マリーのnoteの件 本当に最後
今回のnoteはいつもよりも体感読みづらい気がします。ご留意ください。
そして暴言は使わないように心がけましたが、文体から性格の悪さはにじみ出ています。
今までの自分のノートで不快になられた方は、今回も不快になってしまうと思うので今のうちにブラウザバックをおすすめします。
まあこの垢でnote書くのも最後なので好きにやらせてください。
記号として扱ってるのはお前自身
こいつマリーこと全然好きじゃない、何も分かってない
めちゃくちゃに言われました。
最初は苦しかったです。否定はできないし何より自分が好きになったものが否定されたような感じがして。
好きだったはずなのに本当に好きかどうかわからなくなって。
苦しかったです。
でも今はそんなことも無くなりました。
好きだったはずのマリーが好きじゃないかもしれない
…それでよくないか?
だって事実です。
たしかに今の自分はマリーのこと好きじゃないかもしれません。
でもそれは今の話。
アイドルになるまでのマリーは確実に好きだったのだから。
記号として扱ってるのはお前自身
否定しません。
でもそれはアイドルのマリーで新たな側面が追加されたから。
それまでのマリーに抱えてた見解は間違いなく彼女の本質だったはずです。
仮に記号として扱ってたとしましょう。
その記号は、伊落マリーと言うキャラクターと真摯に向き合って創り出したものです。
彼女のライフスタイルや哲学を自分なりに解釈して形成されたモノです。
その記号には確実に彼女を一人の人間として捉えていた痕跡があります。
少なくとも"かわいくて俺のことが好きな女"みたいな記号の形をしてるマリーよりは全然マシなハズです。
今回のマリーの変容
明らかに不自然です。
アイドルのマリーは今までのマリーと別人です。
マリーの皮かぶった別人です。
他の人がどう思うかはさておき自分から見たらマリーのエッセンスを全然感じません。
バイクの件
マリーは急ぐ必要があった、ああするしか無かった。
今までのマリーとは違うが、先生であるなら彼女の決断を尊重してあげるべき。
この意見は分からなくもないです。
ですがそんな状況にさせたのは脚本です。
トリニティに至急戻る必要性を作ったのも、バイク強奪しか方法がない状況も作り出したのは脚本です。
別にこの描写以外だったら今までのマリーのライフスタイルを損なわないでマリーを描写することなんていくらでもできるはずです。
でも敢えて脚本はその道を選んだんです。今までのマリーのライフスタイルと大きく逸脱するとわかっていても。
だから「マリーにハードボイルドやらせたい」って意図があったようにしか思えないんですよ。
今までのマリーのライフスタイルよりも別のことを優先させた。
そしてその後にも今までのマリーを感じさせる補足の描写はないように見えた。
自分にはバイクのシーンのマリーははっきり言って別人に見えました。
写真のシーンは再三お話しましたが論外です。
何度でも言いますがマリー云々の前におかしいです、人として。
そもそもの話アイドルになったからってそんな変わるわけなくない?
アイドルのマリーは「わがままな自分」を解放する機会であった、そんな見解を見ました。
そこでアイドルのマリーまで見せてきたマリーのわがままに該当する事象を思い浮かべてみました。
「かわいいからアクセサリーを買ってしまった。」「先生のそばにいたい」
どれも「そんなんでいいの?」「もっと求めてもいいんだよ」って感じてしまうほど、ささやかなわがままでした。
今回マリーはアイドルになりました。
そしてそのわがままの事象はどうだったかというと
「人脅してバイク強奪」「上司の厚意ガン無視写真破り」
いくらなんでも変わりすぎです。
これを別人と言わずしてなんというのか。
C・ロナウドが拙いながらもポルトガル語で必死に話そうとしてくれた日本人のファンの少年に対して「なぜ笑うんだい?」ではなく、「お前めっちゃポルトガル語下手じゃんwwwwwww」って発言する。
そんなレベルの変わりっぷりに見えます。
逆にこれみんな別人に見えないんでしょうか?
これをマリーとして受け入れるのは正直言って受け入れることで値打ちこいて気持ちよくなってる
そんなふうにしか見えないです。
定期的に"許しと再出発の物語"というワードが話題になったり等、自分にはどうもブルアカのユーザ間には受け入れることを美徳として考えてる風潮があるように思います。偏見ではありますが。
別にそれ自体は否定しません。自分も基本的に受け入れることはいいことだと思います。
ただ全部に対してそうではなくともいいと思います。
あまりにも受け入れられないものは受け入れられない、それでいいと思います。
今回のアイドルのマリーがしたこと自体については別に問題なく思ってます。
そこは先生として受け止めます。よく頑張りました。
ただそれをマリーとして受け入れるかどうかは別案件です。
やっぱりかけ離れすぎて一緒の存在として扱うことはできません。
だから自分は今回のマリーの変容をあまりにも不自然だという理由で受け入れられないし、マンチェスターシティが犯した115件の不正も当然受け入れません。
最終的な結論
自分がマリーというキャラクターに夢中になれたのは
立派なシスターという、なりたいものに対しての気持ちを大切にし、なりたい姿に向かってひた進む、その精神性がかっこよかったからです。
そしてそんなマリーが立派なシスターになりたいという気持ちと葛藤して時折見せる、15歳の等身大の女の子の姿
そこがたまらなく愛おしかったからです。
だからマリーが好きだったんです。
今のマリー、そんな魅力感じません。
少なくとも自分は「上司が厚意で用意してくれた写真をその場でビリビリに破く人間」に一切合切魅力を感じることは出来ないです。
今まで好きだった存在と別に全然好きじゃない存在、一緒にされてたまりますか?
たまるわけがないんです。
だから自分が導き出した結論は
今までのマリーは好き、アイドルのマリーは好きじゃない
誰になんと言われようが構わないです。
好きになった存在に対して抱いた感情や気持ちを大切にするために俺はこの道を選びます。
終わりに
このアカウントでnoteを書くのはこれで最後です。
ヨコティスの名前で活動するのもこれで最後です。
また別の名義で書くかもしれませんが、暫くは書かないです。
これからプライベートが忙しくなるのもありますし、なにより短期間で書きすぎて疲れました。
毎日ブログ書いてる人とかほんとにすごいと思います。
そして、もし書くとしたら今より温和な文体で書いていきたいです。
それこそ愛用品のnoteみたいに。
誰かを不快にさせるためのnoteではなく、誰かにいいところを伝えるためのnoteとして使っていきたいです。
性格悪い自分とはこのnoteで最後にさせてください。
今までありがとうございました。
付き合ってくれた読者の方にリスペクトを。


コメント
25最後にもう一点だけ。コメント欄を占有してしまい申し訳ありません。私は中国のユーザーです。中国のコミュニティにおけるメアリーのイメージはTwitterとほぼ同様で、良いものとは言えません。メアリーのイメージ崩壊は、あの同人誌を描いている有名なイラストレーターの影響も大きいでしょう。そのイラストレーター個人を攻撃するつもりはありませんが、中国のコミュニティではその人の作品を「芸術品」と呼び、多くの人々(どの国のコミュニティでも)がその作品を「聖書」のように扱っていることに強い嫌悪感を覚えます。
今回の公式の対応は、まさにこのイラストレーターが創造した"悪堕ちメアリー"に迎合しているように感じられ、非常に腹立たしい限りです。しかし公式にもそうする理由があるのでしょう。結局のところ、この人物はゲームコミュニティに「多大な貢献」をしたのですから。メアリーの人気上昇も、彼のおかげだというわけです。なんとも皮肉な話です。
そう、あの男は勝ったのです。公式の尊重を勝ち取り、彼の忌まわしい「芸術品」が生み出した驚異的な人気によって、メアリーを自分好みのキャラクターに変えさせることに成功したのです。
なんか『ボクのマリーはこんな性格じゃない!』とか『本当のマリーはこんなキャラじゃないってボクは理解してる!』とか、凄く幼稚で気持ち悪いですね。端的に言って、ストーカー的な思考回路だと思います。
その押し付けがましい執着が現実の人間に向かない事を祈るばかりですね。
今日はメアリーの誕生日!どんな悩みも忘れて!彼女が今日の主役!これからもずっと彼女を愛し続けてね!だって彼女は、一度もあなたから離れたことなんてないんですから!
グローバル版の4周年記念生放送でマリーのキャラ設定については開発内でも清楚派vs淫靡派で対立が発生したと言及されましたね。
1年越しになりましたが筆者が仰っていた意見も間違いではなかったようです。