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色々と書いているうちに段々と思い出してくるものだが、最初は人間の糞尿ではなく牛の糞を使っていた。


軽トラにごみバケツとスコップを乗せて近所の酪農家のところへ行く。


そこで牛の糞を分けて下さいと頼むのだが、当時からオウムは周辺住民から嫌われていたようで大抵は断られる。


それでも諦めずに何軒も回っていると分けてくれるところが見つかった。



実物のホルスタインのでかさにびっくりしながらも牛舎の真ん中の通路にスコップを持って仁王立ち。


牛たちはみなこちらにお尻を向けているので、糞をしたらそこへいってスコップでとってのついたバケツに入れて軽トラの蓋付きのごみバケツへと運ぶ。


やっぱりうんこよりおしっこのほうが回数が多いんだなあなどと思っていた。


まあ、相手はなんせシヴァ神の乗り物、丁重に扱わなければならない。



人間の糞尿には動物の糞尿にはない問題点がいくつか存在する。


まず紙。


動物は紙を使わないが人間は使う。


この紙をメタン細菌は分解できない。



そこで酵素を使って、セルロースを分解することにした。


糞尿を洗面器に小分けにして規定量の酵素を混ぜて待つこと数日、大量にあった紙が跡形もなく消えてなくなった。


しかし、生身の人間が日々の生活の中で排泄し続ける糞尿に、どのタイミングで酵素を投入するのが最も効率的なのか?


はっきり言って考えたくもない研究テーマだった。

もはや記憶が曖昧で、年代順に記憶をたどるのは不可能に思えるので、思いつくままに書いていきたい。



オウムが上九に進出したのは90年の初めであったと記憶している。


土地の取得は89年から進められていたようであるが、なんらかの建物が建ち始めたのは衆議院選挙の後からであったはずだ。


たしか一番最初は印刷工場であったと思う。


後に印刷工場は第二サティアンと同じ敷地内に移ることになるが、最初の建物は別の場所にあった。



衆議院選挙の後、杉並に結集していたサマナたちは大挙して富士に押し寄せていた。


様々な部署に選り分けられたが、どこの部署でも人が余っていたように思う。


そんな中、印刷班の募集があり、しばらくの研修の後どこかへ移ったらしく富士の道場から姿を消した。



このとき僕は何をやっていたのかというと、メタンガスの実用化に見切りをつけて次のテーマに移ろうとしていた。


まったくオウムという集団は、いきあたりばったりでよくも色んな事を思いつくものだと感心する。


サマナの糞尿を集めてメタンガスを生成し、調理用のガスとして使おうとしていたのだ。



道場の裏手の空き地のほったて小屋の中にドラム缶を置き、その中にトイレの汲み取り口からひしゃくで汲み上げた糞尿をためてメタン細菌を投入。


厚手の発泡スチロールをドラム缶の内側に入るように丸く加工して内側をおわんの様にくり抜き、ガラス管、ゴムホース、弁をつけその発泡スチロールをドラム缶に浮かべる。


大量の蛆虫が発生し、もの凄い有様ではあったがとりあえずガスは発生していた。



火をつけてみると先端が赤い。


不純物が多かったのかもしれない。


メタンガスの濃度計がないのでとりあえず酸素濃度を測ってみると10%を切っていた。


次は何種類か検知管を使って調べる予定だったのだが、実は問題が山積していた。

きっかけは文芸春秋の未解決事件 オウム真理教秘録を読んだことです。



テレビ放送も見ましたが、本になったものを改めて見てみると、ところどころにあれっと思うところがありました。



巻末の資料の91年に上九に進出というのを見て、これは90年だよなとか。


弁当屋の説法が91年になっているけど、これは89年だよなとか。


オウムの教義は途中からヴァジラヤーナになったわけではなく初めからヴァジラヤーナであり、それがよく分かるのは本に載っている説法の後の質疑応答なのになんで載せないのかな?とか。



700本の説法テープを持っていた幹部というのはI君だと思うが、弁当屋の説法が91年になっているのはI君が出家する前の事なので年代が正確ではないのだろうと思った。


それとアメリカ人の研究者が事件にはならなかったけれどサリン以外のもの、たとえばボツリヌス菌などの生物兵器についても情報を集めているというのも気になった。



それでまず最初に石垣島セミナーのことからネットで検索してみると、元P師のブログが引っかかってきた。


懐かしいなあと思いながら、元芝さんのブログや元N師のブログも見せてもらった。


後、名前だけは聞いたことがあった白龍さんのブログも。



それぞれみんな自分が持っている情報を世間に公表しているんだなあと思ってみているうちに、それじゃあ僕が持っている情報も僕なりに提供しようかなという気になってきた。


オウムというのは隣が何をやっているのか分からないという集団であったので、提供できる情報というのは人それぞれに違うのだと思う。


まあ、随分と時間が経っているので忘れてしまっていることも多いが、憶えていることはブログに書いていこうと思う。



現役であっても、元であっても、どっちにしても大変だろうなと思う。



頑張って生きて下さいとしか言えないけれど、今でもまだ解脱・悟りというか道を求め続けているというのなら、出来れば一緒に探求していけたらなと思う。



かつては精神世界と呼ばれ、今はスピリチュアルと言うのが一般的になっているが、ここ10年ほどの間に大きな変化が起こっているように思う。

一連のオウム事件の被害者の方、遺族の方、そしてご迷惑をおかけした全ての方に心からお詫びを申し上げます。


本当に申し訳ありませんでした。