868 フィルリアとその部下
ソフィの口から出た、フィルリアという名前。塔に入る前にも、その名前を聞いたはずだ。いったいどんな相手だろうか?
「フィルリアって誰?」
「この塔の最高権力者。医長と呼ばれる女性よ。私の後見人でもあるわ」
そんな人物が、フランが暗殺者だなんていう嘘を兵士に吹き込んだ?
黒幕は治療院の関係者である可能性が高い。そいつ、怪しいな。
「どんな奴?」
フランの不躾な言葉に、ネルシュが眉をしかめた。聖女であるソフィだけではなく、そのフィルリアへの無礼も気になるらしい。
だが、結局口を開くことはなかった。もう、フランに何を言っても無駄だと悟ったのかもしれない。
それに、話が少し重くなってきた。不用意に口出しをして、巻き込まれたくないのかもな。
「代々治療院の幹部を務めてきた、治癒術師の一族の女性よ。彼女で30代目になるとか。治療院だけではなく、この町の有力者といってもいいわね」
「ふうん。そいつが、どうして私が暗殺者だなんて嘘ついた?」
「分からないわ。誰かに騙されているのか、それとも何か目的があってフランを捕えようとしているのか……」
「性格は?」
「表向きは、優しくて丁寧で、まさに彼女こそ聖女って呼ばれるのに相応しい感じかしら?」
表向きなんていうくらいだから、裏の顔があるのだろうか?
「……裏は?」
「裏の顔が知られたら、聖女とは呼ばれないでしょうね。とても怖い人よ」
ソフィの言葉に驚いているのは、フランだけではない。ネルシュも目を見開いている。どうやら、本当に普段は裏の顔を隠しているようだ。
フランはネルシュを横目で見ながら、首を傾げた。
「ソフィは、どうして裏を知ってる?」
「私は耳が人よりもいいから、遠くの話も聞こえてしまうだけよ」
音楽家のソフィは、聴力が人よりも優れている。内緒話なども、壁を通して聞こえてしまうことがあるようだった。
「私も、彼女の本性を知ったのは最近だけどね」
「そうなの?」
「ええ。抗魔と戦ってレベルが上がったおかげで、耳がよくなったの。そのせいで、色々聞こえるようになってしまって……。別に、聞きたいわけじゃないんだけどね」
もしかしたら、ソフィが家出した理由もその辺にあるのだろうか?
「なんで、誰にも言わない?」
「告発しろってこと? 別に、人前で自分を取り繕うくらい、誰だってやるでしょう?」
「?」
「……フランが正直者だってことは分かったわ」
まあ、自分の性格の悪さを取り繕って仕事するのは、犯罪じゃないしな。表ではしっとり笑顔で清楚面。裏では罵詈雑言の般若面。どこにだっているだろうし、誰だって多少はやっている。
とはいえ、フィルリアの場合はもっと黒いんだろう。
「ここ数日のフィルリアは、性格が悪いとかいうレベルじゃない。いえ、私が気づかなかっただけで、ずっとそうだったんだろうけど……」
「私を捕まえろって命令した以外に、何かあった?」
「ええ。フィルリアには何人か護衛がいるんだけど、その人たちに怪しい命令をしているのを聞いてしまったのよ。誰かを襲えって、言ってたわ」
それって、もしかして獣人会と竜王会の抗争を煽れという命令を下してたんじゃないか?
「ソフィは、ヌメラエエって名前の男は知ってる?」
「確か、フィルリアの護衛だったはず。今私が言っていた、命令されてた護衛の1人よ」
完全に黒だった! やはり、フィルリアってやつが黒幕っぽいな。
「知っているの?」
「ん」
フランはヌメラエエについて、知っていることを語った。遠隔操作で殺されたというだけではなく、何者かの命令で抗争を煽り、混乱を引き起こそうとしていたことなども、全て。
フィルリアが、そこまでやっていると思っていなかったのだろう。フランの話を聞き終わったソフィは、青い顔をしている。
「裏組織同士を対立させて、争わせるって、どうしてそんな真似を……」
「分からない。でも、ヌメラエエは間違いなくそう動いてた」
「なぜ」
「わざと怪我人をたくさん作って、それを治してお金稼ぐとか?」
「今更そんなことしなくても、治療院は盤石だと思うけど……」
今更マッチポンプなんてしなくても、十分儲かっているし、権力もあるってことか。結局、ソフィにも、フィルリアの行動の真意は分からないらしい。
「それと、結界魔石と監視結界。それについては、心当たりがあるわ」
「ほんと?」
「ええ。塔の中にもあるし、以前私の部屋の前にも仕掛けられてた。偶然見つけたフリをして、フィルリアに突き返したけど」
その時フィルリアは、侵入者を発見するための防衛装置だと言っていたようだ。だが、明らかにソフィを監視する目的だろう。
「どうやってみつけたの?」
「そこの周辺だけ音が吸収されて跳ね返りがないから、違和感があったの」
ソフィも、フランと同じでスキルなしでも素の能力が高いタイプだった。彼女の場合は、天性の耳の良さだ。それによって、反響の不自然さを感じ取れるらしい。
「部下に作らせたって言ってたけど、私を監視しようとしていたのでしょうね」
そして、ソフィが結界魔石を見破る能力があると知って、設置を諦めたのだろう。
「作った部下って、どんなやつ?」
「有名な冒険者よ。あなたの方が詳しいかもしれないわね。ランクA冒険者の結界屋って知ってるかしら?」
「……?」
『どっかで名前を聞いた気がするな……』
フランが首を傾げる横で、ソフィが驚きの声を上げていた。
「し、知らないの?」
「ん」
「結界屋のセリアドット。強力な結界術を使うことから、そう呼ばれている女性冒険者よ。世界各地を渡り歩くことでも有名ね」
そこまで聞いて、俺も思い出した。アレッサの近くにあった蜘蛛の巣というダンジョンに、結界を張った冒険者の異名だったはずだ。
「それと、もう1つの特徴でも有名な女よ」
「なに?」
「結界屋――またの名を『守銭奴』。とにかく金にうるさく、金のためなら危ない橋も渡る」
ランクA冒険者ともなれば金なんていくらでも稼げると思うが、結界屋は驚くほどに金にうるさいらしい。
その執着度合いは有名で、彼女への依頼料を値切った貴族が、部下ともども殺されたなんて話があるという。そのせいで、いくつかの国では賞金首になっていた。
また、金銭を介した契約には厳密で、雇い主を絶対に裏切らないということでも有名であるらしい。
ギルドでもその行動がたびたび問題になるそうだが、ギルドそのものに敵対することはしないうえ、非常に希少な結界術スキルを極めている。
結局、厳重注意でお茶を濁すだけであるという。
『ランクA冒険者が敵に回るかもしれないのか……』
(ん)
結界魔石を見ただけでも、十分にその能力の厄介さが分かる。本気を出せない今の俺たちでは、敵対は避けたい相手だった。
レビューをいただきました!
戦闘シーンは力を入れて書いていますので、褒められると作者は大喜びです。
しかも、作者の体の心配まで……! お優しいぃぃ!
ありがとうございます! これからも拙作をよろしくお願いいたします<(_ _)>