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法友(とも)へ

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世間は帰省ラッシュのようですな。


私もそろそろニルヴァーナへ帰らねば。(笑)



今年からブログを始めてみたものの、もうすでに面倒くさい。


誰か代わってくれないかと思うのだが、僕が持っている情報がこの20年間公開されずに来たということは、おそらく今後も公開されないように思える。


自分にしか出来ないことであったとしても、それが歴史的な大事業ならいざ知らず、もうすでに風化してしまっている事件についてのことになるとどうにもモチベーションが上がらない。



まあ、多少なりとは義務感を持ちつつ、もうしばらくブログを続けていこうと思う。



それでも、なんだかんだで少しは動きがあった。


ブログを始めてから接触した元師は二人。(深山さんを除く。)


ひとりはもうオウムとは関わりたくないということだったのだが、もう一人の方は面白いことを言っていた。



その元師が他の元サマナと接触して、元オウムのみんなで集まって事件がどういうものだったか話し合うことが出来ないかと考えていたところで、僕がブログを始めたのだそうだ。


これは天の時ですかねえ。


それとも、誰かが呼んでいるのか。(笑)



まあ、世間ではただの偶然と言うのだろう。


しかし、もしかしたら、何か大きな動きの前兆なのかもしれない。

後から色々と思い出してくることがある。



そう言えば、広瀬に手伝って欲しいと頼まれた翌日だったと思うが、麻原から電話がかかってきた。


ドラム缶で培養するには何が必要かと聞かれたので、ベルトヒーター、ポンプ、温度センサーと答えた。


麻原は、「分かった、こちらで用意しておく。」と言ったように思う。




それともうひとつ。


村井が失敗し、僕がボツリヌスの担当から外された後のことだ。


サティアンでの通常のワークに戻っていると、上祐と村井がやってきた。


僕と同じ部署に多少は化学をかじったサマナがいたので、上祐はそのサマナに化学反応によって発熱や冷却が可能なのかを聞いていた。



なるほどね、と思った。


村井が電気やスチームを使って失敗したので、それ以外の方法が何かないか探っていたのだと思う。


麻原は村井が失敗した後もボツリヌスを何とかしようとして、上祐を呼び寄せたのだろう。


上祐は同じ理系ではあっても、村井とは発想がまるで違う。



このふたりの対比は面白いなと思いながら話を聞いていたが、サマナが上祐に色々と説明するのをその横から村井があーだこーだと茶々を入れて邪魔をするのが妙に可笑しくて笑いそうになってしまった。


普段は自信満々で行動している村井が、上祐といるとライバル心むき出しになっているのは、いいものを見れたと思う。



僕がまだ担当していたときも、水酸化カルシュウムを使ったらどうかという話しも少し出ていたが、現実的ではないということで却下になった。


上祐も結局、化学反応による方法は見つけ出せなかったようである。

最初に話を聞いたのは88年の春ごろだったように思う。


あの頃毎週日曜日の午後に、ボーディーサットヴァの会という信徒の集まりがあり、そのときにまだ成就する前の村井がアストラルテレポーターの企画を語っていた。



麻原がエジプトへ行った時、石室の中でマントラが反響することを発見し、それを再現できないかというものだったと思う。


デジタル録音できる専用の装置を開発し、それを専用の部屋で16chサラウンドで再生するということだった。


CDの数十万倍の分解能を持つデジタル録音装置により、原音に忠実な麻原のマントラを再現し、その音に包まれて一気に意識をポアさせる。


というものだったが、ここですでにいくつかの問題点が存在する。



麻原のマントラを反響させたいのであれば、作るべきなのは16chサラウンドシステムではなく効果的に音を反響させる石室の方である。


おまけに、どんなに原音に忠実に再生できる録音装置があったとしても、CDの数十万倍の高性能のマイクはどこにあるのだろう?


さらに、その音を再生するスピーカーは、CDの数十万倍の高性能の音を忠実に再現できるのであろうか?



まあ、村井のやることは大抵は大風呂敷を広げては失敗するというパターンなのだが、このばかげた企画を実現する天才がオウム真理教には存在した。


それが富樫である。


今でこそハードが格段の進歩を遂げているために、誰でもそこそこの性能のボイスレコーダーを持てる時代であるが、富樫は今から25年も前にろくなICも無い時代に電子回路の組み合わせだけで、理論上はCDの数十万倍の性能を持つ録音装置を完成させたのである。

偶然というのは不思議なものだ。


ロシアツアーの記事を書いている最中に、AK 47の設計者のカラシニコフが亡くなった。



そして、時を同じくして、住友重機が機関銃のデータを改ざんして防衛省に納入していたことが発覚した。


僕がロシアで実弾射撃をおこなった物と同等と思われる、5・56ミリ機関銃は93年度から約4900丁が納入されているが、合格と不合格の割合は把握できていない。


ということなので、元自衛隊のサマナが言っていたこと符合するといってもいいのではないだろうか。



そして、もうひとつ。


王将の社長銃撃事件だ。


まだ未解決であり、犯人がサイレンサーを使った可能性もあるが、僕がロシアで実弾射撃をおこなった発射音の小さい銃と同様のものである可能性が高い。



まったくの偶然なのだが、なんだか妙な気分ではある。

あ~、実に懐かしい。


もう40年ぐらい前になるんでしょうかねえ。



梶原劇画と言えば、個人的にはあしたのジョーでもなく、巨人の星でもなく、空手バカ一代ですよ。


敵キャラが魅力的過ぎるのだが、中でも圧倒的な存在感でもの凄いインパクトを感じたのが、人間凶器 由利辰郎。



人間凶器だよ!


人間が凶器を持っているんじゃなくて、人間が凶器なんだよ。


これは正しい日本語であるのかどうかすら危ういでしょ。


もう、人間凶器、人間凶器、人間凶器って、マントラの様に唱えてしまったよ。



左手に持った湯飲みを、右手の人差し指一本だけで穴を開けてしまうのを見たときは、スゲぇ~と思ったもんね。


主人公が大山倍達であることを忘れてしまった。


まあ、フィクションなんだけど、ぐいぐい引き込まれる面白さがあったんだよなあ。




そう言えば、弟子の話も面白かった。


芦原がヤクザと喧嘩して破門になった後の復帰条件として、単身四国に乗り込んで道場を作るというのがあった。


それで道場破りをやったりしているうちに、何十人もの四国の空手家達に追い回される羽目になる。


山に逃げ込んで大きな木の上に隠れているところを見つかり、逃げることも出来なくなったうえに根元に枯れ木を集めて火をつけられてしまう。



熱風が吹き上がり髪がちりちりと焦げ始めたが、今更下に降りたところで火傷をおったうえによってたかって半殺しにされるだけという状況になってしまった。


そこへ木の下から空手家達が声をかける。


「東京へ電話をして大山に確認を取った。」


「お前のことは弟子でもなんでもない。」


「こちらとは何の関係もないので、そちらの好きにしていただいてもらって結構と言っていたぞ。」



これを聞いた芦原は、目に涙を浮かべて泣き始める。


そして、こう言うのだ。


「ああ、俺はこんなにも、」


「こんなにもグルに信頼されている。」



あ、いや、グルじゃなくて館長ね、館長。


いや~、しかし、すっごいセリフだよねえ。


ヴァジラヤーナなんだよなあ。



まあ、僕はこの頃からすでに下地が出来ていたのかもしれない。(笑)