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カキーン、カキーン、カコーン。


配管の中を高温のスチームが通過する音が、煌々と明かりの灯るプレハブの建屋内にこだましていた。



あれは深夜1時か2時頃だったと思う。


CBIのサマナが誰もいなくなった後、巨大プラントはついに稼動を開始した。


通路を挟んで左側に配置されていた巨大タンクは、スチームの専用タンクだった。


そのスチーム専用タンクから、配管を通して右側のタンクへとスチームが送り込まれていく。


総量40トンの巨大圧力鍋、それが村井の構想だった。




梯子を上った村井はタンクの上に取り付けられた圧力計を睨みつけていた。


その横には温度計もある。


左側のタンクでは、広瀬がスチームのバルブを調整していた。



僕はこのふたりから離れたところで、タンクの壁に取り付けられた温度計を見ていた。


温度計の目盛りは92度から93度あたりを指している。


タンク内の配管がどうなっているのかは分からないが、タンク全体が均一に熱せられているのなら滅菌には十分な温度だった。



梯子の上にいる村井から広瀬に指示が飛ぶ。


指示はバルブの目盛りをいくつ開け閉めするのかで行われた。


「ふたつ開けて。」


「ひとつ閉めて。」


「ひとつ開けて。」



どういう基準で指示を出しているのかは分からないが、どうやら圧力が上がり過ぎないようにしながら高温を保っているように見えた。


30分ほど経過した頃だろうか。


「よし、終わりや。バルブ全部閉めてくれ。」


村井はそう言って満足そうに頷いた。

そういえばこの頃、富士のサマナがいなくなったという話を聞いた。


「どこへ行ったの?」と聞くと石垣島だという。


「何しに行ったの?」と聞くと、「さあ、何かセミナーやってるみたいだよ。」と言う。



この当時上九のサマナたちは、この忙しいのに遊びに行くなんて呑気なもんだな、少しはこっちのワークを手伝ったらどうだ、ぐらいにしか思っていなかったのだろう。


信徒が一緒に行っている以上、サマナの感覚からすれば修行であるはずはない。


信徒がサマナと同じ修行になど耐えられるはずがないからだ。


もっとも、CBIのサマナたちは、ワークに比べれば修行なんて楽なもんだとよく言っていたが。



それにしても、このときの麻原のというか教団の考えというのはどういうものだったのだろうか?


噴霧車3台を用意して大量に散布するつもりだったのだから、ボツリヌスの影響を受けないようにと、血清用に飼っていた馬を石垣島に連れて行ったのはわかる。


しかし、富士と上九はそれほど離れてはいない。


富士が危険なら、おそらく上九も危険のように思える。


抗生物質の点滴だけで、上九でワークを続けるサマナたちは大丈夫だと確信していたのだろうか。


もしかしてだけど、ボツリヌスの培養が成功していたら、上九のサマナは死傷者が出ていたのではないだろうかと今では思う。

この巨大な培養タンクには、その巨大さと釣り合いをとるようにこれまた巨大なフィルターが取り付けられていた。


構造自体は家庭用の浄水器と何も変わらないのだが、それよりもはるかに大きい。


直径は10センチ以上で、長さは1メートル以上ある。


その中を浄水器よりもはるかに太いチューブが通っていた。



これが全部で10個ぐらいあったと思う。


20年以上も前のことだからまだ細菌をろ過できるフィルターは値段も高く、ひとつ24万円と言っていたように思う。



これに圧力をかけて水を外に排出し、培養液を濃縮する。


いわゆる逆浸透である。


ただし、この場合は浄水器とは水の流れが逆方向になる。


フィルターの中に細菌を溜め込むのではなく、フイルターの外側で細菌を濃縮し、必要のない水を排出するのである。



プラントの大まかな部分はCBIが担当し、こういった細かい部分はCSIが担当しており、広瀬は寸法どおりに上手くいったといって悦にいっていた。

上九に戻った僕はもう一度プラントがどんなものか見てみることにした。


右手前にあるタンクは、10トントレーラーの水を全部入れてもまだ余裕がある。


ということは、連結されたタンクは40トンほどの容量があったのかもしれない。


タンクひとつの高さは2メートル以上、横幅は3メートルぐらいだろうか。



前と後ろに金属製の梯子があり、上に登れるようになっていた。


登ってみると、まさに鉄の塊とでもいうべきものから、何本もの配管が不恰好に伸びていた。


異様な光景に思えた。


何か違和感がある。



オウムを離れた後に何度かオウムがらみの夢を見たことがあるが、その中で一番多く登場したのが実はこのときに見た光景だった。


それだけ印象に残っているということなのだろうけれど、そのときに感じた違和感の理由は分からなかった。



しかし、今考えてみるとその理由が分かる気がする。


自然には自然ならではの美しさがあるが、人間が作ったものにも美しさはある。


たとえそれがドラム缶のような一見美しさとは関係ないように見えるものでも、人間のために役に立つようなそれなりの外見をしている。



ところが、この巨大なプラントにはそれがなかった。


この巨大な鉄の塊は、人間のために、世の中のために何の役にもたたない。


そういう姿形をしていた。



おそらく僕はそれを感じ取っていたのだと思う。

アクセス解析を見てみると、このブログの閲覧者数は100人程度のようだ。


オウム事件はすでに風化してしまっているなということを強く感じる。



しかし、それでもコアなマニアとでも言うべき人たちが100人はいるということであり、更新を楽しみにしているという声があるのも事実である。


そこで皆さんには謎解きに挑戦してもらおうと思う。


オウムはなぜボツリヌスの培養に失敗したのか?である。



このボツリヌス事件といっていいのかどうか分からないが、知らない人のために解説しておきたい。


杉本は実際に何かを散布しており、その回数は最終的に20回から40回とされている。


したがって、この事件は未遂に終わったのではなく失敗だったのである。



しかも、サリン事件のときはプラントが稼動する前だったのだが、ボツリヌスの場合は数十トンクラスのプラントが実際に稼動している。


石垣島へ非難したのは当然とも言える行動で、ボツリヌスの培養が成功していたらサリン事件とは比較にならない死傷者が出ていたのではないかと思う。



そして、発端は何かというと坂本弁護士事件である。


麻原は坂本弁護士に毒物を使うつもりで、強力な毒はなんだと村井に聞いたところ、村井がそれはボツリヌスですと答えた。


早川が土壌調査をし、遠藤が北海道の土壌を採取しボツリヌス菌の分離に成功した。



このボツリヌス菌の分離から噴霧車による散布までの間のことをこのブログに書いているわけだが、どこで失敗したのかを自分が追体験しているつもりになって考えていただきたい。


まあ、正解したからと言って誰に自慢できるわけでもないが、心の中で「よしっ!」と叫んでもらえればと思う。


もうしばらくすれば僕がその答えをこのブログに書いてしまうので、もうあまり時間はない。