ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか? 作:捻くれたハグルマ
敗北は次の勝利への糧というが、それは誤りである。
死以外はすべて勝利であり、死のみが敗北である。
敗北した者は二度と戦うことは許されず、勝利者のみが成長の機会を掴めるのだ。
オラリオ在住 ある戦神の言葉
「ふふん、じゃあ早速【
どっちが先がいいかい!ベルくんかい?!アルくんかい?!」
その豊満な胸をずずいと突き出して、興奮気味に話す神、ヘスティア。
どうやら初めての眷属ということで、ワクワクが止まらないようであった。
「ベルが先がいいだろう。私は騎士を目指すもの。最初にはふさわしくない。」
「ええっ、僕はアルがいいと思うんだけど……。強そうだし……。」
「ハハハ、存外ベルの方が強くなることもあるだろうよ。
それに、やはり最初の眷属、即ち団長たる存在を守るのが騎士の役目。
ベルを守るというのなら、私は納得して戦えるというものだ。」
「そこまで言うなら……。分かったよ、アル!」
眷属同士も相談がすぐに終わり、ヘスティアは待ってましたとばかりに、ベッドをバシバシと叩く。
「さあさあ、早く服を脱いでうつ伏せになるんだよベルくん!」
いそいそと、ベルが服を脱ぎ始める。
美少女と言って全く遜色ないヘスティアの前での脱衣は恥ずかしかったようで、顔を赤らめながら時間をかけて服を脱ぎ終えた。
「じゃあ、いっくよ~!アルくんも次やるからよく見てるんだよ!」
「心得た。」
そうしてベルの背中の上に馬乗りになって、【
それはそれはアルにとって神秘的な出来事だった。
ベルの背中の空間に文字らしきものが現れるだけでなく、ベルの背中に文様が浮かび上がったのだ。
流石に神聖文字は読めなかったために、内容までは取れなかったが、それでも神の力の片鱗を味わったのだった。
「おお、これが恩恵を与えられるという事か……!」
「よっし、出来た!はい、ベルくん。これが君のステータスだ!」
そうして、羊皮紙に写しがとられたベルのステイタスはこのようであった。
―――――
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
≪魔法≫
【】
≪スキル≫
【】
―――――
「見事に全部ゼロですね、カミサマ……。」
自身のステイタスに絶望し、悲痛な声を上げるベルであったが、ヘスティアは笑いながら答えた。
「最初はみんなそうさ!気にしなくていいよ、ベルくん!これから強くなればいいんだぜ!」
「やはり、最初は皆ゼロならば、ロキ・ファミリアの門番の理屈は通らんのだな。
神ロキではなくヘスティア様と出会えて本当によかった。」
アルは一人納得してうんうんと頷いていると、ヘスティアが急に怒り始めた。
プンプンと怒るヘスティアの姿は恐ろしいというよりも可愛らしいといった風体である。
「二人とも、ロキのところなんかに行こうとしてたのかい?!
あの絶壁女神のところでも門前払いを食らったってことなのかい?!どうなんだい?!」
「あの、カミサマ、実は……。」
ベルが、事のあらましをざっくりとだが、説明し始める。
ベルにとっては「弱そう」と言われた苦い経験の一つではあったのだが、それをちゃんと説明する所に、アルはかなり感心していた。
しかし話を全て聞いたヘスティアは、ロキに対しては意外にも擁護する側であった。
「ロキは子供たちのことを溺愛してて、下界に降りてからかなり丸くなったと聞いている。
ボクとまな板女神は仲がいいわけじゃないけど、あまり恨まないでやってほしいんだ。
きっと子供の独断だろうからさ!
それに、ボクの眷属ならボクの事だけを考えていればいいんだよ!」
「それがヘスティア様の願いならば。」
「僕も、ヘスティア様を信じます。」
二人の眷属は、主神にはかなり従順であった。
アルとベルの心には、少なくともロキ・ファミリア全体への恨みは薄らいでいた。
「さてさて、アルくんもその鎧を脱いでこっちに来なよ!
君の顔も見てみたいしね!」
「分かりました。では、御前を失礼します。」
アルは装備を滑らかな手順で床へと置いていく。
頭から兜を取ると、兜の穂に似た群青の髪を野性的に後ろになでつけた、残り火のような深い緋色の目をした好青年の顔が現れた。
ヘスティアは可愛らしいベルもだが、アルのキリリとした端正かつ男らしい姿も、他の神々に狙われてもおかしくないなと警戒心を引き上げさせられることとなった。
「アルってカッコいいんだね!」
「そうだろうか?あまりそのように言われたことはなくてな。」
アルは照れくさそうに頬を少し掻いた。まだまだ年相応なところはあるらしい。
「よっし、じゃあアルくんにも恩恵を授けよう!」
張り切るヘスティアのために、アルはベッドにうつ伏せになろうとしたのだが。
「申し訳ありません、ヘスティア様。
いささか、私の体が大きすぎました。ベッドに入り切りませぬ。」
ベッドから足が出ているアルの姿と心底困ったという表情は、二人を笑わすには十分だったとか。
―――――
アルトリウス
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
≪魔法≫
【】
≪スキル≫
【―】
―――――
「よし、アルくんもこれで正式にボクの家族さ!」
「ありがとうございます。しかし、このスキルの欄、滲んでおりますね。」
「本当だ……。どうしてですか、カミサマ?」
ヘスティアは少しだけ考えるような素振りを見せて、
「あぁ、ちょっと張り切りすぎちゃって手元が狂っちゃったんだ!ごめんよ!」
「私のために張り切っていただけたとあれば喜びはすれども謝罪の言葉を求めたりいたしません。
このアルトリウス、必ずやこのファミリアの戦力になれるよう尽力するつもりです。」
「うんうん、ありがとうアルくん!
さぁ、今日はもう早く寝よう!明日は冒険者登録で忙しくなるぞ!」
「じゃあ、おやすみなさい!カミサマ、アル!」
「私も休ませていただきます、ヘスティア様。
おやすみだ、ベル。」
眷属たちはベッドを開けて、ソファや床に敷物と毛布を敷いて寝る支度を整えた。
もちろん、床がアルの寝床になる。
ソファも2M強の巨躯の男には狭すぎるのが目に見えていたからだ。
そうして、二人が寝静まった後、ヘスティアはアルの「本当のステイタス」のことを考えていた。
「やっぱりあれ、レアスキルだよね……。」
アルの≪スキル≫欄から消されたものが存在していた。
≪スキル≫
【
・内なる火を継ぐ。
・心折れぬ間は効果は持続する。
・心折れぬほど効果は向上する。
「これは、隠しておかなきゃね……。」
まず、恩恵を与えた時点でスキルを持っていたというだけで神の玩具にされる確率は上がる。
ただ、そのスキルが【逃走】などのあまりよく思われないものならばまだよかった。
よりにもよって意味不明なレアスキルが発現していることが事を深刻にしてしまった。
バレたら最後、力のない今のヘスティア・ファミリアではアルを守る事は敵わないだろう。
それに、心折れた場合にどうなるかは分からない。
少なくとも良い結果は生まないだろう。
であれば、要らぬトラブルを招かないためにもやはり隠し通すべきなのだと、ヘスティアは決意した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「朝だぞ、ベル。
今日も良い朝ですよ、ヘスティア様。」
アルは持ち前の勤勉さから誰よりも朝早くに起きた。
廃教会は小鳥のさえずりがよく響き、朗らかな一日を予期させる。
「ふぁぁ……。おはよう、アル。すっごく早起きなんだね……。」
「朝は主より早く起き、常に戦い守れるようにする。騎士の基本だ。」
テキパキと片付けやら朝食の準備やらにいそしむところは殊勝な従者そのものであった。
「おはよう、ベルくん、アルくん……。」
主神の御目覚めで、今日のヘスティア・ファミリアは始まるのだ。
朝食のパンをかじり、薄味のスープをすすりながら、ヘスティアは今日の予定を確認し始めた。
「今日は二人ともギルドに行って冒険者登録に行くんだろう?」
「はい、昨日カミサマもそれを見越して体を休める様にって言ってくれましたし!」
「ダンジョンに挑むなら早い方がよいと存じます。
であれば、善は急げ。朝食を終えればすぐにでもギルドに顔を出そうと思います。」
「うん、二人のためにボクもバイト頑張っちゃうぜ!」
親指をびしりと立てるヘスティアの発言は、神にしては大変情けないものであるが、眷属たちは神の心意気に感動するのであった。
朝食も終え、準備も万全となった二人は、扉の前に立つ。
「では、行ってまいります。」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
主神に別れを告げ、目指すは白亜の巨塔バベル。
今、ここに二人の冒険が始まりを告げる。
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かに思われたが。
「二人とも、冒険者にとって必要なのはなによりも知識。
ちゃんとみっちり学んでもらうからね!」
「心得ました、エイナ殿。
ほらベル、あと少しだ。心折れるなよ。」
「うぅ、まさか初日は座学だなんて……。」
アルとベルの冒険は未だ始まらず、ヘスティア・ファミリアの担当アドバイザー、エイナ・チュールによるスパルタ式座学が始まっていた。
「ほら、ベルくん集中しなさい!」
こうして、あまり座学に興味のないベルに対してエイナによる喝が飛ばされるのである。
アルは、マジメに取り組んだおかげでベルよりは早く座学を終えることが出来た。
エイナがこのようにして座学に取り組ませているのはひとえに二人の知識不足からであった。
二人ともルーキーの寄せ集めで、新興ファミリアということもあって先輩からの教育もない。
そのような状態でダンジョンに行けば、もっとも簡単な1階層で命を落としかねないと、エイナは判断したのだった。
二人のダンジョンについての知識が一定水準にまで至り、座学を終えることが出来たのは夕方になってからであった。
「今日はダンジョン攻略は無理だね……。」
「まぁ、支給品の装備一式とエイナ殿から得た知識は、ダンジョン攻略で得るよりも大いに価値があるだろう。
英雄を志すからこそ、最初は肝心だ。」
「そうだね、じゃあ明日から頑張ろう!」
そうして二人はその翌日からダンジョン攻略にいそしむようになる。
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「アルは凄いね!大盾に大剣を持ってブンブン振り回せるんだもの!」
「いや、ベルの機動力もかなりのものだ。私にはそこまでの加速力は出せんよ。」
二人は一週間と数日でなんと5階層に到達していた。
新米二人組にしては破格のペースだ。
それは二人の戦闘スタイルが互いをカバーしあえるものだったからだ。
アルはその巨躯から繰り出される大剣の重い一撃を敵に叩き付け、その強靭さを利用して大盾で攻撃を受ける。
そのような正面戦闘を好み、また得意としていた。
対してベルは小柄さと俊敏さを活かして、敵の懐に飛び込んでナイフで一突きするという戦法が得意だった。
攻撃のスピードや、一瞬飛び跳ねたりするといった、瞬間的な機動力はアルも目を見張るものがあったがベルはその比ではなかった。
二人のコンビは熟練のコンビと比べれば大したことがないかもしれないが、新米にしてはこれもまた素晴らしいものだった。
「ウォーシャドウがでるのは6階層からだったな?」
「うん、ここは5階層だから囲まれない限りは危険なモンスターはいないはずだよ。」
「いざとなれば互いに背を預けて、死なないように行動すれば難は免れよう。」
そうして二人は先へ先へとモンスターを求めて進むのであったが……。
「気配がしないね、なんでだろう?」
「うむ、戦闘音どころか鎧のこすれる音すらせんな。」
嫌な静けさであった。
新米な二人ではあるが、明らかにおかしいという事だけはハッキリとわかっていた。
そして、幸か不幸か出会ってしまった。
「ねぇ、ミノタウロスってこの階層には出ないはずだよね?!」
「あぁ、これは中層のモンスターのはずだ……。それが二体も出るとはな!」
ミノタウロス、少なくない英雄譚に登場する半人半牛のモンスター。
アルよりも大きな巨体に底なしの体力、膂力。
分厚い皮膚と筋肉による、レベル1程度の攻撃では傷一つつかない耐久力。
明らかに立ち向かっていい敵ではない。
二人はすぐさま踵を返し、逃走を始めるが、無尽蔵の体力を持つモンスターを振り切ることは現実的ではなかった。
「ベル、このままでは二人ともあの二体につかまる!
二対二といっても格上二体を相手取っても勝ち目はない!」
「だったらどうするの?!」
「次の分岐で同時に右と左に別れたら、なんとかあの二体を引き離せるかもしれん!
一対一なら救援が来るまでに逃げ続けられるやも知れぬ、博打ではあるがな!」
「その話乗った!」
「了承した!守ってやれなくて済まない!
共に生きてまた相見えよう!」
「うん!ヘスティア様の名に誓って!」
ベルとアルは同時に分岐を別れた。
作戦は無事に成功し、ミノタウロスは分断されていく。
二人の胸中には力不足を嘆く声と、友の無事を祈る声が響いていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、アルはある程度逃げて広間に出たとたんミノタウロスに向き合った。
そもそも、全身鎧を着ているがゆえに、スタミナの尽きはベルよりも早い。
そして巨体であるがゆえに、体力が尽きた状態では回避すらままならないことは明白であった。
ゆえに、選択肢は防御。
あるいは目つぶしによる行動の阻害などだった。
「ここで死ぬわけにはいかんのでな、戦わせてもらう!」
アルは盾をがっちりと構え、大剣を肩に担ぎ万全の構えをとる。
『ブモオオオォォォ!!!』
獲物をついに捕らえられたことを喜び、これから血祭りにあげてやろうと勇むミノタウロスは大きく鼻を鳴らす。
騎士たる者、このような殺気に屈する訳にいかない。
そしてアルの憧れる【深淵歩き】ならなおのこと、絶対に引き下がるはずはない。
憧憬への決意が漲り、アルの心は奮い立つ。
「うぉおおおおォォ!!!」
アルもオオカミの遠吠えのような渾身の雄たけびを上げて、野蛮な戦士に応える。
かかってこい、そうミノタウロスは受け取ったようだ。
『ブッモォォ!!』
ミノタウロスが右腕を大きく振り上げて、硬い拳を握る。
クリーンヒットすれば即死は免れないだろうと、瞬時に察したアルは、あえてリーチの中に飛び込む。
「ォォオオア!」
拳はアルの首筋を掠めていき、アルは左手の大盾をミノタウロスの胸に叩き付け、右手に掴む大剣を思いきり振り切って胴に叩き付けた。
彼と同じレベル1のモンスターであったなら、一刀のもとに切り伏せられていたであろうその一撃は、完全にその重厚な皮膚と筋肉に止められていた。
「ちぃッ!」
身をひるがえし、後方に大きく縦回転しながら跳んで離れる。
この瞬時の判断がなければ、今頃はミノタウロスの左拳に身を砕かれていたところだったろう。
通常の斬撃では効き目がないと判断したアルは今度は目を確実に潰してやろうと画策していた。
大剣は突きにも使える優秀な武器だ。
己が体重と勢いを載せて顔を思いきり突き込めば、目や鼻、脳髄すらぐちゃぐちゃにしてやれると睨んでいた。
『ブオォォォォン!!』
攻撃をよけられ、傷一つつかなかったとはいえ、脇腹を強かに打たれたのだ。
ミノタウロスは怒り狂っていた。
そして怒りは攻撃を単調にさせるが、同時に凶暴にさせた。
ミノタウロスの二度目の右拳による殴打は初撃よりも速く、そして鋭かった。
アルは、この変化に対応できなかった。
自身も思いきり突っ込んでいる状況では、回避する事は敵わない。
咄嗟に左腕を振り上げて大盾を差し込もうとするが、不十分であった。
「がっはァッ!!」
金属が重厚な音をダンジョンに響かせた。
アルの巨体は吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に強かに打ち付けられ、轟音と土煙を上げた。
アルの左腕は完全に砕けた。
盾を構え続けることはもはや叶わないほどに、木っ端みじんになっていた。
全身も岩壁に激突したことによって、罅や骨折で満身創痍であった。
手甲と咄嗟のガードによって腕が吹き飛ばなかったことと、カウンターで頭蓋骨を砕かれ脳汁をそこらにぶちまけていないことが幸運だった。
「ぐ、ぐぐ……。下賤なモンスターめ……。」
ボロ雑巾のようになってもなお立ち上がるのはやはり【深淵歩き】を目指すものらしいといえるだろう。
左腕をだらりと垂らしながらなおも大剣を肩にかけ、兜の下で歯を食いしばり眼前の敵をにらみつけた。
『ブオォオオ!』
しかしもうすでにアルは憎きミノタウロスのリーチの中にいた。
次なる攻撃に反応すること能わず、アルは心の中で南無三、と唱えていた。
しかし、猛き雄たちの戦いの中で凛とした詠唱が始まっていた。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に
それは深い森の王族の魔術。
アルの先の先を行く最上位の魔導士の一撃であった。
「ウィン・フィンブルヴェトル!!」
ミノタウロスの拳がアルに到達するより速く、冷気がダンジョンを吹き抜けた。
ミノタウロスは一撃のもとに完全に氷漬けにされていた。
アルは薄れていく意識をなんとか保ち、自らの救い主の姿を見ようと目を向けた。
緑と白の厳かなローブに身を包み、片手にはいかにも高等な魔導士が使うような杖が握られている。
そしてなによりもその美しい緑の髪はその女性のエルフらしさを引き立てる。
目は切れ長で明るい緑色をし、大自然の美しさを内包したかのような神秘的な印象を与える。
極めつけはその顔立ちで、高貴な出自であることを想像せずにはいられないほど麗しい。
「天上の姫君か……。お美しい……。」
まるで騎士が姫君に身分違いの恋をする話のように、歯が浮くような言葉をポロリと零して、アルの微かな意識は完全に暗転した。
アルトリウス、ミノタウロスに対し大敗を喫す。
冒険者人生、わずか十日以内の出来事であった。
古い深淵歩きの鎧
遠き昔 王の四騎士が一人 深淵歩きアルトリウスが遺した鎧。
主の最期を示すように深淵の闇に汚れ
群青で名高いマントはすでにボロ布と化している
しかしその鎧に込められた思いは消えず
真の英雄の物語を紡ぐ時を待っている