シャンフロプレイヤーワイ、フレが奥手すぎて夜しか眠れない 作:嘉神すくすく
筆者はそれなり以上に心得があるぞ、来るなら素手はやめておけ。
自宅マンションの最寄り駅から一駅隣で下車し、その後徒歩10分程度の場所に周布拳闘会というボクシングジムはあった。……自宅と都内の職場の間にあり、定期券区間内であることは少しラッキーだった。
終業後、適当な店でゆっくり夕食を済ませてからやってきたのだが…………思いつきの訪問のため、何と言って会えばいいのか考えていなかった。
……よくよく考えなくとも、ゲーム上でしか面識の無い相手にアポ無し訪問はまずい、本当に今更だが。
とりあえず繋がっているSNSで連絡を…………だから何と言えと!?
というかアイツ16歳!? レイと同い年じゃないか……えらく通りのいい声といい、少し前まで中学生だった少年の貫禄じゃあないだろう! どんなに若く見積もっても18歳だと
「……あー、お嬢さん? ウチになんぞ御用でも?」
「すわっ!? あ、いえ!」
「御用で無ければ……失礼ながらお帰り願えますかな? お恥ずかしい話、貴女のようなべっぴんさんが辺りをうろついとると、ウチの盛った
建物の前で一人パニックに陥っている時に、虎人の
……言われて初めて建物内から下卑た視線が向いていることに気がつき、急速に頭が冷めていくのを感じる。
老齢にしては筋肉質で背筋が伸びた、ジムのロゴ入りシャツを着た男性……事前に調べ確認しておいたこの人の名は周布
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません、周布会長。
「うん? あー、出版社の方やったか。こりゃ失敬、斎賀やん。周布です、よろしゅう。……ほぉ、お若いのに係長とはご立派でんな」
「恐れ入ります」
……無意識で仕事モードに入ってしまい、半ば条件反射的に名刺を差し出していた。それが幸か不幸かは分からないが、一旦成り行きに任せることにする。
「して、お目当てはウチの孫……弊会の
「はい。ただ今回は取材ではなく、今後を見据えて一度本人とお目にかかりたく思いまして」
「……あれを、ファッション誌に?」
「男女問わずファンが多いと聞き、新規開拓と話題の先取りをと」
そもそも私の所属はファッション部署であり、スポーツそれも格闘技関連は完全に管轄外だ。
我ながらつらつらと口に任せられるものだと感心する。……
「ボクシングは門外漢っちゅうことか、どおりで……ウチのは試合直後やから休ませとるでな。週末までは仮に来ても追い返すことになっとる」
「……左様でしたか、知らずにお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「とは言えアレもヒマしとるはずやさかい、呼びましょか?」
「いいえ、お心だけ頂戴します。機会を見て改めますので、周布選手によろしくお伝えください。……これ以上お邪魔になる前に失礼いたします」
「またお越しの際はこちらに連絡を……あのクソボケ共がご迷惑をおかけせんよう計らいますわ」
むしろ本人が居なくて幸いだった。
私は一礼すると、男たちの下劣な目から逃れるようにその場を立ち去る。しわがれながらも精悍な会長さんの怒鳴り声は、彼の祖父であることを納得させて余りある覇気を感じさせた。
……ところ変わって、ゲームショップ・ロックロール。
ボクシングジムへの冷やかし後に帰宅した私は、見知らぬ男たちに不躾な目を向けられた不快感からシャンフロにログインする気が起きず、普段着に着替えて急遽愚痴を聞いてもらうため真奈さんを頼った。
「……ということがあったんです」
「確かにキモイねぇ、品性を疑うわ」
「ですよね?」
(それはそれとして無理からぬことだとも思うけど……本人の顔よりデカイご立派なものが二つ揺れてたら男女関係なく見ちゃうでしょ。……ところで、小さく見せるブラをまとめ買いしたとか言ってたけれど、まさか
ネットでも身近でも評判だっただけあり新兵器の性能は悪くなかったのだが、それでも日常生活に支障をきたさない範疇で抑えるのはこれが限界だった。
……吐き出してみたがまだモヤモヤが晴れない。やはり会長さんのご厚意に甘えて対面してみるべきだったのか。
「というかなんでまたボクシングジム? ダイエットとか要らないでしょ百ちゃん」
「それはちょっとかくかくしかじかで」
「え、えぇ……? 無鉄砲がすぎる……爪の垢を煎じて玲ちゃんに飲ませたいわ」
どうやら妹は気になる彼との進展はまだまだらしい。同級生としか聞いていないが、それだけ近いならせめてシャンフロに誘うくらいはしろと思う。
また一昨日の離脱もそれ関連だったらしく、閉店前の作業中に大慌てで来店してきたと真奈さんから聞いて不問に付すことにした。レイのおかげで久々に虎人と遊べたのも確かだからな。
「ところで、お姉さんはその会いそびれた彼のお話しが聞きたいなぁ? 知り合いにボクサーな子がいるから力になれるかもよ?」
「真奈さんが期待しているような話はありませんよ。……その強さに憧れているだけなので」
「身元特定して凸っといて何を……あ、いらっしゃいませー」
「わー、綺麗な人……。ハロー、試合終わってちょっと暇なワイちゃんだよ。シャンフロばかりってのもアレやしなんか新作……なんそのレジ横の水晶玉?」
…………は?
「あ、やっぱり気になっちゃう? これね、乙女ゲーの特典、特装版が二万したの。今日はこれで恋に迷える子羊を導いたんだよ。……さあ少年よ、このマダム・真奈が占ってしんぜよう」
「えっ、占い? 実は友達にクソゲーの道連れにされそうで困っているんです……マダム、なにか断る口実はありませんか? 良ゲー以上でオナシャス」
「んんん、見えます……見えます……そんな君にはこちら、今日一番売れている新作ゲーム……『
「いやそれから逃げてきたんやけど……!? どうせ二本仕入れた内の二本目やろ!」
「ちがうよ? 三本中の三本目。……ファイトマネー入ったでしょ? つべこべ言わず買うのです」
「シンプル押し売り……! というか、どこのどいつや二人目……(買うのです……買うのです……)こいつ直接脳内に!? ……そりゃそうとこちらのお客さんの相手はええの?」
「いやまあ、その子は買い物客じゃないし……うん?」
「…………っ、おま」
「ほらぁ、ワイちゃんの背後から
自分でも不思議なほどに普段と変わらない調子で、背中に焦げ茶色のサンショウウオのようなポケモン? がプリントされたジャージを着た少年の肩に手をかけ名を呼んでいた。
指が沈み込むように柔らかく分厚い筋肉が、ぎこちない首の旋回と合わせて躍動している。
初めて会う見慣れた顔が、見たこともない表情を浮かべていた。
「……もう一度言う。お前、虎人だろう?」
「う……う あ あ あ あ あ あ あ あ (ガチ悲鳴)」
「わっ!? ちょっ、カウンター内立ち入り禁止よ!」
……巨体に似合わぬ軽やかな垂直飛びでカウンターを越え、目にもとまらぬ速さで真奈さんの後ろに隠れてしまった。その図体で子供みたいな身の隠し方をするんじゃあない。
え、もしかして私……怯えられてる?
「……お見苦しい姿を。中学の頃にお父さんがクソ女に狙われてから、そういうのが嫌すぎてつい……」
「いや、こちらこそいきなり申し訳ない……お前だとわかって突発的にな。流石にそういうのはゲーム内だけで十分だ」
「ソウダネー、ダメダヨ、ハヤトチリハ」
(あっっっぶねええええ……初手攻略失敗するとこだったじゃない!!!! そう言えばしばらく前に陽務くんが、友達が父親のストーカー被害で引越しする羽目になったって……! ジムで遭遇してたらと思うとゾッとしないわ……)
……気を許したような顔をしておいて、なおも警戒されているが無理もない。まさか虎人のご家族にそんなことがあったとは……阿修羅会のアレの行動を嫌悪しているのも合点がいく理由だった。
というか初心者時代に追い回していたのも本人からしたら相当嫌な行動だったのだと思うと、流石に少し申し訳なく感じてくる。
「ところで百ちゃんさ、周布くんとはリアル初対面なんでしょ? ……ぶっちゃけ、怖くないの? 私はカウンター越しでもちょいちょい怖いわ」
「ええ、まあ……知らない仲ならいざ知らず、こいつが虎人なら会ったばかりの他人をどうこうするわけが無いので」
「あらやだTポイント高い。ワイちゃん、感動」
「Tポイント……?」
「虎ポイントの略」*1
深まる謎……!
どんなポイントなのかは全くわからなかったが、とりあえず威圧感が少し緩んだ気がするためプラスの要素なのだろう。
「……というか岩巻さんはさ、結構長い付き合いなのにひどない? ラクがおらんと基本それやん」
「旅行先でヒグマを追い返した実績持ちにそんなことを言う資格はありません。サファリ動物のほうがいくらか安心感あるわ」
「冗談にも限度がありますよ真奈さん、人間がそんな…………は? 『道路に熊、老人救助の少年に感謝状』……??」
「人助けの記録をそんな目で見ないで?」
保存されたネットニュースと、
……ヘラヘラとした様子の彼だが、高い位置にあるその双眸は私の眼をより深くまで覗き込もうとして一時も離れない。
試されていた。
相手に隙を生じさせるシャンフロで立ち会う際のいつものやり口、それがなければもしかしたら信じられなかったかもしれない。……いや、頼むからそんな与太話を信じさせないでくれ。
「……本物だ。本当にサイガー100だ」
「生きた心地がしないからもうやめてくれ……」
「あん? 目ぇ見て話すな、ってんならどこを……うわっデカ!?」
「口に出すなバカ!!」
「うおおおお……」
ツッコミどころ、とでも言うのか。作られた隙にあっさり手が届く。
両頬を手のひらで抑え、顔を上向かせる。普段と違い初手からマスク無しというのが新鮮な気分だった。……声も身振りもバカみたいに大きい、思ったことがすぐ口に出る、そして私の手をあえて避けない、この彼は疑いようもない虎人だった。
「え、ちょっと待って周布くん。百ちゃんの
「ワイちゃんがその親指折れんと思う? ……よろしい」
そのセクハラに対し私が声を上げる前に、薄い頬の肉を好き放題揉まれている少年の眼光が真奈さんの背筋を震え上がらせていた。
私の両手を掴んで……いや、三本の指でつまんで剝がしながら、カウンターに腕を置いてややかがむ。指先一つをとってもあまりに
関係ないが、こいつの頬には何かバフを付与するパッシブでもあるのか? 具体的には金運でも上昇させていそうな感覚が名残惜しい。
「いや、つい今の今までストーカー容疑者やぞ? そんなもん見る余裕無いわ」
「年頃の男の子が『そんなもん』って「よっしゃ指相撲しよ。ワイちゃんが勝ったら忙しい店長さんにお休みをプレゼントしたる」
「知ってる? 『110』ってダイヤルすると女性の味方が……落ち着いて、まずスマホを置いて話し合おう周布くん、君の拳はこんな所で汚しちゃいけないわ。というかそれで周りを怖がらせてないと思ってるの!?」
「TPOは弁えとるでな。右か左選べや」
「よせ、そのくらいにしてやれ」
本当に指をいくことは無いにしても、絞め技の一つはかけそうな勢いの虎人を、腕を両手で掴むことで止める。
……掴んだ瞬間に、映画の特集番組で見た樹齢千年超という屋久杉を連想した。私ではどう足掻いても投げに入れないと確信する。
少なくとも柔道を軸に学んでいる
本人も気にしているようだが、基本的にこいつは恐ろしく強い人間というよりは理性的な怪物と評価する方が妥当なようだ。初見でこいつを恐れるな、という方が無理だろう。
大型犬を輪ゴムでリードするような心許なさだったが、私の身体が引かれ揺すられることはなかった。……大抵の男にフィジカル面で
「……場所変えよ、サイガー100。お騒がせしたの、岩巻さん。この推定クソゲー買うてくわ」
「あ、ありがとうございましたぁ……」
「おもろなかったら親指やからな?」
「ヒエッ…」
「いいから! ほら、もう行くぞ!」
「もー、せっかちちゃんなんやから」
怒ったり、嫌な思いをさせられた際には相応の態度をとる。
どこまでも素直な点もシャンフロと変わらない。……ゲーム上よりも脅しが効いていて数倍恐ろしいが。サファリパーク以上とまではいわないが、
このままだと他の客から通報されかねないため、私は彼の腕を引いて店を後にした。
「場所変えといてアレなんやけど、改まって話すこともなし、解散で良くない?」
「いや、色々とあるだろう」
「そうかな? そうかも……」
とりあえず近場のファミレスに入店し、あっけらかんとしているコイツを奥の座席に座らせた。
……座って冷静になったタイミングで、これまで二十と余年間生きてきて道場での鍛錬以外で男の腕を手にした経験がないことに気づき、自分の腕と手のひらに残った太い血管の感触とを比較し、ただ困惑させられている。
こちらの精神状態を知りもせず、向こうは季節限定デザートメニューに目を奪われているのが釈然としなかった。
「それじゃあサイガ……あー、なんて呼んだらええ?」
「……リアルの私はこういう者だ。妹と被るから下の名でな」
「『サイガ モモ』、じゃあモモさんな……え、PN本名やん、こわ」
「お前が言うな周布トラト」
「違うし、ワイちゃんはケンガンシリーズの
それで本名と大差なければ世話しないだろう。
とりあえず、今回私がリアルの周布虎斗に行き着いた理由を説明したが……本人はイマイチ納得しなかったため、シャンフロのスクショと今撮った顔写真を比較させてやった。
「わーイケメンなワイちゃん……うわーっ! 男前なワイちゃんッ!」
「毎日が楽しそうだな」
「にひ」
なんでもキャラメイクを五分で終わらせたのと、ゲーム内では基本マスク姿以外を鏡で見ないためシンプル気付かなかった、とのこと。シンプルにバカ。
とりあえずなるべくマスクは外すなと言い聞かせたが、外すのは八割方私だと言い返してきたためそこで打ち切っておく。
「そういや今の黒狼どんな感じなん?」
「……まさか自分が居なくなってから良くなっているとでも思っているのか? 口だけは立派な奴が新参メンバーを束ねつつあってな、初期メンバーの意見が通りにくくなりそうだ」
「ニューリーダー病のアレか……阿修羅会のリーダーみたく自分で始めようとは思わんのかな」
「オルスロットもト…アーサー・ペンシルゴンのおこぼれだと思うが」
「一緒にすんな。あいつは組織に自負と責任が持てる男や、手堅いし突拍子もない方向に舵を取ることもせんから阿修羅会をいざ潰すとなると姉より厄介やし」
「褒めすぎだ」
「かなぁ……」
虎人は自分に出来ない領域の能力を高く評価する傾向があり、意外にも阿修羅会のリーダーのことを嫌味も無しに尊敬している面がある。……というか明確に一目置いている。
ちなみにこいつの人を評価する基準は善悪好悪ならぬ強弱好悪であるため、あまりあてに出来たものではない。阿修羅会の
「というかな、ワイちゃんが弟の立場ならナンバーツーがアレなの怖すぎ……姉の性格考えると、追放するにも死なば諸共、目的が違えれば最悪の形で使い潰されそうでなぁ」
「それは間違いないな」
「モモさんリアフレなんやろ? 何とかならんのマジで。阿修羅会を害悪集団にしたのも半分くらいあれが手本示したせいやとワイちゃん思うわけ」
「それを私に言うのか……!?」
「……ごめんなさい、よー知らんくせして勝手言いました。ご苦労されたんやなって……」
丸太みたいな脚をサンダルでけたぐって遺憾の意を表明する。
お前に何がわかる……学生時代からアイツが何かやる度に、否応なしに話が飛んで来た私の何がわかると言うんだ……!
それにしても、知ってはいたがこいつはアーサー・ペンシルゴンという存在の刹那主義的……主に無責任な側面は気に入らないらしい。
強いし面白いから好きなどと言ってはいたが、義理人情を重んじる本人の価値観とは基本的に相性が良くないのだろう。
またサービス初期に各所で精鋭を集めていたトワのお眼鏡には、当時イカれたPKKと知られていた虎人もかなっていたものの、弱いやつらとは一緒にいたくないなどと雑に喧嘩を売ったあと普通に断っていたのをその場で見届けている。
実際はトワの近くにいるとろくな事が無さそうだと言う英断であったが、もし加入していたらどうなっていたのだろうか。案外こいつが主だってオルスロットを担いで、今よりもマシな集団になっていたかもしれないな。
……いいや、流石に好意的解釈がすぎるな。せいぜい京極のような正々堂々PKerの割合が増える程度だろう。
そもそもPKerへの締め付けに近いアプデの数々だって、もとを正せば連中の卑劣上等闇討ち万歳、ログイン直後やアウト直前PLへの
特に街中PKへのペナルティが薄かった時代は、運営の正気を疑うほどに酷いものだった。私自身も被害に遭っているし、PvPにおいて敵なしの虎人ですら何度かキルされていた有様だ。
「……というかお前が責任云々を言うか? あ??」
「ちゃんと仁義通したでしょうが」
「お前が神輿だったほうがマシな状況だと言っているんだが」
「降りれんくなるからイヤ。担ぐ側のがお祭りしてる感あって好き」
「こいつ……!」
届いたフルーツパフェのメロンをかじりながら目を逸らしたため、イチゴを奪ってやろうと手を伸ばしたがノールックで器を引いて避けられる。……大人しく自分のガトーショコラを口にし、敗北の苦味が口に広がった。
今となってはありえない
女子供にとにかく弱いこいつが、身内という立場に立つトワの色香に当てられないわけもない。……仮に今後そうなった場合、生かして置ける自信がなかった。*2
「それはそうと、まさかサイ……モモさんの妹さんとゲーム内で出会うとは思って無かったわ」
「ゲーム内で詳しく聞くのを失念していたが、お前たちはどうしてフレンドになったんだ?」
「おー、クランの宣伝と新規が多いクランメンバーの攻略手伝いでセカンディルにおった時に見かけてな、そしたらパーティに参加することになって、話してみたら奇特なクソゲーマニアなことを知ってー」
「クソ……? え? すまん、なんだって?」
……話せば話すほど、考えていることが全て顔に出ていることがわかる。言葉に乗った感情と表情が完全に一致しており、山の天気どころか沿岸の波のように変化が目まぐるしい。
アンバランスな盛り付けのフルーツパフェの食べ方に苦心しているところも、微笑ましかった。
また目が合う。
……そう言えば、真奈さんの手前で聞きそびれたことがあった。
「なあ、トラ……ヒロト。さっき店で私の……首元を、本当に見ていなかったし今も見ていないが、どうやっているんだ?」
「あ? ワイちゃんってばモテモテやからな、そういうことわかるだけやけど」
その物言いに自分でも不思議なくらいムカつくのがわかった。……だが、聞きたいのはそこではない。
私自身、わからない訳ではないのだ。自分の
そして動くものを目で追ういわゆる追視は生物の本能であり、大半の男の視線がそれに基づくものであることも理屈ではわかる。その上で許せないし、その時点で気を許せなくなるが。
だが目の前にいる自身の
そもそも出来ることなのかも疑わしい真似を、明らかに意図的に実行している。
「配慮の問題ではない、方法を聞いているんだ」
「だからわかるんやって、目の前の相手の嫌がることやものが。……ジロジロ見られたないんやろ、わかるからやらんだけやって」
答えになっていない。
そこに注意書きがあるからやらない、程度の答えで納得できるものか。
ただの人間を前にして、そんなことがわかってたまるか。
「頻繁に組む腕、視線を目に誘導させたがる目線と手癖。それからわかった……ではアカンかな?」
「明らかに後付けだろう……? お前は、移動してから一度も視線を落としていない」
「……本当に、わかるからやらんだけやのに」
……信じがたいことに、こいつは嘘を吐いていない。本当のことを言っても周りに否定され、傷ついているときの声だった。
そもそもこいつは、嘘をついてもすぐに忘れてボロが出るという理由から極力嘘を吐かない。現実でもそうであることは好ましいことだが……理屈を後回しに人の心が読めるという言を、容易く信用できるわけがない。
「……どのくらい?」
「ん? 目の前におるなら大体気付くよ、瞬で分かるようになったんは割と最近なんやけど。ファンを傷つけんようになー、顔の傷とか火傷跡とか、あと怪我して動かない手足とか感電義肢の接続部とか? そーいう、他人から見られたくなくて庇ってる箇所を見抜く練習して、出来るようになってん。逆に今日の岩巻さんの占い水晶みたいな、これ見よがしな場所もわかる」
「……練習で出来るようになるものなのか?」
「出来るよ。あー、モモさんは他ゲーやらんからわからんかもだけど……格ゲーなんかでな、短い試合中に相手の技の選択とか、開幕前進するとか後退するとかの細かい行動から、相手のやりたがっとることを読み解くんは割と一般的なんよ。……観察と分析? まあそれとおんなじ」
やはり答えになっていない。
なぜそれを現実で実行できるのかと言う部分が知りたいのに、『出来るから出来る』という回答をされていた。
ゲームで出来るからなどという理屈が通るなら、世のプロゲーマーは漏れなく武術の達人で埋め尽くされているはずだ。
「まー、具体的な理由までは分からんからそこらは後付けになるケド。……さっきも、てっきり首元辺りに怪我でもしとると思てたら全然ちゃうから驚いたし」
「うるさい」
……自慢げに言ったが、それは元から人を傷つけない為に培われた能力なのか? 見方を変えれば他人が突かれたくない急所や、誘いや罠を洞察する能力ではないか。
黒狼を大きくするに当たって、
全知全能が闘争に特化しており、他のあらゆる物事にそれを様々な角度から当てはめて解消しようとする。紛れもない悪癖だ。
エセ関西弁と変な一人称も周囲を無駄に警戒させない処世術であり、相手を油断させる技術。疲労がピークに達している際、ごく稀に『俺』と言っていた時に指摘したら本人も認めていた。
打てば響くようなどこか愛嬌がある言動も周囲を安心させ、
先ほどの真奈さんに対する言動も、脅しが真に迫りすぎてはいたが実行する気が欠片もなかった。……彼の人間性は間違いなく善良だ。だがそれでも、他者への配慮はきっと後になってついてきたものだろう。
「あーでも、モモさんのを見とらん理由はもう一つあるわ」
「ほう……どんな?」
「いやだって、モモさんってばワイちゃんと初めて会うのに、マジでびびっとらんかったやん? ワイちゃんさ、自分が周りからしたら怖いやつな自覚は無くもないけどな、かと言って何もしとらんのに怯えられるのは割と好かん。せやから嬉しかったんや」
……まあ、私の場合は真奈さんに言った通りで、そこに居るのが虎人であると確信した時点で恐怖は無く、不思議と安心感さえ感じていた。
しかし、それが異常であることも分かっている。
そもそもあらゆる挙動から強さが滲んでいる彼を前に恐れることは無理からぬことだ。誰だって危険物を剥き出しにしている者が近くに居れば身構える。彼は素手でそうだというだけで、むしろ生物として正常な反応だ。
それは差別では無く、正しい評価なのだから。
「ま、しゃーから、特別扱いしたろってなってん」
「……え、それだけか?」
「それだけの何が悪いん? せやなかったら今ここにおらんし、何なら顔とか腕とかそもそも触らせとらん。……ぶっちゃけ今もストーカー疑っとるけど、そのくらいはええかなって、悲しませる真似したないってくらいには、リアルモモさんのこと一発で好きになったんやぞ」
やや怒っている声で心外とばかりに言い終え、パフェの底のフルーツカクテルをジュースのように流し込む。……美味しいとつぶやいて一瞬で破顔する情緒はどうなっているのか。
こいつは武力だけでなく恐らく精神性も人外の領域に寄っている。
特にわかりやすい点で言えば、プレイヤー同士の協力関係において自分の損得勘定をしない。人が損得で動くことを当たり前に理解していながら、出来ないのではなくしない。
黒狼結成当初も『挑戦するのは好ましいこと』だとして、煙たがっていた私への感情より協力を優先していた。……これまで思っていたよりもずっと嫌がられていたらしいことは、ここしばらくで一番のショックだったが心にしまっておく。
興味の無い目的と集団の広告塔という立場を甘んじて受け入れていたのも、私とメンバーのためであった。
クランが大きくなるにつれて、むしろ不利益を被らせていたことに気付いてはいた、いつかそれに見合った欲を見せてくれるだろうと甘えていた。
……それでも彼にとって、最初から最後まで黒狼は自分のものでは無かった。『私の』黒狼だから、見返りも求めずただ与え続け、ついには何も持たずに離れた。
薄情だと思った。だが目の前の彼にとって、それらは何よりも神聖な行いだったのだろう。
「……本当に何もかも好きか嫌いかで決めるんだな」
「
「ホンモノのバカにそう言われると形無しだな?」
「あ”? やんのか?」
ーーああ、きっとこの少年は、自身がそうであるように世界の全てを捉えることが出来るのだろう。
理屈も損得も過程さえも無視して、ただ揺らがぬ
とても真似できる気がしない……だが今日こうして会ってみて、本当に良かったと思えた。
その後も主にシャンフロの話しで居座り、周囲で未成年と見なされた客への声掛けが行われていた中で完全スルーの仕打ちにショックを受けた虎斗にひと笑いさせられ解散となった。控えめに言ってアルコールを飲めない年齢には見えない側に問題がある。
会社の飲み会や悪友との女子会では何かと聞き役に回らされがちな私が、気付けばほとんど話してばかりだった。
彼は天性の聞き上手だ。諸々全ての感情が表に出る上に嘘が無いため、リアクション一つ毎にこちらの調子が尻上がりになっていく。
もしもあれらが
……酒も入っていないというのに気分がポカポカしている。なぜハタチを迎えていないのかと理不尽なことを言った気がしないでもないがそこはそれ、はしご酒をしたがる輩の気分を初めて理解した。
連絡先も交換した。
シャンフロプレイヤーとしてではなくリアルの個人として、グループチャットがメインの有名SNSのプライベートアカウントを教えあった。飼い猫らしいキジトラとの写真をアイコンとして登録していたアカウントから、犬一匹と猫二匹、加えてミミズク一羽の写真が送られて来ている。
「あっ、忘れていたな……」
ベッドに横になって保存した写真を確認していたところで、さきほど彼を納得させるために撮った一枚がそのまま残っていることに気付いた。
ポカンとした顔を写した、スマホカメラによる素人撮りの一枚。
「……まあ、写真の一つや二つでとやかく言うやつではないな」
星を付けた。
今時流行らない短髪で肉食系の顔付きと、夜空のような青黒い瞳は、見ていて飽きがこなかった。
……それが憧憬であると知ったのは、それからしばらく後。
新たな習慣となった週末の外食を数回経て、ロックロールで真奈さんに変化が顕れていると指摘されるまで、自分自身では気付けなかった。
虎斗:父・快斗と母・虎珀から一文字ずつ取って名付けられ、親戚一同から蝶よ花よと可愛がられほっぺをモチモチされつつ心身共に健やかに育った。周りの人々に幸運をもたらすジンクスがあり、正月にご飯で釣ってパチンコに連れていった叔父は見事大勝ちしたが袋叩きにされた。
善き行いは報われるべきだと信じて疑わないため、正直者がバカを見るような物語やゲームは大嫌い。
世紀末円卓とかプレイ拒否レベル。
百ちゃん:二十数年ろくな恋愛経験が無いせいで、ちょっとしたボディタッチでドギマギしている。親父殿のユニバースでは知りませんが、ウチのユニバースではこれで通します。
高身長女子だけど虎斗くんはそれよりも一回り大きい。
(最終的に)10cm前後の差で、キスするのにちょうどいい身長差だ!!
まあこの情報が役に立つことは無いんやけどなブヘヘヘヘ
モモちゃんがヒロトくんとスーパー銭湯に行く話を投稿していいすか?
-
あ、いっすよ(快諾)
-
頭湧いてるんですか?
-
そんな姉さんの話より私と陽務君の絡みをも