「クラブ最大の功労者の一人、西村卓朗前GMはなぜ契約満了での退任となったのか」【コラム】※12月10日0時まで無料公開
【写真 佐藤拓也】
12月8日、水戸ホーリーホックは組織体制変更に関する記者会見を開いた。
その中でGMを務めていた西村卓朗の退任と、森直樹の監督退任とFD(フットボールダイレクター)就任、さらには現在栃木SCのコーチを務めている樹森大介の監督就任が発表された。
特に西村前GMの契約満了による退任に関する説明に注目が集まった。小島耕社長はその理由について、「彼が10年間積み上げて来てくれた功績や日々の努力に対して、心から感謝を申し上げると同時に、6年間付き合ってきて、一緒に戦ってきた同志。そこに関して言うと、いろんな思いがありますが、彼は取締役として、会社の経営に関わる部分もあった。その部分も含めて、今後の会社のあり方やチームだけでなく、クラブのあり方を様々議論する中で契約を満了にすることがクラブの未来にとって望ましいと判断をした」と説明。同時に「意見の強い衝突があったわけではなく、クラブの未来を見据えたうえでの判断だった」と付け加えた。
複数のクラブ関係者の証言によると、今秋にGMとしてだけではなく、「取締役」として、クラブ側との信頼関係を著しく損なう行為があったことが発端だという。また、監督人事についても、9月ごろから森監督と来季に向けての協議を行ってきたそうだが、J1昇格があと一歩のところまで迫った中、経営陣に対して相談や説明をせずに森監督の退任とFD就任を決めたことや、さらにJ1昇格をかけた大一番となる大分との最終節前に森監督にその旨を伝えたタイミングも含めて、経営陣は不信感を募らせることとなった。議論を重ねても、生じた溝が埋まることなく、最終的にクラブ側は「同じ未来を描くことはできない」と契約満了という判断を下すこととなったという。
2016年に強化部長に就任して以来、様々な取り組みを行って、「育成の水戸」というブランディングを確立させながら、チーム強化を行ってきた西村前GM。直近2年は残留争いに巻き込まれる苦しいシーズンを過ごしたとはいえ、優れた手腕で資金力に恵まれない中でもチームを右肩上がりに成長させてきた。そして、そのすべての積み重ねが今季のJ1昇格とJ2優勝につながった。クラブ最大の昇格の功労者の一人であることは誰もが認めるところだろう。
ただ、そうした実績や功績によって、西村前GMのクラブ内での力が大きくなりすぎていることを危惧する声が強くなっていた。さらに「GM」「取締役」という役職を務めるようになると、実質的にクラブ内における絶対的な力を持つようになり、「西村さんにNOを言える人はいない」状況が作られた。
「このクラブにはGMをコントロールできる人が必要」
ある監督が退任する際にクラブスタッフに忠告したこともあったという。
ただ、西村前GMの著書「水戸ホーリーホックの挑戦」に記されているように、2つの役職についても、あくまでクラブを発展させるために必要と捉えて引き受けたものであり、決して権力を手にするために得たものではない。西村前GM自身は常にクラブのためを思い、すべての力を注いできた。クラブが進化する流れの中で圧倒的な手腕を発揮して牽引してきた西村前GMに力が集まるのは当然のことであった。
だからこそ、クラブとして西村前GMを「絶対的」にしないための組織作りが必要だった。それをクラブ側も理解しており、組織の変更や新たな人材を入れることを模索してきたが、いずれも話が進まないまま、時間は過ぎていった。
チームが結果を出した中、組織としての形を変えることができず、強くなりすぎた力の歪みが浮き彫りとなり、今回、一線を越えてしまった感は否めない。崩れてしまった信頼関係は修復できる状況ではなかった。水戸ホーリーホックが新たな未来に進むために、クラブとして決断したのは、功労者とのあまりにも悲しすぎる別れであった。
(佐藤拓也)