闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
「それでね?ヴェルフが言ったの。『貴方に鍛えられた
「そうか、それは良かったな」
【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店執務室。ヘスティアに頼まれてついて来てみれば、ヘファイストスに捕まって執務室に連行され、ヴェルフとの惚気話を聞かされていた。
何時もの凛とした雰囲気はどこへやら、紅く染めた頬を緩ませて嬉しそうに話す姿は正に恋する乙女であった。
「そういえば、父さんのところにヴェルフから何か挨拶はなかったの?」
「……今朝、事の顛末をヴェルフからある程度聞いた」
「それで、それで?父さんは何て返したの?」
「取り敢えず『頑張れ』と言っておいた。それよりも、するべき仕事が残っているだろう」
机の上の書類の山を指さし、ヘファイストスに意識を切り替えるよう促す。
「そうね。……続きはこれを片付けてからにしましょう」
どうやら惚気話をまだ続けるつもりらしい。出来れば、もう帰りたいのだが。
そこに扉をノックする音が響く。
「主神様、少しよろしいだろうか?」
「ええ。どうぞ」
部屋に入ってきたのは、団長の椿・コルブランドだった。
「すまない。主神様の親父殿を少し借りてもいいだろうか?以前、機会があれば武具を見せていただくと約束しておってな」
「いいわよ。けど、他の
「うむ。工房に籠っておった者は一通り来ておる」
「そう……父さん、この後予定はある?」
「ない」
瞬間、椿・コルブランドがガッツポーズをとった。
「ステイ、ステイ。まだよ、まだよ」
【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店会議室。普段は武具に
「えー……見る前の注意点として、ここにある武具は全部、俺がダンジョン探索に使うものだ。なので、扱いは慎重にしてほしい。では、どうぞ」
俺が言うと同時にヘファイストスが手を下げる。そして団員達が部屋に入り、自由に武具を見て回る。
「嗚呼、これが伝説の……」
あるものは『月光』をはじめとしたドラゴンウェポンを五体投地で拝み。
「なんだこの刀。何をどう
あるものは『血狂い』に戦慄し。
「……どっからどう見てもドロドロに溶けた鉄を冷やして固めただけだよな。これが武器とかどういうことなの」
あるものは『熔鉄槌』を見て困惑するなど、各々自由に見て回って感想を口にしていた。
そんな中、椿は俺の腰に下げている剣をまじまじと見つめている。
「どうした?」
「いや。並べられている武具も素晴らしいのだが、お主の下げている剣も相当な業物だと感じてな。よければ見せてもらえないだろうか?残念ながら置く場所がないゆえ、手前が手に持って見ることになるが」
「止めといたほうがいいわ」
眷属達の様子を見ていたヘファイストスが、手でバツ印を作って首を横に振る。
「なぜじゃ?」
「だって、その剣を持ったら重さに耐えられなくて、貴女の腰が壊れるわよ」
「……なぬ?どう見てもロングソード程度の大きさしかないのだが、これはそんなに重いのか?」
「ええ。
「おおう……」
場所は変わり、【ゴブニュ・ファミリア】
「お願いだ!あの槍の製法を教えてくれ!」
「何なら2,3日でいい!貸してくれ!」
職人達が涙ながらに俺に縋り付いてきた。
彼らが教えてほしいというのは、『サンティの槍』の製造方法。
「馬鹿野郎!」
しかし、団長と思しき男性の一喝が響く。
「相手の技術を試行錯誤して自分の技術にする、それが職人ってもんだろうが!それにだ、持ち主でさえ理解していない特徴を持った武器を俺達の手で作る。つまり太古の技術を今に蘇らせるという偉業を成し遂げる、またとない
『確かに!』
団長の一喝を受け、職人達が涙を拭い、面構えを一変させる。
「わかったら早速試作開始だ!気合い入れていくぞお前ら!」
『応ッ!』
団長を筆頭に、職人達が
「悪いな、俺の眷属が騒がしくて」
「いや、元気でいいと思うぞ」
部屋の隅で事の成り行きを見守っていたゴブニュが、恥ずかしそうに頬を掻きながら苦笑する。
「まあ、親父殿がそう言ってくれるならいいんだが。俺の眷属もちょっと……いや、かなり苦労していてな」
「そんなにか?」
「何処の誰とは言わねえが、遠征やら経験値稼ぎやらでダンジョンに潜るたびに武器をぶっ壊すのがいてな。そのたびにあいつらがまあ泣いてな。修理のたびにもう少し丁重に扱えと口酸っぱく言っているんだが、本人の戦闘スタイル的に無理なようでな。誰が名付けたか、人呼んで【
苦労のほどを物語るように、ゴブニュが大きなため息をついた。
「……この槍の製造方法が確立されれば、あいつらの今までの苦労も報われるだろうな」
「そうだといいな」
日も沈み、月光と星明かりが夜から注がれる頃。
「俺は帰る」
「まあまあ、そう言わずに」
俺がある場所から去ろうとすると、にやけ顔のヘルメスに肩を掴んで止められる。
「いいから帰らせてくれ」
「いやいや、親父殿のそれを治すために
俺はヘルメスとは逆方向に足を踏み出す。
「馬鹿野郎!お前、俺は帰るぞお前!」
「ちょっとごめん!そこのお嬢さん達、手を貸して!」
俺が必死で逃げようとしているこの場所は、都市南東部に位置する第3区画──つまり、歓楽街だ。
以前ここに俺が来たときは、ベルと命、そして春姫の救出という目的があって平気だった。だがしかし、そういった目的がない状態でここに踏み込むのは怖くてできない。
結局、数の暴力に敗北し、俺は歓楽街に引きずり込まれてしまった。
「大丈夫だって親父殿。主だった
「そう……みたいだな。だがヘルメス、こうまでして俺の女性に対する恐怖感を治そうとするのは何故だ?」
「いやほら、
その気持ちはありがたいが、もう少し違う形で見せて欲しかった。
「今回はお前の厚意に甘えるとしよう。但し、お前が妙なことを企んでのことなら、アスフィとヘスティアのところに駆け込むから覚悟しておけ」
「イエッサー」
そしてヘルメスに連れられ、俺が来たのは【イシュタル・ファミリア】
ヘルメスは好みの娼婦を見つけたのか、俺を置いて何処かに向かってしまった。話はつけておいたとか言っていたが、本当に大丈夫か?
何時でもヘスティアとアスフィの所に駆け込めるように、逃走経路を頭の中で思い描いていると、1人の青年が俺の下に来た。
「グレイ・モナーク様で、よろしいでしょうか?」
「そうだが。君は?」
「初めまして。自分、【イシュタル・ファミリア】副団長、タンムズと申します。ヘルメス様からお話は伺っております、どうぞこちらへ」
青年改め、タンムズは一礼すると、俺を部屋の前へと案内した。
「この部屋は、ヘルメスから?」
「ええ。ヘルメス様が選んだ娼婦がこの部屋でお待ちです。では、ごゆるりと」
再度一礼したタンムズは、踵を返して去っていった。
ヘルエスが選んだということに一抹の不安を抱えつつ、俺は部屋の扉に手をかける。そしてそのまま開け──
「そろそろ父上がいらっしゃる頃だろうか。あいつに連れて来るよう命じたはいいが、後はどうすればいいだろうか?主神としての威厳ある振舞いを見せるべきか?いや、先の抗争でそれはあってないようなものになっているだろう。ああ、だったら私はどうすれば……」
──ようとして一瞬躊躇ったが、そのまま扉を開けて中に入る。
「はっ!?」
今まで考え事に耽っていたのか、俺と目が合い、固まるイシュタル。
暫く部屋が沈黙で支配する中、ようやく状況を理解したイシュタルはソファーに座って足を組んでふんぞり返る。
「ようこそ、私の
「無理するなイシュタル」
「うぅ……」
主神として威厳ある姿を見せようと背伸びするイシュタルを諭すと、耳まで赤くなって俯いた。
テーブルの上には2人分のグラスと酒瓶が置かれていた。
「イシュタル。まさか、俺と酒を呑むためだけにヘルメスを使ったのか?」
「は、はい。ギルドの監視がついている中で【ヘスティア・ファミリア】の
もじもじと指を絡めながら、恥ずかしそうにイシュタルが答える。
「そんなことをしなくても、手紙なり寄こしてくれれば済むことじゃないか。まあ、ヘスティアが許可したらの話だが」
「……ッ!?」
イシュタルは衝撃を受けたようで、カッと目を見開き、そしてがっくりと項垂れた。
自分の行動を嘆いているイシュタルはさておき、酒は何処で造られたものか気になり、酒瓶を手に取る。
「……イシュタル。これは何処の酒だ?ラベルが貼られていないが」
「そ、それはソーマから頂いたものです。どこから嗅ぎつけたのか、『父上のために気合いを入れて作った力作だ。父上がいらしたら、お出ししろ』と言って、それはもう凄まじい気迫を放っていました」
俺の脳裏に、ヘラヘラと胡散臭い笑顔を浮かべるヘルメスが浮かんだ。
「じゃあ、1杯いただくとしようか」
「は、はい」
気を取り直したイシュタルが栓を抜く。すると、熟した果物のような甘い香りが漂う。
「……甘い、良い香りだ」
「どうぞ」
「ああ。ありがとう」
暫く香りを堪能し、イシュタルが差し出したグラスに口をつける。
口当たりは軽く、舌全体を甘味が刺激する。芳醇な香りが鼻腔を駆け抜け、後味も爽やか。
「ふぅ……旨い。ソーマも腕を上げたな」
「ええ。私も久しぶりに口にしましたが……実に美味しい」
「ほう?久しぶりということは、前も飲んだことがあるのか」
「はい。といっても、本人が失敗作と称するほうの酒ですが。昔、娼館で扱う酒に加えようと思い、試飲いたしました。ですが……あまりの美味しさに客が夢中になり、娼婦が置いてけぼりをくらいかねない、ということで断念しまして」
「なるほど」
イシュタルの昔話に耳を傾けながら、ソーマの力作を味わっていく。
しかし、これは危険だ。口当たりが軽いものだから、グラスの減りが普段に比べて早い。イシュタルのほうも同じようにグラスを傾けている。そこまで酒に強くなかったはずだが、大丈夫なんだろうか?
その後はイシュタルが下界に降臨してからの話を、【ファミリア】の機密事項に触れない程度に聞いていき、酒瓶の中身が9割ほどなくなった頃。
「……時に父上、
顔も赤くなり、しかし目の据わったイシュタルが小指を立て、肩に寄りかかってくる。
「いない。というか、お前も俺の女性関係は気になるのか。ロキとヘルメスにも同じようなことを言われたぞ?」
「もちろん!」
グラスを呷り、テーブルに置くと拳を握りしめて力説する。
「父上が見初めた女性の外見或いは内面が一番近い
イシュタルの発言が、酔った勢いによるものであってほしい。
「しかし、いらっしゃらないのですか……私の眷属から何人かご紹介いたしましょうか?」
「断る。それは俺に死ねと言うのと同意語だ」
「なぜですか父上!外見・内面共に良しなのに、なぜ父上の周りには女の影がないのですか!?」
イシュタルが涙目で俺に縋り付く。どうしてこう、愛や美を司る女神は面倒くさいのばかりなのだろうか。
「ハッ!?もしや、父上には
「落ち着けイシュタル」
何をどうしてその結論に至ったのか、一転して泣きながら説得にきたイシュタルを引き剥がす。
「まず、俺にそっちの気はないから安心しろ」
「ぐすっ……本当ですか?」
「俺は『元』人間だ。そして、
「は、はい。申し訳ありません、少々取り乱してしまいました」
頭を撫でながら話すと、イシュタルが段々大人しくなってきた。昔からこうすればイシュタルは大人しくなるんだよな。そこだけは変わってないようだ。
「……だがイシュタル。俺を英雄と呼ぶのはやめてくれ」
「何故ですか?父上は忌まわしき因果を断ち切り、人々を呪いから解放されたのです。これほどの偉業を成した父上が英雄でなければ、何であるとおっしゃるのですか?」
『薪の王』、『原罪の探究者』、『闇の王』、その他にも俺に後世の人々が与えた称号は数ある。その中で一番合致するものと言えば──。
「あらゆる生命体の天敵、だな」
俺がそう答えると、イシュタルが悲しげな目で俺の手を優しく包む。
「……いいえ、父上は英雄です。誰が何と言おうと。確かに父上は、この手で多くの命を奪ってきました。ですが、それ以上に多くの命が救われました。ですから、自らを貶めて背を曲げず、誇らしげに胸を張ってください。それが、彼らへの手向けです」
イシュタルが口にしていた賭けですが、「加齢に伴って外見が変わるから、賭けはそもそも成立しないのでは?」というアフロディーテの一言でなくなっています。
グレイが口にした称号ですが、元ネタは4faの「人類種の天敵」です。