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それでは、ブログ再開です。

嘘じゃないよ~。



とある日曜日。


いつもの様に、午後からボーディーサットヴァの会へ出かけた。



道場の2階で待っていると、スタッフのTさん(DV師)がいつもの様にいい声で説明を始めた。


「今日のバクティはいつもと違いまして、技術者を募集します。」


と言う。



どういうことかいな?


と思ったら、何のことは無い、ハンダ付けが出来る人ということだった。


というわけで、それなりに腕に覚えのある男数名で、玉川学園前まで出かけることになった。


当時、玉川学園前には、男性スタッフたちが居住している一軒家があったのである。



中村の指示どおりに動いたおかげで、待ち合わせ場所が分からずに時間がかかってしまったが、そこはそれ信徒達が臨機応変に動いたおかげで無事にスタッフと合流。


みんなで一緒にテクテクと住宅街を歩いていく。



途中で越川とすれ違う。


これからアルバイトに出かけるところだという。


一軒家にはサンガの連中も一緒にいるらしい。


最近、道場で越川の姿を見かけなくなったなと思ったら、知らないうちにサンガの一員になっていた。



この頃の出家の条件は120万以上のお布施。


後にこれが、全財産なら金額はいくらでもいいということになり、条件は緩和される。


が、当時は120万のお布施が出来なければ出家は認められなかった。


出家するには、それに見合う功徳が必要とする考え方である。


なので、スタッフと一緒に共同生活を送ることで、家賃や食費を浮かせて早く出家しようというのがサンガのシステムだった。

そう言えば、選挙前に印象深いことがあった。


当時は軽トラに試作したばかりの音響機器を乗せ、総本部道場の裏手でマーチを流してテストをしていた。



軽トラの横には麻原がいて、道場の2階に向かって「どうだ、みんな聞こえるか?」と聞いていた。


サマナたちが窓から身を乗り出して、元気よく「はい、聞こえます。」と答えると、今度は「サティアンはどうだ?」と聞いていた。



そんな頃、僕がサティアン内の廊下を歩いていると、頭の上から声がした。


上を見上げると、遠藤の実験室前の中二階の踊り場に、麻原と富樫の姿があった。


麻原は何やら富樫に話しかけていたと思ったら、突如大声で「マハーナーマ、頼んだぞ!」


と言って、富樫を抱きしめた。



富樫は「はひっ、」という何だかかすれた声で返事をしていたが、麻原はさらに「お前だけが頼りだからな。」とダメ押しをしていた。


あそこでは一体、どんな悪い相談がまとまっていたのだろうか?




そして、富樫と言えば、やはり温熱ではないだろうか。


死の淵から蘇った話は有名だと思う。



50度の熱湯をかけられてドラム缶の中で脱糞し、心配停止状態に陥ったものの中川が蘇生させた。


この時富樫は、リアルにバルドーを体験する。


まあ、オウムの教義の正しさを証明した功労者の扱いである。



しかし、二度目のチャレンジでは生還することなく、そのまま命を落とす。


これは二回とも本人が望んだことであるのだが、一般人から見れば常識外れもいいところであり、狂人にしか見えないだろう。

アストラルテレポーターの①はいつだったかなと思い起こしてみれば、随分と前だったので驚いた。


http://ameblo.jp/aiyokutensi/entry-11737964920.html


これでようやく、ロシアツアーに続いて書きかけの記事を片付けることが出来る。


去年同様、今年も3月中のブログの更新はないので、早いとこ片付けてしまいたいものだ。



知っている人には説明は不要だが、アストラルテレポーターとは何かというと、ハイレゾの録音再生機器である。


本体は電子回路を組み合わせただけのものであり、そのデジタル信号をアンプを使って増幅する。


そこから先はスピーカーであったり、何も接続せずに電流を流したり、コイルを接続したりする。


修法に使うものが音、電流、磁界と様々であるが、本体そのものは電子機器である。



そう言えば、アンプで思い出したけど、選挙中にというかその前からだけど、いわゆる選挙カーというものをオウムは恐ろしいほど安く作っていた。


皆さんお馴染みのオウムソングを大音量でガンガン鳴らしていたのだが、その時のアンプをCSIが自作した。


ウォークマンを安価で大量購入し、ステレオ音源をモノラルにしてアンプにつなぐ。


モノラルだから当然増幅回路は通常の音響機器の半分しか必要ない。


おまけにウォークマンがプリアンプ部を担当するのでパワーアンプ部はトランジスタに抵抗にコンデンサーが1個ずつというめっちゃくちゃ単純な回路で十分だった。


フルセットで1万円程度だったような記憶があるのだが、どうだっただろうか?



で、アストラルテレポーターなのだが、設計したのは村井ではなく富樫である。


この富樫という男は一種の天才なのだろうと思う。



最近ハイレゾが話題に上るようになってきたが、それはハードの性能がアップしたからである。


88年当時、ハイレゾなど誰も考えなかったのではないだろうか。


ハードの性能は1年で1.5倍になるとされている。


富樫がアストラルテレポーターを設計したのは27年前である。


単純計算で、現在はハードの性能は2万5千倍にもなっている。



もっとも、富樫が今生きていれば、自分で設計する必要は無く、ウォークマンを買ってくればいいだけの話なのだが。(笑)

武術訓練場に麻原がやって来ることもあった。


2階の祭壇の向かって左側に、麻原の居住スペースとをつなぐ狭い階段があり、そこを通ってのそりと姿を現した。


その周りにはダーキニーたちとおぼしき若い女子が5人。


案内役の石井もアーチャリーも居ない、若い女子だけを連れていた。



「どうだ、やってるか?」


と麻原が声を掛けるので、皆驚きつつもとりあえず「はい!」と威勢よく返事をする。



と、ここで、麻原の熱血指導が始まった。


対象はもちろん、男子ではなく女子だけである。(笑)



訓練場のど真ん中にでーんと仰向けに大の字になり、「さあ、みんなで好きなように技を掛けろ。」と言った。


繰り返すが、「みんな」とはダーキニーたちのことである。


男の弟子たちは当然の事なのだが、「みんな」から仲間外れである。



最初は戸惑っていたダーキニーたちも、体育会系のシーハの愛人の攻撃を皮切りに、全員が攻めに転じる。


「わぁーーーー!」


「きゃあ~~~~~~!」


と、実に楽しそうである。


なんて素晴らしいんだ。



突如として目の前に繰り広げられる偉大なグルの痴態に、男の弟子たちは揃って沈黙の行!


これにはきっとグルの深いお考えが、などとは誰も思わない。


このブログに何度も書いていることなので、読者の皆さんはすでに見飽きていると思うが、麻原は目が見えない。


なので、技を掛けるには女子の身体をまさぐる必要がある。



麻原は、「これは足か?」


「ん?これはお尻か。」


などといいながら、一人ずつゆっくりと抱きしめ、じゃなくて技を掛けていく。



この時の、審判を努めるシーハの心境はいかがなものだったのだろうか?


自分の愛人が麻原に弄ばれ、じゃなくて熱血指導を受けるのを目の前で見せつけられているのだから。


もはや拷問に等しかったかもしれない。



一行が去った後、毒気に当てられて放心状態のようになったシーハの「今日はこれまで。」の一言で、その日の訓練はお開きとなった。



まあ、そんなこんなで楽しい毎日を過ごしていたのだが、ある日突然支部活動へ戻れという麻原からの指示があり、この生活にも別れを告げることとなった。