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コメントがあったので、これもついでに書いておこう。


多分、大部分はすでにこのブログに書いたことと重複しているとおもいますが。(笑)



麻原の思考パターンの特徴は、というよりはその欲求は、王になりたいというものだと思う。


おそらくそれは、生まれながらのものなのだろうと思う。



他人の事は分からないが、自分にはそんな欲求はない。


自分はあくまでも自分本位、自分の好き勝手な人生が送れればそれでいいと考えている。


まあ、大部分の人がそうなのではないかと思う。



ところが麻原の思考パターンはそうではない。


彼は子供の頃から、とにかく王になりたがるのだ。


そして、目的のためには手段を選ばないのだが、王になれないことをとても悲しむ。


それがまるで、人生における至上命題のようだ。



小さな頃は自分の身の回りの世界の中での王だったものが、成長するにつれてその願望は次第に肥大化していく。


それは事業家として成功することであったり、政治家になり総理大臣になることであったりした。


だから、麻原の前世には、徳川家光や朱元璋などがあり、ほかにもイムホテップやベンジャミン・フランクリンなどもある。



しかし、現実には、どの世界においても王になどなれない。


そんな中で麻原は宗教の世界であれば、王になれることを見つけるのだ。


そして、その中でも真理勝者というものに目をつける。


これはオウムの教義を知っている人には、説明不要の最強の王である。



世間一般の人たちから見れば、全くバカバカしいたわごとにすぎないのだが、この真理勝者というのは宇宙の王なのである。


しかも、ひとつの宇宙の王ではない、10億の宇宙の王なのである。


完全解脱すれば、この真理勝者になれるのだ。



そのためには、救済を手伝う最終解脱者の弟子たちが必要となる。


麻原と弟子たちが力を合わせて、全ての魂を救済することで、この目的が達成されるのである。


(続く)

オウムの修行法は激しいものが多いが、その多くはヨーガ根本経典から来ている。


その背景には、麻原がヨーガ根本経典に書かれている行法を、そのままやろうとしたことがある。


昔の経典に書かれていることをそのまんまやろうとするなんて、そんなやつ麻原ぐらいしかいないんじゃないかと思う。


まあ、正直な話、とてもまともな人間のやることとは思えない。(笑)



しかし、やろうと思わなければ何も出来るようにはならないので、そのチャレンジ精神は称賛すべきなのかもしれない。


それにしても、オウムには才能のある修行者がたくさん集まっていたように思う。


ナウリひとつをとっても、実に大勢が出来た。


麻原はもちろん、中村、井上、その他のサマナだけでなく、信徒でさえも何人も出来るものがいた。


支部で信徒指導をしている時に、他のヨガ教室にいたことがある信徒さんから、番場一雄がナウリをやろうとして腸捻転を起こして何度も病院に運び込まれたことがあると聞いたのだが、オウムではそんな話は出ていない。


オウムの修行者たちというのは、ナウリのような高度な行法でも簡単にやってしまうような連中なのだ。



が、しかし、そんな麻原でもやらなかった行法もある。


それらを少し紹介したいと思うが、現代日本人から見れば報復絶倒である。


てか、実はインド人が偉大なのかもしれない。(笑)


もちろん、タントラの秘儀も存在する。

何か前にも書いたような気がするが、まあ、いいか。



タントラヤーナとは煩悩を利用する修行体系である。


幹部たちは、麻原からワークという名の課題を与えられる。


ここで対象になるのはあくまでも幹部だけである。


なぜなら、サマナたちは言われたことを逆らうことも出来ずに、強制的にやらされるだけだからだ。



オウムの教義が複雑で理解しがたいのは、救済する側と救済される側が明確に区分されているにもかかわらず、麻原からの指示や説法においてどちらへ向けてのものなのかが宣言されていないところにある。


この両者への内容はお互いに矛盾しているのだが、オウムの教義と言えるのは、救済する側に向けてのものだけである。



で、そのワークを一生懸命やって、実はそれが自分の煩悩であると気付く。


グルは鏡であるために、グルが自分に与えたワークは自分の煩悩なのである。


それに気付くことで観念の崩壊が起こり、観念に付随する自我も同時に崩壊する。


これがタントラヤーナの修行である。



まあ、今回はそれは置いといてと、



人間の根本的な煩悩といえば、睡眠、食欲、性欲である。


睡眠と食欲を完全に遮断すると死んでしまう。


ところが、性欲は生きていくために全く必要がないのである。


全部遮断してしまっても一向に差支えがない。


しかも、これは相当に強いエネルギーを持っている。


したがって、性欲を修行に使うのは非常に合理的であると言える。



そして、修行に使うためには、そのエネルギーを漏らさないようにしなければならない。


漏らさないという点においては、男も女も同様である。


男は漏らさずにいようと思えば、何年でも漏らさずにいられる。


しかし、女はそうはいかない。


だいたい1ヶ月に1回は漏らしてしまう。


まあ、自然の摂理なのだから仕方がない。



これについて麻原は、「修行法として生理を止めるやり方もあるが、オウムではそれはやらない。」と言っている。


まあ、後は個人的に伝授されているかどうかだ。



んで、男の場合の詳細はどうなのかということである。

ダニーの活躍を見ようと思ったんだけど、ニコ生見れないんですけど、


なんでだ?



てか、対局場がハレクラニって、日本じゃないんかい!


将棋連盟も思い切ったことをやったもんだなあ。



まあ、棋譜が見られるからいいか。


http://live.shogi.or.jp/ryuou/kifu/27/ryuou201410160101.html

ソーナーは女性幹部から嫌われていた。


特に石井の嫌悪は大変なもので、ソーナーのいないところでボッロクソにけなしていた。



麻原というのは面白いもので、こういうとき一緒になってけなしたりしない。


このときもソーナーを庇う様な発言をしていた。


まあ、石井は石井で、こんな事をやっているから、麻原からB型の女は邪悪心が強いと言われてしまうのだが。(笑)



それともうひとつ。


麻原と関係があったとされる若い女の子についても、女の子の方にも色々と問題があったように思える。



あるとき、泰男にいさんが「まいったなあ。」


と言っていたので、「どうしたの?」と聞いてみると、


麻原から、女の子を取り戻して来いと言われたということだ。


「お前ひとりでやれ!」と言われたらしく、とても困っていた。



しかし、まあ、出家していたはずの女の子が、どうしてそんなところにいるのやらだ。


泰男にいさんは、仕方なく事務所(表向きは芸能事務所)に出かけて行き、話をつけて女の子を連れて戻って来た。


頼りになる男だねえ。(笑)



その女の子はこのブログには書けない様な事が色々あって、すったもんだのあげく麻原に助けを求めてきたらしい。


世間ではこの女の子との関係について、一方的に麻原だけが悪いように書いていたりするのだが、泰男にいさんから聞いた話では、いや、書けない。


やっぱ、書けないわ。



最近ではリベンジポルノの問題が取り上げられたりするけれど、あれは素人だからなのだろうか。


相手がプロだと話が付いた後はそういう問題はないように見える。


まあ、騒ぎが大きくなって警察沙汰になってしまうと、取るものも取りっぱぐれるだろうし、次から信用されなくなるというのもあるんだろうな。