないでやってほしいと言いたかったが言葉が出てこなかったため、ベルは取りあえず感謝の言葉を伝えて店から走り去った。
店中の人々が、嵐のように去っていった二人の背中を追うように出口を眺めたが、誰かが杯をあげてこう言った。
「大きな鎧の男と小さな子兎に!」
「「「乾杯!」」」
ロキ・ファミリア相手に啖呵を切った。それも堂々と。
それだけで、いつもロキ・ファミリアに頭が上がらない冒険者の面々は少しばかりか気分がよくなったのだ。
これは感謝の乾杯であった。
「中々、勇敢な子たちだったね。これは惜しい人材を二人も失ったかもしれないな。」
「入団希望の子は全部ウチにいったん通すはずやったよな、フィン?」
「どうやら、少し聞かねばならんことがあるみたいだのぉ。」
【
あのような新人はぜひ欲しかったと悔やんだがとりあえずはベートを何とかしようと思考を切り替えたのだが、ベートは先程とは打って変わって静かであった。
ベートは発言そのものはテンプレートな嫌な奴ではあるが、決して心根から悪人というわけではない。
ただ、その過去から力に対しての執着が強く、また「ただ弱いことを甘受する」ような人間が嫌いなだけであった。
少なくとも、大男の方は「ただの弱者」ではなかったとベートは認識を改めていた。
そこに、ベルを追いかけようとして諦めて戻ってきたアイズが戻ってきて、こう言った。
「ベートさん。あの白い髪の子、ミノタウロスに立ち向かってたよ。」
ベートは、その発言を聞いて、酔った頭ではありながら自身の状況を甘んじて受け入れることに決めた。
周囲の幹部連中が自分を縄でつるそうという物騒な計画を実行に移そうとしている状況を。
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アルは、わき目もふらずに白亜の巨塔の方へと突き進んでいく。
ベルが後ろから走りに走ってようやくアルに追いついたとき、アルはぽつりと漏らした。
「ベル、私は悔しいよ。
名誉も誇りも傷つけられた。結局あの狼人を口でやりこめただけで、貴公の名誉を一つも守ってやれはしなかった。」
「そんなことないよ!僕の代わりに怒ってくれたんだよね、嬉しかった。」
アルはベルの言葉があってなお、自身が許せなかった。
歩みを止めて、ベルをじっと見つめて、少しずつ言葉を紡いだ。
「それでも私が弱いばかりに、貴公を守れなかったのは事実だ。今日も、昨日も……。」
「僕だって自分のことが許せないよ。何もしなくても守ってもらえると期待してたんだ。
けど、それじゃダメなんだ!何もかもやらなきゃいけないんだ!
だから僕は強くなる!君と一緒に!
強くなるために、僕と共に戦ってよ、アル!」
ベルはここに誓ったのだ。もう弱いままではいないのだと。強くなるのだと。
アルは、その強い信念に心打たれた。
そして、自身を恥じた。くよくよしている場合ではないのだと、前へ進まねばならない時なのだと自覚した。
戦士の誓いには騎士の誓いで返すのが礼というもの。
アルは背負っていた大剣を抜き、星空を貫くように高らかに掲げた。
「我が盾と我が剣、そして我が誇りにかけて誓う!
私は貴公と共に強くなるぞ!我らの旅路に太陽あれ!我らの誓いに火の導きあれ!
ベルよ、いざ行かん!」
「目的地はダンジョン!行こう、僕らの明日のために!」
満天の星空の下誓い合った二人は、ものの数刻で6階層に至り、戦い続けた。
夜が明けるまで、弱い心を打ち倒せるまで、精根尽き果てるまで。
二人を数十のウォーシャドウが囲んでも、その全てを切り伏せ、押しつぶし、刺し貫き、切り刻んだ。
ベルはフロッグシューターに丸のみにされかけながらも戦い続けた。
アルは十数ものゴブリンやコボルトにまとわりつかれても、力づくで引きはがしその命を貪った。
戦って戦って戦い続けて、二人は朝日に照らされながら、帰路に就いた。
廃教会の戸口には、愁いを帯びた顔の主神ヘスティアが眷属の帰りを今か今かと待っていた。
ボロボロの二人は彼女の優しい腕に抱かれて、決意を伝えた。
「ヘスティア様」
「カミサマ」
「「強くなりたいです。」」
二人の背を撫でて、ヘスティアは一言
「うん。」
と呟いた。
二人の眷属と一人の神の物語は、ここから真の始まりを迎えるのだ。
そう、神の前で誓約をかわすという行為から。
廃教会の誓約
古びた廃教会の前で交わされた誓約
その誓約は誓約アイテムを求めることも報酬を与えることもない
ただ、誓約がなされたというだけでよい
それが寄る辺となるのだから