《日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)で馬術部に入るも、1年生の春休み明けに退部を命じられた》
理由は部員全員に集合がかかっていた春休み中の1日を、友人とのスキー旅行で無断欠席したことです。私にはそんなに悪いことをした自覚がありません。入部以来、大好きだった馬「とらさん」の首にすがって大泣きです。
そのときは1年先輩の女子部員が取りなしてくれ、なんとか「執行猶予」となりました。次に無断欠席をしたら問答無用で即時退部です。それは避けたかったですし、何よりも途中で物事を投げ出した自分が情けなかった。このときの経験は30年以上の時を経て、獣医学博士号を取得する際の糧にもなりました。
《大学3年生になり、就職について考え始める》
たまたま新宿駅で2頭のイルカがジャンプしている躍動感あふれるポスターを目にし、心臓がドクンと高鳴るような、これまでにない何かを感じました。今思えば、運命の出会いです。動物が好きで、水も好きで、イルカにあこがれ…。そこで自分は「イルカのお医者さんになる」ことを目指そう、と。
大学で学ぶ動物は牛や豚など産業動物やペットで、海の動物については授業そのものがありません。同級生の多くは家畜にかかわる仕事や、女子では動物病院に進む子が多かったと思います。でも、誰もやっていないことっておもしろそうと思い、もう一度そのポスターを確認しました。そこには「鴨川シーワールド」という水族館の名前が記されていました。
入社後、このポスターに写っていたうちの1頭はメスのバンドウイルカ「スリム」と知りました。スリムは偉業を遂げたイルカですが、この話はまた後でしたいと思います。
部活動がない日に、いつものように大学に行くふりをして家を出て、鴨川を目指しました。向かう列車の窓からは、キラキラと輝く青い海が見えました。
《鴨川シーワールドに到着し、イルカのパフォーマンスを見た》
まず、館内の「マリンシアター」に行きました。現在はベルーガ(シロイルカ)専用施設ですが、当時は魚類が泳ぐ水槽の中でバンドウイルカやアシカが水中パフォーマンスを披露していました。目の前で泳ぐイルカの美しさに、涙がこぼれました。その後、屋外の「イルカプール」でイルカのパフォーマンスを見ました。ダイナミックなジャンプが目の前で繰り広げられ、3回も見てしまいました。
興奮冷めやらずの帰り際、パンフレットの裏面にある「ご意見・ご質問欄」に、「私は獣医の卵です。イルカの勉強がしたいので本を紹介してください」と書いて受付の方に渡しました。すると、返信が届いたのです。そこには「実習を受け入れます」と書かれていて、すぐに「実習をお願いします」と手紙を出しました。
《3年生が終わった後の春休み、鴨川シーワールドに2週間の実習に行った》
イルカやアザラシ、ペンギンなど、あこがれの海の動物に餌をあげたり、一緒に泳いだり、夢のような時間でした。職員の方も、動物のことを丁寧に教えてくれました。しかし同時に、海で暮らす動物は、私がこれまで触れ合った動物と全く異なるという現実を突きつけられたのです。イルカの心臓がどこにあるかすら、私は知りませんでした。「イルカの獣医は諦めます」。鳥羽山照夫館長に宛てて、こう書いた手紙を送りました。「獣医の卵」なんて書いていた自分が恥ずかしくなりました。(聞き手 金谷かおり)