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韓国、戒厳後に三権分立毀損がさらに深刻に…独走する立法府、信頼を失った司法府(1)

中央SUNDAY/中央日報日本語版

ソウル汝矣島(ヨイド)の国会

戒厳から1年、我々は何をして、何ができなかったか。

<1>戒厳は真夜中の泥棒のように市民の生活に迫った。望みもせず、予期もしないことだった。米国の政治学者フィリップ・シュミッターは政治での過度な「不確実性(uncertainty)」が民主主義の制度的安定性を害して政治不信を強めると言ったが、民主化から40年近く経過した時点でもこのようなことが生じるという事実が多くの人々を驚かせた。


<2>戒厳の試みは韓国民主主義の悲劇性を象徴し、戒厳の早期終結は韓国の民主主義の可能性を実証した。戒厳が成功したとすれば歴史の車輪は我々を後進国に導いたかもしれない。失敗したが、それによる傷と後遺症は残った。正常な政治でなく方法で状況を覆そうとしたことに対する市民の抵抗は大きくて強力だったが、これを生かして変化と改善を導くべき与野党の政治的実力は失望を与えるものだった。


<3>戒厳は、ある不完全な人間に政治体制の運命を任せる大統領制の限界をさらに深く考えさせた。240年ほど前に大統領制を初めて考案した米国の憲法制定者らが苦心したように、権力を持たせても牽制と均衡が可能な立憲民主主義を発展させるべきという大きな課題を我々に残した。ところがこの1年を振り返ると、今回は立法府の過度な独走が新たな問題に浮上した。戒厳以降、三権分立はさらに悪化した。その一次的な責任は国会と多数党にある。

<4>立法府の独走も問題だが、司法府は信頼を回復しようとする努力をしなかった。法は強者の前でも堂々としていなければならず、万人に平等でなければならない。そのような法がなければ、またはそのような法に対する尊重がなければ、いかなる共同体も安寧を維持できない。「政治の司法化」も問題だったが、「司法の政治化」はさらに大きな問題だった。法は公正でなく、それによって司法府も不信の対象になったのは極めて遺憾だ。裁判官が自ら変化の意志を見せなければいけない。国会のせいにしても司法府の権威や威信が高まらない。

<5>民主主義とは、失敗した政府が選挙で交代させられる体制だ。早期大統領選挙で有権者の市民は間違った戒厳に対する責任を「ペーパーストーン(投票紙)」で懲らしめた。しかし大統領職にふさわしい候補らの競争だったかについては深い懐疑感を残した。選挙は「責任追及手段」であり、現職者を追い出すことはできても、最善の統治者をつくるのは難しい。有権者の市民は政党が出した代案の中で選択することができる。政党が悪ければ選挙を繰り返しても市民の権能は大きくならない。今の2つの巨大政党は良い政治家を養成することに注力してこなかった。無責任に外部からの招待を繰り返したところ、政治をしてはならない政治家があまりにも増えた。今は両党のどちらも議席の30%以上を持つ実力がない。政党の数が増えなければいけない。そうしてこそ2党寡占構造に変化をもたらすことができる。我々は多党制に進まなければいけない。


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