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まあ、しかし、中川に直接会って真相を聞き出せれば話が早いのだが、日本の法律制度ではそうはいかないのが悲しいところである。


トゥー先生も中川と面会するときは、極力専門的な話だけをするようにしている。


そのため、どうやって講演会の事を知ったのかとか、移送通知の詳しい話とかは聞いていないようだ。


先生も僕とだけ話をしていればいいわけではなく、そんなに時間が取れないのでどうしても情報がぶつ切りになってしまう。



さて、それでは、次に考えること。


中川は一体、どこでネットをやったのだろうか?



死刑囚は原則として、拘置所の外に出ることは出来ない。


したがって、中川は拘置所の中でネットをやったことになる。


そして、独房の中はネットが出来る環境にない。


したがって、中川は独房の外でネットをやったことになる。



つまり、中川は拘置所の中であり、かつ独房の外であるどこかの場所でネットをやったことになる。


それは一体どこなのか?である。



前にゆきりんのブログを見て思ったのだが、死刑囚というものは風呂に入ったり運動をしたり、何かと独房の外へ出る機会がある。


てか、そもそも、死刑囚は一体どこで新聞を読むのだろうか?


一般人のように、新聞を配達してくれる人などいない。


それに新聞代など払える経済的な余裕もないだろう。



ということになると、独房の外のどこかで新聞を読むということになる。


まあ、図書館のロビーみたいな雰囲気のところだろうか。


おそらくはそこにパソコンがあるのではないだろうか?


今のところ、それしか思い浮かばない。

京都新聞に電話して色々と聞いてみた。


結論から先に書いてしまうと、どうやらネットの京都新聞がらみでは、講演会の情報を得ることは出来そうにない。


これは検索してみればすぐに分かることだが、講演会の情報で引っかかってくるのは僕のブログだけである。


京都新聞の記事は一切引っかからない。




京都新聞からの回答によれば、ネット版の京都新聞、つまり有料版ということだが、それには紙の媒体の記事すべてが載っているわけではないということだった。


人気の高い記事、大勢の読者が読む記事だけに限定されており、そんな一部の人だけに向けた小さな案内記事は載せないそうだ。


これはホームページ、こちらは無料で誰でも見られる、でも同様で、主要なニュースを載せるだけで、そんな小さな案内は載せない。



ということはつまり、ネットで講演会の情報を手に入れる方法は、それが中川であろうとオウマーであろうと支援者であろうと、僕のブログを見る以外にない事になる。


記事が書かれたのは12日。


その記事を見た後での面会は出来ない。



刑務官が見たとすると、今度は別の矛盾が生じる。


そもそも刑務官は中川に興味を持つことはあっても、アンソニー トゥーに興味を持つだろうか?


同様に、元オウムやオウマーになど興味はないだろう。


たとえアンソニー トゥーに多少なりとも興味があったとしても、僕がアンソニー トゥーについて記事を書いたのは9月12日が初めてなのだ。



ということになると、である。


麻原ならここで、にやっと笑って、


「さあ、いよいよ、答えが見えて来たねえ。」


と言いそうである。



事実に基づいて矛盾のない思考を積み重ねた結果、導かれる結論は、中川はネットで僕のブログを見た。


そういうことになる。

中川が面会によって講演会の情報を得ることは、不可能だということが分かった。


そして、拘置所内は私語厳禁であり、誰かから情報を得ることもできない。


したがって、人を介しての情報の入手は不可能であり、中川は人を介さずに情報を入手したことになる。



人を介さずに情報を入手する方法として、真っ先に思い浮かぶのが新聞である。


しかし、ポイントは、講演会の記事が載ったのが京都新聞である、という事である。


まさか東京拘置所が、京都新聞を毎日空輸しているということはあるまい。


宅急便で送れば1日遅れで見ることは出来るが、東京で他の新聞が手に入らないわけではない。


わざわざ京都新聞を見なくても、東京にある新聞を購読すればいいだけの事である。



となると、人を介さずに情報を入手する方法は、残るはネットだけである。


死刑囚がネットをやっているなどという事は、最もありそうにないように思える。


しかし、中川にとって不可能である方法を除外していくと、残る手段はネットしか無くなってしまうのだ。


唯一、ネットだけが、中川にとって不可能であることが証明されていない。



アンソニー トゥーは、中川がネットをやっていると断言したが、この発言はそのことを知っているという可能性と、そうであると推測したという可能性のふたつがある。


普通人の知能を持つ日本人であるならば、論理的に考えれば中川が講演会の情報を得る方法はネットしか無いという結論に至らざるを得ない。


アンソニー トゥーは科学者であるから当然論理的に思考する。


それは、「中川はネットで京都新聞を見たんだと思う。」


という発言にも表れている。



アンソニー トゥーは、僕がブログをやっていること知らない。


したがって、ネットで得られる講演会の情報は、京都新聞のネット版しかないということになる。

死刑囚には支援者というものがいるらしい。


まあ、個人的には興味はない。



支援者だからと言って、死刑囚と面会出来るわけではない。


面会出来るのはごく一部の人間だけである。


中川との面会をネットで調べてみても、死刑確定前のものしかなく、死刑確定後の面会の情報はない。



次に考えるべきことは、面会者がどこに住んでいるのかということである。


東京拘置所は東京にあるので、面会者はおそらく東京近郊に住んでいる。


関東地方の新聞には、アンソニー トゥーの京都大学での講演の記事は載っていないので、面会者は講演があること知ることが出来ない。



面会者が京都に住んでいれば、講演の事を知る可能性がある。


しかし、東京拘置所まで行って帰ってくるだけで、3、4万円かかってしまう。


アンソニー トゥーのことを知らせるためにわざわざ出かけるというのは不自然である。



そして、たとえ京都に住んでいたとしても、京都新聞の記事に気づくとは限らない。


わずか4センチ四方ほどの小さな記事。


新聞を毎日、隅から隅までじっくり読む人でもない限り、見落としてしまう可能性が高い。



とまあ、中川が誰かから面会で京都大学の講演の事を聞く可能性が極めて低い事は明白だなと考えていたのだが、そんな事よりもっと確実な証拠があった。


アンソニー トゥーはなぜ、中川が面会をしていないことを知っていたのか?


である。



最初は、中川から誰も面会に来ていない事を聞いたのだと思っていた。


しかし、その必要がない事はすぐに分かった。


このブログの読者ならすでにお気づきのとおり。


9月12日は土曜日なのだ。



京都大学でのアンソニー トゥーの講演会の事を世間の人々が知ったのが12日の朝。


翌日の13日は日曜日。


そして、さらにその翌日の14日にアンソニー トゥーが面会をしている。



東京拘置所の面会は平日のみ。


土曜日と日曜日は何人たりとも面会できない。


たとえアンソニー トゥーといえども面会できない。



死刑囚の面会は1日に1回だけ。


14日にアンソニー トゥーが面会しているので、他の誰も面会できない。


つまり、12日の新聞記事から14日の面会までの間、中川は誰からも講演会の情報を受け取ることが出来ないのだ。



11日以前には、京都大学で講演会があることを知ることは出来ない。


12日から14日の間には、中川は誰とも面会をしていない。


テレビドラマ風に言うならば、中川には完全なアリバイがある。


さあ、この状況で、中川はどうやって講演会の事を知ったのだろうか?

閑話休題(それはさておき)


ここらで一旦、謎解きに取り組んでみよう。



ま、一般人にとってはどうでもいい事なんだろうけど、僕にとっては非常に興味深い事だ。


中川は、まあ、遠藤も含めてということになるが、どうやって講演会の事を知ったのだろう?



謎だ。


とりあえず、あの時の状況を時系列でまとめてみたい。



9月12日 京都新聞の朝刊に講演会の案内が載る。


ただし、大きな記事ではなく、4センチ四方程度の記事が、他の記事に埋もれるように載っていただけだ。


当然の事だが、その記事は関東の新聞には載っていない。


9月12日 午後、僕がブログに講演会の記事をアップする。


9月14日 アンソニー トゥーが中川と面会する。


その時に中川から、京都大学での講演会の事を言われた。



以上が事実である。


さて、ここから先、どう考えるかだ。


まず、この情報を支援者が中川に伝えたのか?


または、中川が直接見たのか?


それとも、それ以外に知る方法があるのか?


である。



アンソニー トゥーは、「中川はネットで京都新聞を見たんだと思う。」


と言っていた。


これは推測。


そして、「中川はネットをやっています。」


と、これは断言した。



まあ、僕なんか素直な人間なので、あのアンソニー  トゥーが言うからにはきっとそうに違いない。


と、その時は思っただけなのだが、よく考えてみるとさすがはアンソニー トゥーである。


科学者らしく論理的な思考を積み重ねている。


そこには何の矛盾もない。



さあ、ここで久しぶりにクイズです。(笑)


なぜそう言えるのでしょうか?


まあ、このブログの読者なら、簡単すぎて笑ってしまうんだろうけど。