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「私とはなにか?」と考えるよりも、「死ぬのを怖がっているのは何か?」と考える方がやりやすいように思う。


なぜなら、「私とはなにか?」と考えてもどこにも取っ掛かりが無いのに対し、「死ぬのを怖がっているのは何か?」と考えるのは、恐怖という取っ掛かりがあるからである。



というわけで、その取っ掛かりを作るために、身・受・心・法について考えることになる。



この「私とはなにか?」について考えることは素晴らしい修行となる。


なぜなら、この問いには答えが無いからである。


一種の公案のようになっているのだが、正確には知識の中に答えが無いと言ったほうがいい。



知識というものは心の中にある。


心がなくなれば知識もない。


心の中に答えが無い問いを、心を使って考え続けていると、心はいつしか考えることをやめてしまう。


つまり、心を使って心の外へ出ることが出来るのだ。



これが先人達が見つけ出した技術なのだが、オウムではこれをジュニアーナヨーガと呼んでいる。


そして、エネルギーを使って心の外へ出る方法をクンダリニーヨーガと呼ぶ。


バクティーヨーガにおいては、帰依を使って、他力によって心の外へ出る。



まあ、どれを選ぶかは、その弟子のカルマしだいということになる。

宇宙とかいうと普通は修行とは関係なさそうに思えるかもしれないが、オウムの場合はそんなに珍しいことではない。

創世記はもちろん宇宙の誕生やその構造を表したものであるし、「未来へ」においてもその他アニメのシーンでも麻原が地球外からやって来たことを表している場面がある。




で、どうやって地獄を破壊するのかというと、これはシャカムニが行ったのと同じ破地獄の瞑想を使う。

「自己の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする。」

まあ、これについても、おろし金が出てくる下手なマンガを見たことがあるだろう。(笑)


地獄は苦しみの世界であるがために、苦しみが吸収されてなくなってしまうと、それ以上は存在出来なくなる。

が、しかし、恐ろしい苦しみの中、文字通りの地獄の苦しみを味わいながら、そんな瞑想の実践は不可能だ。

だからここで、四念処の瞑想が意味を持つ。

「肉体は私ではない。」

「感覚は私ではない。」


四念処の瞑想を今生で完成させるのであれば素晴らしい。

地獄へ落ちてから完成させるというのであれば、それはそれで構わない。

いずれにせよ、麻原の弟子である以上、地獄へ落ちることは避けられない。


このことについて麻原は笑いながら言っていたものだ、

「地獄へ落ちることが決まっているのなら、修行するしかないだろ。」と。

地獄が消滅することによって、いわゆるエントロピーの逆転現象が起こり、宇宙は拡大から収縮へと向かう。


地獄に続いて餓鬼、動物・人間と順番に消滅していく。


その結果として、その世界にいた魂たちは居場所が無くなり、高い世界へと転生していく。


この世が苦しみの世界ならば、地獄が苦しみの世界ならば、その世界そのものを消滅させることによって救済する。


これが真理勝者の救済計画である。



よくもまあ、こんなアニメみたいな荒唐無稽なことを考え付いたものだなと思うのだが、麻原の頭の中がそうなっているのだから仕方が無い。


輪廻転生については「死と転生」において、宇宙の構造やその誕生については「創世記」で解説されているので、このブログを見ているような読者の皆さんには説明は不要だろうと思う。


まあ、しかし、映像だけで見るよりも、説明だけのほうがまだ分かりやすいかなという気はする。


大体においては、シーハが踊る。


他のサマナも踊る。


意味分からん!


という構成になってしまっている。



で、こうやって全ての魂が救済され、宇宙は消滅するのだが、ここでの注意点がひとつある。


それは、破壊は地獄からでなければならない、ということである。


例えば、人間界から救済を始めると、人間界からエントロピーの逆転が起こり、上の世界へと向かっていく。


その結果、地獄、餓鬼、動物の世界は救済されずに取り残されてしまう。



だから、救済は地獄から始めなければならない。


人間界は修行の場である。


救済は地獄からであるために、人間界で修行をした者達が地獄へ落ちる必要がある。


したがって、麻原とその弟子たちは、みんなで揃って地獄へ落ちなければならないという理屈になるのだ。



しかし、弟子たちに、お前たちは私の弟子として地獄へ落ちるのだぞ、とか言われても、「はい、喜んで。」と答えるのは村井と新見しかいないのではないだろうか。


まあ、他にも数名いるかもしれないが。


ということなので、ヴァジラヤーナのグルは、弟子たち地獄へ落とすために騙すということなのだ。


そのために、用意周到な様々な方便が用意されることとなる。

さすがと言うべきか、当然と言うべきか。


またしてもコンピュータとプロ棋士の対戦に関する番組が放送される。


ETV特集「棋士VS将棋ソフト 激闘5番勝負」

http://tv.yahoo.co.jp/program/95034633/



やっぱ、見るしかないでしょう。

無始の過去から現在に到るまで、この世界には24人の真理勝者が誕生したとされる。


麻原が狙うのは、その25人目である。



宇宙の誕生は爆発から始まり、現在、膨張し続けている。


これが、創造・維持(ブラフマン・ヴィシュヌ)のプロセスであるのだが、では、破壊(シヴァであり、オウムの主宰神)はどのようにして起こるのだろうか。



これは、現在の内側から外側への動きと逆方向、外側から内側への動きによってである。


オウムの教義においては、


とか、わざわざ書かなくても、このブログで書いていることは基本的にはオウムの教義である。


僕はそのオウムの教義を知っているだけである。



世の中にはオウムの教義を知りもしないくせに、偉そうな事を言う人が大勢いるなと思うのだが、


まあ、いいか、そんな事は。



オウムの教義においては、宇宙の内側はエネルギーが高く温度も高い、したがってこれが高い世界ということになる。


逆に、宇宙の外側はエネルギーが低く温度も低い、したがってこれが低い世界ということになる。


外側から内側へと向かう動きは、つまり宇宙が収縮へと向かうということなのだが、何度も書くがオウムの教義においては、宇宙全体が均一に収縮するのではなく、外側から収縮が始まり(つまり、その間内側は収縮しない)内側へと向かうということになっている。


ということは、つまり、一番外側の最も低い世界、地獄から崩壊が始まり、それが内側へと伝わっていくということになる。


(続く)