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実は、マハラジがグルと会ったのはこの2回だけである。


グルが亡くなる1か月前の事だった。


グルは今生での役割を終えて旅立っていったのだ、良き後継者にその後を託して。(笑)




グルは亡くなる11日前から食事をとらなくなった。


そして、その日がやって来る。



グルはいつもと同じように、皆と一緒に神を称える歌を歌っていた。


共に手を叩き、共に笑い、突然倒れ、そして死んだ。


これが偉大な成就者の最後だ。



かっこいい~~。


かっこ良すぎる~~~~。



こんなかっこいいジジイになりたいものだ。


修行者なら、誰でもそう思う事だろう。


グルは優しく答えた。


「あなたには、もう教えることは何もないのです。」



どこかで聞いた事のある話だ。(笑)



この言葉を聞いて、マハラジは自分を恥じた。


一瞬でも、グルを疑ってしまった、自分を恥じた。



全ては与えられていたのだ。


ただ、それに気づかなかっただけだ。



この時からマハラジは、常にグルの言葉を実践し続ける。


1日24時間、3年間、2万4千時間に及ぶ修行を続け、解脱した。



マハラジは言う。


「最初は何の変化も起こらない。」


「自分は無駄な時間を費やしているのではないか?」


「報われることのない、絶望的な努力に思える。」


「しかし、その瞬間は必ずやって来る。」



「果実は自分が熟していくことを、自分で知る事は出来ない。」


「その実が枝から落ち、地面に激突するその時まで。」

マハラジはグルに、自分が真我であることを告げられて家に帰ったものの、本当にそれだけでいいのかと不安になりもう一度グルを訪ねる。


そのグルのもとには、毎日大勢の人たちが助言を求めにやって来ていた。


まさしくインドらしい光景と言える。



サット・サン。


グルに名前を呼ばれたものが一人ずつ部屋の中に入り、グルと話をすることが出来る。


オウムで言うところのシークレットヨーガのようなものだ。



部屋の前には大勢の人が並び、マハラジもその中にいた。


グルはその人たちを一通り見渡し、部屋の中へ入っていった。


次々に名前を呼ばれる人々。


だがマハラジの名前が呼ばれることはなかった。



とうとう、部屋の外で待つのは、マハラジひとりだけになってしまった。


そして、グルは部屋の外に出て来てしまった。


マハラジは名前を呼ばれることはなかった。


その日のサット・サンは終わったのだ。



マハラジは悲しみをこらえてグルに尋ねた。


「私には、ほんのわずかな時間さえ取っていただける価値すらないのでしょうか?」

またまた、ニュースを見て驚いた。




STAP分裂!(笑)


やっぱりあったんだ、STAP細胞!





パートで年収25万。(笑)


そんな少ないわけないだろう!


まあ、普通50万ぐらいだろう。

マハラジは言う。


「グルは私に、私が真我である事を告げたのだ。」


「私はそれを信じた。」



わずか15歳で解脱したマハルシと違って、マハラジは満足な教育も受けずに育ち、雑貨屋を営み家族を養うために毎日働いていた。


しかし、それでも、心の奥底から湧き上がる、解脱に対する欲求を抑えることは出来なかった。


そして、グルを訪ね、自分は解脱したいのですと打ち明けた。


その答が、真我独存だったのだ。



たったこれだけ。


このただ一つの事だけをマハラジは実践した。


麻原はかつてこう言っていた。


「グルに、そこに立っていろと言われて、そのまま立ち続けることが出来れば、それだけで解脱する。」



マハラジはグルを信じ、実践を続けた。


仕事をしなければならないため、修行だけのまとまった時間を取ることは出来ない。


しかし、1日24時間、仕事をしながらも常にグルの言葉を信じ続けた。



こんな修行を続けられる人間が、世の中に一体どれほどいるだろうか?


やってみれば分かる。


集中などわずかの時間しか続かない。


1分か?2分か?3分か?


おそらく10分もしないうちに雑念が湧いてくるだろう。


それゆえ、ヨーガスートラにおいては、集中のための前段階の修行を事細かに解説しているのだ。



私は真我である。


ヨーガスートラの最終段階。


真我に対するサマディ。


マハラジは3年間、この実践を続け、解脱した。



そう言えば、2600年前にも、グルである釈迦牟尼の教えをひとつだけ実践し続けて解脱した男がいたな。