教皇ノースライム

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教皇ノースライム
@noooooooorth
弁護士北周士。ツマー教教皇。ツマーを讃えよ。業務のコンセプトは「権利の実現を容易に」「より少なく、より良く、より簡単に、より楽しく」。ノーキャンドットコム運営者。東京弁護士会所属。
東京都千代田区霞が関youtube.com/channel/UC9S8C…

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これはロダン美術館(フランス)の傘ぽん。何の説明もなくある。フランス語表記どころか英語表記すらない。優れたUIに言語は不要。
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日本人は「縁の下の力持ち」という言葉を好む割に「縁の下の力持ち」を評価しない気がする。で、居なくなってようやく重要さに気付くんよな。気づかないことも多いけどな。
なか卯に入ったら外国人の女の子がワンオペしていた。凄すぎるでしょ。いくらシステムが確立しているとはいえ自分が異国の地で飲食業をワンオペで担当できるとはとても思えん。
どなたかが呟かれてましたけど、成人のADHDでは「何か思いつくと、それをタスクの一番最後に追加するのではなく、現在行っているタスクの一番上に常に置いてしまい、それに注意を占有されてしまうことから、その結果スケジュールが崩壊して死ぬ」という状態になる人が多い気がしますな。
完全に好みの問題なんですが食事って猛烈にコスパのよい娯楽だと思っていまして、日本で3万円も出せば世界でも指折りの食事を楽しめるけど他のもので3万円で世界で指折りのものが楽しめるものってないと思うんですよ。食事を超えるコスパの娯楽って(個人的には)読書と睡眠くらいしかない気がする。
あれだけ人が死にまくっているNYの市長の強いメッセージ性のある毅然としたイメージが絶賛されていたり、言うても4000人以上人が死んでいるドイツの首相の演説が絶賛されていたりと、人間はファクトや成果ではなくイメージと格好良さで政治を評価している。
甘えたことを言うようですが「頑張らないと生きていけない世界」って厳しすぎると思うんですよね。「頑張りたい人は頑張れて成果も得られるけど、頑張りたくない人は頑張らなくてもそこそこ生きていける世界」の方が良いと思います。
店舗をやっている知人が「アルコールで店内を頻繁に消毒するようになって機材や床の劣化がハンパなく早くなった」「こんなものを身体に入れていたのかと思うと酒を飲む気がなくなった」と言っていて思わぬところに影響出てるなと思った。
ウチは(ほぼ)Twitter婚なのですが、Twitter婚の良いところは出会いの場としてよりも垂れ流しになっている相手の本質みたいなものを認識した上で交際・結婚に至るので「こんな人とは思わなかった」みたいなギャップが生じにくいことだと思います。半年ROMれば大体のことは分かる。
「よけいなことをしない」って実はめちゃめちゃ重要なんですが全然評価されないですよね。何かやることばかり評価される。あと未然に防ぐのもめちゃめちゃ重要なんだけどこれも評価されないよね。起きてから毅然として対応するのは評価されるんだけど。
ウチは(ほぼ)Twitter婚なのですが、Twitter婚の良いところは出会いの場というよりも垂れ流しになっている相手の本質みたいなものを認識した上で交際・結婚に至るので「こんな人とは思わなかった」みたいなギャップが生じにくいことだと思います。本質が垂れ流されている。
SNS時代においては「言うべきことを言うこと」ももちろん大切だけど、「言うべきでないことを言わないこと」の方が重要だと思う次第。言わなくてもいいことをちゃんと我慢できる人こそがより貴重で重要になっていく。人間は自己顕示欲が強い生き物だけど、「沈黙は金」なのです。
成人のADHDでは「何か思いつくと、それをタスクの一番最後に追加するのではなく、現在行っているタスクの一番上に常に置いてしまい、それに注意を占有されてしまうことから、その結果スケジュールが崩壊して死ぬ」という状態になる人が多い気がしますな。
貧困が進むと「節約すらできない状態」になるんだが(敷金が準備できないのでネカフェ、まとめ買いをする資力がない、調理器具が変えないのでコンビニ、分割払いを多用するので利息がかかる等)そのことをイメージできない人も多い。一度落ち込みきってしまうとリカバリーすら効かなくなるんよね。
ウチは(ほぼ)Twitter婚なのですが、Twitter婚の良いところは出会いの場というよりも垂れ流しになっている相手の本質みたいなものを認識した上で交際・結婚に至るので「こんな人とは思わなかった」みたいなギャップが生じにくいことだと思います。本質が垂れ流されている。
月末くらいから自粛に飽きた日本人がいっせいに外に出始めたり企業が在宅勤務をやめたりして一気に新型コロナウィルスの感染が広まるみたいなことが発生するんじゃなかろうかとは思っている。なんかだいぶ油断というか慣れてきてしまっている雰囲気あるよね。
弁護士になって最初の4年間くらいひたすら法テラス案件をやっていて、そのときの経験から「困っている人間や追い詰められた人間は、自分の姿を見ようともしない人間より、手を差し伸べてくれた人間の施しの不十分さを憎む」のだなぁと感じることがそこそこある。
「昔の人は朝まで飲んでそのまま仕事に行っていた」みたいな話から「昔の人は体力があった」ということを言う人がいたりするけど「体力がない人は普通に死んでいた」&「昔は今よりも仕事の強度が低かった」だけだと思う。特に人間ひとりが行う仕事の量と強度は異常に上がっているし。
離婚事件見ていて思うけどパートナーとして重要な性質は「攻撃性が低い」「不機嫌になることが少ない」だと思う。恋愛対象としては刺激が少ないかもしれないけどながーい付き合いになるので。あと自分に対しては「誠実」であることかね。全てにおいて誠実という人は想定しにくいですが。
ウチは(ほぼ)Twitter婚なのですが、Twitter婚の良いところは出会いの場というよりも垂れ流しになっている相手の本質みたいなものを認識した上で交際・結婚に至るので「こんな人とは思わなかった」みたいなギャップが生じにくいことだと思います。本質が垂れ流されている。
弁護士は職人なので「無料でやってよ」と言われると「おいおめぇ、俺の腕をなんだと思ってやがるんでぃ」となるが、琴線に触れる事件については「おぅおぅ面白そうなことやってんじゃねーか。俺も一枚噛ませろよ、なぁに銭なんていらねぇ」となる面倒臭い生き物なのである。
マネジメントをする立場になるなら知っておいた方がよいと思うのですが、全ての人類が自分自身の成長を常に望んでいるわけではありません。成長を志向していない人間はむしろ多いということを認識してからがマネジメントの醍醐味です。頑張りましょう。
「人権」概念が嫌いな人がいたりしますが、「人権」が発明される前は(正確には発明された後も相当長期間は)人間にとって最も身近で有用でかつ安価な家畜は牛でも馬でもなく「他の人間」だったので、もう少し人権の発明に感謝した方がいいと思います。牛や馬のほうが人間より高価で貴重とかあったからね
お話をしていた方のお母様が歴戦の70台腐女子だったのだが、ご自身が結婚する際に夫になる人に対して「自分と結婚したければ本屋で薔薇族を買ってきてください(本人が読みたかったわけではなく試練として)」というお題を与えたらしく「地獄のかぐや姫じゃん」みたいな話になっていた。
妻「筋肉は裏切らないって言うけどさー、あいつちょっと構ってやらないとすぐ居なくなるし、むしろメンヘラ気質じゃない?」 妻「むしろ贅肉の方がどんなに放置しても寄り添ってくれるよ。いざという時(飢餓とか)に役に立つし」
今後、郵便が遅くなったり、道路がひび割れたままになったり、給湯器みたいに機械の交換に半年かかるようになったり、停電が少しずつ増えたりみたいな感じで少しずつ生活が不便になっていくといって、みんなそれでも仕方ないと思うようになるんだろうなとか思っている。
離婚事件をいっぱいやっていると「結婚したら変わってくれると思った」とか「子供が生まれたら変わってくれると思った」というお話を山ほど聞きますが、人は滅多に変わりませんし、仮に変化したとしても貴方にとって好ましい方向に変化するとも限りません。
「人権」概念が嫌いな人がいたりしますが、「人権」が発明される前は(正確には発明された後も相当長期間は)人間にとって最も身近で有用でかつ安価な家畜は牛でも馬でもなく「他の人間」だったのは歴史的に明らかなので、もう少し人権の発明に感謝した方がいいと思います。
「少数精鋭と言うと聞こえはいいが、要するに組織の不備を、少数の有能な人間への負荷で凌いでいるに過ぎない。 勝てる軍隊とは、凡人を戦力化できる組織なんだよ。機構がしっかりしていれば、凡人が粛々と与えられた仕事をするだけで、組織は目的を達成でき、つまり勝利することができる」
「日本はおっさんがいくら死んでも制度は変わらないのに若い女性が死ぬとすぐ動く」みたいな主張。総論としては正しいんだけど「おっさん自身も他のおっさんの苦境に対して冷酷」というのも原因の一つではあるのよな。
前澤さんは10億円ばらまきを「ベーシックインカム(BI)」に喩えているが、BIは万人に交付されるのに対して前澤さんのこれは「前澤さんに対するアピールに成功した人(気に入られた人)」にしか交付されずどちらかというと昔の貴族の施しに近い。
Quote
前澤友作
@yousuck2020
皆さん、想像してみてください! 『仮に、毎月8万3千円(年間約100万円)があなたに無条件で政府から支給されたら、あなたの暮らしや仕事はどうなりそうですか?』 ずばり #前澤お年玉 で僕が実験したいことは「ベーシックインカム、前澤個人でやってみた」です。(つづく)
完全に好みの問題なんですが、食事って猛烈にコスパのよい娯楽だと思っていまして、日本で3万円も出せば世界でも指折りの食事を楽しめるけど、他のもので3万円で世界で指折りのものが楽しめるものってないと思うんですよ。食事を超えるコスパの娯楽って(個人的には)読書と睡眠くらいな気がする。
敵対者には攻撃的な言動をしても良いという世界線に生きていると、本来であれば味方になってくれたであろう穏健派を味方にしにくいだけでなく、いざ自分が劣勢になったときや誤っていたときに全然許してもらえないという状態になりがちなので、敵対者に対しても礼儀は必要だと思う。
我らが60歳くらいの人のデリカシーのない発言にギョッとしたりするように、20歳くらいの人たちは我らのデリカシーのない発言にギョッとしているものだと思われる。個人の変化よりも世界の変化の方が早いのよね。エルフとかめちゃくちゃ長生きなので人間の比じゃないくらいデリカシーなさそう。
ポケモンGOで日本人の運動不足が解消され、ポケモンSleepで日本人の睡眠不足が解消されるのであれば、ポケモンS⚪︎Xを作れば日本人の性交渉不足を解消できるのではという与太話をしていた。伝説のポケモンを手に入れるためには365日連続などの荒業が必要になる。
多様性の尊重とは「男らしくない男」や「女らしくない女」の生き方をすることが尊重されるのと同じくらい「男らしい男」や「女らしい女」の生き方をすることも尊重されることですよ。
男性が被害者のDV事件について話していたときに某女性弁護士(50期代)から「でも男性が被害者の場合、筋トレでもしてマッチョになればいいんじゃないの。あはは(冗談半分に)」みたいなことを言われたことがある。女性が被害者の場面で「武術でも学んで対抗すればいい」なんて言った日にゃ大炎上ですよ。
「察して欲しい」って「コミュニケーションコストはかけたくないけど自分を気持ち良くはして欲しい」というのと≒だと思うのでその自覚はあった方がいいと思うなぁ。
日本、戦争で負けた結果(色々あって)国が良くなったという極めて稀な経験をした国なので、「敗戦国が占領される」という状況に対する認識がズレている可能性はあると思うのよね。
1週間に4回以上セックスすると心身ともに健康に良い的な記事を見たのですが、それは単にそれだけの時間的な余裕のある生活状況自体が健康にいいだけでは...。
5年も10年もツイートしていれば発言に一貫性がなくて当たり前である。人間の考えなんて歳や経験とともに変わるわけで。むしろ5年も10年も言うことが全く変わっていないとしたら怖い。
ツマーが肩こりが凄いと言う。原因として眼精疲労が疑われたため「FGOは1日30分、Twitterも1日30分にしてはどうか。家庭内香川県条例」と提案したところ「籍を抜く」と回答されるなどしました。
離婚事件死ぬほど見ていて思うけど、パートナーとして重要な性質は「攻撃性が低い」「不機嫌になることが少ない」だと思いますよ。恋愛対象としては刺激が少ないかもしれないけどながーい付き合いになるわけですからね。
肉体が最高の価値を有していた時代に身体障害という概念が生まれ、知的能力の価値が向上するにつれ知的障害という概念が発生し、コミュニケーション能力の価値が向上してきたことにより発達障害という概念が生まれてきたのだと思っている。障害はその時点における社会で生活に支障があるという意味だし
貧困が極まると「ランニングコストを抑えるために必要なイニシャルコストを支払う余裕がないのでランニングコストをかけざるを得ず、節約すらできない状態」になるんだがそのことをイメージできない人も多い。節約ってある程度まとまった金とコントロール能力の両方があって初めてできる行為なんですよ
いわゆる試験だと得点上限が早いので「苦手を埋める」という戦略が合理的になるが、仕事上では得意なことの得点上限がない(100万点とかでもいける)ので「得意なものを伸ばし続ける」方が合理的な戦略になる。
離婚事件死ぬほど見ていて思うけど、パートナーとして重要な性質は「攻撃性が低い」「不機嫌になることが少ない」だと思いますよ。恋愛対象としては刺激が少ないかもしれないけど、ながーい付き合いになるわけですからね。
離婚事件をいっぱいやっていると「結婚したら変わってくれると思った」とか「子供が生まれたら変わってくれると思った」というお話を山ほど聞きますが、人は滅多に変わりませんし、仮に変化したとしても貴方にとって好ましい方向に変化するとも限りません。
「稼げるようになったら買う」「稼げるようになったら行く」よりも先に買ったり行ったりしてしまってから必死こいて稼ぐ方が稼げるようになる確率も高い気もするし、何より楽しめると思う。歳を取ると楽しめなくなってしまうものが結構ある。
妻氏と婚約をしたときに決めた標語は「喜びは倍に、悲しみは半分に、美味しいものは半分こ」で結婚指輪の裏にも刻んであるのだが、本日妻氏が買ってきたチェリーパイをつまみ上げたところ「これは私の!」と半分こにもしない明確な意思を表明されました。
みんな「正義に基づく行動は許される」とか考えるから「自らの正義」に基づいてむちゃくちゃしたりするわけです。正義に基づこうが悪に基づこうが他者加害をしちゃだめという話ですよ。仮に主観的に正義に基づいた行動だとしても明確な他者加害をした場合そのペナルティは負わなければならないわけです
ほとんどの人は「死にたい」んじゃなくて「解放されたい」んでしょうな。「全ての悩みから解放されてかつ今後も悩みがない状態になりたい」が正確で、その手段として「死」を思いついてしまうというか。全部投げ出してハワイに行ったって帰ってきたりその後の生活考えたりしないといけないものね。
アンガーマネジメントというと「怒りを抑える」方向ばっかり着目されるけど、現代では「怒るべきときにちゃんと怒りを示せる」方が訓練をしておかないと難しい人も割と多いのではないかと思っている。怒りの対象が何かにもよるけど。感情をコントロールするとは必ずしも「抑制する」方向だけではない。
我らが60歳くらいの人のデリカシーのない発言にギョッとしたりするように、20歳くらいの人たちは我らのデリカシーのない発言にギョッとしているものだと思われる。個人の変化よりも世界の変化の方が早いのよね。
「そんなん信じる人いないでしょ」とインテリ層が冷笑しているうちに無茶苦茶な主張が力を持つことなんてよくある。ナチスもそうだしオウム真理教もそうだった。日本語が崩壊している余命ブログですら数千人を動かしている。自分の感覚だけで世界を見ようとするのは危険だと思う。
友人が技術と経験と美学によって作られた家庭向けゲームの名作よりもガチャゲーの売上の方が圧倒的に高いことについて「幼少時から訓練を積み、名馬に跨り、名工の鎧をまとった騎士が、マスケット銃を持った農民兵に打ち倒されるがごとき悲しさを感じる」と評していた。
表現の自由とはすごく大雑把に言えば「発表の場を奪われない自由」であって「発表した内容を批判されない自由」ではないのだがここをはき違えている人が多い。発言を批判されない権利があるとしたら無敵すぎるしそんなん権力者がまず用いてしまうでしょうに。
欧米の表現がポリコレで壊滅し、中国が表現の自由を守るなんてことはあり得ない現状、今こそ日本が「表現の自由大国」として名乗りを上げるべきですよね。雑音が皆無とは言わないがほとんどの表現ができる表現の自由大国ですよ日本。アーティスト誘致していこう。