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しばらくCBIの手伝いをやっていると、中川がやってきた。


麻原が「Rはよくやったからもう一度イニシエーションを受けさせるように。」と言ったらしい。


それで一旦富士に戻り、またサティアンの2階で点滴を受けることになった。



たしかこのときに予言の説法を聞いたように思う。


当時の富士の正面入り口にある受付で説法テープの貸し出しをやっており、サマナたちはワークをしながら聞いていた。


イヤホンはどこかに引っ掛けたりしないように首の後ろに回し、他人の声が聞こえるように、また電話にも出られるように右耳だけで聞いて、左耳用は胸の前にたらしていた。



点滴は20分かかるのでその間に聞こうと思ったのだが、結構短い説法だったと思う。


まあ、僕はもともと予言には興味がないので、適当に聞き流してしまってほとんど記憶に残っていない。


簡単にまとめると、あれはオースチン彗星ではなく麻原彰晃彗星であり、こっちへ来いこっちへ来いと呼んでいるので、本来の軌道を外れて地球に接近し、地球は大変なことになる。


というものであったと思う。



この予言を信じるなら、たしかに地球が大変なことになるのは間違いがない。


しかし、上九にいるサマナはワークが忙しくてそれどころではなかった。


たとえ彗星が地球に激突しようとも、ひたすらワークを続けるしかない状況だったのである。



中川は僕の腕に針を突き刺した後、隣で横になったかと思うとあっという間にいびきをかき出した。


20分経っても起きる気配がない。


点滴の袋はどう見てもからになっているように見える。


一瞬自分で針を抜こうかとも思ったが、やっぱりやめて中川を起こすことにした。



中川に針を抜いてもらった僕はもう一度上九へ戻りワークを続行することになる。


今回で2回目の新しいイニシエーションということになるのだが、前回同様今回も何も体験はなかった。


随分後になってから分かるのだが、あの点滴はイニシエーションなどではなく、対ボツリヌス用の抗生物質だったらしい。



そりゃあ僕はたしかに、2日間ドラム缶に寄り添いボツリヌスと苦楽をともにしてきたので、念のためもう1回抗生物質を投与しておいてやれということになったのだと思う。


こうやって2回抗生物質を投与されたのは僕だけだった。


麻原や幹部達が培養がうまくいっていないと判断したのなら、2回目の点滴は必要がない。


この事実もまた、教団が本気でボツリヌスによる生物テロを計画していたことの証明になると思う。


僕はこの段階では、培養している細菌がボツリヌスであることも、点滴が抗生物質であることも知らなかったのだから。

食事が終わったので巨大なプレハブの中にあるプラントを見に行った。


これから先はCSIの担当であり、村井と広瀬が中心となってワークをしている。


培養担当であった僕は彼らの補助に回ることになる。




外には見たこともないような巨大な発電機があった。


宅配便のトラックの荷台の部分ほどの大きさがある。



建屋の中には富士で見た巨大なタンクがいくつも並んでいた。


中央に通路があり、左右に分かれてタンクが配置されていた。


入ってすぐ右手に水を入れるタンクがひとつ。


その向こうに、3つか4つのタンクが連結されていた。


左側の奥にもタンクがあり、右側の連結された巨大タンクへと配管が伸びていた。



左側の空いたスペースではCBIのサマナが作業をしていたが、彼らはこのプラントが何のためのものなのか知らなかったのだろうと思う。


右手前のタンクは水を入れるための専用のタンクであり、そこから連結されたタンクへ水を送るようになっていた。


10トントレーラーを使って富士の道場で井戸水を入れて上九へ運んでいたのだが、当時富士の道場の裏手に10トントレーラーがずっと止まったままでいたのを目撃したサマナは何に使われているのか不思議に思ったのではないだろうか。


この10トントレーラーを運転していたのが、松本サリン事件の被害者である河野さん宅へ通っている元P師(ブログをやっている元P師とは別人)なのだが、テレビでこの報道を見たときには相変わらずバカ正直なんだなあと思ったものだ。

ようやく長かったワークから開放された。


僕のやることはひとつしかなかった。


CBIのサマナから場所を聞いて、食堂へと向かう。



3日ぶりの食事。


食った、ひたすら食った。


ご飯をどんぶりに3杯。


同じくオウム食も3杯。


納豆を2パック。


そして豆乳をどんぶりに2杯。



このとき不思議なことに、麻原から上九のサマナは毎日納豆を2パック食べるようにという指示が出ていた。


3パックまでなら食べていいことになっていたように思う。


納豆を食べると頭が良くなるとかなんとかという理由だったと思うが、グルの指示である以上理由なんかどうでもいい。


ありがたく2パック頂戴することにした。



しかし、サマナというのはたいしたもので、これだけ食べても普通に動けるしワークに支障はない。


それにしてもオウムというのは食事がないということがよくあった。


食事をする時間がないのではなく、食事そのものがない。


1日や2日、食べるものがないことは何度もあったし、最長では5日間何も食べずにいつもどおりワークをしていたこともあった。



まったくオウムというのは社会常識が通用しないところだ。

培養開始から丸二日たったころ、もう一度遠藤がやってきた。


ひととおりデータを確認した後、今度は何も言わずに出て行った。


そしてしばらく経った後、今度は村井がコンテナの入り口から顔を出した。


このときの村井はなんだか嬉しそうな顔をしていたように思う。



テレビの再現ドラマでは村井は暗くおどろおどろしいイメージで登場しているが、実際の村井はまったくそんなところはなく、明るく朗らかな話し方をする。


おまけに、声がいい。


よく通る澄んだ声である。


村井が一般の人と違っていたところがあるとすればただひとつ、それは村井が狂人であったということだけだろう。



そして、その後ろには石井の肩に手を置いた麻原の姿があった。


その後に遠藤が続く。



この後、僕はコンテナの外にいたので中で何が話されたのかは分からない。


これは推測に過ぎないのだが、このときから麻原はそして教団は生物テロに本気になったのではないだろうか。


最初はうまくいくかどうか半信半疑で始めたものが、あまりにもいいデータが取れてしまった。


そこでこれならいけると判断してしまった。


そういうことだったのではないかと思う。



麻原が帰っていった後、遠藤がこちらのワークはもう終わったので村井のワークを手伝ってくれと言った。


村井はまだもう少し準備があるので待機していてくれということだった。


その時、村井は僕にこう言った。


「これでクンダリニー・ヨーガの成就は確実やな。」


それがどういう意味なのか、僕には分からなかった。

遠藤が帰ってからしばらくして、中川が「どうですか?」という感じでやってきた。


データに目を通してちょっと驚いているようだった。



このとき僕はどうでもいいことに注目していた。


それは中川のマスクの紐の結び方だ。



普通は上の紐も下の紐も耳のあたりで結ぶのだが、中川は上の紐を額の後ろに下の紐を顎よりも下の首の後ろで結んでいた。


マスク自体も普通よりも少し上にあり、鼻を中心にして紐がハの字型になっていた。


まあ、医者のやっていることだから何か意味があるのだろう。



このとき、遠藤や中川と一緒にワークをやっていたサマナの話を後になってから聞いた。


そのサマナはこのワークの後しばらくしていなくなってしまったのだが、「オウムは殺生を禁じているのになんでこんなことをするんだ。」と言っていた。