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ダルドリーというのはオウムを語る上で絶対に外せないキーポイントであり、僕もダルドリーが起きなければ出家はしていませんが、空中浮揚となると全く話が違ってきます。


僕は麻原が空中浮揚をしているところを見たことがありません。


また、麻原以外の誰かが空中浮揚をしているところも見たことがありません。



自分の体験で言えば、クンダリニーヨーガの極限修行のときにあると言えばあるかなという程度です。


どうしてそんな曖昧な表現になってしまうのかと言うと、空中浮揚はいつ浮いたのか自分で分からないんです。


気が付いたら浮き上がっている、そんな感じです。




それは究境の瞑想のときに起こりました。


まあ、瞑想に集中しているので他のことにはなかなか意識が向かわないんですが、そのときは違和感を感じていました。


そこで、この違和感の正体はなんだろうなと考えてみたら、どう考えても床がないんです。(笑)



床がどこかへ行ってしまったかのように、蓮華座を組んでいる脚を支えているものが何もありませんでした。


何だこれは、一体どういうことだと思っていると、ドスンと音がして身体が床に落ちました。


実に不思議な感覚でしたね。


アパーナ気のように下から突き上げるような感覚は全く無い。


ウダーナ気のように上へ引っ張るような感覚も全く無い。


気の力でどうこうというのではなく、重力が無くなって浮き上がったかのようでしたね。


これが風(ルン)ということだと思いますが、それは気とは全く違う別次元の何かという気がしますね。

ダルドリーの実証実験をどういう風にやるのかというと、質量計を使ってその記録をとるところは同じです。


筋肉を使って飛び上がる場合は膝の辺りで床を押すことになるので、間違いなく実際の体重よりも重くなります。


例えば、体重60kgの人が一瞬だけ90kgとか100kgになるわけです。



これに対してダルドリーで飛んだ場合の質量が85kgとか95kgであるならば、この消えた5kg分がダルドリーのエネルギーによるものと判断できるわけですね。


ダルドリーが出来るサマナは沢山いたわけですから、そのなかから100人を選び出して筋肉の場合とダルドリーの場合を各10回ずつ飛んでもらい1,000個のデータを集めれば十分ではないかと思います。



しかし、なぜ井上が失敗したのかというと、空中浮揚なのだから質量の増加分はゼロだという前提で実験をやったからなのだろうと思います。


今更遅いですが、ほんとこの実験をやっておいて欲しかったなと思います。



僕が初めてダルドリーを起こしたのは信徒のときでした。


世田谷の東京本部で日曜の昼間に特別コースに出てヴァヤヴィヤをやっているときにいつもと違う感じに気が付きました。


ちなみにこのときのコースの担当が佐伯(岡崎-宮前)です。



いつもはエネルギーが強まってくると内側の圧力を感じるのですが、このときはそれが無くどこまでも広がっていく感覚でした。


そのどこまでも広がっていく感覚がレーチャカ(息を吐ききって止める。)が2分を越えたあたりで下方向へスコーンと抜けました。


床を突き抜けて地球内部へどこまでも行ってしまった感じですね。


続いてプーラカ(息を吸いきって止める。)が3分を越えた頃、今度は上方向へ突き抜けました。


天井をぶち抜いて宇宙空間をどこまでもって感じです。(笑)



そして、ヴァヤヴィヤの1回のプロセスが終わって次に移ったとき、レーチャカで1分を越えたあたりで下の方で何かがゆらっと動いたと思った瞬間、ものすごい勢いで上へ向かって駆け抜けていきました。


体感としては新幹線の10倍ぐらいのスピードでしょうか。


その何かが駆け抜けていったと思ったのと同時に、身体が浮き上がっていました。


このときのコースは佐伯が「ビデオは見なくていいだろ。」とか言ってヴァヤヴィヤを1時間半やっていたので、残り1時間以上ずっと飛び跳ね続けて大変でした。


まあ、今では懐かしい思い出ですね。

それにしてもオウムという集団にはダルドリーを起こしている人が大勢いましたね。


何百人いたんでしょうか、とにかくもの凄い数でした。



神秘体験というのがオウムの特徴といえますが、その神秘体験の中でもダルドリーというのは特殊なものです。


例えば、光に没入したり、肉体から抜け出したりというのはただの幻覚かもしれない。


心のプロセスと言っても、脳内麻薬の分泌によるただの薬物反応の可能性もある。


しかし、ダルドリーだけはこの現実世界に物理的に影響を与えている。



ただ問題はそれが本人にしか分からないということでしょうね。


オウムにはもう少し真剣にダルドリーの研究に取り組んで欲しかったなという気がします。


こんな馬鹿げたことを研究する人間は他にはいそうにないですからね。




オウムは空中浮揚を証明しようとして失敗しています。


どうしたのかというと、体重計というか質量計の上に乗って、ダルドリーと筋肉を使って飛んだ場合の比較をしたわけです。


企画はいつもの様にCSIつまり村井。


そして、ダルドリーを担当したのは井上。



実験の結果は、両者には違いがありませんでした。


まったく井上という男は、水中クンバカといい空中浮揚といい、必ず期待に応えてくれます。(笑)

僕は元々空中浮揚などというものには興味はありません。


求めているものは、解脱・悟りであり、これが僕の煩悩ということですね。



そういうことなので、滝本さんが信徒を脱会させたという話を聞いたときには、最初は意味が理解出来ずその後に二重の驚きがありました。


最初の驚きは、麻原が空中浮揚が出来ると本気で信じて入信した人がいるということ。


ふたつ目の驚きは、蓮華座を組んで筋力を使って飛ぶという誰にでも出来ることを見て脱会したということ。



筋力を使って飛んだところで、麻原が空中浮揚をしていないという証明にはなっていません。


また、麻原の空中浮揚とされる写真では、麻原が空中浮揚をしているという証明にはなっていません。


麻原の空中浮揚をしているとされる写真を見て麻原が空中浮揚が出来ると信じるというのと、筋力を使って飛んだのを見て麻原が空中浮揚が出来ないと信じるのは、どちらも盲信です。


まあ、僕にとってもどちらもどうでもいいことですが、ほとんどのサマナにとってもどうでもいいことだったと思います。



問題は空中浮揚ではなくて、ダルドリー・シッディのほうですね。


僕はオウムを知る前からヨーガ根本経典は読んでいたので、ダルドリーについては知っていました。


ダルドリーを起こすには強烈なエネルギーが必要ですが、そのエネルギーを強めるということに関してはオウムの修行は有効であったことは間違いないと考えています。



しかし、オウムの修行が郡を抜いて効果的であったかどうかは疑問が残ります。


例えば気功もエネルギーの修行体系だと思いますが、普通に気功をやっている人たちはそんなに長時間はやらないですよね。


オウムの場合は信徒でもいきなりヴァヤヴィヤ2時間とかですから。(笑)


サマナの場合は極限修行で、ヴァヤヴィヤとアパンクリアの合計を1日20時間とかですから、気功でもそれだけやればエネルギーは相当に強まると思います。

空中浮揚の第一人者と言えば、やっぱり滝本弁護士ですね。(笑)



滝本さんはオウム内部では悪魔と呼ばれていましたけど、これは最大級の賛辞です。


最強の敵としての力量を麻原が認めた結果ですから。



その滝本さんのことをはじめて知ったときは色んな意味で衝撃的でした。


サマナよりも綺麗に蓮華座を組み、麻原よりも高く飛び上がる。


やるなあ、って感じでしたけど、みんなできっと前世は修行者だったんだろうと言ってましたね。



驚いたのはやはり、脚の筋肉を使って飛び上がること。


これはビックリしましたね。


サマナにはこの発想はありません。


おそらくサマナ全員だと思いますが、エネルギーを強めてアパーナ気を上昇させることしか考えていません。


おかげでえらい苦労してます。(笑)



僕が初めて蓮華座を組んだのは小学生のときだったと思います。


当時はまだ蓮華座という言い方はなく、結跏趺坐と言ってましたね。


そして蓮華座を組んだまま、脚の筋肉を使って飛び跳ねて遊んでいました。



だから不思議だったんです。


滝本さんが蓮華座を組んで飛ぶことに何の意味があるのかが分かりませんでした。