シャンフロプレイヤーワイ、フレが奥手すぎて夜しか眠れない   作:嘉神すくすく

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引き続きサイガー100解釈違い等にご注意ください、この首欲しければ来たりて取れ。

弊ユニバースにおきましては、陽務くんのホームや百ちゃんのマンション等は千葉か神奈川の東京側の地域にお住まいという想定で物語を進めていきます。多分今後二転三転および灘神影流ガバ滑りすると考えられる。

『あなたの為のオルケストラ 其の十六』における描写から陽務クンの家はけいお……来鷹に電車等で通学するにはちょっと遠いけど不可能ではない程度の距離に位置しているようなので『川崎や市川だと近い? 船橋や横浜とかはちょっと遠いかな?』程度のガバガバ認識。

埼玉の択がないのは、某嵐を呼ぶ5歳児のテリトリーということで神聖視しているのと、流石に海が遠くて陽務パパと斎賀おじいちゃんが可哀そうだから。





黒狼DAYS AFTER 願い星に追いつく。前

「ただいま」

 

 一人暮らしのマンションだ、返事が来ることは無いが習慣は早々に変わらない。

 

 灯りをつけ、瞬間湯沸かしケトルのスイッチを入れ、仕事着を脱ぐ。社会人になってから変わらぬルーティンだった。

 

 暦の上ではもう秋だというのにまだ暑い。汗を吸ったスラックスとシャツを脱ぎ散らし、普段着(ジャージ)に袖を通し、今日の夕飯を選ぶ。これらも日々変わらない、何か違いがあるとしたらカップ麺の種類くらいだ。

 

「あ、牛乳……買い忘れた」

 

 シーフード味を手に取った時、ふとしばらく前のちょっとしたやり取りが頭をよぎった。

 

『えー!? カップ麺にミルクって、えーっ!?』

『なんだその不信顔は!? というか被り物越しでどうやればそこまで器用に表現出来るんだ……!』

 

 そしてその翌日にはあっさり手のひらを返した、感情豊かな虎マスク少年の滑らかな口により、クラン:黒狼には空前のシーフードヌードルブームが到来した。

 牛乳を入れたクラムチャウダー派、トマトジュースを入れたミネストローネ派、いやどれも邪道だろとする原理主義派らによる群雄割拠の様相を呈した末……一足先に飽きて既に寝ていた当の本人を除き、収集がつかず殴り合いにまで発展した始末で──

 

 カチッ、と。

 

 電気ケトル内のお湯が沸騰し、スイッチがオフになった音。……手に取っていたシーフード味を戻し、隣のチリトマト味を開封しお湯を注ぐ。少なめのお湯で味を濃く、今日はそんな気分だった。

 

 出来上がるまでの3分間、タブレットPCでシャンフロのニュースサイトと各種SNSを巡回する。いつもと同じ、変わらない。

 

 大学卒業から一年と少しの間変わっていない、斎賀百のありふれた日常だった。

 ……はずなのに。

 

「…………」

 

 胸にボッカリと穴が空いているような感覚。

 

 他の誰よりも頼りにしていた存在が、私の傍を離れてから一ヶ月が経とうとしていた。

 

 ……手早く食事と化粧落とし(クレンジング)だけ済ませ、シャンフロにログインする。今日は金曜日だから時間を気にせずプレイ出来る。

 フィフティシアのクラン拠点:黒狼館に設けられたリスポーンポイントにて身体(アバター)を起こし、届いているDMに目を通すと……そのうちの一通にごく最近──八月末頃から、シャンフロをプレイし始めた(レイ)からのものがあった。

 今は梁山泊というクランの支援を受けつつ王都を目指しているようで、今日はサードレマからシクセンベルトへ向けて攻略を進めるらしい。また、今主にパーティを組んでいるプレイヤーは私のフレンドなのだとか。

 

 どうせなら夏休み開始と同時に始めれば良かったものを、なんでも他のゲームをプレイした後にロックロールで真奈さんに勧められて購入したらしい。……これは真奈さんからこっそりと聞かされたことなのだが、同級生に気になるゲーマー男子が居るらしく、シャンフロをプレイするのもつまりそういうことなのだとか。

 

「……たまには姉らしいことをするのもいいか」

 

 そうと決まれば話は早く、シクセンベルトで合流する旨を返信した。

 フィフティシアからはやや遠いが、代々の斎賀家女子の例に漏れず浮ついた話が無かった妹の手助けをしたくなった。

 メンバー各位に指示や引継ぎを済ませた後で、遠出の準備を始めた。

 

 

 

 

「…………で、なんでよりにもよってお前がいるんだ」

「なんかガチギレしとるー……お知り合いと遊ぶのそんなにアカンかった?」

「え、姉のコレ、わかるんですか?」

「こんな『不機嫌オーラ』全開でわからんほうがおか……は? 姉妹!?」

「はい、妹です」

 

 妹のアバターである金髪碧眼で騎士装備の巨漢が、レスラー体型でマントを羽織った上裸虎頭と並んで談笑していた。一瞬目を疑ったが、トーナメント連続優勝報酬であるユニーク腰装備のチャンピオンベルトをPKer寄せにしている変態アバターは、世界(シャンフロ)広しと言えど一人しか知らない。

 少し前に真剣な様子でクラン脱退の相談(わかればなし)をしてきたかと思ったら、直後に『ライガ親衛隊』とかいうネットアイドルの身内クランで名誉職に就任していたクソ野郎がそこにいた。

 

 現実とはあまりにかけ離れた見た目と性別なサイガー()と、ずいぶん親しげに話していたその背中を切り刻んでやろうかと一瞬考えたが、その前にこちらの存在に気づかれたため、仕方なく普通に……あくまでも普通に話しかけたのだった。

 

「おい、梁山泊とかいうクランの何某はどうした? こいつはネットアイドルの囲いだぞ、エセ関西弁が伝染する前に離れろ」

「この人がそうなんだけど……」

「ワイちゃんの口調(キャラ)全否定とはええ度胸やんけ? ……そいや言うとらんかったの、ライガ親衛隊は強ぇ連中が集まったもんで最近名称変わったんよ。新しいクラン名は『リョーザン・パーク』や、強そうやろ」

「…………」

「ね、姉さん?」

「……無言で拗ねんなや。何が気に入らんのかは流石のワイちゃんでも言うてくれんとわからんて」

「……妹には随分と優しくしていたようだな? 私とは違って」

「えぇ……」

「丸くなったということでご勘弁願えませんかね……?」

 

 私のときは数日追い回し頼んでようやくだったというのに、レイとは出会った当日にはパーティを組み、その上レベル比高ランクのクエストと採掘をサポートしていたというではないか。

 その違いはなんだと言うのか。やはり見た目(アバター)が男だからなのか。

 

 リアルでは高校生らしいコイツは、年頃故か女性よりも男性、女アバターよりも男アバターのプレイヤーに対し気安く接している傾向があった。特に見た目と年齢が一致している若い女性を相手にする際は意識的に壁を一枚設けていたようにも見られた。

 

 ……周りで時々囁かれていた噂だったが、コイツ本当にホm

 

「なんか誤解しとるやろ!? クランの宣伝しとる最中にアホほど既視感ある名前見かけて話しかけたら、お前(じぶん)の関係者やって言うから良くしただけやて! ……このアバターで女っちゅーのはマッダイさん以来のセカンドインパクトやったけど」

(……姉さんへの愚痴から意気投合したことは伏せるよう口裏合わせておいてよかった)

「…………アバターが好みだったりは「せんわアホ!! ワイちゃんが女神(ビナ)ファガチ勢なん知っとるやろが!! 十六さんみたく美少女アバターにする発想が無かったのも悔しかったくらいやぞ!?」

(あれ? この人ひょっとして……)

 

 言われてみれば、このオープンスケベはそういう男だった。

 偽らず、欺かず、はばからない。

 常に自分がやりたいことを堂々と実行する前時代的な雄であり……一方で絆されやすく騙されやすい、困っている者がいれがばどんな相手でも手を差し伸べずにはいられない、時に愚かなまでに優しく奔放な少年。

 

 クランから居なくなって一ヶ月、ネットアイドルの親衛隊長になった話を筆頭に、私の知らない彼が増えていく不安感があった。……いや、本当に、最初に聞いた時にはクランリーダーの立場を忘れ、まずは血祭りに上げてやりたいと思った。

 一日千秋の思いだったが、驚くほど変わっていなかった。

 

 ……私はなぜこんなに安心しているんだ? 

 

「なあサイガー0さんや、お姉さんって普段からこんなにゴキゲンの乱高下激しいん?」

「……私の知る限りではかなり珍しいです。かく言う虎人さんも姉のことを熟知しているようですが?」

「出会ってもうすぐハーフアニバーサリーなマブダチやで」

「……本人を前にして失礼な二人だな。それよりもレ、サイガー0、今レベルは?」

「42」

「ほう」

「フンスッ」

 

 プレイ開始からせいぜい1〜2週間にしては高い数字だった。……私が育てましたと隣で虎がデカイ顔をしているのが腹立つ。

 

「妹が世話になったようだな、礼を言う。……参考までに、どこでレベリングをしていたんだ?」

「涙光の地底湖「しゃあっ」なにっ」

 

 許せなかった……死ぬ思いで追従した思い出のレベリングエリアが安売りされたなんて……! 

 

「お前やっぱり私のこと嫌いなんだろう!? そうなんだろ!!」

「好きな子に素直になれない思春期の可愛げだと思って頂くとかアーッ! ネック&バックブリーカー……!」

 

 やや大きさがあって邪魔な虎頭を奪い首に手を回し、首を支点に腰を反らす。

 コイツは痛みが無ければ学ばない(たち)だからな……この機会に数回キルして分からせてやろうか。

 

(普段どんな扱いなのか知らないけど、姉さんがこんなにはしゃいでるのはじめて見るかも。────っ! この顔、やっぱり……!)

「うん? どうした、何か気になる事でもあったか」

「う、ううん、なんでもない……それより虎人さん、そろそろログアウトするのでは?」

「ウグゥ……」

「……言われてみれば今日はえらく早い時間からログインしているな。明日何かあるのか?」

 

 その辺に投げ捨てた、産まれたてのように足腰が立たなくなった虎人の姿を見る。

 

 彼は普段、学校の部活やボクシングジムでの練習が終わってからシャンフロにログインするらしく、活動時間帯は主に夜だ。さらに平日・休日を問わない上にログインしない日もあるため、もしかしたら私のような社会人よりもインしている時間が短いかもしれない。

 

 そのため高レベル帯にしては総プレイ時間が少なく、にも関わらずプレイヤーとして挙げている成果が大きい。本人はそれを「いっしぜつめー*1虎エディション」などと笑っているが、時にやっかみや下衆の勘繰りの対象となることがある。通報を繰り返したプレイヤーに対し公式から警告が下された事実と……本人のバカさ加減が広まるにつれて落ち着きはしているが。

 

 それが今日は珍しく夕方からログインしているようで、さらに今は就寝するにはまだ早い微妙な時間だった。

 

 虎頭を被り直し、マントのホコリを落としながら虎人は答える。

 

「この後別ゲーで友達と約束あんのと、明日ボクシングの試合あんねん、新人戦準決勝。応援してね」

「あいにくと格闘技は見ないしわからない」

「クゥーン……」

「あ、あの! その別ゲーってなんて言うタイトルなんですか!?」

「あ? ベルセルク・オンライン・パッションっちゅー格闘ゲームやな。パッケージ版だけバグのせいで()()()()と化しとるか…………あー」

「……ありがとうございます。じゃあ、だとしたら……

「いえべつに……世界って広いわ

「あー、なら、その……今日はもう上がりなのか?」

 

 妹が妙な点に食いついた直後にブツブツ言い始めたのは少し気になったがスルーし、分かりやすく唇を突き出しながら虎人に『付き合い悪いんじゃあないか?』と文句をつける。

 新しいクランのメンバーと何をしているのか、レイとどの程度親しい仲なのかも知らないが……そのほんの少しでも私のことを気にかけてくれても良いのではないか? 

 

「なんや、さびしんぼ?」

「顔を合わせる機会も減っているんだ、少しくらい今回の(わたし)を見習わないと(バチ)()()るぞ。……なあ、師匠?」

「世話焼き(ねぇ)やん怖ぁ……わーった。最近受注した手つかずのユニークがあんねん、梁山泊(ウチ)の姫サマやライブラリに流す前に、明後日あたり行く?」

「言ったな? 後になって無しとか承知しないからな」

「え、ほなやっぱやめ「おい」ワガママひゃんがよぉ」

 

 マスク越しに頬を引っ張られながらも、虎人はインベントリを開きながら受注済クエストの詳細画面を見せてくる。

 

『近衛騎士外部指南』

 推奨レベル:70以上、参加可能人数:4人以内、受注エリア:ニーネスヒル、備考:模擬戦闘、戦闘内容に加えてジョブのランクが高いほど報酬増加

 

 クエスト名からしてNPC指導系、難易度で言えばLV99最上級職PLの私と虎人がいれば問題はないだろう。……レイを連れていくかは私に任せるということか。

 

「ほな、ワイちゃんログアウトするわ。二人とも、お休みなさい」

「ああ。次回は王都集合だな、また後で連絡する……おいっ」

「……あっ! すみませんちょっと考え事を……虎人さん、今日もありがとうございました!」

「おー。……期待しとるで? サイガー0」

 

 そう言って虎人はログアウトし、アバターが光の粒子となって消えた。

 ……しかし驚いた。何があったのかは知らないが、レイは既に彼からなんらかの強さを認められているようだった。

 虎人が言うところの強さとはレベルやステータスといった数値や単純な戦闘能力ではなく、プレイヤースキルやスタイル、精神性や将来性、果てには人物独自の哲学等を指す。

 

 それはサイガー0というプレイヤーを構成するなんらかの要素が、現状最強のプレイヤーに『強者たりうる』と見初められたことに他ならない。

 とはいえ、レイがPKに手を染めるなどの凶行に及ばなければ特に害はない。レッドネームになったと知られれば、生きたまま夜明けを迎えられなくなる程度のものだ。

 

 本格的にシャンフロをプレイしていればそのうち触れる風物詩のようなもので、わざわざ私の口からそれを伝えずとも良いだろう。

 それよりも、今は妹の王都入りをサポートすることが先決だ。

 

「ではレイ、改めてニーネスヒルへ向かうために『翔風楼結(しょうふうろうけつ)の大河』の攻略方法を——」

「姉さんごめんなさいっ!! 急いで確認しなきゃいけないことが出来たからログアウトするね!!」

「ハァ!? いきなり何を言って——おい!!」

 

 フィフティシアからエリアを三つ跨いではるばる来たというのに、あの愚妹がこの日再びログインしてくることはなかった。

 

 

 


 

 

 

「……まさかシャンフロで周布くんとフレンドになるなんて思わなかったなぁ」

 

 ベルセルク・オンライン・パッション内にてサンラクこと陽務くんを含む三人のプレイヤーが合流し遊んでいる光景をしばらく見守った後。

 ログアウトした私……斎賀玲は、中学時代の卒業アルバムを眺めながら、同級生だった一人の男子生徒のことを考えていた。

 

 周布虎斗くん。

 中学時代の同級生で、定期的に課外活動で結果を出しては全校集会で表彰されていた彼は、間違いなく私よりも全校生徒の知名度があった。あいにく私は彼と話したこともなく名前の漢字と読み方も、彼の全国大会出場が決定した後に学校外周のフェンスに括りつけられた記念横断幕で知った。同じクラスになったこともなく、もしかしたら向こうは私のことを知らないかもしれない。

 

 彼は陽務くんの最も親しい友人であり、プロも出場していた美少女格闘ゲームの大会で優勝した経験があるほどのゲーマーとしても知られていた彼は、やんちゃな言動に似合わぬ人格者で評判もよかった。

 ……だが私は怖くて近寄れなかった。

 

 彼の人となりが合わないということも、なにか悪い噂を聞いたということは無い。

 ついでに彼は自分よりもずっと小さい異性への配慮も行き届いていたことから、女子人気もあった。……女性相手というよりは小動物への扱いであったが。

 

 それはきっと斎賀家の女として受けてきた教育の弊害だろう。周りの人達と比べ彼という存在の脅威度を正確に理解出来てしまったのだ。

 

『生物としての格が違う』。初めて彼を見た直後の素直な印象だった。

 

 一挙手一投足が北海道の旭川にある動物園で間近に見たシロクマのように重さと熱量を感じさせ、一方で足の運びや体重の移動は清流のように淀みもブレも無駄な負荷もない。……なんでも無いある日、廊下ですれ違ったほんの数歩、歩き方一つでそれを理解させられた。

 

 目線が高く、身体が厚い、何より周囲を視る眼の質が違う……『勝てない』という予感が形を為していた。

 満腹でこちらに興味も警戒も示さない、襲ってこないだけの猛獣が闊歩しているようだった。およそ同じ生物のそれではない。

 

 小さい頃、ご近所の飼い犬が怖かった。柵越しにじゃれてくる人懐っこいだけの躾がされた犬が、ただ『自分よりも強い』ということから怖かった。

 ……彼の絶対的な風格は、社会を築いた人間が忘れがちな生物としての当たり前を喚起させる。

 

「…………あっ!」

 

 ブルルッ、と。

 ふと枕元で震動した携帯電話を手に取り……姉からのメッセージを確認したところ、また別種の驚異に背筋が震えた。

 

「一緒に謝って……くれるよね、うん」

 

 まだほんの一週間程度の短い交流期間だが、半年前までの自分がいかに浅はかであったかを恥じ省みるには十分だった。

 

 何かと雑だが非常に面倒見が良く、もしかしたら代わりに怒られてくれるかもしれないと当てにしている程度には頼りがいがある。

 仮に彼が兄か弟であれば家庭内でさぞ便利な防壁として機能していたであろう、それが虎人という人物だった。

 

 

 


 

 

 

 日曜日の昼。愚妹をかばった虎人にお望み通り八つ当たりして遊んだ後、我々三人はなんの問題もなく王都に到着した。

 私とレイは先日の約束通り王都ニーネスヒルはエインヴルス城、その第一騎士団訓練場にてユニーククエストを遂行していた。内容は王認騎士アルブレヒトを相手にした、近衛騎士候補らへ模範を示すための演武。

 

 どう言った経緯でこのクエスト受注に行き着いたのか聞いたところ、国王への狼藉に対するおしおきNPCとして名高い王認勇士アルブレヒトに喧嘩を売るためだけに王家騎士登用試練を突破し、その後引き分けという形で丸く納まりアルブレヒト直々に指南役として推挙されたのだとか。

 黒狼を脱退する前なのか、それとも後の事なのかで話はだいぶ変わってくるが、あのバカは徹底して無視を決め込んだ。そのうち絶対に吐かせてやる。

 

 仮設の武舞台上で現在繰り広げられているのは、左手に練習用の木製短剣を手にした現状最強PLと、非殺傷の木製ロングソードを手にした最強NPCによる模擬戦だ。

 

 現在彼らは短い武器で倍以上の長さがある武器を相手に、如何に間合いを詰めるのか……また詰められ無いようにするにはどうするのか、それらを実践して見せている。

 

 ……色気の無い話だが私もレイも斎賀家の女であり、刀対小太刀のように類似した演武には馴染みがある。小太刀側がそれを制するには、体さばきや持ち替えと言った立ち回りにかかっている。

 

 一例として、両手で構えた小太刀で相手の刀を受け流し、半身を返すと共に片手で突き、片手で相手の刀の持ち手を抑える……言うだけであれば簡単だ。

 

「……しかし実行に移すのは容易くありません。触れれば身が裂ける刀剣同士の闘いにおいて、長さとは明確な強さです。この場にいる誰もが、当たり前にわかっていることでしょう」

 

 隣でレイが、三十人程の近衛騎士候補達へと解説している。

 

 小太刀に対する刀側の対応は遥かに単純で……極論にはなるが、相手の動線を長さで制するだけで済む。

 小太刀側は相手がそれを出来ないよう、何らかの手段で崩しを入れる。……そしてそれは最終目標ではなく大前提だ。

 

 刀剣同士の斬り合いにおいて得物の長さは絶対だ、二倍差どころか拳一つ分でも長い側が基本的に強い。身長や手足がより長大な側が明確に優位となる。

 だから私は剣道で結果を出したと言える。……無論それだけではないが、斎賀家三姉妹と親戚の龍宮院家長女を含む四人の中で最も()()()というのは、剣の分野において紛れもない天稟(てんりん)だった。

 

「ええ、はい……分かっています……一応、お手本ということもありますが……ですが……」

 

 ……だからこそ、この場の誰もが、()()が如何に常軌を逸した光景なのか理解していた。

 

 

「ハッハァッ! 遅れて追いつくとかアホみたく速いやんアルちゃん!? こちとら短剣一本やぞ……もっと加減せぇ!」

「先の先を取り続けておいてお戯れを……!」

「トーゼンやろ、()()()()の剣に遅れとったら墓からジーサマがゲス笑いしてくるんやっ」

「ならば先ずはそこを超えて見せましょう!!」

 

 

「……お願いですから、アレらが簡単に出来るとは思わないでください」

 

 レイの言葉に、ヒートアップして周りが見えていない舞台上の二人以外の全員が頷いた。

 

 ケンカバカがはしゃいでいるのはいつもの事だが、女性プレイヤー人気が高く名実共に騎士の鑑であるアルブレヒトまで子供のように……具体的には初めて自由組手をする男子小学生くらい目を輝かせている。

 ……イリステラと親衛隊のことといい、暇さえあれば特定のクラスタを敵に回す真似をしているな。おそらくこの写真(スクショ)を売りに出せば高額で出回った後に、解釈違いという名の戦争が勃発するだろう。

 

 虎人が崩しに用いているのは所謂フェイント、ただしありとあらゆるフェイントだ。

 手足の空打ち空出しや睨み付けはもちろん、重心や視線の移動……実際に対峙してみないと分からないことだが、呼吸のタイミングをズラしたり殺気をぶつける事までしている。

 

 それらを矢継ぎ早、かつ複数同時にやられると集中を削がれてキツい。精神が摩耗していき、それにつれて手に持つ剣が切っ先からジリジリと削れていくような錯覚がおこるのだ。

 

 相手に心得があるほど有効なそれは、センスによる代物では無い。思いつきや付け焼き刃でそういった小技を駆使していればどこかで判断が淀む……しかし彼にはそれがない。

 

 リアルで普段どのようなことをしているかは知らないが、反復練習の末に体得した、明確な技術である証左だ。

 

「虎人の行動には根拠がある……つまり、再現性のある強さだ」

「うん、だけど……」

「……ああ、()()()()しか分からない」

 

 あくまで推測だが彼はリアルにおいて、最低でも無手で刀を制する訓練を積んでいる。……このシャンフロにおいて、他の誰よりも私がそれを体感させられていた。

 

 日本刀を鍛える工程に、折り返し鍛錬というものがある。鉄を熱して打ち延ばし、折り返して2枚に重ね、さらに打ち延ばす……ひたすら地味で、労力がかかる作業。

 業物(わざもの)と呼ばれるランクの日本刀は、この作業を15回程度繰り返し約3万3千枚もの鉄の層を形成させている。……だがその回数が多ければ、より強い刀になるとも限らない。

 

 技術革新が目覚しい現代において、彼の強さはそれに近い。感心よりも『何故(Why)』が先に来る、時代にそぐわないものだ。

 

 およそ尋常ではない、だからこそ学び甲斐がある。

 

「ふふん」

「どうして姉さんが誇らしげなの……? それよりも──お二人はいい加減やめてください!!」

 

 サイガー100は現実の武芸の視点から、虎人の強さの全容を暴こうとしている。

 そして彼女が知ることはないが、それはとあるプロゲーマーと視点は異なるが同じアプローチだった。

 

 

 


 

 

 

「おのれアルブレヒト……! 従剣(ソーヴァント)4振りを一薙ぎで撃墜するなんてイかれているのか……!?」

 

 気晴らしをかねて夜は外食を選択した私は、自宅から徒歩圏内の焼肉店に来た。

 

 卵黄をからめた馬肉ユッケを口に運び、しっとりとした触感と旨味を楽しんだ後ビールで流しこむ。旨いが、残念ながら気分を一新させるほどではない。スマホでアルブレヒト関連情報を洗い直すも、比較的新しい情報は夢系女子の投稿ばかりで時間を無駄にした気分だった。

 ……今日のスクショを匿名でアップロードしたらどうなるかと一瞬頭をよぎったが、どこぞの悪友が嬉々として実行しそうな愉快犯であることにハッとしてやめた。

 

 前向きなことを考えよう……。

 クエストの報酬についてだが、ハッキリ言って最高クラスに()()()()内容だった。

 

 基準がはっきりしない歩合報酬であるため内容がどの程度ぶれるのかわからないが、私はシリーズ装備らしい『王家騎士の剣』『王家騎士の長剣』と換金アイテム、レイは『第一騎士団長の紹介状』という騎士系職業転職に役立ちそうなアイテムと消費アイテム……そして虎人は『王家騎士防具一式』とスキル秘伝書、加えて『無記名の推薦状』という任意のプレイヤーを王家騎士に転職させられる破格のユニークアイテムを受け取っていた。

 

 ……その価値をわかっているのかいないのか、あいつはそれを一瞥し収納した後、『ワイちゃん鎧とか重くて着れないんやけど……?』と訴えていた。それに対しアルブレヒトが吹き込んでいた辺り、おそらくは当てつけだ。男女共用のようなので今度譲って貰おう。

 

 重要なのはそのクエストが、期間を空けて再度発注されるものだということ。

 定員が四名であること、恐らく月に1~2回発注されること、そして虎人のような指南役を任命されているプレイヤーにしか発注されないと、制約は多いがどうにかして繰り返し参加してクランの戦力増強に繋げたい……リョーザン・パークとやらとの提携を、虎人の名前を使って皆に納得させよう。

 

「ハイボールと盛り合わせお持ちしましたー」

「ありがとう」

 

 私は普段一人でアルコールを飲むことはほとんどなく、付き合いで嗜む程度だ。体質故か、ビールやワイン程度ならいくら飲んでも酔いが回る前に水腹になってしまうため、今こうして飲んでいるのも気分でしかない。

 本格的に酔いたければ、日本酒・焼酎・ウイスキーといった度数の高い酒を中心に割りもの無しで飲む必要があるだろう。実行したことはないが。

 

 ……肉と新しい酒が届いたことで、反省に移る。

 

 男子小学生二人の自由組手を無理やり終了させた後、私とレイもアルブレヒトと手合わせした……結果惨敗だった。武器が普段使用しているものではないことなども言い訳にすらならなかった。

 

 まず私は剣聖のスキルと魔法込みで攻めかかるも、王認騎士のスキルと本体の高性能AIを前に全て迎撃され……その後は近距離戦闘に持ち込まれ、単純な剣の技量とステータス差をどうにもできないまま敗北。(悪)名高い剣の精霊が憑いていなくとも強いことを思い知らされた。

 

 次にレイはLVが低いことなどから無手のアルブレヒト(+悪乗りしてセコンドについた虎人)と闘うことになった。……今回一番の頭痛ポイントは、ただでさえどうしようもないアルブレヒトに、格闘戦において他の追随を許さないバカが手ほどきしたという大バカが判明したことだ。

 これがどういうことかというと、日夜議論されている数多のアルブレヒト攻略案の一つである、『剣と盾奪えればワンチャンあんじゃね?』の勝算が激減するということだ。仮に実行した場合、高ステータスで的確に人体を破壊しにくるパンクラテオン王認勇士という別キャラを相手にする羽目になる。

 結果としてレイは、初心者にしては粘ったものの一撃も入れることができないまま敗北した。その摸擬戦だけでレベルが4つも上がったらしい。

 

 アルブレヒトの戦闘AIは、まともにやりあって人類が勝利出来る光景を想像できなかった。プレイヤーの動作(モーション)に対する超反応どころではない、思考(そうさ)に反応しているか……それよりも早い段階でこちらの行動を掌握されている可能性もある。

 剣のモーション一つ一つをとっても、効率を煮詰めたかのように無駄がない……イメージとして近いものを挙げるなら、龍宮院家のお爺様だろう。お亡くなりになるしばらく前……高校の頃まで定期的に手合わせして頂いていたが、『どうにもならない』という感覚がそっくりだった。

 

 ……それに対し普段使わない短剣一本で戦闘を成立させていた虎人は本当に何者なんだ? 

 

「一度会ってみたいな……」

 

 スマホを手に取りブラウザを起動する。先程まで見ていたアルブレヒトの検索欄とは別タブに、『ボクシング 新人戦』の検索結果が既に表示されている。

 

 昨日も勝ったという話だけ聞いていたが、それだけで特定出来るとは流石に思っていない。何か参考にならないか、何の気なしに調べようとしただけだった。

 

 なの、だが……

 

「あ、の、おバカ……ッ」

 

 ……秒で見つかった。アレのネットリテラシーは想像の斜め下を行っており、思わず頭を抱えた。

 

『Sミドル級 周布虎斗 周布拳闘会関東支部』

 

 既視感のある名前と、見覚えしかない見た目。

 ゲームのアバターよりも細身で若い、トレードマークを脱いだ髪色が違うだけの虎人が、最優秀選手候補として写真付き記事で紹介されていた。

 

*1
正しくは『一射絶命』、主に弓道における教えで、一本の矢に己の命を懸けるくらい最善を尽くすことを指す




信じてもらえないかもしれませんが、この私が描きたいのはあくまでもやべぇことしている玲ちゃんです。それだけははっきり伝えたかった。
玲ちゃんの末っ子感はもっと積極的に出していきたい。

あと虎人くんは下手に放置するとすぐ(クソ)女に捕まります。

モモちゃんがヒロトくんとスーパー銭湯に行く話を投稿していいすか?

  • あ、いっすよ(快諾)
  • 頭湧いてるんですか?
  • そんな姉さんの話より私と陽務君の絡みをも
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