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このあたりの記憶はもはや曖昧になってしまっているが、翌日にはフィルターを使っての濃縮作業に入ったように思う。


培養に適した温度を保つための装置が何もない状況では、そのまま置いておくことに意味がない。



濃縮作業後に取り出されたフィルターを並べて、広瀬がうなだれていた。


見ると白いコンクリートのようなものでフィルターがガチガチに固められていた。


中にあるはずのチューブは全く見えない。



どういうことなのかと広瀬に聞くと、諦めたように説明してくれた。


ドラム缶の培養段階ではペプトンを使ったのだが、巨大タンクの段階で村井がカゼインを使うことにしたのだという。


ペプトンはサラサラの粉末状で簡単に水に溶けるのだが、カゼインは合板の接着剤に使われるものであり水には溶けない。


水を含ませれば膨潤して柔らかくなるが溶けることはない。


まあ、チーズフォンデュの水割りのような状態だと思っていただければ近いと思う。


それが逆浸透の強い圧力を加えられ、粘りのあるコンクリートの様に押し固められていた。


もちろんもうフィルターは使えないし、培養液を濃縮することも出来ない。



カゼインを使うことを広瀬は反対したのだが、村井は聞き入れなかったらしい。


カゼインはペプトンの価格の半分以下というのがその理由なのだが、バカにもほどがある。


「圧力鍋と一緒でドロドロやあ!」


と村井は言っていたらしいのだが、たしかに硬いすじ肉も圧力鍋を使えば柔らかくはなるが、決して水に溶けるようになるわけではない。


呆れてものが言えないとはまさにこのことだが、もはや今更どうしようもない。



というわけで、クイズの答えは、


本来ペプトンを使うはずだったのに、村井がカゼインを使ったから。


でした。

遠心分離機のそばに林(小池)泰男がいた。


2台の遠心分離機はどう見ても中古品だったので、「これ、使えるの?」と聞いたら、林 泰男は「うん、とりあえず動くようにはした。」と答えた。



世間の人たちはこの男について偏ったイメージしか持っていないと思うが、普段は陽気で軽いノリで話をする。


しかし、この男なりにどうしても譲れない部分がどこかにあるらしく、そこに触れられると態度が豹変する「怒らせるとこわ~い男」なのである。




そして時間は流れ、すったもんだの挙句ではあるが、ようやくドラム缶の中の培養液を巨大プラントへと移すところまでこぎつけた。


これでボツリヌスの培養はいよいよ最終段階へと入ることになる。



それまで村井と一緒にワークをすることがなかったので分からなかったが、今回のワークで村井の言動を直に見聞きすることが出来た。


あるとき村井はタンクの上に登って両手で手すりをつかんだままぐらぐら揺れていた。


何をしているのかと広瀬に聞くと「立ったまま寝ているんです。いつもそうなんですよ。」と答えた。


広瀬は出家して以来、村井が横になっているのを一度も見たことがないそうだ。



そしてもうひとつ。


タンクの上から村井は見下ろすようにして「これで人類の救済や!」と叫んでいた。


この言葉を聞きながら、僕はたしかにこの巨大タンクの量があれば日本人全員にイニシエーションがいきわたるかもしれないなと、呑気そうに考えていた。



ポアすることが人類の救済になると本気で考え、全力でワークに取り組んでいた村井。


その村井が夢見ていた人類の未来は、いったいどんな姿をしていたのだろうか。

朝になったので、10トントレーラーが水を運んできた。


これでとりあえず冷やすための水は用意できたのだが、さすがに村井もそのままではまずいことに気が付いたのだろう。


急遽CBIに作業を頼むことになった。



タンクは内側の鉄板を支えるために外側の鉄骨が飛び出している。


その鉄骨にステンレス版を貼りつけて水を溜めるということだった。


鉄骨にドリルで穴を開けてタッピンネジで留め、隙間はシリコンシーリング材でふさぐ。


さすがはCBIで作業は短時間で終わったものの、シリコンシーリング材が固まるまでしばらく時間が必要だった。




手が空いたのでプラントの周りを見て回ることにした。


プラントの奥には少し小さめの部屋がもうひとつあった。


その当時はどこにもドアというものがなく、ただ壁がないというだけのものだったのだが、左手の小さな空間から奥の部屋へ入ることが出来た。



外の右手側からは車が出入りできるような大きな空間があり、車が2,3台駐車できるスペースがあった。


そして、左側の壁際には遠心分離機が2台置いてあった。


クロレラの分離用に買ったものよりもふたまわりぐらい大きい。


これなら巨大タンクの中の培養液から水だけを取り出すのはたやすいように思えた。


しかし、なんか変だなと思ったが、その理由は後になってから分かることになる。

「じゃあ、冷やしてくれ。」


巨大プラントの滅菌が終わった後に村井はそう言ったのだが、僕は直ぐにはその意味が分からなかった。


広瀬が水専用のタンクからホースを引っ張り出してきてそれで水をかけるのだという説明をしたときには、はっきり言って絶句した。



村井と関わりがあった人間なら何度か経験していると思うが、村井は時々とんでもない失敗をやらかすのだ。


どうやらこの巨大プラントにはスチーム用の配管しか通っていないらしい。


普通に考えれば、滅菌用のスチーム、冷却用の水、培養温度を保つためのぬるま湯、この3種類の配管が必要なはずだ。



広瀬がちょっと困ったような顔をしていたが、村井の設計に口を挟めるはずもない。


仕方がないのでホース、といってもほんとの家庭用の散水に使われるようなホースなのだが、で水をかけることにした。



40トンの熱湯に、その容器の外側から10トンの水をかける。


誰がどう考えても冷えるはずがない。


それでも夜通し水をかけ続け、10トンタンクが空になる明け方には80度ぐらいにまで下がっていたと思う。

ボツリヌスの培養が失敗した理由としての専門家の見解は「複合的要因」というものになっている。


なんだか投げやりな感じもするが、あまりにも突っ込みどころが満載で分析を途中で諦めたのかもしれない。



土屋と遠藤の比較では、土谷が優秀であり遠藤はそうでもないという考え方もあるようだが、僕はそうは思わない。


ABC兵器の中で化学兵器が最も開発が簡単であることは専門化には明白である。


遠藤が取り組んだテーマは初めから、土谷が取り組んだテーマよりもはるかに難しいものだったのだ。




サリンは第二次世界大戦中にすでに量産化されており、土谷はすでにあった文献を参考にしてわずか1ヶ月でサリンの合成に成功している。


それに対してボツリヌス菌の大量培養は、人類史上未だに前例がないのである。


それでも遠藤は、少なくとも5菌株のボツリヌスの分離に成功している。



教団内で行われた実験では、2,000匹から3,000匹のマウスの内100匹を超えるマウスが死んだということだ。


僕は医学の専門家ではないので、この数字をどう判断すべきかは分からないが全く意味がないとも思えない。


幹部達の判断はともかく、麻原は培養は成功したと判断して、散布を命じた。


その結果は事件にも何にもなっていないのだが、遠藤は自分の培養には問題はなかったと主張している。



僕が考える限り、遠藤は相当に厳しい培養条件を突きつけられているように思える。


サリンであれば初めから液体であり、気化しやすいために兵器としては扱いやすい。


しかし、生物であるボツリヌスは液体ではない。


しかも、勝手に気化してくれるわけでもない。


本来は固体であるものを、後に兵器として使用するために、水の中という厳しい条件での培養を余儀なくされたということなのだろうと思う。


ボツリヌスの培養に必要な嫌気性という条件を守っての培養ということになると、どうやってそこから毒素を取り出すのかという問題が残ってしまうからだ。



もし、遠藤に質問出来る機会があるとするなら、仮定の話として聞いてみたい。


もし嫌気性を守れる培養条件、たとえば粘土の中とか寒天培地の中であれば、はたしてボツリヌスの培養は可能であったのかを。