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で、誰が犠牲になるのかっていう話なんだけど、細かいやり取りは忘れたが麻原のお供にくっ付いてきたKPA師がやることになった。


しかし、KPA師って誰だかバレバレなので名前を伏せることに意味がない気もする。(笑)



またしてもカレーライスが運ばれてきて、村井の合図でスタート。


速い、予想通りサマナはやっぱり速い。


村井が「5分です。」といった頃には既に半分がなくなっていた。


最後の方はペースダウンしたが、それは別に苦しくなったとかじゃなくて、時間に余裕があるからというだけのこと。


結果的に11分でフィニッシュ!



麻原から「しっかり味覚を遮断したな。」と言われていたが、とてもそんな風には見えなかった。(笑)


いつもそうなのだが、麻原は弟子たちがやれといわれたことを素直にやるとご機嫌である。



僕はといいますと、こちらにお鉢が回ってこないように、出来る限り声を出さずにいない振りをしていた。


麻原は目が見えないものだから、呼びつけておきながらそこに誰がいるのかを把握していないのだ。


まあ、心の中では村井なら楽勝だろうなと思ってはいたのだが。

馬鹿でかい皿に乗せられたカレーライスが運ばれてきた。



それは麻原の目の前に置かれているのだが、実はここからが大変なのだ。

麻原は目が見えないので、カレーライスがどこにあるのかが分からない。

しかも、麻原の身体に触れてはいけないのである。



身体に触れるとエネルギー交換がなんたらかんたら、という話になるからである。


どうやって介護するんだ。(笑)


まあ、村井は慣れたものなので、麻原の右手にそおっとスプーンを乗せ、左手のクルタの袖をつかんでそおっと皿の方へと引っ張っていく。


村井がストップウォッチを片手に「始めて下さい。」の合図で、麻原が食べ始めた。


が、しかし、ペースはそれほど速くはない。


まあ、当たり前っちゃあ当たり前で、麻原はスプーンと皿は手に持っているが、馬鹿でかい皿の上のどこにカレーライスが乗っているのかが見えていない。



あさっての方向へスプーンを動かすものだから、テーブルの上にカレーが飛び散り、お髭の周りはカレーだらけという、普通に考えればかなり情けない様子になってしまっていた。


偉大なグルのこんな姿は、とてもじゃないが信徒には見せられない。



「今、どのぐらいだ?」


「半分ぐらいです。」


とか、


「もうそろそろじゃないか?」


「まだ残っています。」


とか、麻原と村井でやり取りをしているのだが、麻原の苦戦は続いている。



「もういいんじゃないか?」


という麻原の問いかけに、村井は「まだ残っています。」と答えるのだが、目が見えない人間にそんな事を言ったって、綺麗に片付けられるわけがない。


まだ筋状にカレーライスが残っていたが、麻原の「もういいだろう。」というちょっと怒ったような言い方で終了。(笑)


時間は18分ほどで、見事にクリア。


さすがは偉大なグル。



ということなのだが、普通に考えればこれは醜態ということになるのだろうと思う。


末端のサマナや信徒はそんな麻原の姿を見ることはないと思うが、麻原自身は自分の身近にいる者たちに自分のそんな姿を見せることに頓着していない。


で、グルが手本を示したので、当然のことながら弟子がその後に続くこととなる。

さて、行法解説もいよいよ最後となった。


まあ、アパンクリアは個人的には特に必要だとは思っていないのだが、やりたい人はやればいいと思う。



蓮華座を組んで座る。


両手は自然に膝のあたりに置く。


両鼻で呼吸する。



最初はシュッ、シュッ、シュッと軽く早く、1秒間に数回の呼吸から始める。


これを段階的に強く長くして、最終的には数秒間に1回の呼吸にまで持っていく。


呼吸の回数に特に決まりはないが、全行程で20数回から30回程度である。



息を吐ききったところでトライバンダ。


ムーラバンダ、ウッディーアナバンダ、ウッドジャーランダラバンダの順で行う。


一般的なトライバンダとは順番が異なる。


一般的なトライバンダでは、ムーラバンダ、ジャーランダラバンダ、ウッディーアナバンダの順で行うのだが、アパンクリアでは喉のバンダが最後になる。



ヴァヤヴィヤと違って、行うのはレーチャカのみでプーラカは行わない。


一般的なジャーランダラバンダでは、顎の先端を喉の下の逆三角形になっているところへ押し当てる。


なんというかホースをグニャッと曲げるイメージで気道を閉じるのだが、アパンクリアでは逆に顎を前へ突き出す。


ホースの中が真空状態になって、前後がくっ付くイメージである。


上手く出来ているかどうかは、手で触って確認してみると良い。



トライバンダが完成したら、舌先を上顎に付け、目は半眼にして頭頂を見るように眼球を上へ向ける。


後は限界まで耐えるのみである。

未解決事件スペシャルで、サイコパスについての簡単な説明があった。



サイコパスというのは単に精神病質ということであり、犯罪者という意味ではないらしい。


世間で一般的に認識されていると思われるのは、サイコパスの犯罪者のというかサイコパスの殺人者ということのようだ。



で、このサイコパスというのは人口の0.1%程度いるらしい。


したがって日本にも10万人ほどのサイコパスが存在することになる。


その特徴は普通人のような良心の呵責というものがないということである。


これは人生を有利に生きていくための強力な武器になる。


普通の人間ならこれはダメだろうと思うような場面でも、まったくブレーキがかかることなく、他人を犠牲にして自分の利益を追求できるからだ。


なんて素晴らしいんだ。



そして、サイコパスの中でも頭のいいサイコパスは、この能力を最大限に生かすことが出来る。


しかも、人を引きつける魅力を持っている。


政治家や事業家、芸能界に占い師、その活躍の場は多岐に渡っている。


いわゆるカリスマと呼ばれる存在である。




麻原ももちろんこの能力を持っていたし、弟子の中でも井上や大内などは、オウム内でも井上教とか大内教とか言われるほど一部の信徒から信頼されていた。


しかし、面白いことに、麻原はカリスマになるようではダメだと言っていた。



まあ、僕の場合は、頭の良さもなければ魅力もないので、サイコパスは全く関係がないのだが。(笑)

テレビっていいかげんだよなあ、と思ったりする。


この前の未解決事件スペシャルの冒頭で、国松長官が銃撃されるシーンでいきなり「おいおいっ!」と思ってしまった。


19年ほど前の事なので、もはやお忘れなのかもしれないが、銃撃した犯人はあんな銃の打ち方はしていない。


オウムの再現ドラマでは事実と違っていることがよくあるのだが、しょっぱなからこれでは全体の信頼性が大きく損なわれることになる。



まあ、同じチャンネルでやっていた「ゼロの真実」でも事実と違うところが見られたのだが。


刑の執行を待つばかりの死刑囚が、面会に来た者達に「君は初めてだね。」と言うシーンがあった。


それ嘘ですから~。


死刑が確定したら面会できませんから~。



さらに、面会を断られて持ってきた花を渡してくれるように、警備員らしき者に言うシーンの後。


死刑囚が自分の房で花をビンに飾って見ているシーンがあった。


それも嘘ですから~。


死刑囚への差し入れは、現金と切手だけですから~。


オマケに東京拘置所には警備員はいませんから~。



まあ、しかし、こういういい加減な情報も、テレビから発信されると事実として国民の皆様に広まっていくんだろうなあ。