そこ!どこ?そこ!

今からかなり昔、やたら顔がいい男と付き合っていた。

海上自衛隊員だったその人は、九州某所にある自衛隊員専用の団地?みたいなところに住んでいたので、そこによく泊まりに行っていた。

自衛隊員って、なんかオイショ!オイショ!オー!みたいな体育会系のイメージしかなかったんだけど、陸海空でそれぞれ違うのか、まぁその人はすごく落ち着きのある人だった。(年が結構上だったのもあるが…)

あまりにも顔が良くて、声も良くて、背も高かったので、海上自衛隊員と聞いた時は「(なぜ?なぜそのスペックで?世界に羽ばたいていない?今からでも世界に行け!)」と思っていた。

ただ、変わっている面もたくさんあった。

まだ付き合いたての時に、「お風呂一緒に入ろう♪」と誘われ、「うん♡」と言って、風呂場のドアを開けた瞬間に、突然スイッチが切り替わったかのように、俊敏な動きで、髪と身体を全部洗って、さっさと上がってしまった。

私が「(マジで何?!)」となり、「ま、まって!まだ2分も経ってないよ!!」というと、「あっ…!ごめん…船の上で生活していた時の癖が、抜けてないから…さすらいちゃんはゆっくり入っていいよ…!」と言われてあり得なさすぎて面白かった。爆速風呂捌きである。

(ちなみに一緒に入ろうと言われたのに、湯船にお湯は入っていなかった。)

まぁ私は、面白ければOKな人間なので、そんなところも楽しんで付き合っていた。

遊びに行くと大体、ひたすら部屋で喋る(5時間)→死ぬほど笑う→4km離れたスーパーに歩いて買い物に行き、夕飯を作って食べる→喋る→死ぬほど笑う→寝るという感じだった。

ほんと、めちゃくちゃ平和でしたよ。

しかし、そんな平和な日々に、突然、とんでもない事が、私たちの間に起こったんです…
それは、仕事終わりの金曜日に、彼の家に行った時のこと…

いつも通りに合鍵で部屋に入ると、何やら"絶望"といった顔で、彼がリビングで立ち尽くしていた。

慌てて、私が訳を尋ねると、立ち尽くしたまま垂直に座って、orzみたいな格好になった。

(orzだ…)と思った。言わなかったですキロ…

顔を床に向けたまま、彼は私に言った。

彼「名札なくした……..いくら探しても見当たらない………」

さ「名札?」

彼「どうしよう…いつも制服に着けているやつ…かなりまずい…」

どうやら、いつも出勤の時に着ている制服の名札を無くしてしまったらしい。

詳しい仕事内容はよく知らないのだけど、この人は自衛隊の偉い人の秘書?をしているらしく、そういうポジションの人にとって、名札を失くすということは、えーーっと、かなりヤバいことらしい。(一気にバカの文章に)

彼「ごめん、せっかく来てもらったのに………」

さ「いいよいいよ、一緒に探そう。いつまでにいるの?」

彼「それが明日の朝、常務に資料渡しに行かないといけなくなったから、今夜のうちに探さないといけない…」

実際、非番の日でも、この常務に呼び出されて、雑務をやりに行ったりしていた。

(ちなみにその常務とやり取りする専用のガラケーを持っていて、遊んでいる時に、それが鳴ると、びっくりする速さで電話に出ていたので、その俊敏さに感動したりしていた。)

さ「なるほど。まぁ……とにかく探しますか!」

胃の痛そうな彼を、「一人より、二人だ!」とか適当な言葉で鼓舞して、一緒に探すことにした。

その前に色々と状況を整理すると、

・勤務中にその名札が付いていないと、なんちゃら不携帯みたいな注意を受けて罰則となるので、間違いなく職場から出て、団地に戻るまでに失くしている

・職場から団地までは毎日、複数名の同僚たちとバスで通勤するため、その際に名札がないと指摘されるらしいので、バスの中で落としたとは思えない

上記の情報と、その他の可能性を考えて、名札は家のどこかにある。と私達は仮定した。

そういって、考えうる限りの全てを探し、念の為に職場から団地までの道も懐中電灯で探したりしたが、見つからなかった。

朝4時、絶望に絶望を重ねたような顔で落ち込む彼に「と、とりあえず少し寝た方がいいよ…ね?少しは休もう!」というと、「そうだよね…でも眠れそうにないんだよ。あと、ごめん、こんなこと言うのもアレだけど、俺…今日は、勃ちそうにない…」と言われ「(なんだこいつ、こっちだってそんな気起きねーよ!)」とマジギレそうになったが、堪えて慰めた。

それからも二人で、もう何回も確認した引き出しや、ただでさえ少ない家具などをずらして隙間を見たりしたが、やはり名札はなく、ついには朝の6時になってしまった。

私は「とりあえず、シャワー浴びた方がいいよ。」といって彼をお風呂場に押し込んだ。

2分で上がってくるだろうと思ったが、よっぽど職場に行くのが嫌なのか、全く出てくる気配がなく、様子を伺ってみたらシャワーを顔面に浴びながら泣いていた。

「(普段は節制、してるもんね…)」、そう思って見なかったことにした。

寝不足の頭で、彼がシャワーから上がるのを待っていると、
朝日が部屋に差し込んで、それがすごく綺麗で、ただただ、それをボーッと眺めていた。

「(名札、無さすぎるなぁ…)」
「(お腹空いたなぁ…)」

そう言ったことを考えながら、部屋の一点を眺めていると、突然背後から

「あの〜〜〜ちょっとちょっと〜!!!そこそこ〜!!!」

という声が聞こえてきた

びっくりして振り向くと、なぜか、部屋の中に普通のおばさんが立っていた。

バーガンディー色のセーターと、長いスカートを履いた、同級生のお母さんに絶対一人はいる風貌のおばさんが、突然部屋に、いた。

私が「!!!?!!!!」と驚いていると、そのおばさんは、また「そこ!!そこそこ〜!!」と言って、ある場所を指差していた。

私が戸惑っていると、そのおばちゃんは、部屋の中をズカズカと進んでいき、ある場所を指差した。

それは、風呂場の入り口のヘリだった。

風呂場では、彼がまだシャワーを浴びている。その入り口の、ヘリ。

おばさん「ほら〜そこよォ〜!」

さ「ど、どこ?」

おばさん「ほらほら〜そこよォ〜!」

おばさんが指差すとそこには…裏返った状態でヘリの上に乗っていた名札が…会った。

名札の裏側の素材が、ヘリの色と一緒で、全く気が付かなかったが、私たちが必死に探していた名札が、そこにはあった。

画像
名札の裏はこんな感じ
画像
風呂場のヘリの色とこんな感じで同化していた。


私が「あ、ああああ!!」と声を出すと、そのおばさんは「ほら〜〜!」と言って、ニカッ!と笑い、次に視線を向けた時にはいなくなっていた。

(げ、幻覚…………….?)

私の驚く声を聞いて、彼が「どうしたの!?」と全裸で風呂場から出てきたので、

さ「あ、あったよー!!ここに!!!ほらー!!よかったねー!!」

と言って名札を渡すと、彼は「あ、ああああ!!!」と言って全裸のまま名札を抱きしめ崩れ落ちた。

(堀が深くて、身長も高いので、彫刻みたいだなって思った。)

時間もないので、一旦手柄は自分のものとして、彼が帰ってきてから、ゆっくりと、おばさんのことを話せばいいやと思って、急いで仕事に向かう彼を見送った。

3時間ぐらいで戻るというので、寝ながら待つことにした。

まだ私の頭の中は混乱していたが、とにかく疲れていたので、布団に入るとすぐに寝てしまい、起きた頃には14時になっていた。
目が覚めると彼も帰ってきており、いつの間にか同じ布団で二人とも爆睡していた。

先に起きて、適当にご飯を作っていると、起きてきた彼が

彼「昨日からありがとう〜無事なんとかなりました。」

さ「いえいえ〜、いや〜それにしても、よかったねぇ〜。」

彼「でもさぁ…なんであんなところにあったんだろうね…」

さ「何かの拍子に、飛んじゃったのかな?じゃないとあそこにないよね?」

彼「う〜ん、そうなのかなァ…」

さ「不思議だね〜」

彼「あのさぁ…ハハ…言いにくいんだけど…本当はさすらいちゃんが隠したりなんか、してないよね?」

さ「え?何を?」

彼「名札を…」


(………………………ハァ?)


さ「隠してないよ。そもそも私が部屋に来た時に、そこのリビングで、名札失くして落ち込んでたの誰だよ。」

男「いや…ごめん…そうだよね…でも俺、めっちゃ探したからさ…ありえないところも、しっかり探したんだよ。ヘリも多分見たし…何よりあんなところに置かないし…」

さ「いやごめん。知らねーよ、マジで」

男「ごめん、ごめん!そんな訳ないのにごめんね!」

最悪である。
数分前まで、寝ている横顔を見て、元気の出るご飯でも作ってあげようと思った自分を呪った。

同時に、部屋で見たおばさんの話なんかしても、絶対に伝わらないと思ったので、作りかけの料理をそのままに、「だる。もう帰るわ。」と言って帰った。

それからは、何度か連絡きたけど、返したり返さなかったりして、最終的に自分から別れを告げた。

結局、おばさんの幽霊の話を彼にすることもなく、その後すぐに、私は転勤で九州を離れることになったので、そのバタバタで自然と忘れていった。

(忘れるなよ!おばちゃんの幽霊を!)って思うけど、そんなことよりも身近な人の心無い言葉の方が、胸に刺さって耳元で反芻するのである。(誰?)

それから何年かして、一人で新宿を歩いている時に、久しぶりに、その彼に再会した。本当に偶然で、かなり驚いたが、相手の方が気づいて声をかけてくれた。

3年も経つと、もうなんで別れたとか、あの時まじでムカついたとか、そういうのもすっかり無くなっていて、普通に東京の人混みの中で偶然会えたことが嬉しくて、1時間ほど立ち話をした。

1時間話してようやく、「どっか入ろうか」となり、二人でそこらへんの居酒屋に入った。

店では、"二人でドライブに行った時に、ナビが機能しなくて勘で山道を抜けたら、「日本国憲法は適用されません。」という看板が目の前に出てきてビビった"といった昔話などをして、楽しく過ごしていた。

すると彼が突然、「前さ、俺が名札無くしたことあったじゃん?あの時は、ひどいこと言ってごめんね。」と言い出した。

一瞬なんのことか分からなかったけど、すぐに思い出して、その流れであの名札を見つけたのは自分ではなく、一番の功労者は、おばさんの幽霊である!ということを話した。

結果、めちゃくちゃウケた。
信じられないくらいウケて、かなり嬉しかった。

ただその後に彼が、

彼「でもさ!あそこ絶対なんかいたんだよ!だって俺、結構住んだのに、一回もシャンプー詰め替えたことないんだよ!詰め替えさえ買ってたら、いつの間にか入ってるもん!」

とか言い出して、怖過ぎてびっくりしたが、冷静に考えれば怪奇現象の内容が、あまりにもおばさん過ぎると思って、ウケてしまった。

(おばさんの幽霊のエピソードを超えてくるなよ…)って思いましたけど♪

まぁとにかく、一番話したかった人に、この話ができてよかったです。

あと、店を出る際に、名刺を渡してくれたんだけど、なんか信じられないくらい偉い人になっているっぽくて、驚きました。
(お経ぐらい長い役職がついてて、説法かと思いましたヨ!)

ちなみに、この彼については、過去にも何度かツイートしたりしているですが、この人です。


P.S.

ただいま出張で都内に来ており、なんだか眠れないので書いてみました。
皆さんは、どんな幽霊に会ったことありますか?
ンフフ…私はおばさんの幽霊です。いいでしょ。


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さすらい 豚汁を作る際に、すりおろした大根を入れるとかなり美味くなります。

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コメント

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めちゃくちゃ面白かったです。おばさん、(そこそこ……あーもう!そこよ!)ってずっと思ってたのかな。それとも一緒に探してくれて(あったよ〜!)って出てきたのか……。うちにもいて欲しいなその人。

4
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さすらい
@つぐない さん

ありがとうございます! あの犬、めちゃくちゃ知り合いの犬なので、今度犬に伝えておきます!

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オオカミよ大衆になれ
そこ!どこ?そこ!|さすらい
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