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そう言えばバスにも乗りましたね。


目的地に着いたようなので慌てて飛び降りたら、料金を支払っていないことに気が付きました。


もしかして無料なのか?


とか思ってモスクワ支部のサマナに聞いたら、無賃乗車は見つかったら倍返しだと言われました。(笑)



あちこちに無名戦士の墓とかいうのがあって、ロウソクが灯されていましたね。


日本じゃ考えられない気がしますが、そこは戦勝国の特権なんでしょうね。



道端のあちこちで個人がテーブル広げて物を売っていたりしましたが、おばあさんが孫を連れてパンを売っているのとか普通に美味しそうでした。


地下鉄の連絡通路でも色んなものを売っていましたけど、なかでもネコを売っているのには驚きましたね。


ダンボールに何匹も入れられてウニャウニャ言ってました。



他には赤の広場も行きましたね。


東洋人が歩いていたので近づいていったら逃げられました。(笑)


顔の特徴から中国人っぽかったですね。



あとは何箇所か博物館のような施設に行ったりもしました。


チケットを買おうと思ったら、日本人にはロシア人の倍ぐらいの値段だったり、またチケット売り場の目の前で半額ぐらいでチケットを売っていたりしましたね。


こんな安いので中に入れるのかと思いつつ買ってみたら、ちゃんと使えるものだったのでビックリしたこともありました。



食事は適当にその辺の立ち食いの店とか入って、ハンバーグに温野菜付きで日本円で300円ぐらいだったように思います。


ソースはデミソースっぽい感じでした。


まあ、ボルシチの本場なので同じような味になるんでしょうね。


ロシアの食事は不味いとか聞いていたけど、普通に美味しかったです。


麻原からは好きなものを食べていいという許可が出ていたので、牛肉食べちゃってますけどね。(笑)



まあ、ロシア軍施設に1日中いるわけでもないので、自由時間は結構遊び歩いていましたね。

インドは明らかに日本とは違う国で、その辺を牛が歩いていたり道端でガージャカラニーをやっていたりしましたがロシアは日本とそんなに変わりなく、一部が違うという印象でしたね。


東京だと建物は上へと伸びていきますが、モスクワだとひたすら横に伸びていきます。


それが古い建物なのか廃墟の様になっていて、夜になるとあちこち真っ暗でした。



地下鉄もビックリでしたね。


日本の様に切符ではなくて、ボードゲームで使うなんだか安っぽいプラスチックのギザギザのコインの様なものでした。


しかもそれを入れるだけで出るときは何もなし。


どこへ行っても均一料金なので簡単なものです。



中に入ってからのエスカレーターが信じられないほど長い。


このまま三悪趣に落ちてしまうんじゃないかと思うぐらい長かったですね。(笑)


どこに終わりがあるのか見えないですから。


そして、そのエスカレーターをものすごい勢いでロシア人たちが走り降りていきます。


いったい何があったんだと思うほど、3段抜かしぐらいですっ飛んでいきます。


広いロシアでそんなに急いでどこへ行くって感じです。



店はやたらとキオスクが多かったですね。


日本のスーパーのような店はほとんどありません。


何かを買おうと思ったら、先にお金を払ってレシートをもらい、そのレシートと商品を引き換えるというものでした。


客が自由に触れるところには商品がなかったですね。



とはいっても20年ほど前の話だから、今は違うんでしょうけどね。

モスクワ支部は結構大きかったですね。


道場も広かったです。


丁度集中的なセミナーをやっていたらしかったですが、大勢の信徒が集まって修行するだけの十分なスペースがありました。



向こうではしばらく見なかったけどこんなところにいたのかあ、と思う懐かしい面々がいました。


上祐に大内、そしてサマナたち。


マハーヤーナで見たことのあるロシア人信徒も何人かいましたね。


そのロシア人信徒に合掌されてしまいましたけど、日本ではそんなことは一度もありませんでした。


もしかしたら、一部のロシア人は日本人よりも熱心だったのかもしれないですね。



風呂は海外ドラマや映画によく出てくる浴槽だけのタイプでした。


水洗トイレの水が流れっぱなしになっていて、それでも大丈夫だとか言っていたけど日本だと考えられないですね。



日本だと考えられないと言えば、牛乳は殺菌されずに売っていましたね。


見た目は日本と同じ牛乳パックなんですが、封を開けずにそのまま置いていても翌日にはドロドロのヨーグルトみたいになってしまいました。


サマナなのかロシア人たちが、牛乳でスパゲティやソバをゆでて塩を入れて食べていましたね。


日本では見ない光景だなと思ったものです。

モスクワまでは10時間ほどだったと思います。


オウムの人間がみんなでスーツを着て集まっているのは結構珍しい光景でしたね。


それにしても海外へ行った事があるのがインドとロシアだけっていうのもオウムらしいかなと思います。



道場で寝泊りして朝、バスでロシア軍施設へ出かけるというのを数日繰り返しました。


僕は責任者でも何でもないので、まあ、いつもそうなんですけど。


詳しいことは分からないのですが、なんだか武器商人の様な紹介をされている雰囲気でしたね。



そんなやつ日本にいるか、って話ですけど。


それで話が通じているということは、あの当時ロシアは武器を売って金に換えたがっていたということなのかなと思います。


どうしてそれが分かったのかというと、向こうの将校というのか軍人というべきなのか分からないですが、その男が言ったセリフからです。



もっぱら上祐が通訳を交えて話をしていたのですが、大佐という呼ばれ方をされることが多くあり、一番偉そうにしている奴を個人的には大佐だと思っていたら違いましたね。


いつもウォッカを飲んで酔っ払っているのが大佐でした。


偉そうにして仕切っているのは軍曹でした。(笑)



で、その軍曹がライフルの実弾射撃のときに面白いことを言いました。


もちろん外で実弾射撃をやったわけですが、みぞれ交じりの雪が降る中、ぬかるんだ地面に腹ばいになる必要があったわけです。


まあ、普通の日本人の感覚なら、服が汚れるから嫌だと思うでしょうね。



ところがさすがはオウムのサマナ達、まったくひるむことなく全員が射撃を終えました。


そして、その後の食事のときに、軍曹が目を輝かせながら「お前たちはセールスマンのくせに根性がある。たいしたものだ。」と言った訳です。


このときは自分の仲間達が、ちょっと誇らしかったですね。

しばらく待っていると、ドスドスドスッという足音に続いて、バタン!と荒々しくドアの開く音が響いて早川のおやっさん登場。


その後ろには舎弟の端本が。(笑)



おやっさん入ってくるなり、「ガフヴァぁ~、何やっとんやお前は~。」「しっかりやらんか~!」と言って怒ってましたけど、一体何を怒っているのやらはたからはさっぱり分からなかったですね。


端本はひたすら「すいません。すいません。」とペコペコするばかり。


まあ、どうせまた何かやらかして麻原から埋め合わせをさせられているんだろうなと思いましたね。


「死ぬ気でやれ。」とかハッパをかけられて、お目付け役が早川という良くある図式かと思っていました。



で、話を聞いてみると、これがロシアツアーの第2班ということでした。


第1班の話は聞いていましたが、ヴァジラヤーナなので詳しい情報は入ってきていなかったですね。


第1班の責任者が早川、第2班の責任者が上祐。


上祐とはモスクワで落ち合う。


上祐がいない場面でのまとめ役というか連絡係というかが端本ということでした。


ロシア軍施設へ入るので、最初だけはきちんと挨拶できる服装を用意しろということでしたね。


で、急遽富士の倉庫へ行ってお布施品の中からスーツやネクタイ一式と革靴を探すことに。


坊主頭でこの格好じゃ日本だとひたすら怪しいんだけどロシアは大丈夫なのかなと思いつつ準備は完了。


後は出発を待つばかりとなりました。