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世間は井上祭りなんでしょうか?


まあ、何か書いておくかな。



心臓が止まると呼吸をする必要がなくなるので苦しくなくなる。


心臓に何らかの疾患がある場合は苦しいらしいのだが、修行によって心臓が止まる場合はそうではない。


まあ、なんというか、実に心穏やかに止まり、そして呼吸も止まる。



というわけなのですよ。


しかし、麻原のフォローも見事なものだと思う。

機転を利かしてるよなあ。


何を怖がっているって、そりゃあ自分がクンバカが短いことがばれるのが怖いんだろうけどね。


上手くごまかせていると思う。(笑)



しかしこれは、元々の企画に無理がある。

ガヴァンパティの15分という記録は極限修行によるもの。


ほとんど食事を取らずにいるために、極端に代謝が落ちているのだ。



その記録を破れとかはっぱをかけられても初めから無理のように思える。


それに元々、井上はクンバカが短い。


サマナの中では真ん中あたりか、それよりも短いぐらいだろうと思う。



それにしても麻原の行動がやはり謎なんだよなあ。


井上を大々的に売り出したいと思ってやっているのか、それともただ単にいじめているだけなのか。


どっちなんだろう?

とりあえず、軽く解説をしておきますかね。



修行者にとって、転輪聖王はただの煩悩に過ぎないので、ここまでは問題ないと思う。


重要なのはその先。


究極を求めるという心が迷いだったと言っている。



これは全くその通りだ。


解脱したいという欲求がある限り解脱はしない。


解脱とは、何も欲求がなくなった状態をいうのだから、解脱したいという欲求が残っているということは、まだ解脱していないということを意味している。


これは、心を止めようとして、そう心に思い続けるというのと同じことだ。


ダンテスダイジは、究極を求めるという心が迷いだったと言っている。


まさに解脱者ならではの言葉だといえる。



そして、さらにその後。


何一つ問題はなかった。


全ては完璧だったんだ。



素晴らしい。


これが録音されたのが、今から30年も前の事だとはとても信じがたい。


ダンテスダイジは天才だった。


そう言うしかないのではないだろうか。



そしてここで、麻原との決定的に違う考え方が明らかになる。


麻原はこの世は苦しみの世界であり、救済しなければならないと考えた。


それに対して、ダンテスダイジはこの世には何も問題はないと言っている。


はっきり言って、一般の人には悪い冗談にしか聞こえないだろう。


この余りにも不完全な世の中の、一体どこが完璧だというのか。



ダンテスダイジの教えが世の中に広まらなかった理由が分かる気がする。

01 シャカのさとり(A面)を聞いてみた。


https://onedrive.live.com/?cid=120d5b6837379d16&id=120D5B6837379D16%211918&authkey=!AJ3yMTEVz-n4SUw



ダンテスダイジの喋り方はなかなか面白い。


神仙の会の頃の麻原と似ている部分がある。



最後の方でダンテスダイジが語っていることを聞く限り、ダンテスダイジは間違いなく解脱者だ。


素晴らしい。


過去に日本人でここまでたどり着いた人物がどれほどいるだろうか。



しかし、不思議だ。


ダンテスダイジは生まれる時代を間違えたのだろうか?


そして、なぜ、あんなに早い時代に死んでしまったのだろうか?

れりごーーーーぉ、れりごーーーぉ、




「ありの~ままに~」ってことは、これって真我ですか?


真我独存ですか?




「悟ったな。」


「もうお前に教えることは、何もない。」(笑)




とりあえず読んでみた。


まあ、「すでに死んでいる。」って感じですかね。



「オセロの悲劇」を繰り返さないためにも、出来るだけ早くトッププロとの対決をすべきだと思う。


ハードの性能は1年で2倍になると言われている。


ソフトの改良で時間の経過とともにバグがなくなり、1年で金銀1枚分ぐらい強くなる。


これで2、3年後ということになると、タイトルホルダー全員が全敗ということになるだろう。



で、せっかくなので激指であから2010の対局を検討してみた。


まあ、しかし、人間の弱いこと弱いこと。


この本の著者はもの凄くプロ棋士に気を使っているが、もっとはっきり言ってもらうことをプロ棋士側が受け入れるべきだと思う。


清水の6六金打ちは、はっきり悪手でしょう。


この手で一気に形勢が傾いた。



さらなる悪手が8六桂打ち。


詰めろにもなっていないぬるい手にしか見えない。


ここで評価値は致命的に悪くなってしまった。


他にもあらゆる局面で言えるのだが、コンピュータは特に悪い手を指さないが人間はどちらかと言えば悪いという手を連発する。


一手指すごとにじりじりと形勢が傾いていく。



で、興味はコンピュータの方へ移るのだが、まだ人間の思考パターンをコンピュータで真似るということは成功していない。


これ、面白そうだよねえ。


自分にプログラミング能力があればやってみたいところだ。



もし、オウム時代にこんな事をやっていたのなら、麻原なら参加したがったかもしれない。


「ナンディア1ヶ月あれば出来るな。」


とか言い出しそうな気がする。(笑)