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グルっぽで動きがあったので軽く書いておこう。


今までの経験上、やりとりが続くことはなく突然打ち切られるということを学んだのでね。(笑)


もしくは、論点がどんどん見当違いの方向へ行ってしまうかだ。




で、「死ぬのが怖い」ということについて何をどう考えるのかというと、


何が怖いのか、何故怖いのか?


誰が怖いのか?


何が死ぬのか?



ついでに、


何が輪廻転生するのか?



これらは全て、麻原が言ったように「私はだ~れ?」という問いかけにその答えがある。

また始まるんだなあ。

それなりに楽しみ。


そう言えば、槙島が「死ぬのが怖くないなどと言うのは、想像力が欠如したバカだ。」みたいなことを言っていた。

う~む、なるほど~。(笑)

一応見るかな。


http://live.nicovideo.jp/watch/lv190176497


後で激指を使って棋譜解析をしてみよう。




豊島が挑戦している王座戦の棋譜を解析してみたけど、豊島に悪手が連発して自滅した格好になっていた。


まあ、いつものことで、負けるには理由があるということだ。



しかし、こうやって見てみると、羽生の指し手は全てコンピュータの読み筋にあるのだから、羽生将棋はコンピュータ将棋と言ってもいいかもしれない。


前にコンピュータ将棋は大山将棋に似ていると思ったが、強いということはよりコンピュータに近づいているということなのかもしれない。



まあ、コンピュータといっても千差万別で、最近は人間のような指し手を好むソフトが増えてきているが、ボナンザのようにブロックしている腕の上から叩くような超攻撃的なソフトもある。


プロとの対局を見てみたいと思っているのは僕だけではないだろう。

コメントがあったのでこれもついでに書いておこう。



かつてオウムには護摩供養と呼ばれるものがあった。


これは皆様ご存知の様に、喉にグルやシヴァ大神を観想して食物を供養するというものである。



ここでの重要なポイントは自分が食べているのではないということである。


まったくオウムのサマナもピンからキリまでいたもので、喉にグルを観想するとその頭の上に自分が食べたものがべちょっと乗っかって気持ちが悪いと言うアホがいた。


こんな奴らは一体何のために出家したのだろうとよく思ったものだ。


まあ、そんな事は内部の人間にしか分からないことではあるが。




あくまでも食べているのは神々である。


自分はただの道具にすぎない。


それが上手くいくと面白いことが起こる。


頭上から白銀光がやってくる。


瞑想の時の様に光に包まれるわけではないが、身体がしびれ快感が走る。



これがオウムのようにエネルギーを主体とした修行体系の特徴である。


これはワークであっても思索であっても同じなのだが、基本的には正解に辿り着くとエネルギーが動き快感を感じる。


その行為が正しいのかどうかは、自分で判断する必要がない。


全てはエネルギーが教えてくれる。

KPA師が期待通りの結果を出したので、麻原は次の犠牲者を探し始めた。(笑)


「マンジュシュリー、お前はやらないのか?」


と言い出したのだが、これは予想通りの展開だった。


まあ、個人的にも見てみたかったのではあるが。


ほんと悪い癖だと思うんだけど、勝負事になるとなんかワクワクするんだよなあ。(笑)


ぜひともKPA師の記録を破っていただきたかったのだ。



が、しかし、ここで思わぬ展開が待ち受けていた。


村井が「しもた、地丹をやってくるんやなかった。」


と言い出したのだ。


地丹とは、皆様ご存知の様に、漢方薬を使った修行法の事である。



20種類ほどの漢方薬をすりつぶし粉末状にしたものを、どんぶり一杯いただくのである。


なんて素晴らしいんだ。


この修行法は恐ろしいまでにエネルギーを強めるのだが、ナーディーが細いと吐いてしまう。


諸刃の剣の修行法である。



まあ、美味しければいいんだけど、漢方薬を煎じるのではなくそのまま丸ごと口の中へ入れて美味しいはずもなし。


しかも、どんぶり一杯って。(笑)


当然の事ながら、食事など出来るはずもない。


ましてや、カレーライスの超大盛りなど、狂気の沙汰である。



で、村井は理由を説明し、いったんは断った。


が、しかし、そこはヴァジラヤーナのグルと弟子の関係である。


麻原の「なんだ、やらないのか?」の一言に、


「やらせていただきます。」と答えてしまうのである。



正直な話、マンジュシュリー正大師って、やっぱり凄えなと思ったものである。


僕なら絶対断ってるよね。(笑)