「果てスカ」に滲むフェティシズム
この『未来のミライ』の母親像には特に違和感がなかった。むしろよくアップデートしてくれたなと思った。細田監督にも2人の子が生まれ、実体験を多分に反映した物語だったという。バランス感覚に優れていたからか、米アカデミー賞にもノミネートを果たした。
続く『竜とそばかすの姫』(2021年)も、作品としては評価しない人もいるが、女性描写に特段おかしなところはなかったと思う。しかし、『果てしなきスカーレット』のヒロインの描き方には、「これはエロいイメージを重ねているのでは」と思わせる場面がいくつかあった。
例えば、シェイクスピア研究者である北村紗衣・武蔵大学教授は、自身のブログでこう指摘している。
「芦田愛菜スカーレットに対して、たまに若く美しく清らかな女体に対する変なフェティシズムがブワっと出てくるところがあったのは閉口した。(中略)ケガしたスカーレットが聖に袖を切られるところで恥ずかしがるところは不気味であった。(中略)恥ずかしがる美女を見たいというフェティシズムのあらわれである」
終盤で芦田愛菜が言わされた言葉
筆者も北村氏と同じ場面に違和感があった。他にも、スカーレットの胸の谷間が露わになるシーンや、男性から顔面にベトっとした唾液を吐かれる場面も、イヤだなと思った。しかし、最も嫌悪感があったのは、ラストシーン近くでスカーレットが言わされる、あるセリフだ。以下、終盤のネタバレになる。
父を殺した叔父への復讐に決着がつき、スカーレットは選択を迫られる。そして、心を通わせた日本人・聖に元の世界に戻るべきだと説得され、ある言葉を言わされる。
聖「生きたい、だ! 言葉にして言え! 生きたい! 生きたい!」
スカーレット「……生きたい」
聖「もっとだ、生きたい!」
スカーレット「生きたい……! 生きたい……、生きたい!」
細田守『果てしなきスカーレット』(小説版、角川文庫)より