『kipisi』の擁護
はるるちゃん(トキポナ名:jan Eli [» › ·])
はじめに
kipisi は、「切る」や「断片」を意味するトキポナの単語です。この単語は普遍的に受け入れられているわけではありませんが、2024年の最新の使用率調査では比較的高く(71%)出ています。一部の著名なコミュニティメンバーが、wan と tu があればこの単語は不要だと主張しているためです。しかし、私個人としては、wan と tu の組み合わせ表現は不必要に冗長で曖昧であり、kipisi が持たないニュアンスを付加してしまうと考えています。
これは、過小評価されがちな pre-pu の nimi ku suli ※、kipisi を擁護する文章です。
※「pre-pu の nimi ku suli」とは、トキポナの基礎文書『善の言語、トキポナ』(Toki Pona: the Language of Good、通称 pu)よりも前に存在した単語で、第二の文書『トキポナ辞書』(The Toki Pona Dictionary、通称 ku)では「中核ではないが比較的重要(suli)」と分類されているものを指します。
トキポナの単語の曖昧さについて
(この段落は、トキポナ初心者や、トキポナに詳しくない人向けです。sina jan pi toki pona la, sina ken tawa weka tan kipisi lipu ni.)
トキポナは約140語(正確な数は話者や単語リストによって異なります)で構成される言語です。つまり、各単語の意味は非常に広く曖昧です。犬、猫、ビッグフット、『ぷよぷよ』のカーバンクルを単体で表す単語はなく、すべて soweli で表されます。リンゴ、大根、マンドラゴラ、『ワンピース』のゴムゴムの実を単体で表す単語もなく、すべて kili で表されます。
トキポナが私の知的好奇心をくすぐる理由は、この単語一つ一つの意味の広さにより、ポール・グライスの協調の原理のうち「量の格率」(言い過ぎず、充分に伝える)と「様式の格率」(明確に、簡潔に伝える)のバランスを意識的に取らされるからです。意図を伝えずに読者を混乱させる過少指定を避けつつ、文法を複雑にしすぎる過剰な説明も避ける最適解は?
私は、kipisi がこの「簡潔かつ正確」という目標を達成するための重要な助けになると思います。
wan と tu の使用例
『トキポナ辞書』(通称 ku)の公開サブセットによると、話者たちは以下の英語の単語を wan と tu に翻訳しています。
wan: one [一つ](93%)、united [統一された](92%)、unity [統一](90%)、combined [結合した](70%)、unite [統一する](67%)、single [単一の](64%)、unit [単位](60%)、blend [混ぜる](50%)、combine [組み合わせる](44%)、union [連合](43%)、bind [結びつける](40%)、solo [ソロ](40%)、whole [全体](38%)、integration [統合](37%)、integrate [統合する](36%)、...
tu: two [二つ](100%)、pair [ペア, 対](88%)、double [二倍(にする)](80%)、both [両方](64%)、couple [カップル, 数個](50%)、twice [二回](50%)、cut [切る](38%)、divide [分割する](35%)
著名なコミュニティメンバーである lipamanka(Xジェンダー)は、各トキポナ単語の意味空間を説明するミニエッセイ集『意味空間辞典』を公開しています。この人は pu からある単語である wan と tu については言及していますが、nimi ku suli である kipisi には触れていません。(tonsi 以外は nimi pu しか説明していないので。)
以下は、lipamanka が wan と tu の意味について述べた内容です。(翻訳は私がしました)
wan: wan の本質は、「何らかの統合」と思っておくべき。別々の物が一つの全体にまとまっていく、そもそも wan とはこの動き。数字の意味【※注:「1」という数】は拡張的。wan は、結合、結婚、混ぜる、重なる、とかによく使われる。wan を修飾語として使うなら、確かに「一つだけ」にも使えるけど、まず「単一の統合された全体」として考えるべき。
tu: tu とはすなわち「分離の行為」。トキポナでは、何かが二つあると言う場合、その二つを「別々」として捉えているということになる。【単数・複数が任意なトキポナで】二つあるものをわざわざ tu で修飾するというのは、「私はこれら二つを分離したい」と意図的に伝えることになる。kili tu は、レタスが二玉ある時、その別々さを強調しえる。tu は「切る」や「分ける」という動詞として頻繁に使われるけれど、何回 tu するかは指定されないから、二つ以上の部分に切っても tu を使える。mi tu e kili と言っても、ホントは4回切って最大16個に分けたのかも! それに、十分な文脈があれば、tu は離婚とか、人や物同士の精神的な分断も表せる。こういう風な他の tu の良い使い方は、学級を二つの班に分ける、大きな土地を境界線で分ける(植民地的にも)とか。
まとめると、kipisi を使わない話者は、全体を部分に分割する概念を伝えるために、wan と tu という対義語の組み合わせを使っています。
wan と tu の問題点
wan と tu を使うことの問題点は以下の通りです:
- 「分ける」行為と「分かれた」状態: kipisi とは異なり、tu は意図的な分離の行為は示しますが、全体の一部としての状態は表現しません。
- wan は「全体」でも「独立した部分」でもある: wan の核心は「独立したもの」です。そのため、12切れに切り分けられたケーキがあると、pan wan はケーキの一切れを指すことも、全12切れのホールを指すこともあります。
- tu と現在/過去の統一性: 物が今 tu だったとしても、以前 wan であった、または現在 wan であるとは限りません。lipamanka の kili tu(レタス二玉)も、元から別々に育ちましたからね。
- 数はもう難しすぎ: wan、tu、mute(および拡張数字システムの luka と ale)は数字としても機能します。これは文法を複雑にし、避けるべき不必要な曖昧さを作ります。
- 一つの概念に二つの単語が必要: kipisi を使わない場合、「意図的に何かを分割する」という一つの概念を表現するために、wan と tu の対義語ペアを使う必要があります。
結論として、kipisi を使わない場合、不自然な言い回しや望ましくない含意を避けるために、「分ける」や「ピース」の概念の周りを遠回りしなければなりません。
kipisi の重要性
核心的には、kipisi は「分割、切断、および部分への分解」を意味する単語です。Sitelen Pona(トキポナの表意文字)では、「割る」記号(÷)を45度左に回転させた形で表されます。
しかし、内容語としては「スライス」「節」「部分」を意味するために使われています。この使い方で、wan と tu の組み合わせではカバーできない重要なギャップを埋めることができます。
動詞としての kipisi は、動詞としての tu と同等です。どちらも全体を部分に分割する行為を表します。しかし、kipisi は「分割する」ことだけ意味するのに対し、tu は「複製する」ことも、つまり一つのものを二つにする行為全般を意味します。
内容語としての kipisi は、wan の部分的な類義語です。これは、前に挙げた例の「12個に切り分けられたケーキの一切れ」のような物理的に分割された部分も、体の部位のような概念的な部分も指します。しかし、kipisi は統一された全体を意味しません。wan のように「一切れ」と「12個全体」の両方を曖昧に指すことはなく、厳密に「全体の一部」を意味します。
布を複数の kipisi(布きれ)に kipisi して(切って)ドレスに縫い合わせることも、エッセイを異なる kipisi(小見出し)に kipisi して(分解して)論点を整理することもできます。トキポナコミュニティの各メンバーが、全体にとって重要な kipisi(構成人員)であると言うこともできます。この場合、誰かが意図的に tu を使って他のメンバーから切り離そうとしているというニュアンスは含まれません。
pakala 対 kipisi
Sona Pona Wiki の kipisi の記事には、「pakala との重なりがある」とも書かれています。本当にそうでしょうか?
pakala は「破壊」を核心的な意味とする内容語で、「複数の破片に割る」という意味も持っています。一見すると kipisi と似ていますが、「意図的な分割」ではなく「破壊」を意味します。この単語は、もともとイギリス英語の「buggered up」(【口語的】台無しな, 誤って壊れた)に由来していますからね。
例えば、『イカゲーム』のダルゴナチャレンジでは、10分以内に針でダルゴナ(要するに韓国のカルメ焼き)の溝の形を針でえぐって kipisi する(型を抜く)よう命じられます。タイムアップしたり、pakala して(ひびを割って)しまったりすると、殺されます。(つまり、デスゲームな型抜きです。)
別の例として、レゴでできたエッフェル塔の模型があるとします。時間をかけて一つずつ kipisi する(分解する)こともできます。かんしゃくを起こして壁に投げつけて pakala する(破壊する)こともできます。
kipisi の使い方の例
ここでは、wan、tu、または pakala も使える文脈で kipisi を使い、私が wan、tu、pakala のどれもが適切でないと感じる場合を紹介します:
- mi moku e kipisi kili. — 「私は果物の一片/スライスを食べる。」これは、みかんの一房、ぶどうの房から摘みとった一粒、または前歯で kipisi した(かじり取った)リンゴの一口かもしれません。mi moku e wan kili.(私は果物の一単位を食べた。)とも言えますが、これは少し不自然で、聞き手が mi moku e kili wan.(私は果物を一つ(丸ごと)食べた。)の間違いだと誤解するかもしれません。
- ona li wile pona e ilo mi pi sitelen tawa. ni la, ona li kipisi e ni li wan e ni. — 「彼は私の映像機器を直したかったので、分解して再組み立てした。」ona li tu e ni とも言えますが、kipisi の持つ「意図的に分解する」ニュアンスが欠けています。pakala は明らかに使えません。更に壊れちゃいます!
- kipisi tomo li lon poka tomo mi. — 「建物の一部/棟が私の家の隣にある。」kipisi なしでこの概念をどう表現できますか?
- mi ale li kipisi suli lon kulupu ni. - 「私たちは皆このグループの重要な一部です。」私の受け取り方ですが、kipisi は wan の持つ「各個人がグループ全体から独立している」という判断や、tu の持つ「メンバー一人ひとりは互いに本質的に異質」という判断を含まないと感じます。
結論:kipisi の意味空間
最後に、私自身の視点から、lipamankaの『意味空間辞典』スタイルで、非公式に『kipisi』を説明することで、このエッセイを締めくくりたいと思います。
kipisi: 内容語として、kipisi はつまりスライス、一節、ピース、全体の一部。kipisi 一つ一つは、パイの一切れのように全体から物理的に独立している必要はないから、wan は同義語としてはちょっと違う。でも、kipisi は、体の部位のように全体に依存している必要もない。コミュニティの一員は、別々の個人だけど、団結した全体の一部だからね。tu の意味と似ているけど、「一つ一つ別々」というニュアンスがあるから、どの一切れでもいいパイの一切れには合わない。
動詞としては、全体をこういうピースに分ける行為。手で紙を引き裂く行為から、やることを小さなサブタスクの集合としてとらえる行為まで、全部。この意味では、kipisi は tu に似ているけど、もっと正確。tu は「分ける」、「分かれてる」、全般の意味だけど、kipisi は意図的な分解。破壊行為である pakala とも意味が違うことになるよね。
kipisi は、ピース一つ一つが必ずしも独立した wan じゃないこと、それに分かれたピースが必ずしも tu な異なるものじゃないことを表現できる、すごく便利な単語だと思う。物理的にも感情的にも、何かを「本質的に異なるもの」や「分離されたもの」という分断をせずに、分けたい場合に使えるから。
次に「区分け」や「全体の一部」をトキポナで表現したいと思ったときは、純粋主義者のトキポニストのように wan、tu、pakala で頭を悩ませる必要はありません。ぜひ kipisi を使ってみてくださいね!