除草剤グリホサート、安全性議論が再燃か? 学術誌が25年前のキー論文を撤回
発がん性の疑いがもたれている除草剤グリホサートの安全性議論が再燃する可能性が出てきた。グリホサートやその商品名であるラウンドアップの安全性を証明したとされる論文を掲載していた学術誌が論文の取り下げを発表した。同論文は他の論文や各国の規制当局の政策に影響を与えてきたとの指摘もあり、撤回は各国の規制の動向や米国内でがん患者らが起こしている巨額訴訟の行方を左右する可能性もある。
金銭的報酬を受け取っていた?
査読付き学術誌Regulatory Toxicology and Pharmacologyは5日、2000年公開の論文「除草剤ラウンドアップとその有効成分グリホサートのヒトに対する安全性評価とリスク評価」の掲載を取り下げたと発表した。同論文はニューヨーク医科大学の研究者ら3名による共同執筆で、グリホサートは一般的な曝露レベルでは人体に健康リスクをもたらさないと結論付けていた。
同誌のマーティン・ファン・デン・ベルグ共同編集長は、「撤回は本論文およびその結論の学術的誠実性を損なうと考えられるいくつかの重大な問題に基づいている」と誌上で述べ、具体的に以下の問題点を挙げた。
発がん性および遺伝毒性の評価に関し、論文は米モンサント社(グリホサートの開発製造会社。2018年に独バイエル社が買収)の研究者が行った未発表の研究のみに基づいて結論を書いており、外部の専門家が行った長期慢性毒性や発がん性に関する研究成果を考慮していない。
訴訟の過程で明らかにされたモンサントの内部資料などから、論文の執筆に同社の関係者が深くかかわっていた可能性がある。そして、それにもかかわらず、論文の中でそれを明示しなかった。これらは学術的誠実性や独立性を損なう行為にあたる。
訴訟資料には、論文の著者が執筆の対価としてモンサントから金銭的報酬を受け取った可能性を示す記述があり、倫理面からも学術的客観性の観点からも看過できない。
執筆者3人のうち2人はすでに他界。残る1人に同誌が抱く様々な懸念について説明を求めたものの、回答がなかったという。
米規制当局の判断にも影響か?
グリホサートは世界で最も多用されている除草剤の一つだが、安全性をめぐる議論が各国で起きている。世界保健機関 (WHO) 傘下の国際がん研究機関 (IARC) は2015年、グリホサートは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」との見解を示した。これに対し、米環境保護庁(EPA)や欧州食品安全機関(EFSA)は「ヒトに対して発がん性の可能性は低い」との立場をとっている。
専門家や専門機関の間で意見が割れているようにも見えるが、その意見の形成に、今回掲載が取り下げになった論文が大きな影響を与えてきたとの指摘がある。
ファン・デン・ベルグ共同編集長は、撤回した論文は「グリホサートおよびラウンドアップに関する規制上の意思決定に数十年にわたり大きな影響を与えてきた」と述べた。撤回を要請したニュージーランド・ヴィクトリア大学ウェリントンの研究者アレクサンダー・カウロフ氏らの調べによると、同論文はグリホサートに関する研究で最も引用されている論文の上位0.1%に入っている。
EPAは2016年のリスク評価で同論文を引用しており、その後「発がん性の可能性は低い」との結論を出した。EPAの担当者はワシントン・ポスト紙の取材に対し、他にも多くの論文を参照していると述べ、撤回された論文の影響を否定した。だが、カウロフ氏は「EPAはたとえ同論文に依拠していなくても、同論文に根拠して書かれた他の多くの論文に依拠している」とコメントし、影響を示唆した。
トランプ大統領はバイエルを支持
撤回は裁判の行方に影響する可能性もある。
米国では2018年、カリフォルニア州のがん患者がモンサントを訴えた裁判で総額2億8900万ドルの損害賠償(後に減額)を勝ち取ったのを皮切りに、各地で同様の巨額訴訟が相次ぎ、いまだに続いている。
バイエルは訴訟に何とか歯止めをかけようとロビー活動を展開してきた。そうしたなかトランプ政権は2日、バイエルを支持する立場で米最高裁に意見書を提出した。最高裁が同調すれば、バイエルに対して起こされている数千件の訴訟に即座に終止符が打たれる可能性がある。このニュースを受け、バイエルの株価は約2年ぶりの高値を付けた。
それでもなお、グリホサートの安全性をめぐる議論はすぐには収束しそうにない。最近は、発がん性だけでなく、新たに腸内細菌叢や生殖機能への影響などを示唆する研究報告も相次いでいる。
虚偽情報で個人が訴えられるケースも
ただ、議論には冷静さも必要だ。日本では、ラウンドアップに関する虚偽情報をインターネット上に流し、削除に応じなかったとして、投稿者が日本での発売元の企業から訴えられ、東京地裁から賠償金の支払いを命じられるケースも今年起きている。