年末の休日に入るまで仕事やボランティアか忙しくて、自分のブログや普段から仲良くしていただいているブロ友さんの記事を読むくらいでした。
休日に入ってビックリしたことがありました。
あらま、不倫された方にそこまでおっしゃるの?というくらいの鋭い言葉で記事を書く方が増えましたね〜
自分の記事さえなかなか更新できなくなったりして、この変化に気がついていませんでした。
相変わらずか張り付き、ワーワー一部の過激な集団で盛り上がっているんだと思います。
私にとってはどうでもいいので、今はその盛り上がりさえよく知りませんけどね。
私がなるほどそれは言えると思ったのは、「不幸になる人は不幸になる人」みたいな記事だったと思うんだけど、それは私も思うこと。
自分で可哀想な人なんて言える人、不幸にされたという人、他人が言うのはわかるけど、なんで自分でアピールするんでしょう?
ずっと可哀想で不幸なままでいるつもり?
自分で変えるつもりはないんですよね。
夫が変えてくれるのを待っているんですよね。
自分達夫婦の問題じゃなくて、突然女にされたことなんですよね。
努力するのはシタ夫なんですよね。
可哀想なのは夫じゃない?
こんな幸せは誰かに貰ったり盗まれるものじゃないことさえ知らない妻、自分の努力の足りなさを少しも疑わない世間知らずの妻を持つ夫が大変だと思います。
世間知らずだけでなくて、経済力もなければ生き抜く根性も知恵もない。
やたらにプライドが高くて他人を見下げて愚痴ばかりの50代の新人なんて、会社は使いたくないんじゃないでしょうかね。
それは、不倫なんかされてもされなくても自分で築いてきたものじゃないんだから、夫に先立たれたり、離婚されたり、病気になったら、生き抜く甲斐性もない妻なんだから不幸になります。
幸せになるのに、不倫されたかされないかなんて関係ないんですよ。不倫したかしないか悪人か悪人でないか、そんなの関係ないんですよ。
離婚したり別居したりしても幸せな人はいっぱいいますし、結婚しなくても幸せな人もいっぱいいます。
不倫しても幸せな人はいますし、不倫されても幸せな人もいます。
逆に、ラブラブだと言いながらもいつまでも愚痴しかない不穏な夫婦も、子供のためだと夫に依存して生きる妻にモラハラ夫なのに仲良し夫婦だと勘違いな夫婦も。
いつまでも「不幸だ不幸だ」と人のせいにして、足りない自分と向き合わない人が不幸になる人なんです。
いずれにしても、他人のこと。
自分の生活が充実していて幸せなら、他人の不倫がどうの、家庭がどうのなんて、みんな欠陥だらけなんだから「あらあら面白いお考えね」「これじゃあ幸せには遠いわね〜」って、嫌なら読まなきゃいいし関わらなきゃいいし、正義の暴走のエネルギーを自分に使えば幸せになれるんじゃないのかしらね
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いつもありがとうございます
今年もお付き合いよろしくお願いいたします
お金があるから幸せだとか、家族がみんな揃っていて幸せだとか、それは誰かのお話。
私は、夏でも冬でも庭に立って眺めて、次々浮かぶしたいことを考えているのが幸せ。
土を配合して混ぜて、その混ざり具合を見ているのが幸せ。
雨ばかりの毎日に、ほんの少しの時間の青空が幸せ。
幸せのハードルなんて低いほうが、小さな幸せをいっぱい拾って毎日が幸せ。
仕事する日々も、母と笑う日々も、仲間と乾杯する日々も愛しくて幸せ。
無いもので不幸の数を数えるのなんて、強欲で傲慢で運勢も悪くなってしまうから、手に入る幸せがどんなに小さくてもそれは大切な宝物で幸せの一つ一つ
ユーパトリウム
2025-01-06 20:43:06
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