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法友(とも)へ

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仕方がないので、平日でなんとか都合をつけるしかない。


テレビの仕事はどうだか知らないけれど、普通勤め人というものは、休みを取る場合は1か月ぐらい前には職場に連絡を入れておく必要がある。


しかし、まあ、テレビ局も忙しいかもしれないから、2週間前に連絡もらえればなんとか都合をつけられるかと思いその旨伝えたところ、


今度は、そんな先の予定は立ちませんとの返事が来た。(笑)



分からんわ~。


常識のない元オウムには、世間の常識というものが分からんわ~。



いずれにせよ、こちらとしてはあらかじめ連絡をもらっておかなければ動きようがない。


野田正悟師のように、「今から取材に行ってもいいかな?」


「いいとも~。」にはならないのだ。



ということで、何か聞きたいことがあればメールが来るだろうと思っていたところ、不思議なメールがやって来た。


そのメールの冒頭で、各位殿。(笑)



すまん、ワシの名前は元Rでありましてだ。


各位さんではないのだよ。



そりゃあ、確かに、毎日新聞も共同通信も、大勢の元オウムに取材をされていることと思う。


だからといって、メールを送るときは個人宛だろう。


まあ、社会人の常識として、各位で送るならその前の話が必要になる。


こちらとしては、メーリングリストに参加した覚えはないのだから。


そもそも野田正悟師の話は、個人宛の取材ということであったはずなのだが。

早いとこ記事を全部書き終えて、ブログ終わらせたいよねえ。


とか、言っておきながら何ですが、


絶対、無理だと思う。(笑)



書いてないネタ結構残ってるんだよなあ。


人物紹介だけでも、カーリーのハチミツがありません。


ドゥルガーの負けず嫌い。


林 郁夫の先生。


早川のある雨の日に。


これだけある。



警察と公安調査庁についても書かなきゃいかんし、大宇宙占星術の説明も必要だろうしなあ。


まあ、とにかく、元オウムが書いた本とかブログとかは、全部一般人向けのものだからなあ。


元サマナから見れば、知っている事ばかりだろう。


やはり、専門的な突っ込んだ話は僕がやるしかないでしょう。



熊本県警強制捜査の話もあるし、麻原と最後に話をしたことも書かなきゃいかんし、ツァンダリーの説明もいるよなあ。


てかまだ、トゥー先生の本の話もまだだし、サリンの製造の検証もしなけりゃいかん。


未解決事件にいたっては、まだ1回も書いていない。(笑)



先は長そうだ。

年末は久しぶりにテレビで格闘技が放送された。


オウム時代には格闘技のビデオを見ることも多かったが、サマナの皆さんは意識堕落天のカルマが騒いでいた事と思う。(笑)



それにしても、ヒョードル強え~。


相手が、まあ、そこそこだったとはいえ、仕留めにいく姿勢は相変わらず見事。


判定勝ちを狙うしか能のない石井とはえらい違いだ。



アンディ・サワーのこれからも楽しみだ。


総合格闘技で、レバーブローでKOなんてそうそう見られるものではない。



そして何よりもヒクソンの息子。


こいつは強い。



毎朝、親子でこんな会話をしているらしい。


「今日は、死ぬのになんていい日なんだ。」



サムライかよ!


武士道とは死ぬこととみつけたりかよ!



凄えな。


毎日、毎日を、全力で生きているんだろうな。


修行に打ち込んでいたら、すぐにでも成就することだろう。(笑)

今までは誰でも参加出来たのだが、これからは入試を受けて合格した人しか参加できなくなる。


まあ、新しい参加者は誰もいないので、事実上何も変わらないのだが。(笑)



もしかしたら、試験を受けてみたいというもの好きもいるかもしれないので、その時は珍回答ということで紹介出来るかもしれない。

皆さん年末年始を利用して集中修行に励んでおられる事と思う。(笑)


なので、これもついでに書いておこう。




元TD師のブログのコメントを見ていて思ったんだけど、修行に対して何か思い違いがあるように思える。


修行というものはすぐに結果が出るものではない。


まあ、この結果というのは、体験という意味ではなく成就という意味ではあるのだが。



オウムソング「超越神力」では、いかにもすぐにでも不思議な力が身に付くかのように歌い上げている。


これに対して麻原は、


「そんな事など、あるはずなかろうが!」


と、言っている。



そもそも、オウムソングはステージの低い者たち向けの、修行をやる気を起こさせるための方便に過ぎない。


これは、アストラル音楽や決意も同じである。


そんなものは成就の役には立たない。



成就のためには、このブログで解説した行法を行うのが最も効率が良い。


しかし、修行において、同じことを続けるのは、非常に苦痛が伴う。


なぜなら、エゴが嫌がっているからだ。



これはどういう事かというと。


エゴを滅するのが修行の目的であるからである。


従って、修行が進むとエゴは修行の邪魔をしようとする。


何かと理由をつけて、修行から目をそらせようとする。


このブログで解説した修行法から目をそらせ、他の修行法が気になったり、このブログで解説した教義ではなく仏教経典が気になったりするのはそのためなのだ。



逆に言えば、このブログに書かれていることが、どれほどエゴを滅するのに効果的であるかという証明になっている。


しかし、苦しい時こそがエゴを滅する絶好のチャンスなのだ。


というよりも、苦しくないときにエゴを滅するのは絶対に不可能なのだ。




続けることだ。


あれやこれやと、次々に色々なものに手を出すのではなく、一つの事を極めるまで続けることだ。


そのためには、ある程度の工夫は行ってもよい。



例えば、マントラ。


100万回達成するというのであれば、ひとつのマントラにこだわる必要はない。



例えば、プラーナーヤーマ。


ヴァヤヴィヤだけにこだわる必要はない。


アパンクリア、スクハプールヴァカ、ブラーマリー、合計で1000時間達成すればよい。



例えば、ツァンダリー。


ヒンズーツァンダリー、第二のプロセス、第四のプロセス、合計で10万回達成すればよい。



実は、回数にはこだわる必要はない。


無制限に続けるという心の状態を作り出すことに意味がある。


その時に大きな変化が起きる。