子供を身籠る、それは女性にしか成し得ないこと。
その成し得るための過程の一つとして大切な生理現象であるということは、看護師としても実際に出産を経験した身としても十分に理解してる。
でも生理痛は十人十色。
全くの無症状の人もいれば、日常生活に支障が出るほどの痛みを伴う人もいる。
そう、彼女みたいに。
「ゔー…」
「勇者ちゃん、大丈夫?」
いつも患者さんや同僚たちを笑顔にさせるお日様のような彼女が、今は眉間に皺を寄せながらユニフォームの下腹部辺りをぎゅっと握り締めている。
「アレ、かな?」
「はい…まさに、アレです…」
彼女の場合は腹痛から始まり、程度は違うもののその後腰痛と吐き気が併発する。
「前回はわりと軽めで落ち着いてたんですけど、今回は重そうです…」
この周期の時ばかりは、さすがの彼女もメンタルが弱気になる。
普段は何かと頑張りすぎて、表立って甘えることが得意じゃない彼女だからこそ、こんな時くらいは甘やかしてあげたいと思ってしまうのは、彼女が自分よりも自分の子供との方が歳が近いせいかしら。
「勇者ちゃん、今日はもうあがっていいわよ。あとで早番扱いに変更しておくから」
「え?そんな、大丈夫ですよ!今日はオペの患者さんも急患もいなかったので、定時で上がれますし」
そう言いながらもさっきから腰に手を当てているのはきっと無意識なんでしょうね。
「でも…」
なかなか首を縦に振ってくれない彼女の後ろに、見慣れた影が近づく。
「でもじゃない」
「…え、せんせ?」
「あら、天堂先生?確か今日は早番じゃ?」
1時間ほど前に帰ったはずの天堂先生が、黒のストールを片手に近付いてくる。
「せんせ、どうして…?」
「今日の寝起きの体温がいつもより高かったし、顔も少し火照ってた。でも家を出る時は指先冷たかった。それに、時期的にもそろそろだろ」
天堂先生、今さらっとすごいこと言ってますよね?勇者ちゃんは全く気付いてないみたいだけど…。
「主任。申し訳ないですが、お言葉に甘えさせてもらっていいですか」
彼女の腰に手を添える天堂先生の動作は本当にさりげなくて。
勇者ちゃんの表情から徐々に痛みが抜けて、安心しきった顔になる。
天堂先生、いつもそうしてあげてるのね。
「えぇ、もちろん。天堂先生の言うことなら、勇者ちゃんも聴くでしょうし。…ね?勇者ちゃん」
「…すいません、主任…ありがとうございます」
「辛い時は辛いってちゃんと言っていいのよ。こればかりは女性同士じゃないと分からないしね」
申し訳なさそうな顔で謝る彼女の頭を、天堂先生が優しくポン、と一回だけ叩く。
「ほら、早く着替えてこい。佐竹さんのカルテ確認したら俺も行く」
「わかりました。主任、すいません、お先に失礼します」
「はい、お疲れ様」
いつもより重い足取りでナースステーションを出て行く勇者ちゃんを見やる天堂先生は、いつものみんなが恐れる【魔王】ではなく、佐倉七瀬の彼氏【天堂浬】だ。
立ち上がり休憩室に行くと、彼女の名前と同じ薄ピンクの桜柄があしらわれたちりめん生地のポーチを手にして出てきた。
それ、確かナプキンと鎮痛薬入れてるって言ってたポーチじゃなかったかしら。
「天堂先生、それ佐倉さんのポーチですよね?」
「……」
「ふふ、佐倉さんのことはなんでもご存知なんですねぇ」
「…………」
「天堂先生、佐竹さんのカルテ見なくていいんですか?」
「…なな、佐倉には黙っててもらえますか」
「2人の時は、名前で呼びたいですよねぇ」
娘が初めて彼氏を家に連れてきた時の気持ちってこんな感じなのかしら。
柄にもなく、うふふ、なんて漫画みたいな笑い方しちゃったわ。
「…勘弁、してください…」
ほんのり耳を紅くする天堂先生。
うん…また、こうやって人間味のある先生と会えてよかった。
ありがとう、勇者ちゃん。
「あれ、せんせ?まだいたんですか?」
相変わらず腰を摩りながら彼女がナースステーションに戻ってきた。
「今行くところだった」
「勇者ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとポーチ忘れちゃって…」
「ほら」
天堂先生は上着のポケットから桜柄のポーチを出すと彼女に渡す。
「先生気付いてくれたんですね、ありがとうございます」
「もう残り少なくなってるから、帰りに買ってくか?」
「そういえば、忘れてました…いいですか?」
この2人、まだ付き合ってそんなに経ってないわよね?
なんなのかしら、この永年連れ添ってる感。
普通、勇者ちゃん世代の女の子が彼氏とナプキンの話するの?
「じゃあ主任、今度こそお先に失礼します」
「え?あ、はい、お大事にね」
「お疲れ様です」
天堂先生は片手に持っていた黒のストールを彼女の肩にかけ、下腹部の辺りまで包み込ませると、ストールの中に手をやりそっと腰を抱き寄せる。
「ありがとうございます…先生に触ってもらうと痛みがどっかに行っちゃいます…」
「そうか」
「はい」
穏やかな表情になった彼女を確認すると、天堂先生はちらりとこちらに目配せ軽く会釈をし、大事そうに彼女の腰を支えながら帰っていった。
「もうゾッコンね」
沼津くんや石原さんが2人のことでよく騒いでいるけど、なんとなく気持ちがわかる気がする。
私も、ちょっとだけ便乗してみようかしら。
次の日。
「魔王は勇者のナプキンの残り枚数まで把握してるんやって!」
その一言は天堂先生もとい魔王がナースステーションにやって来たと同時に沼津くんの口から発せられる。
「…沼津?」
口元は口角が上がっているが、目は据わっている。まさに魔王。
「え、え、ちゃいます!俺は聞いただけや!ねぇ、しゅに…っひぃぃ‼︎?」
あら、沼津くんさっそく壁ドンされちゃってるわ。だめじゃない、皆には内緒だよって言ったのに。
「沼津くん、今日勇者ちゃんお休みだから天堂担お願いね?」
「えっ、ちょ、主任⁉︎主任のおにー‼︎」
fin.
七瀬ちゃんを愛してます。天堂先生は七瀬ちゃんが大事なんだね。