「裏切られた相手の罪をいつまでも赦さない!」
という方がいますよね。
私に与えた罪を償ってもらわない限り赦さない
おそらくですけど、執着していつまでも人を赦すことのできない人は、相手の罪を償わせることが重要と考える方なんじゃないかと思うんです。
例えば、友人の裏切りなら自分の非を認めて頭を下げて謝ってもらいたい。また、夫の不倫なら、慰謝料を払って償って欲しいとか、以前にも増して優しくして欲しいとか、償われた気持ちにならない限り赦せないんですよね。
でもね、償いがあって赦しがあるんじゃなくて、赦しがあって償いができるっていうほうが自然な人の気持ちだと思います。
友達に酷いことをした。けれどもその友達が赦して変わらず付き合ってくれたとすると、償いの何かをしなくてはと思いませんかね。
また、不倫夫から償いなどされない状態である時に、赦す広い心は夫の気持ちを変えて、妻に何らかの償いの気持ちや行動をする方向へ向けませんか。
私は悪くないのに何故赦さなきゃならないの?
正しくないことは断固として拒否して反省させないと。
罰せられるべき人が償わないのは反省がないから。
反省しろ!私を傷つけて反省しろ!
などと弾劾しますけど、そのやり方で愚痴も言わない、夫も妻も機嫌が良くてルンルンな夫婦に戻ったブログなんてありますか?
「反省したよ」と償ったつもりの夫に、不倫夫のくせにとか、つまらない夫の言葉の選択ミスの愚痴の多い赦せない妻ブログの多いこと。
最近の出来事ならまだしも、何年も前のことを蒸し返して、何度もブログで腹の立つことを思い出してまで書かれますよね。
嫌なことならもう書くのはやめて思い出さなきゃいいのに、何故何度も書いては悲しみを溺れるのだろう
逆に、うちは赦して普通に生活していますよ~
という方のブログのほうが、ずっと愚痴も少なくて、お互いに尊重しあえている家族のブログが多いように思うんです。
うちもそうですけど、お互いの赦しがあって、だからこそ言わなくても償いの気持ちを忘れないで黙って助け合っているんです。
罪があるのに優しくしないとか、あんな失敗した奴がなに?なんて、私は思ってもいませんよ。
夫の罪なんて私が赦せないほどのものはそうそうないですもん。そんなもの乗り越えましたから。
私、心が広いので
だって、間違いとか失敗なんて夫婦じゃなくても人なら当たり前にあることじゃないの。
それに、責めて関係が悪くなる時間が長くなるなら、赦しちゃって笑って過ごす時間をた〜っぷり欲しいじゃない。
償いを待つのって相手の行動を待つだけの自分がいるだけ。赦すのは自分が努力して悩んで苦しんでそれでも乗り越えた強い自分になったってことじゃない。
何年経っても愚痴言って、優しくしてくれないと責めて、そのうち他人まで赦せなくなるほどストレス溜め込んで、何の成長もないなんてそれこそ不幸だわ。
最初は心が赦せなくても「赦すよ」といえば、僅かでも相手は償いの気持ちに動くものだと思うんです。
赦しがあって、償いがある
自分の赦す努力から、行動からしてみてはどうですかね
他人まで赦せなくなりはや5年!なんて相当病んでいますよ〜
他人にこだわらない夫に依存しない自分を見つけてくださ〜い