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培養開始からすでに10数時間が経過していた。


数十個のデータが集まり、どのような経過をたどっているかは一目瞭然に思える。


計測された数値は毎回上昇を続け、グラフは右肩上がりの綺麗な直線を描いていた。




培養開始から丸1日が経過した頃、遠藤がやってきた。


記録されたデータを一通り見た後、「順調だね。」


と、満足げに一言だけ言って帰っていった。



もう間違いない。


遠藤に言われなくてもはっきり分かる。


培養液の中で、何かが少しずつ増え続けていた。


明け方にトイレへ行くためにコンテナの外へ出ると、地面には霜が降りていた。


4月とはいえ上九はまだ寒い。



液体窒素が残り少なくなってきたので、ボンベを交換する事にした。


数十キロはあるボンベを片側を浮かせて回転させながら運ぶのだが、プロの様には上手くはいかない。


特に段差には苦労をした。




これが一体なんなのか、常識的に考えてみれば答えはすぐに出る。


だけど、どうしてもその考えは頭の隅に押しやってしまう。



通常マスクや手袋は、人間の側の雑菌が培養液の方へ移るのを防いでいる。


しかし、今回はどう考えても違う。


そうでなければ、使用した水を溜めて蓋までする必要はない。


使用したマスクや手袋、ティッシュについても同様だ、ビニール袋の口を毎回閉じる必要はない。



だけど、やっぱり考えたくはない。


そこで中川が点滴をするときに、新しいイニシエーションだと言っていたのを思い出した。


そうだ、これは新しいイニシエーションの培養なんだと、自分に言い聞かせることにした。


今の時点でこの文章を読んでもピンとこないと思うが、まだこの当時はオウムは何の事件にも関わりがないことになっているのだ。


実はオウムには、遠藤が開発した細菌を使うイニシエーションが存在した。


シークレットイニシエーション(100万円のお布施)がそうなのだが、これは血のイニシエーションに代わるものとして開発されたものである。



麻原の血からDNAを取り出し、ベクターを使って大腸菌に組み込む。


いわゆる遺伝子組み換え技術である。


大腸菌を使うのはその増殖スピードが速いからである。


その大腸菌を大量に培養し、破壊して細胞壁を取り除きDNAだけを回収する。


それを冷凍保存しておいて、ミラクルポンドに入れて飲むのである。



見た目はただの氷水なので、これが普通の詐欺師集団なら富士の井戸水で氷を作って使えばいいだけだと思うのだが、オウムはこんなところでも手を抜かない。


はたから見れば麻原の遺伝子を培養することに何の意味があるのかと思うだろうけど、そんなことに遺伝子組み換え技術まで使って全力で取り組むのである。


まさに狂人の宗教家の面目躍如ではないかと思う。

1回の作業に要する時間はおよそ10分。


これを20分に1回だから、当然のことながら眠る時間はない。


しかし考えてみれば20分の内の10分、つまり1日の半分は自由に使っていいのだから楽なワークだと言えなくもない。



10分だとプラーナーヤーマをやるには時間が短い気がしたので、グルヨーガをやることにした。


コンテナの中でただ一人誰にも会うことなく繰り返されるワーク、そしてグルヨーガ。


着の身着のままで出てきてしまったので、昼間はよかったが夜になると寒くなってきた。


深夜1時、2時になるとますます冷え込んでくる。


何も食べていないことよりも、眠いということよりも、寒いということが一番身にこたえた。



どこかに毛布でも置いてないかなと思ってコンテナの中を探してみたが、元々が資材置き場なのでそんなものは見つからない。


仕方がないので断熱材を使うことにした。


畳1畳ぐらいの大きさのグラスウールを2枚折り曲げて、蓮華座を組んで身体に巻きつける。


ガラス繊維が肌に刺さるんじゃないかと心配になったが、寒くてそんなことは言っていられない。



断熱材のおかげで人心地付いたので考えてみた。


このドラム缶の中の細菌は一体何なのだろう?

作業はこれで終わりではなくもうひとつあった。


液体窒素のボンベを運び、ほんの少しずつ溶液の中へ出て行くようにする。


冷やすことが目的なのではなく、これから培養する細菌のエサの補充のためだ。



準備が出来たので、広瀬が遠藤を呼びに行った。


遠藤は持ってきた試験管の中身を溶液の中へ流し込んだ。


後はポンプが十分に混ぜ合わせてくれる。



遠藤が「やって見せるから憶えてくれる。」といって実際の手順をやり始めたのだが、その程度のことなら1回見れば十分だった。


最初はドラム缶に異常がないかの確認。


蓋はきちんと閉まっているか、ポンプは正常に動いているか、設定温度は守られているか、液体窒素のボンベは空になっていないか。



次にマスクと手袋をつけ、アルコール消毒。


使用する器具類も同様に消毒する。


ドラム缶から溶液を取り出し、ピペットで正確に計量する。


デジタルスケールを使って、試薬も同様に正確に計量する。


試験管の中でガラス棒を使って混ぜ合わせ、完全に溶けたら専用の計測器に入れてその数値をノートに書き入れてグラフにも記入する。



作業が終われば使用した器具類を水洗いし、その水をポリタンクに入れる。


もう一度水洗いしてポリタンクにいれその蓋を閉める。


最後にアルコール消毒してしてティッシュでふき取る。


使用したマスク、手袋、ティッシュはビニール袋に入れ、その口を縛る。



僕の作業手順に問題がないことを確認した遠藤は、20分に1回計測するように言って出て行った。


この後、僕は一人でこの作業を2日間続けることになる。

サマナとふたりで、「立ち入り禁止だよ。」とか、「ダメダメ、入っちゃダメ。」とか言いながら近づいていくと、その男は「あ、分かってます、分かってます。」と言って手で制するようなしぐさを見せた。


話を聞いてみると何のことはない、大日本インキの人だった。


どうやらオウムの印刷工場の噂を聞きつけて、その場所がどこなのか知りたかったらしい。



「まだ工場は稼動してないから帰ってくれ。」と言うと、


「分かってます。秘密なんですよね。分かってますよ。」と一人で納得していた。


それから、「これが印刷工場かあ、大きいなあ。やっと見つけたあ。」


としきりに感激していたようだけど、それボツリヌス培養プラントなんだよねえ。




余計なことで時間をとられてしまったが、僕はコンテナでの作業に入ることにした。


コンテナの内部は建設用の資材が置かれていた。


真ん中には通路があったが、左右には物が置かれ奥が見えないようになっている。



右側の奥にはドラム缶が置かれ、左側にはテーブルの上に実験器具が並んでいた。


確かに広瀬が言っていたように、いつもどおりのワークだなと思いながら作業をこなしていく。


ドラム缶の内部をアルコール消毒して紫外線ランプを照射。


ポンプも同様に消毒して、ドラム缶の中に入れた。



次にベルト型ヒーターをドラム缶に巻きつけ、シリコンシーリング材で固定する。


センサーは内部にたらし、温度は37度に設定する。


ポンプが熱を持たないように、15分おきにオンオフを繰り返すようにタイマーをセットする。



そこへ広瀬が圧力鍋を運んできて、その中身をドラム缶の中へ入れた。


圧力鍋の中身は、滅菌されたペプトンの水溶液だった。