【ミスターヤクルト50年の軌跡(後編)】若松勉氏、大谷翔平の軸足の使い方は「当時の自分と似ている」(2/2ページ)

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若松勉氏

「プロは体の大きさじゃない」

中西氏の言葉だ。若松氏のプロ入り前、北海道まで足を運んだ中西氏は父・竹四郎に「打撃は下半身でやるもの。それを息子に伝えてください」と熱弁したという。打撃は下半身―。競輪選手並みになったぶ厚い太ももが土台となり、220本塁打を含む通算2173安打を積み重ねた。

■若松 勉(わかまつ・つとむ) 1947(昭和22)年4月17日生まれ、75歳。北海道出身。北海高から電電北海道を経て、71年ドラフト3位でヤクルト入団。2年目の72年に首位打者を獲得。78年にセ・リーグMVPを獲得し、球団初の日本一に貢献。89年現役引退。19年間で通算2062試合に出場、6808打数2173安打、打率・319、220本塁打、884打点。99年から2005年までヤクルト監督を務め、01年に日本一。09年野球殿堂入り。右投げ左打ち。

★「中西型」と「山内型」 バッターの軸足の使い方は、大きく2つに大別される。元ヤクルト監督でサンケイスポーツ専属評論家を長く務めた故野村克也さんは「中西太型」と「山内一弘(和弘)型」に大別していた。

若松氏は、捕手寄りの軸足(左脚)から踏み出す右脚へと体重移動させながら、強いスイングを生み出す「中西型」の打法で成功した。若松氏やイチロー氏、大谷翔平らがこのタイプにあたる。一方の「山内型」は、軸足に体重を置いたまま、鋭い回転で振り抜く。野村や王貞治氏、松井秀喜氏らの打法に通じる。

山内氏は「打撃の職人」「シュート打ちの名人」と呼ばれ、昭和30年代前半には中西、山内、野村がパ・リーグの打撃タイトルを争った。野村さんは生前「変化球への対応に悩んだ時に中西型も試したが、結局、自分に合うのは山内型だった」と明かした。

今春のキャンプでショートゲーム打撃練習をするヤクルト・内山壮真

★燕の伝統「ショートゲーム」の元祖 芸術的なバットコントロールにさらに磨きをかけた伝統の練習法がある。約10メートルの距離から投げられた緩い球を打ち返すショートゲーム。元祖は若松氏が現役当時の練習法だった。

「旅館の大広間でストッキングを丸めたものやテニスボールを中西さんが正面から投げてくれて、それを打ち返す。中西さんは投げたら座布団で顔だけを隠して、その座布団をセンター返しの意識で狙って打っていた」と若松氏は振り返る。畳の上のスイングで両脚の親指は摩擦でやけどし、テーピングが何重にも施された。

中西氏考案の練習法がショートゲームという形になり、宮本慎也氏、岩村明憲氏、川端慎吾、山田哲人らにも受け継がれてきた。村上宗隆も1軍に定着した2年目は宮本ヘッドコーチらが投げる緩い球を打ち返す練習を早出でこなしてきた。「昔の練習でこれほど引き継がれる練習はないと思う。自分の身になった練習は後輩にも伝えていってほしい」。若松氏の礎を築いた練習法は、スワローズナインに浸透している。

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10月4日

10月4日 16時20分 更新
【終了】◇開始13時30分◇マツダ
チーム123456789
ヤクルト0012000003
広島0001000001

[勝敗]勝: 下川 隼佑 (2勝1敗)、S: 星 知弥 (17勝2敗17S)、敗: 佐藤 柳之介 (1勝2敗)

【ヤクルト】下川 隼佑、大西 広樹、荘司 宏太、田口 麗斗、星 知弥-中村 悠平、古賀 優大

【広島】佐藤 柳之介、テイラー ハーン、鈴木 健矢、菊地 ハルン、辻 大雅、高橋 昂也-石原 貴規

[本塁打]濱田 太貴 4号 (ヤ)

公示 10月30日

登録

なし

抹消

なし

予告先発12月8日

 

 

ヤクルト

投手成績

防御率-
勝率-
勝利大西 広樹吉村 貢司郎9
セーブ小澤 怜史11
HP大西 広樹23
奪三振吉村 貢司郎114

打者成績

打率サンタナ.315
安打長岡 秀樹163
本塁打村上 宗隆33
打点村上 宗隆86
出塁率サンタナ.399
盗塁岩田 幸宏村上 宗隆並木 秀尊西川 遥輝10

セ・リーグ

投手成績

防御率才木 浩人(阪神)1.55
勝率村上 頌樹(阪神).778
勝利東 克樹(DeNA)、村上 頌樹(阪神)14
セーブR・マルティネス(巨人)、松山 晋也(中日)46
HP大勢(巨人)、及川 雅貴(阪神)46
奪三振村上 頌樹(阪神)144

打者成績

打率小園 海斗(広島).309
安打岡林 勇希(中日)168
本塁打佐藤 輝明(阪神)40
打点佐藤 輝明(阪神)102
出塁率小園 海斗(広島).365
盗塁近本 光司(阪神)32

番記者

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